1-21:レヴァル大聖堂にて 上
武器を購入してから三日経ち、今は四日目の朝。あの後、早速ギルドの酒場でパーティを募集し始めた。最初は、興味を持ってくれる人は三人に一人くらいだった。興味を持たれない理由は恐らく二つで、自分の見た目があまり強くなさそうというのが一つ、もう一つが着ている服がやや上等なので、そういう奴とは組みたくないというのが一つだろう。
一方で、興味を持ってくれる人は、こちらがソフィアと一緒にいるところを目撃されていたからと推察される。ソフィアと一緒に戦えるなら、戦力になるかもしれないと――しかし、スカウトという旨を伝えると相手の顔が渋くなり、記憶喪失なので何ができるか厳密には分からない、と言うとお断りされてしまうのが現状だった。
パーティに入るだけなら、こちらももう少しやり方もあるだろう。装備はスカウト用で揃えてしまったのでポジションは代えがたいが、記憶喪失なことは伏せればまだ幾分かマシになる。その中で、まだ駆け出しの冒険者のパーティなら枠もあるかもしれない、そんな風に何度かアタックしては、毎度撃沈していたのが昨日までの話。いっそエルと同じようにソロの冒険者、というのも考えたが、もう少し実戦に慣れておかなければそれこそ死ぬだけだろう。
実際、別に慎ましく生活すれば二か月以上の余裕があるわけで、そう焦ることもない。とはいえ、あまり楽な方に流されると段々と居心地が良くなり、だらけてしまいそうだ。しかし、休息や息抜きも必要、ということで、今日は少し街の散策をしている。
この世界に来てから一週間近く経過しているが、未だに正門周辺をうろうろしていただけだ。レヴァルの街はそこそこ入り組んでいるようで、あまり深いところに行くと迷子になりそうだから控えるとしても、大通りに何があるかを確認するくらい悪くない。
そんなこんなで、朝の人通りの少ない大通りをまっすぐ進み、左右のまだ開いていない店を眺めながら歩き続けると、街の中心地なのだろう、大きな建物の門が開いているのを見た。見上げれば、前世で言うところのビル並みの高さのある建物、この世界ではひときわ目立つ外観があるのだから、もちろん以前からその存在には気づいていたものの、近くで見るとまた圧巻だった。石で積み上げられた壁、左右には尖塔が立ち、上部中央には円形の窓が開いている。一言でいえば、この世界の教会、それも大聖堂というやつであろう。
扉から中を覗き見ると、参拝者がまばらにいるのは確認できた。入り口に誰も立っていないことから、自由に解放されていると思われる。折角だから参拝してみることにしよう。
中に入ると、ちょうど朝の日差しが背後の丸窓から入り、奥の祭壇を明るく照らしている。横にも高い位置に幾つか窓があり、採光はそれなりだが、やはり祭壇の輝きがなお一際大きい。とはいえ、この世界の祭壇で何をするのかもよく分からない、賽銭を入れて二拝二拍手一拝というわけでもなさそうだ。とりあえず祭壇に向かっている長椅子の一つに腰かける。
しばらくは中の建築などに見惚れていたものの、徐々に見るものも無くなり、祭壇をなんとなく、焦点が合わない感じでぼぅ、と見つめるのみになった。というより、やはり色々と考えが頭をよぎる――結局、レムからの連絡は一度もない。そうなってくると、やはり浜辺で見ていたのは夢と考えるのが普通なような気もしてきていた。
エルの言っていた暗殺者が云々、というのを置いておいても、そうなれば自分が何者であったのかが気になってくる。もちろん、本当に転生していたとしても、自分が何者か気になるが――やはり、女神に選ばれた、というのはこの世界を生きる上でのアイデンティティだったのかもしれない。自分はある意味、特別だから、だから一人でもいられた。
しかし、そうでないとするならば、途端に自分が孤独に感じられる。多少はこの身にスカウト系の技術が刻まれているとしても、有る物はそれだけ。記憶も、故郷も、家族も無い自分、拠り所の無い自分――それがイヤに鮮明に、自分の心を締め付ける。
ここが教会であるせいなのかもしれない。静謐で、神聖な場所、嫌でも自分と向き合わなければならない場所。自分の孤独が浮き彫りになる空間。こんな雰囲気で「アナタは神を信じますか」などと言われたら、何かに帰属したい意識が働いて、自分も何某教に入信するかもしれない。
「……ずいぶんと、お悩みのようですね?」
ほら、何者かがこちらの心の弱みに漬け込もうとして来ている――間に合っています、そう断ろうかと思い向き直ると、その言葉を思わず引っ込めてしまうような清廉な美があった。ソフィアの物よりも更に色の薄い抜けるようなブロンドの美女が、覗き込むように通路側からこちらを見ている。司祭風の服で一切露出もないのだが、それがまた彼女の神聖な雰囲気を助長させていた。
「あ、いえ、別に、普通です?」
緊張のあまりに声が若干上ずってしまう。普通な様子ではありませんでしたが、と女性は優しく笑った。
「すいません、唐突にお声がけして。私、ジャンヌ・ロビタと申します。このレヴァル聖堂の大司教として勤めています」
大司祭と言えば、この建物の中で一番偉い人だろう。まだ若そうというのに、聖堂を任されているなんて凄い。いや、その前にこちらも自己紹介か。
「えぇっと、俺は……」
「知ってます、アランさん。ソフィア准将とエルさんと行動してたということで、この街だとアナタはちょっと有名ですからね」
なんということだ、きっと前世の性分的に、あまり目立つことはしたくないのだが――そこでふと自分で自分を笑ってしまった。やはり、前世はありそうで、自分は暗殺者などではなさそう――いや、暗殺者こそ自分を察知されないように動くか。
「あ、アランさん、笑ったり落ち込んだり、忙しいですね……?」
「いやぁ、気にしないでください……」
「いえいえ、道に迷ったアナタがここに現れた、これもきっと神の思し召しです。何かお悩みなら、ぜひ打ち明けてください。何か力になれることもあるかもしれません」
さて、どうしたものか。悩んでいるか否かで言えば悩んでいるのは確かだが、別段話したところで解決するわけでもなし。更に言えば、今は自分が自分で何に悩んでいるのかもよく分からないのが現状だし、転生してきたとか何とか話せば頭のおかしい奴と思われてしまうかもしれない。ひとまず、記憶がないことと、それに付随して冒険者にはなったものの、なかなかパーティーが組めないということだけ話してみた。




