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怪我自体はたいしたことはないものの、いくつもの切り傷をフィレアは丁寧に治療していく。
ヴェントはこのことの報告のため二人をここに送り届けてから部屋を出ていってしまった。
あの男に取られた首飾りはいつの間にかカイが取り返しており、今はフィレアの胸元を飾っている。
包帯を巻くフィレアはどこか考え込むように俯いていた。
――結局、二人を頼ることになってしまった。
あの場ではああいう以外に収まりそうな気配はなかった。互いを互いに挑発しあい、剣を交えて大地を蹴る。
そんな男とカイの応酬には、そうするしかなかったように思えた。
だが、それはあの場でのこと。今から考えれば、もっと他に穏便にすませることのできる方法があったのではないかと思えてくるのだ。
フィレアは重い空気を吐き出す。
結果的に、二人を頼る形になってしまったのである。
二人に負担はかけたくなく、そして同時にいつまでも二人に頼る自分を情けなく思う。いつまでも守られ、自分だけが安全な場所にいるわけにはいかないのだ。
もちろん、城に攻めて来た場合、下町にいる民にまで攻撃がおよぶ可能性もある。だからそのときは二人の力を借りるが、それ以外のこと――自分の行いのせいで起こってしまったことに関しては、フィレア自身が解決したいと思うのだ。
「フィレア様」
眉を寄せたまま考え込むフィレアの頭に、そっとカイの手が触れる。
優しく撫でるような手つきは心地よく、けれどカイのいつもとは違う行動にフィレアは顔を上げた。
「申しわけありません」
「え?」
突然の謝罪の言葉にフィレアは目を丸くする。
むしろ謝らなければならないのはこちらの方なのに、カイはじっとフィレアを見つめてくる。
「……すこし、頭に血が上っていたようです」
苦笑するような、それでいて複雑そうな顔をするカイに、フィレアはあぁ、と思った。
自分は何も知らないのだ。
カイのことも、ヴェントのことも。
いつも傍にいるからといって、相手のことを知っているとは限らない。それは、今のフィレアに言えた。
記憶が無い。それを理由にして聞かなかったこともあるのだが、なにより、怖かったのかもしれない。
自分には何一つ覚えていないのだ。
カイやヴェントが自分のことを知っていたとしても、踏み込んだことを聞いてしまえば拒絶されるかもしれないと、フィレアは心のどこかでそう思い、境界線を引いていた。
これ以上踏み込んではならない場所に。これ以上踏み込んで、拒絶されない場所に。
「でも、フィレア様に怪我がなくてよかった」
安堵する優しい表情で微笑まれ、フィレアはどうしようもなく泣きたくなった。
どうして、こんなにも優しくしてくれるのだろう。
カイとヴェントだけではない。エレナやカルサ、そしてエルダ。
カイの慈愛に溢れたような表情に、フィレアは唇を噛む。
「……カイ」
瞳にあの独特の強さをにじませ、フィレアはカイを見上げた。
「私、絶対思い出すから。みんなのことも――カイのことも」
今まで思い出すという努力すらしなかったように思う。ただ表面的に〝フィレア〟という少女をなぞってきただけだったのだ。
「時間は、かかるかもしれないけど……それでも、絶対」
カイは見上げてくる瞳に、懐かしさを感じた。
強く、凛とした瞳。
その眼差しを受けて、カイは優しく微笑む。
「はい。待ってます」