Recording0:あなたへのRecord
「……んん。」
黒だった世界にに薄っすらと光が混ざる。
目を開ける、シーリングファンが目に入る。パチパチと音がたつ。辺りを見回す。
ここは部屋…それも見覚えがあるものがたくさんある。山積みの缶詰、律儀に立てかけてある武器に弾薬、もう動かなくなった古時計。少なくとも私は、ここに何度も足を運んでいたはず。右側には暖炉があった、さっきのパチパチしていた音はここからだったのか。とりあえず動かない事には始まらない。ゆっくりと体を起こす。
…起きない。というより力が入らない。疲れではない。なんだろう。
「…起きた?」
視界に誰かが写る。あ、そうだ。私、死んだんだ。
長い黒髪をなびかせ、ウェリントン型の眼鏡を掛けている彼女は薄風と言う。そして私は深水。
「起きたよ。」
私がちゃんと意識を持っていることを確認した彼女は、ゆっくりと私の体を起こしてくれる。そして気づく。右足が、ない。だからいつものように体を起こせなかったのか…と思考を巡らす内に、薄風は言葉を投げる。
「記憶…ある?治したとはいえ、頭がパックリ割れていたから。」
「大丈夫。私が意識を失った後の話だけしてくれない?」
淡々と、報告が始まる。
「あなたはAttackerとの戦闘を開始、変異種だと思う。種類は恐らく…あの尻尾と発達した右腕からしてE型。私が戻った頃にはあなたは死んでいた。即時に回収、転移石を使って一時的に離脱。その後ちぎれそうな部位を復元石と遅延石を使って無理やりに修復。右足は完全に切断されていたと思うわ。回収することが出来なかった…」
そっか、私本当に死ぬ間際だったんだなぁ…。淡々と話す薄風を見ながらぼんやりと考える。確かにあの化け物と戦闘した記憶も、不意の一撃に対応しきれずに吹き飛ばされたことも覚えてる。だけど私にはまだ、「死」というものがすごく遠くに感じてしまうのだ。
「石の効果は永続。だけど、復元石では戻せて1時間前までで、その後の結末までは変えることが出来ない。つまり、あなたはいつか、死を迎えてしまう。」
…ほら。こんな事を言われても何も感じないもの。
「そう…私、死んじゃうんだ。」
「以上で報告は終わり。何か気になることは。」
いくつかの質問をする。
・復元石の残りの数は?
0。帰還後遅延石を更に2つ使ったが、もって1年。
・義足ってここにあった?
ある、体を動かせるようになってから使って。これに慣れれば生身の何倍も強くなれる。
・探索の帰路の中で生存者は?
いない。
一息つく。今真っ先に聞きたかった情報をすべて収納し、まだ言っていなかった感謝の言葉を口にする。
「薄風、ありがとう。私を救ってくれて。あなたがいなかったら今頃私はこうしてあなたに感謝を伝えることも出来なかったから。」
感謝を伝えた後、少し間を置き、少し小さな声で、
「でもそっか、今回も誰もいなったか…」
薄風は少しトーンが落ちてしまった私の言葉にこう切り出す。
「そろそろ移転する…?そっちの方が生存率が上がるし生存者も見つかる。それに、今あなたが生きる為に必要な復元石は、もうここにないと思う。」
薄風からの問いかけに私はうんと言えなかった。言うはずの言葉が喉につっかえて吐き出せない。
もう食料も、生存者も、私が生きる為に必要なものもここにはない。それは命を懸けながら奴らと戦い、傷つき、それでも希望と絶望を味わってきた私達が一番よくわかっているはずだ。
もう
外に
行きたくない
もう
休ませてよ
「ねえ…私、ここで最期を迎えるわ。もう外には出ない、奴らとも戦わない、延命もしない。」
不意の爆弾に薄風は動揺を隠せない。
「…は?」
やっと出た声からポツポツと、言葉を紡ぐ。
「何言ってるの?だって、まだ何も…最初に立てた目標だって達成しきれてない、まだ何も…何も成し遂げていない。」
その言葉は、だんだんと早く、
「私は私の為に、そしてあなたの目標の為に行動してきた。それはあなたと私の目指す結果が同じだったから。もしかして忘れた?あぁ、やっぱり脳部分の復元にはデメリットもあるのかな…じゃないと、こんな事を言うあなたなんておかしい。」
大きく、
「大丈夫、私がもう一度教える。目標も、奴らとの戦い方も、今の現状もなんでも。まずは義足から、これに慣れれば移動から戦闘までなんでも楽になる。」
強く、
「だから…だから、そんな事二度と言わないで!」
静寂。薄風の気迫から一気に場が静まる。暖炉からパチパチと音がする。こんなに感情を出す彼女は見たことがなかった。それほどに彼女は、目標を希望に動いてきたのだろう。‘‘いつか妹を見つける‘‘という目標に。
でも、もう動けないよ。ずっと疑問に思っていた。本当は人なんていないんじゃないのかって。最初は生身の体も、石を使ったり、奴らの血を浴びたりするたびに自分の体じゃない気がしてくる。私とお母さんが暮らしていた23区、その隣接している区もすべて調べたつもりだ。だけど、お母さんは愚か、誰一人として居なかった。今会えたとしても、変わり果てた世界で笑顔で暮らせるだろうか。なんで人を探してたんだろう。石で体は治っても心は治らない。
「それでも言うよ、もうここから動かない。約束を破った私が憎いなら殺して?その選択には、意味があるから。」
「…分かった。でも、私は一人になっても、あなたが人生見る中で最後の人だとしても、妹を探しに行く。」
そう告げると彼女は、必要最低限のものを鞄に詰めていく。
私は、その背中を眺める事しかできなかった。
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その次の日、薄風はここを去った。彼女は去る前、私が寝ている間に義足を傍に置いてくれた。それを付けてベッドから立つ。まだ慣れはしないが、これから1年間の付き合いだ、きっと役に立つだろう。
体を起こして部屋を周る。本当に最低限の物だけが無くなっていて、彼女の優しさが垣間見える。印象的な音を出していた暖炉は、燃えカスが残り静かに。どこか物寂しいのは、彼女がいなくなったのも影響しているのだろうか。私はあのままもう一度外に出るべきだったのだろうか、それとも彼女に一緒に居てほしいと呼び止めるべきだったのだろうか。もう、彼女の消息は分からない。電気が無いこの世界では連絡手段がないのだ。
それでも、私はもうあそこには行けない。
私はここで生活をしていく。時間が戻り死ぬ、その時まで。
2週間に1回のスローペースで上げたいです。
用語の深堀りはまた次回に。




