『あるみん』-第22章「白銀」
マサキは、立っていた。
息が白い。
白銀の世界。
雪山の風が、マサキの頬を刺した瞬間――
ふと、別の夜が重なった。
それは、まだケンジが生きていた頃の山の記憶。
吹きさらしの稜線。
足元は氷、風は容赦なく体温を奪う。
二人はザイルで結ばれていた。
互いの一歩が、互いの命を支える距離。
何度も足を止め、呼吸を整え、
滑りそうな斜面を確かめながら進んだ。
岩に張り付いた氷をアイゼンで噛み、
風に体を押し戻されながら、ただ黙々と歩く。
会話はほとんどなかった。
余裕がなかった。
ただ――
「行けるか」
「行ける」
それだけを交わし、前へ進んだ。
やがて、黒い影のように稜線の小屋が見えてきた。
辿り着いた時、二人とも言葉を失った。
肩で息をしながら、雪に膝をつく。
ザイルを外し、凍えた手でドアを開け、
冷え切った小屋に滑り込んだ。
中は外よりはましだったが、
それでも芯から冷えていた。
ストーブのそばに座り、
手袋を外し、指先の感覚が戻るまで黙っていた。
湯を沸かし、簡単な食事をとる。
凍えた体が少しずつ緩んでいく。
――そして、時間が過ぎた。
呼吸が落ち着き、体が少し温まった頃。
マサキは、何となく外に出た。
空気は刃のように冷たい。
足元には深い雪。
そして――
見上げた空には、圧倒的な星々。
東京では決して見られない夜。
数えきれない光が、静かに燃えていた。
少し遅れて、ケンジが出てきた。
二人は並んで、何も言わずに空を見上げた。
やがてケンジが、短く息を吐いた。
「……すげえな」
それだけ。
でもその一言に、
あの過酷な稜線も、凍える風も、
命綱でつながれた緊張も――
すべてが報われた気がした。
マサキは思った。
――あの道を、こいつと歩いてよかった。
風が雪を揺らし、星が瞬く。
並ぶ背中に、特別な甘さはない。
ただ、同じ山を越えた仲間の静かな存在感があった。
そして――
いま。
雪山のレイヤー7に立つマサキは、
あの夜と同じ冷たさを頬に感じながら、
胸の奥で小さく呟いた。
(ケンジ……)
風が唸り、雪が横殴りに流れていく。
音はあるのに、どこか現実味がない。
マサキは、ゆっくりと顔を上げた。
「……!」
雪山。
どこまでも続く白。
境界のない空。
重たい雲。
降り止まぬ雪。
まるで――世界そのものが凍っているようだった。
視界の隅に、静かな表示が浮かぶ。
[Current Location]
「現在地」
[Layer: 7]
「レイヤー:7」
[Environment: Snow Mountain]
「環境:雪山」
[Thread 4: 2800m altitude]
「スレッド4:高度2800m」
「……2800メートル」
その数字が、なぜか胸に刺さる。
――十二年前と、同じ高さ。
風が一瞬だけ止まった気がした。
(また……山か)
背後から声がした。
「マサキ」
振り返ると、閃が立っている。
雪の中でも、まっすぐな姿。
「……閃」
「来ました」
「一緒に、戦います」
短い言葉。
それでも確かな意志があった。
マサキは、静かに頷いた。
「……行こう」
「Thread 4を取りに」
二人は、雪を踏みしめて歩き出した。
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【登山】
足が、重い。
雪が深い。
風が、容赦なく体温を奪う。
一歩、また一歩。
過去の記憶が、頭をよぎる。
――崖。
――ロープ。
――ケンジの顔。
(違う……今は、違う)
木々はなく、ただ白い斜面が続く。
世界が静かすぎて、心臓の鼓動だけがやけに大きい。
その時。
地面が低く唸った。
黒い影が、雪を割って現れる。
センチネル――五体。
閃が剣を構える。
「来ます!」
マサキも剣を生成した。
戦闘が始まる。
だが、雪が足を奪う。
斬っても滑る。踏ん張れない。
一体が爆発。
しかし四体が残る。
さらに――
地面からハウンドが飛び出す。三体。
「……まずい!」
七対二。
圧倒的不利。
「閃、下がれ!」
「でも――!」
「いいから!」
閃が後退。
マサキが前に出る。
剣が鳴る。
レーザーが走る。
爆発音が風に消える。
マサキの肩が裂け、血が雪に散った。
赤が、白に滲む。
「マサキ!」
閃が駆け寄る――が、ハウンドが彼女を弾き飛ばした。
「閃――!」
二人は背中合わせ。
完全に囲まれている。
雪が、音もなく降る。
敵の影が重なる。
(ここで終わるのか――)
――――――――――――――――
[第22章、続く]
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この物語は
「消えゆく存在」と「それを救おうとする人間」の記録でもあります。
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