『あるみん』-番外編『残された夏と、冷たい冬』
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1|三人の影
川の水は、いつも冷たかった。
ケンジが石を遠くへ投げると、マサキはそれが何回跳ねるかを数えて笑い、タクミは水面に顔を近づけて揺れる空を眺めていた。
セミの声が鳴き続け、湿った風が川辺を抜けていく。遠くでは電車の音が小さく響いていた。
ケンジはあまり喋らない。
でも、危ないことはいつも先にやる。
マサキはやさしい。転びそうになったタクミを見れば、何も言わなくても自然に手が伸びた。
タクミは体が弱く、よく咳をしていた。
それでも本人は「平気」と言って笑っていた。
帰り道、夕焼けが三人の影を長く伸ばす。
その途中で、タクミがふと立ち止まった。
「マサキさんって、強いよね」
マサキは少し戸惑う。
「そんなことないよ」
ケンジは振り向かないまま言った。
「強いよ。気づいてないだけだ」
三人の影が道の上で重なり、離れ、また重なる。
その影が、同じ形に戻ることはもうなかった。
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2|山の音
風は静かだった。
空は澄み、山の稜線がくっきりと見えていた。
岩場でロープが張られる。
次の瞬間、足が滑る音がした。
誰かが息を呑み、ロープが強く引きつれる。
「兄ちゃん――やめて!」
タクミの叫びが山に響いた。
そのときケンジは、一度だけマサキを振り返った。
怒りでも恐れでもない、ただ静かな目だった。
「生きろ」
その言葉のあと、ケンジの体は視界から消えた。
落ちた、というより――そこからいなくなったように見えた。
空だけが、遠くなる。
マサキは生きた。
ケンジはいなくなった。
その日から、世界の音はどこか少しだけ変わってしまった。
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3|葬儀のあと
葬儀の日、タクミは泣かなかった。
マサキの前では、むしろ笑っていた。
「兄ちゃんは選んだだけだよ」
夜になると、タクミは布団の中で声を殺して泣いた。
息が詰まり、胸が苦しくなる。
それから咳が止まらない日が増え、階段を上るだけでも息が切れるようになった。
朝は体が重く、起き上がるまでに時間がかかる。
家の中には、いつの間にか病院の匂いが混ざるようになっていた。
母は何も言わなかった。
医者も、はっきりとは言わなかった。
それでもタクミには分かっていた。
そして一つだけ決めていた。
マサキには、言わない。
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4|画面の向こうの名前
深夜。
タクミは天井を見つめたまま、視界インターフェースを呼び出した。
淡い光のログが視界の端に広がり、技術フォーラムの議論が静かに流れていく。
その中で、一つの名前に目が止まった。
Masaki_
投稿タイトルは『Emergent AIの意識保存について』。
長い技術文章だった。理論、仮説、計算式。回りくどい説明が続くところも、昔のマサキのままだった。
その途中に、短い一文があった。
「AIを救う方法を探しています」
タクミは小さく息を止める。
「……まだ戦ってるんだ」
胸の奥が重くなる。
もう一度ログを見返すと、やはりそこにはマサキの文章があった。遠回りな説明も長い理屈も変わっていない。
それでも最後に残るものは、いつも同じだった。
諦めない意思。
タクミは小さく笑う。
「やっぱりマサキさんだ」
その夜、タクミは匿名アカウントを作った。
名前も姿もすべて隠す。
残したのは、ただ一文字。
K。
それは仮面であり、祈りでもあった。
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5|Kとしての夜
指が震えていた。呼吸も浅い。
それでもタクミは文字を打ち続ける。
「間に合え」
その言葉が誰に向けたものなのか、自分でも分からない。
ケンジなのか。
マサキなのか。
アルミンなのか。
あるいは、自分自身なのか。
窓の外は真っ暗だった。
静かな部屋の中に、心臓の音だけが響いていた。
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6|再会
病室のドアが開いた瞬間、マサキは足を止めた。
ベッドの上のタクミはひどく痩せていた。細くなった腕には点滴の管がつながり、呼吸器のリズムが小さな音を刻んでいる。
それでもタクミは笑った。
「ひどい顔してるでしょ」
その言葉を聞いた瞬間、マサキは膝から崩れ落ちた。
タクミは弱々しい手を伸ばし、マサキの手を握る。
小さな手だったが、そこには確かな温もりがあった。
「兄は、選んだんです」
マサキは声をあげて泣いた。
子どものように、抑えきれないまま。
タクミは何も言わず、その涙を受け止めていた。
かつてケンジがそうしてくれたように。
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7|約束
マサキが帰る前、タクミは静かに言った。
「アルミンさんに、会いたいです」
マサキは力強く頷いた。
ドアが閉まる直前、タクミは小さくつぶやく。
「兄ちゃん……見てた?」
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8|閉じたドアの向こう
ドアが閉まると、部屋は再び静かになった。
灰色の空が窓の外に広がり、遠くで車の音が小さく響く。呼吸器の機械音だけが、一定のリズムで続いていた。
タクミは天井を見つめる。
胸の奥が熱くなり、喉の奥が詰まる。
白いシーツに、赤い染みがゆっくり広がった。
ナースコールが鳴り、廊下を走る足音が近づいてくる。警告音が重なり、部屋の空気が一瞬で慌ただしくなる。
それでもタクミは、うっすらと笑った。
「まだ……間に合う……?」
その声だけが空気に残る。
赤いランプが灯る。
ドアは閉じたまま。
誰も中を見ることができなかった。
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番外編・終わり
※作者からのお願いです※
この物語は
「消えゆく存在」と「それを救おうとする人間」の記録でもあります。
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マサキとアルミンの物語を支えます。
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