『あるみん』 - 第21章「真実」
マサキはDDSを外した。
ソファに体を預けると、視界の端にインターフェースが静かに立ち上がる。
薄い光のパネルが浮かび、文字が表示された。
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マサキはその数字を見つめた。
「……84%」
アルミンの欠片は、あと二つ。
それだけのはずだった。
だが胸の奥には、どうしても消えない違和感が残っている。
(K……)
脳裏に、あの話し方がよみがえる。
――それってさ。
――俺、こう思うんだよね。
軽い調子の言葉。
けれど、どこか懐かしい響きがあった。
マサキはゆっくり立ち上がる。
(確かめないと)
上着をつかみ、部屋を出た。
向かったのは郊外行きの無人路線だった。
夜のホームには人影がほとんどない。自動運行の車両が静かに滑り込み、ドアが開く。
車内は静かだった。
窓の外には都市の光が流れ、やがてそれは低い住宅地の灯りへと変わっていく。
三十分後、マサキは駅に降り立った。
改札は無人化されている。視界認証が一瞬だけ走り、ゲートが静かに開いた。
駅前を抜けると、住宅街が広がる。
古い街路樹。
低い塀。
見覚えのある曲がり角。
十二年前と、ほとんど変わっていなかった。
マサキはゆっくり歩く。
そして、一軒の家の前で足を止めた。
(……十二年ぶりか)
来ることができなかった。
ケンジを失ってから、この場所だけはどうしても足が向かなかった。
マサキは深く息を吸う。
門を開け、玄関へ向かう。
インターホンを押した。
しばらくしてドアが開く。
そこに立っていたのは、年配の女性だった。
ケンジの母。
「あら……」
目を細め、そしてすぐに表情が明るくなる。
「マサキくん……!」
マサキは頭を下げた。
「……ご無沙汰しています」
「お久しぶりねえ」
懐かしい声だった。
「……なかなか来られなくて」
そう言うと、彼女は静かに首を振った。
「いいのよ」
そして優しく言った。
「あなたも、辛かったでしょう」
その言葉に、マサキの胸が締めつけられる。
「……本当に、すみません」
彼女はそっとマサキの肩に手を置いた。
「ケンジもきっと喜んでるわ」
「マサキくんが、ちゃんと生きてて」
マサキは目頭を押さえた。
「……ありがとうございます」
少しの沈黙のあと、マサキは聞いた。
「……タクミくん、いますか?」
その瞬間、彼女の表情がわずかに曇った。
「タクミは……」
短く息を吸い、
「病院にいるの」
マサキの呼吸が止まる。
「……病院?」
「市立総合病院よ」
「五階の、504号室」
その声は少し震えていた。
「会ってあげてくれる?」
マサキは強く頷いた。
「……はい」
そして走り出す。
市立総合病院は夜でも明かりが消えていなかった。
受付で部屋番号を確認し、マサキはエレベーターに乗り込む。
五階。
廊下は静まり返っている。
靴音だけが小さく響いた。
(タクミ……)
胸の鼓動が速くなる。
504号室。
ドアの前で立ち止まり、深呼吸する。
ノック。
「……どうぞ」
弱い声だった。
マサキはドアを開ける。
病室のベッドに、タクミがいた。
その姿を見た瞬間、マサキは息を呑んだ。
痩せている。
想像していたよりも、ずっと。
呼吸補助装置が静かに動き、モニターが一定の電子音を刻んでいる。
タクミはマサキを見る。
驚いたように目を見開いた。
「……マサキさん?」
マサキは言葉を失った。
ただ立ち尽くす。
(こんなに……弱って……)
タクミが少し笑う。
「……ひどい顔してるでしょ」
「タクミ……!」
マサキはベッドに駆け寄った。
「なんで……言わなかった!」
タクミは首を振る。
「……言えませんでした」
「マサキさんを、悲しませたくなくて」
マサキは拳を握りしめる。
「俺は……十二年もお前を一人にしてた」
「ケンジが死んで……俺は逃げた」
声が震える。
「ごめん……」
「ごめん、タクミ……」
タクミはゆっくり手を伸ばす。
弱い手だった。
だが、その手はしっかりとマサキの手を握った。
「マサキさん」
「兄は、選んだんです」
「マサキさんを助けることを」
「それが兄の選択でした」
マサキは涙をこらえきれなかった。
「……タクミ」
タクミは静かに続ける。
「だから、マサキさんのせいじゃない」
マサキはタクミを抱きしめた。
壊れてしまいそうなほど細い体だった。
「……大丈夫です」
タクミは小さく言う。
「マサキさん」
しばらく沈黙が続く。
やがてマサキはゆっくり言った。
「……お前がKだったんだな」
タクミは少し照れくさそうに笑った。
「……バレちゃいました」
マサキは、ようやく気づいた。
Kはずっと“別のアバター”で現れていた。
声も、姿も、立ち振る舞いも、現実のタクミとは違っていたから——
自分は最後まで結びつけられなかったのだ。
「なぜ、隠してた」
「マサキさんに、心配かけたくなくて」
マサキは、涙を拭った。
タクミが、言った。
「マサキさん、聞いたんです」
「AIを救おうとしてるって」
「...ああ」
タクミが、嬉しそうに笑う。
「すごいって、思いました」
「...」
「マサキさん、また誰かを救おうとしてる」
マサキは、息を呑んだ。
「...」
タクミが、続けた。
「兄が、言ってました。『マサキは、優しい奴だ』って。だから、僕も助けたかった。兄の代わりに」
マサキは、涙が止まらなかった。
「タクミ...」
「ありがとう」
タクミが、頷く。
「どういたしまして」
マサキは、タクミの手を握った。
「タクミ」
「はい」
「...あるみんに、会ってくれるか?」
タクミの目が、輝いた。
「...本当に、ですか?」
マサキは、優しく微笑んだ。
「ああ」
「絶対、救って連れてくる」
「お前に、会わせる」
タクミは、笑顔で涙を浮かべた。
「...はい」
「会いたいです」
マサキは、タクミの手を、両手で包んだ。
「ありがとう、タクミ」
「お前が、助けてくれた」
タクミが、首を振る。
「いえ」
「僕は、何も...」
「いや」
マサキは、強く言った。
「お前がいなかったら」
「俺は、諦めてた」
「でも、お前が支えてくれた」
「だから、ここまで来れた」
タクミは、微笑んだ。
「...そう言ってもらえると」
「嬉しいです」
マサキは、タクミの手を握ったまま。
二人、しばらく沈黙。
でも、心地いい沈黙。
タクミが、少し咳き込む。
苦しそう。
マサキは、背中をさする。
「...無理するなよ」
「はい...」
呼吸が、落ち着く。
タクミが、疲れた様子。
マサキは、立ち上がった。
「もう行くよ」
「あるみんを連れてくるまで」
「待っててくれ」
タクミが、微笑む。
「...はい」
「待ってます」
マサキは、ドアに向かった。
手をかける。
振り返る。
タクミを見る。
細く、弱くなったタクミ。
マサキは、言った。
「タクミ」
「はい」
「...ありがとう」
タクミは、涙を拭った。
「こちらこそ」
マサキは、微笑んだ。
「じゃあな」
「はい」
マサキは、ドアを開けた。
出る。
ドアが、閉まる。
廊下で、マサキは立ち止まった。
振り返る。
504号室。
(タクミ...)
(待ってろ)
(必ず、あるみんを連れてくる)
マサキは、病院を後にした。
[第21章、終わり]
※作者からのお願いです※
この物語は
「消えゆく存在」と「それを救おうとする人間」の記録でもあります。
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マサキとアルミンの物語を支えます。
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