GP26 (012) 「定義」
毎週あったはずのゲームが無い日も、私の生活は余り変わらない。
変わったのは住処と、人の数だ。
緑の山の田舎を見るのは久しぶりだった。少し手狭な工場には、相変わらずのダーリンと、細々としたロギの機械達。
ロギは荷物を置いて早々に調べ物の為に出かけた。私としては暇なので、外に出ることにした。
2輪に跨りエンジンをかける。ここの土地は詳しく無いから、適当に走らせた。
道路に並ぶ商店は、街の出店なんかより大きいが、人はまばらで、本当にこんな広いスペースが必要なのか疑問になる。
2輪のエンジンの振動が心地よい。この2輪も、人気になってから購入したものだ。
断じてダーリンへの浮気じゃない。絶対に。
本当は、ダーリンを見ているとシュリを思い出すから外に出かけただけなのに。
緑しか無い道を走る。空が澄んでいて風が気持ちいい。2輪は好きだけど、何処までも行けそうな気がしたのは初めてだった。
何となくの気分で、道沿いの商店に停めた。客は数名程で、独特な匂いがする。決して不快ではないが、分からないので何も言えない。なんの匂いだろう。
見たことの無い飲み物を取ってレジに向かう。腰の曲がった老婆に商品を渡して端末決済を取り出す。
「お姉ちゃん、都会の人かい?ごめんねぇ、うち現金だけなのよ」
「えぇ、不便じゃんか」
「ごめんねぇ…手数料が高くって、うちじゃ入れられないの」
ただでさえ曲がった腰を更に曲げられると、私としても何も言えない。財布を取り出して、小さく畳んだ札を出した。
「ごめんねぇ…安くしとくからさ」
「いやいいよ、なぁなぁな取引は身を滅ぼすから」
そう言ったのに、おばあちゃんは値札より安い金額をレジに入れた。
「これは私がしたいからさ。お金の繋がりじゃない物が欲しいのは、悪い癖だねぇ」
「私がまた来るかなんて分かんないよ?」
「いいのいいの。今日お姉ちゃんの可愛い顔を思い出して寝れるなら」
「…紙とペン貸して」
不思議な顔して頼んだものを持ってきた。その紙に何となくでサインを描いた。これまで書いたことないし、今後も書くかは分からない。
それでもやっぱり、なぁなぁにはしたくなかった。
「ありゃ…有名人さんだったのかい?」
「そんなとこ、おばあちゃんがサイン第1号だよ」
「そんな、ありがとうねぇ」
軽く手を挙げて、そのまま店を出る。屋根の下で飲み物の栓を開けて、空を見上げて口に入れる。
捨ててしまうほど不味い訳じゃないけど、別に特別美味しくもない。でもまぁ、これはこれでありかもしれない。
更に2輪を走らせる。見たことの無い景色が次々と現れては消えていく。初めてはいつも、進み出したら楽しい事ばかりだ。
他より少し大きくて、それなりに車が止まっている場所を見つけて停めてみる。
建物の入口には看板が立っていた。
刺青、機械化、暴力団関係の方はご入浴をお断りしています。
大衆浴場だ。存在自体は知っていたが、見るのは初めてだった。
別に興味こそ無い。と強がってみる。
出入りする人が冷たい視線を送ってくる。居心地が悪くなり、背中を向けた。
…迷った。気分が良くて走り続けてたら、帰り方が分からなくなった。
頭を掻きながらロギに電話をかける。
「はいはい?」
「道に迷ったんだけど。どうしよう?」
「はぁ?どうしようって言われてもなぁ…位置わかる?」
「広い駐車場がある」
「何処でもそうだって」
日が沈み出した空と畑が広がっている。公共施設みたいなのは見当たらない。
「とりあえずメッセに住所送るから、近くの人に聞きな」
「うぃ…」
流石に日が沈む方角が西なのは分かる。でも自分がどっちに進んでたかは知らない。
ため息混じりに2輪を押す。遊んでいる子供が3人くらい歩いてきた。
「すげぇ!バイクじゃん!かっけぇ!」
でかい声で話しかけて来た男の子に端末を見せる。
「ここ、何処か分かる?」
「俺あんま文字読めない!」
他のふたりも同調する。ガキはバイクに夢中だ。
「じゃあさ、あんたの親のとこ連れてってよ。そしたらいいもんあげる」
「何?」
「私のサイン」
「要らなーい」
ムスッとしながら、そりゃそうだと自覚する。
「ピボットゲーム、分かる?」
「うん!父ちゃんが毎週観てるからな!」
「私、それに出てるの」
ガキ達が顔を合わせる。反応が薄い。辛い。
「…お姉ちゃん、変な人」
「んーマジかぁ」
軽く項垂れて立ち上がる。分からないのは仕方ない。子供に声をかけようとした時、横から声をかけられる。
「お前さん何しとん?」
知らないおっさんだ。身なりのいい格好をしている。端末を持っておっさんに詰め寄る。
「…これ、読めますか?」
「…あぁ、ここがどうかしたか?」
「ここに行きたいんです。場所を教えてください」
子供が指先で2輪をつついてはしゃいでいる。
おっさんは小さな建物に入る。赤いランプが付いていて、正面のドアは全開だ。
「ちょっと待っとけ。メモ探してくるで」
すっかり暗くなった外は真っ暗で、小さな灯りがポツポツとあるだけだった。
よく分からない防犯ポスターを見て待っていると、おっさんが戻ってくる。
「今どき旅行なんて珍しいな。さぞ大変やろ」
「旅行じゃないよ。引っ越して来て走らせてたら迷子になっただけ」
「引っ越し?なんでまた」
「今の情勢知らない?」
「さぁーなー…都会は大変なんか?」
「都会というか、世界というか」
全く検討もつかない顔をして、おっさんはゲラゲラ笑う。
「そうか!まぁここは関係なく、いつ終わってもおかしくない溢れ土地やでな!」
今世間は、ピボットゲームの異常事態で、戦争が始まるのかと騒いでいる。
もしもピボットゲームが終わってしまうと、それに関係する仕事は軒並み無くなる。大量の失業者が出る。
それが直接引き金になるとは限らない。それでも今の世界は不安の火薬庫だ。
それなのにこのおっさんは随分と呑気だ。そもそも、事の重大さがまるで分かってない。
「戦争が起こるかもしれないんですよ」
「戦争って、あれだろ?都会のげーむってやつ」
自分自身の顔がどんどん渋くなるのが分かる。
私だって戦争を知ったのは紛争地域を見た後、ネットで調べたからだ。学校で習うのは最近になってからだとも書いてあった。
戦争とは、その地域の統治者が別の地域と武力で争う事だ。
待った。確かに私の見た紛争地域もそうだ。それなら戦争は、今も起きてるはずだ。
ならば今、世間が恐れてる戦争とはなんだ。
「…どうした?なんかあったか?」
「おっさん、戦争って何?」
「はぁ?げーむって奴やろ?」
そうだ。ピボットゲームは戦争の代替だ。そう認識されている。
でも実際どうだ。確かに武力で争うが、そこに統治者の目的とか、そんなものは無い。
私達は今、何を戦争と呼んでいる?
「…とりあえず、ありがとおっさん」
「お、おう。気をつけろよ」
礼だけ言って外に出た。私は今、きっと面倒な思考に足を入れた。振りほどくように2輪を加速させても、頭の中から離れない。
ロギならなんて言うか。笑い飛ばしてくれるだろうか。




