ただの男は聴取される
08
取調室のなかは特段熱くも寒くもない。しかし先ほどから額に滲む汗がこめかみを流れてズボンに落ちてしまう。気持ちが悪いので袖で軽く拭うと濃い染みがついた。
せっかくの一張羅が台無しだ。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。と言っても難しいかもしれないが」
「はい……」
テーブルを挟んで向かいにいる相手を上目ずかいで見つめながら蚊の鳴くような声で返答する。僕の緊張を感じとってか、目の前の人物は苦笑いを浮かべた。
自身の手と足を繋ぐ錠に視線を落とす。足枷は座っている椅子に繋がれていて、手錠はテーブルの脚に繋がれている。
完全に犯罪者扱いだった。
「まずは自己紹介を。私は聖都勇使隊総隊長のリーダス・ジ・アリバーン。今回の事件──聖剣破壊事件についての総指揮を執ることになった」
純白の胸当てを身につけたリーダスと名乗る男性が穏やかな声色で言う。
僕はルカス教についてあまり詳しくないが、勇使隊というのは聞いたことがあった。ルカス教の私兵の総称だ。
聖女の守護を目的として設置された勇使隊はルカス教の敬虔な信者から選出される。そして、勇使を育成する学校に入学すると武術や剣術に始まり、薬学や魔法学などあらゆる学問を学ぶことになる。入隊できるのは優秀な成績を収めたものだけで、勇使隊の一員になることができた人間は羨望の眼差しを向けられる。
僕と比べてリーダスはそこまで歳が離れているようには見えなかった。恐らく五、六歳しか違わないのではないか。だとすると、その若さで勇使隊のトップまで上り詰めるとは相当の実力者であることが伺える。
加えてリーダスは聡明な顔立ちをしており銀髪にスカイブルーの瞳という女性受けしそうな容姿をしていて、振舞も優雅だった。
眉目秀麗とは彼から生まれた言葉と言われても素直に頷いてしまいそうなほどの美貌の持ち主だった。
「そして、私の隣にいらっしゃるのがルカス教の大司教であるユードラル・マカライト卿だ」
リーダスの紹介に無言のまま醒めた目を向けてくるのは痩躯の壮年の男性で、切れ長の目に眼鏡をかけているせいかとっつきにくい印象を与える。金の刺繍が入った法衣を着ていて顔の印象も相まって威厳のある風貌だ。
大司教ということは、ルカス教内の序列で言えば二番目にあたる地位の人物ということになる。
「……レノン・ハルマイトです」
春と冬のような温度差のある二人に、僕はおずおずと自己紹介をする。
「レノン・ハルマイトさんね……。レノンと呼んでも?」
「はい」
「ありがとう。私のことはリーダスとでも呼んでほしい。さて──」
リーダスは机のうえで両手を組むと、スカイブルーの瞳で真っすぐ僕を見据える。
「まどろっこしい取り調べはなしにしよう。そこまで悠長にしている時間はない。単刀直入に聞かせてもらう。一体どうやってその力を手に入れた?」
「ち、ちから?」
「聖剣を破壊した力のことだよ」
「ま、待ってください。僕にそんな力なんてありません!」
「しかし、実際に聖剣は折れてしまった。しかも神聖な聖剣の儀の最中に、勇者候補の君によって。この事実はどうあっても覆せない。なにせ証人はいくらでもいるからね」
ぐうの音も出ない正論に僕は黙るしかない。
「聖剣は勇者ルカスの力が宿った神聖な遺物だ。破壊しようと思ってできるものじゃないし、そもそも聖剣にはノヴァ様の加護もある。白状してしまえば、我々も困惑しているんだ」
リーダスは本当に困惑している様子でテーブルのうえで組んだ手を揉みながら続ける。
「特にノヴァ様のお力は絶大だ。聖典に記されているどの聖女様よりも慈悲深く思慮深い。亡き勇者ルカス様が残した力の残滓をあれほど精緻に扱える方はいなかった。そんなノヴァ様の守護の力を打ち砕き、聖剣を破壊するなど到底認められることじゃない。しかし、実際のところ聖剣は折られてしまった。この事実から導き出される答えは、君がルカス様やノヴァ様を凌駕する力を秘めているということだ」
僕は錠を嵌められた両手に視線を落とす。勇者ルカスと聖女の力を打ち破る力が僕にある?
そんなことあり得るわけがない。田舎生まれの田舎育ちで、なんの取柄もない凡人である僕が、勇者や聖女を越える力を持つなんて。
「そんなこと……。僕はただの──」
「ただのということはないだろう」
それまで一切口を開かなかったユードラルが僕の言葉を遮る。人を殺してしまいそうなほどの鋭い眼光はとても聖職者がするものとは思えない。
「君は自分の行いがどれほどの意味を持っているのかを理解していないようだ。いいかね、聖剣フェフリンピオーダスは初代聖女様が勇者ルカス様に託された想いそのものなのだ。飢えや疫病、戦争に苦しむ民を憂い自身の命と引き換えに戦ったルカス様が亡くなる間際に、後世の人々が絶望に伏すことなく未来に希望を見出し続けるために力を移行し残してくださった。我々にとって聖女様は暗雲立ち込める空を照らす光であり、聖剣は信仰の道しるべだ。君はその二つを否定するだけに留まらず、破壊してしまった。これがどれほど罪深いことなのかわかっているのか」
「それは……」
「我々の信仰の根幹を揺るがす事態なのだ。家族を失い、恋人を失い、友を失い、生きる目的を見失ってしまった人たちがいる。不幸な境遇に未来を思い描くことができない人たちがいる。ルカス教はそういった人たちに寄り添い、祈りを捧げることで勇者ルカス様と聖女様と共に生きる力を育む家であらねばならない。君はその人たちの集う家をに火を放ってしまったのだ」
罵声を浴びせるでも、暴力を加えられるわけでもない。ただ抑揚のない声で滔々とユードラスは言う。
「今はまだボヤ騒ぎですんでいる。が、次第にその火は家を飲み込むだろう。そうなれば家を追い出されてしまった人々はどうなるか」
ここで初めてユードラスの目に感情の色が浮かんだ。
「私は……ルカス様と聖女様を信じる教徒になんと言えばいいのだっ」
そう言うとユードラスは席を立ち、重厚な鉄扉を開いて部屋を出て行ってしまった。
室内に重い空気が流れる。リーダスも神妙な顔つきで視線を落ち着きなく彷徨わせている。
「僕は……どうなるのでしょうか」
僕の問いにリーダスは複雑そうな顔して逡巡し答えた。
「六日後の十二の刻に聖都で裁判が開かれる。レノンはそこで裁かれるだろう。今回は事が事だけに即日判決が下されることになるだろうね」
「裁判って王都で行われるんじゃないんですか」
「普通はそうだけど今回は違う。聖都内で起こった犯罪行為に限り、聖都裁判所で王都の法律に則って裁くことが認められているんだ。そこでレノンは恐らく……」
言い淀むリーダスは一呼吸おいてから続ける。
「死刑を言い渡されるだろう」
死刑という言葉に思い浮かんだのは家族の顔だった。家を空けがちな父。趣味が高じて自身の店を持ち日々忙しくしている母。世界を見たいと旅に出てろくに帰ってこない姉。僕を「にいたん」と呼び慕ってくれる妹。
僕は皆になんと言いわけをすればいいのだろうか。
「ただ、君が本心を明かしてくれれば状況は変わるかもしれない」
「本心?」
「そうだ。我々は……特に私はレノンが悪意を持って今回の事件を起こしたのだとは思っていない」
「そ、そうです! 僕は聖剣を折ろうなんて考えてもいませんでした!」
「だから私はこう思っている。レノンは自覚しているのか、無自覚なのかはわからないが、誰かに利用されているんじゃないか?」
「どういうことです?」
「……例えばレノンが裏でルカス教を恨む誰かと繋がっていて聖剣破壊に協力しているのかもしれないし、レノンの意思とは関係なく悪意ある第三者によって操られているだけなのかもしれない」
「そんなっ……。僕は誰とも繋がってなんかいない!」
「それを証明する手段を持っているかい?」
「……それは」
そんなもの持っているはずがない。それはリーダスもわかっていることなのだろう。だからか、僕が言葉に詰まっても追及してくることはなかった。
沈黙の間が生まれる。リーダスは一度瞳を閉じ、次に開くとそこにはこれまで見せてこなかった強い意思が宿っていた。
「すまない。ただ私は真実が知りたいんだ。ルカス教に仇名す者がいるのならば勇使隊総隊長の名において、毅然と立ち向かわなければならない。ユードラル卿が仰っていたが、聖都は僕ら教徒にとっては家同然なんだ。大切な居場所に危害を及ぼされようとしているのを黙って見ているわけにはいかない」
これまで見せてきた人のよさそうな雰囲気は消え、相対する敵に立ち向かう騎士の姿があった。
悪と断じれば即座に切りかかる。全てはルカス教に生きる家族を守るため。
僕はリーダスの気迫に押され、なにも言えなくなってしまった。
「まあ今日はこの辺にしておこう。私も民の混乱を鎮めるためにこれからやらねばならないことがあるんだ」
リーダスが席を立ち、鉄扉の前で立ち止まる。
「レノンにも家族がいるだろう。よく考えてみてくれ。それでもし、気持ちが変わったら私だけにでもいいから、本当のことを話してくれると嬉しい。そうしたら私も力になれる」
リーダスの背中には僕を気遣う気持ちと、このままでいれば躊躇うことなく切り捨てるという覚悟が滲んでいた。
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