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BL恋愛ゲーム世界に転生しました。  作者: 高殿アカリ
番外編
46/46

キース×クリス

※BL表現・シリアス


穏やかな朝日がベットの上に降り注ぎ、キースを目覚めさせる。

怠惰な微睡みの中、キースは自分の腕の中にいる温かな存在を抱き寄せた。


「う、うーん」


まだ眠いとばかりに不機嫌そうに唸るのは、キースが愛する1人のエルフだった。


その黄金色の髪は常に光り輝き、その中性的な顔立ちはいつだって神秘を孕んでいた。

つまるところ、キースは彼に執着していた。


すりすりと自分の胸に頬を寄せてくるクリスの耳に、ヒト族とは違って鋭く尖ったその耳に、キースはそっと唇を落とした。


夜の帳が降りた後、その耳が敏感な反応を返すことをキースはよく知っていた。


昨夜の情事を思い出し、キースは一人甘い吐息を漏らした。

それから、愛おしそうに、慈しむように、クリスの唇を啄み始めた。


そこに現れるであろう、自分への愛を決して見逃さないように。


そんなことをしていると、当然の事ながらクリスの意識が覚醒してくる。

目覚めたクリスは、目の前で泣きそうな顔をして唇を落としてくるキースに笑顔を見せた。


「また、怖い夢でも見たんですか?」


それから、キースの真っ白な髪にその手を伸ばし、優しく温かくその頭を撫ぜた。


ぽろり、と。

思わず、キースの瞳から涙が流れてしまったのは。


きっとそこに愛を見てしまったから。

クリスからの甘く穏やかで、それでいて時に激しく互いを求め合うような、そんな愛を見てしまったからだった。


キースは、堪らずクリスを抱き潰すと、震える声を何とか絞り出した。


「……永遠に……僕を愛してくれる?」


その言葉にクリスは、ふっと柔らかな笑みを浮かべ、どこか不安な顔をしているキースの唇に自らの唇を寄せた。


それが、返事だった。


普段は飄々としており、どこか掴めない雰囲気を持つキースが、クリスにだけ見せる弱さ。

それは、キースが愛情に飢えた子供だったことに由来している。


クリスは、初めてキースの弱さを見たあの日のことを思い出していた。

そしてキースもまた、初めてキースと出会った日のことを覚えていた。





人は皆、綺麗なものが好きだ。

ひとつの穢れもなく、純粋で、無垢で、真っ白な。


そんな綺麗なものが好きで好きで堪らないのだ。


あの子、のような。

僕の弟、のような。


反対に、僕のような普通の王子はこの国には必要ない。

誰の恨みを買うこともなければ、誰かにとっての特別にさえなり得ないこの僕は。


そんなひねくれた、ねじ曲がった幼い心が、僕にひとつの行動を与えた。


僕はわざと王室に招かれていた老貴族にぶつかったのだ。


その老貴族の爵位はそこまで高いものではなかった。

しかし、彼は年下の者を見下す傲慢な老人であったし、それを知っていたからこそ僕は彼にぶつかったのだ。


粗相をしでかした王子の僕をお父様やお母様はもちろん、周囲がどう扱うのか、見てみたかったのだ。

僕は本当に愛されているのだろうか?

庇われるのか、慰められるのか、叱られるのか、あるいはーーーー。


僕のぶつかった老貴族は、醜い顔で汚い唾を吐き出しながら僕を詰っている。

僕はそれをただ見ていた。

人の顔はよくもまぁここまで醜くなれるものだ、と。


散々怒鳴り散らしていた老貴族が不意にその口を閉じた。

何が起きたのか、と思った瞬間。


僕の前に飛び出す小さな人影があった。


「兄が申し訳ありません」


そう言って、頭を下げた僕の弟。

そして、事態はその一言で収束した。


たった、その一言だけで。

あれほど怒っていた老貴族は、エドワードの言葉でその態度をガラリと変えた。


あれほど醜かった顔も今は柔和に微笑んでいる。

先程までは何か人ならざるものに取り憑かれていたとでも言うのだろうか。


「兄の為に身を呈すなど、素晴らしい弟君であるな!」


そして、その二人の様子をにこにこと微笑ましげに見つめる家来たち。

僕は完全に空気だった。


ーーーー馬鹿馬鹿しい。


僕の心に諦めの気持ちがむくむくと育つ。

虚無、虚しさばかりのからっぽだ。


ほら、もう既にエドワードは気に入られているじゃないか。

あれほど気難しく、傲慢で、弱い者には容赦のないと言われた一人の老貴族に。


虚しさ故に、拗ねることもまた僕のプライドが許さなかった。

無表情のまま目の前の光景を見つめている僕にどこからか視線が注がれた。


こんな状況で僕に興味を持つ人がいるとは。

少しばかりの期待を持ち、見つめた先に居たのは、エルフ族の子どもだった。


これがクリスとの出会いであった。


その後、僕とクリスは少しずつ少しずつ仲良くなっていった。

生まれて初めて出来た友人だった。


僕のことを大切にしてくれる唯一無二の人だった。

そうだと思っていた。愚かにも。


クリスのそれに気がついたのはいつの頃だっただろうか。

熱のこもったその視線に。


細かいことはもう記憶の彼方だが、恐らくは些細なことだったはずだ。


そうーーーー。

彼のその神秘的な瞳に映っていたのは僕じゃなかった。


クリスもまた、エドワードを見ていた。

世界にどうしようもなく愛された僕の弟のことを。


居てもたってもいられなくって、僕はこの国の禁忌を犯した。


誰も僕のことを叱らないから。

誰も僕のことを見つけないから。


誰も彼も、クリスでさえも。

僕のことを愛することが出来ないから。


僕は国のお抱えの薬草師を脅し、幾つかの薬を作ってもらった。

エルフ族にだけ効く薬たち。

彼を僕だけのものにするための最終手段。


僕は彼に惚れ薬を盛った。

それから、発情するお香を炊いた部屋で彼を抱いた。


噎せ返るほどの甘ったるい匂いを嗅ぎながら、僕は泣いた。

彼の瞳に見つめられるのは僕だけが良かった。


僕を襲う罪悪感に気持ちが悪くなる。

それでも僕はやめなかった。

この愚かな行為をやめるにはもう引き返せないところまで来ていたのだ。


クリスの虚ろな瞳に僕が映る。

愚者の僕、幽霊の僕、世界の愛し子の兄の僕。

そこには、色んな僕がいたんだ……


それから幾許の時間が過ぎただろう。

気が付けば部屋の空気は正常に戻りつつあり、クリスの瞳にも光が戻ってきていた。


僕は怖かった。

薬草師は惚れ薬の効き目は永遠だと言ってはいたけれど、それでも怖かった。


だって、相手は僕の弟だ。

誰をも虜にしてしまう世界から愛された男児なのだ。


瞳に完全なる光を戻したクリスは、辺りの惨状を見て、それから僕を見て、こう言った。


「……キース様……ありがとうございます」


儚げにそう笑ったクリスは、どこまでも綺麗で美しかった。


彼の礼の意味は分からなかったけれど、それが世界の呪縛から解き放たれたことへの礼だったのなら、僕は嬉しい。

そう信じたかった。


僕は愛しさと罪悪感と劣情と色んなものが混ざった気持ちで彼を抱きしめた。


「……永遠に……僕を愛してくれる?」


情けなくも震えた声でそう尋ねた僕の腕の中で、彼はこくんと頷いた。

それだけで十分だった。


僕は確かに幸せだった。


僕の望み通り、あの日からずっとクリスは僕だけのものになった。


いつの間にか再びクリスは怠惰な夢の中に落ちているようだった。

昨日は随分と無理をさせてしまったからな……。


あの頃と同じように、健やかに微睡むクリスの寝顔を見ながら僕はひっそりと呟いた。


たった一人きりの世界への独白だった。


「親に愛されていなければ……良かったのかもな」


失笑気味に呟いたその言葉の先を飲み込みながら、僕はクリスのその豊かで繊細な金色の髪に顔を埋めた。



親に愛されていなければ良かった。

いっそのこと、憎まれていれば良かった。


それなら、こんなにも愛を求めなかったのに。


親は僕を愛してくれていた。

ちゃんと愛情を持って育ててくれていた。


ただそれが、エドワードへの愛情に劣っていただけだった。

僕はエドワードより愛されたことがなかった。


両親にも、臣下たちにも、傲慢な老貴族にも、そして恐らくは愛しい我が恋人にも。


だけど、どうしろと言うのだろう。

何をしても一番に愛されるエドワードを前に、一体僕は何ができたというのだろう。


誰も彼もの、一つ一つの行動にも仕草にも、愛を探してしまう。

クリスの表情ひとつにさえ。


それがもうずっと、何年も続いてきた。


クリスの瞼がゆっくりと開く。

まるでおとぎ話の眠り姫のように。


僕は慈しむように微笑んで、

「おはよう、僕だけのお姫様」

その頬にキスをひとつ落とした。


そして、彼の瞳を覗き込み、今日も今日とてそこに僕しか写っていないことを確認して安堵する。


いつまで続けるつもりだろう。

こんな不安定なやり方で。


ふと脳裏を過った猜疑心を打ち消して、僕は僕だけのお姫様をその腕に閉じ込めた。


果たしてこの恋は本物と言えるだろうか、それともーーーー。


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