赤い糸#1
1
「卒業式が終わったら私たち二人で心中しようよ」
横に座り込んでいる女子生徒が俺の顔を覗き込み呟く。
その瞳は、どこか祈るような、何よりも大切なものを見つけたような雰囲気だった。
俺は••••••その瞳に惹かれた。
彼女との出会いによって、俺は決意した。
彼女と一緒になりたいと。
2
「それじゃあ、これでホームルームは終わりよ」
先生が教壇に立ち、今日の学校の終わりを口にし、教室から出て行こうとしたところで何かを思い出したように生徒の方を向く。
「明日から三年生で初めての授業があるから、皆んな休んじゃダメよ」
指先をビシッと伸ばして生徒たちに喝を入れる。
他のクラスメイトたちは口々に返事をする。
それに満足した先生は手を振り、教室から出ていった。
「今日も疲れたー」
「今日って部活あったっけ?」
「部活サボろうかなー」
「マジ?サッカー部の顧問って怖くないんか?」
ホームルームが終わり周囲を見回すと、帰る準備をする者、部活に行こうとする者、友達と雑談する者など様々だ。
「瀬野、また明日なー」
一つ前の席の加藤が部活に行くついでに帰る準備をしていた俺に言う。
「ああ、また明―」
俺の返事を待たず、加藤は走って教室を出ていってしまった。
少し傷つくな。
それに、
「明日••••••か」
誰にも聞こえない声で呟き、窓の外に視線をやる。
太陽はすでに沈みかけている。
窓から差し込む夕焼けの日差しがやけに鬱陶しく感じる。
「はぁ」
俺はため息を吐く。
加藤には申し訳ないことをするかもな。
カバンの取っ手を肩に掛けて俺も教室を後にした。
3
俺は階段を上ってさらに上の階に向かう。
階段を上りきり、踊り場にでる。そして踊り場の先に視線を向ける。そこには一つの扉がある。
俺はその扉のドアノブに手を置く。そしてドアノブを回す。
扉は老朽化しているのか少し固く開けづらかった。
奥へ思いっきり力を入れて、扉を開ける。
その扉が開いた瞬間、目の前が急に眩しくなる。
夕焼けの日差しが踊り場を照らしているのだ。
そして俺はその扉をくぐり奥へ進む。
日差しがさらに強くなる。
「流石に眩しいか」
日差しを遮断するように腕を目の上に置く。
そのまま数歩進む。
だんだんと目が日差しに慣れていき、曖昧だった目の焦点が戻っていく。
ふと視界の端にグラウンドが映る。そこでは野球部とサッカー部が練習をしていた。
そう、俺は屋上にいる。
今なら、あることが出来るかもしれないからだ。
俺は肩に掛けていたカバンをその場に置く。
さらに歩みを進める。
そして屋上の縁のフェンスに辿り着く。
そのフェンスは腰の上までの高さしかなかった。
俺はフェンスを越え、さらに奥に一歩進む。
完全に後一歩行けば落ちる。この高さから落ちれば確実に死ぬ。
ここから飛び降り、死にたいから俺はここに来ていた。
後一歩で死ねる。
それなのになぜその一歩が踏み出せない?
もうこの人生に未練など無いはずなのに。
俺の人生は何もなかった。
ただただなんとなく学校に行くだけ。
勉強も運動もその辺から連れてきた学生と同じ程度。
友達もいない。
これからの希望なんて何もない。
このまま直線のように何も変わらない。
そんな人生、捨ててもいいと思っている。
一歩、後一歩進むだけのはずなのに。
「またダメか」
口にした結論に、思わず笑いそうになる。
フェンスを飛び越えその内側に下がる。
そしてカバンを拾い、塔屋の壁に背を預け座り込み夕焼けの空を見上げる。
「俺は、いつ死ねるんだ?」
言いながら右腕をまっすぐ伸ばし空に突き出す。
広げた指の隙間から日差しが溢れる。
「いつも最後で勇気が出ない」
自嘲気味に発した言葉は風に吹かれた様に消える。
俺はこれまでに三回、自殺をしようとしたことがある。
一回目は中学二年の夏頃。
同じクラスに虐められていた友達がいた。その友達に相談されて俺は次に虐められているところを見かけたら間に入って助けてあげると約束した。
俺は約束した通りに虐められていた友達を助けた。
しかしそれは俺を次の虐めのターゲットにして、その友達が自分だけは助かる為に考えた思惑だった。
俺はその思惑にまんまとハマったのだ。
その日から俺への虐めが始まった。
虐めの影響で俺の精神はすり減っていった。
そして自室の天井から首吊り輪を垂らし、自殺をしようとした。
この時は結局、寸前のところで躊躇して、偶然部屋に入ってきた父親に止められた。
二回目、三回目は高校一年の春頃。
中学二年の秋頃から発症したうつ病で毎日死にたいと思うようになっていた。
そしてその思いがどんどんと膨らんでいった。
結果、睡眠薬のオーバードーズで死のうとした。
しかしそれも出来なかった。
今日もまた同じだった。
最後の勇気が出なかった。
「なぜなんだ?」
俺は自問するが心の奥ではもう分かっている。
しかしそれを認めたくない。
認めてしまえば俺は••••••。
「大丈夫?」
不意に女性の声が聞こえた。
4
その声によって思考が現実に引き戻される。
俺は下げていた顔を上げる。
すると目の前に女子生徒、クラスメイトの橘凛が俺のこと見下ろしていた。
「橘さん、どうしてこんなところに?」
「どうして?ね」
俺の言葉を繰り返し口にする。
そしてそのまま俺の隣に座る。
「うーん、そうだなー」
そう言って少しだけ考える素振りを見せ、俺の方を向く。
「それは瀬野くんと同じだよ」
「俺と••••••同じ?」
「うん」
聞き返した問いに橘さんは頷いた。
俺と同じ?
そんなことがあるのか?
橘さんが?
いや、それよりも俺がしようとしていたことをなぜ橘さんが知っている?
「私は全部見てたよ」
俺が混乱しているのが分かったのか橘さんは続ける。
「瀬野くんがあそこから飛び降りようとしていたところも」
そう言って橘さんは指を差す。
そこは確かに俺が飛び降りようとしていた場所だった。
「つまり、橘さんも飛び降りようとしていたんですか?」
なんとか無理やり心を落ち着かせ問いかける。
「うん、そうだよ」
橘さんはあっさりと肯定した。
「私も今日ここで飛び降り自殺しようとした。でも瀬野くんが諦めたからやめた」
「俺が諦めたから?」
「うん。もしも、瀬野くんがちゃんと自殺出来てたら私も自殺したよ」
俺が自殺出来ていたら、橘さんも自殺した。
どういうことか分からない。
なぜ俺が基準になっているんだ?
「訳が分からないって顔だね」
顔にまで疑問が出ていたらしい。
「なんで俺が橘さんの自殺の基準になっているんですか?」
考えても分からないなら聞いた方が早い。
「それを説明するのは難しいから出来ないけど、でも一つ言えることはあるよ」
そう言って橘さんは人差し指を伸ばして俺に向ける。
「瀬野くんは私と同じで最後の勇気が出せないからだよ」
"勇気が出せない"それは当たっている。
俺は四回自殺をしようとして失敗している。勇気が無いのは紛れもない事実。
「橘さんはどうやったら勇気が出せるのか知っているんですか?」
「絶対とは言えないけど、仮説はあるよ」
橘さんは一度、空を見上げ何かを決心したように頷き、再び俺に向き直る。
「その前に私の話を聞いてもらってもいいかな?」
「分かりました、聞かせてください」
「ん、ありがと」
そう呟き、橘さんはどこか遠くを見つめながら自身の話を始める。
俺は何故かその橘さんの話を無性に聴きたくなっていた。
"橘凛"というクラスメイトのことをもっと知りたい。
橘さんを理解したい。
そんな感情になっていた。
そして橘さんの話に集中する。




