4-4 : 摩擦の果て
白熱灯が、診察台に横たわる若林の蒼白な顔を照らし出していた。
東雲の指先が、銀鍼の頭を僅かに押し込む。
若林の瞳から、最後の一滴の「意志」が枯渇していくのが見えた。
「……やめ、ろ」
加賀美は、一歩を踏み出した。
腿に刺さったUSBメモリが、一歩ごとに肉を裂き、神経を焼く。脳を支配しようとする東雲の「静寂」を、加賀美はその自傷の熱だけで押し戻していた。
「加賀美さん。その痛みは、もう不要なものです」
東雲は、迷いのない所作で鍼を進める。
「若林君の処置が終われば、次はあなたの不具合を修正しましょう。そうすれば、あなたは二度と自分を傷つける必要もなく、ただ美しい世界の一部になれる」
美しい世界。
摩擦のない、静かな、冷え切った地獄。
加賀美は、自分の喉が激しく震えているのに気づいた。
「……美しい世界なんて、いらない」
加賀美は、若林の身体に重なるように、東雲の腕を掴んだ。
東雲の手は、死体のように冷たい。
加賀美の手は、自分の血と、剥き出しの怒りで沸騰していた。
「この汚れも、この苛立ちも……救えなかった娘を想って眠れない夜も。……全部、俺なんだ」
加賀美は、掴んだ腕を強引に引き剥がした。
銀鍼が、若林の皮膚を浅く切り裂き、白いシーツに弾け飛んだ。
若林が、短く喘ぎ、意識を取り戻した。だが、その瞳には、かつての「熱」は戻っていなかった。
半分だけ扉を閉められたような、どこか遠くを見つめるような、欠落した瞳。
東雲は、無造作に腕を引かれながらも、表情を変えなかった。
ただ、自分の指先についた加賀美の鮮血を、不思議そうに見つめた。
「……理解しがたい。あえて地獄を、選ぶというのですか」
「地獄じゃない」
加賀美は、若林の肩を抱き上げ、よろめきながら立ち上がった。
項の「静止点」が、加賀美の神経を断ち切ろうと最後の暴動を起こす。視界が急速に狭まっていく。
「……これが、生きているということだ」
加賀美は、東雲に背を向けた。
追いかけてくる気配はない。東雲にとって、去る者は「利用価値のない廃材」に過ぎないのだ。
警察署の廊下。
整然と並ぶ署員たちが、血を流し、一人の男を抱えて歩く加賀美を、一様に「慈しむような微笑」で見送った。
彼らにとって、加賀美は、ただ憐れな、治療に失敗した患者だった。
外に出ると、新宿の街は、どこまでも澄み渡り、静止していた。
その完璧な沈黙の中で、加賀美の荒い呼吸と、引きずる足音だけが、不快なノイズとなって響き続けた。




