第十八話 ゲーム本編スタート
私、白鳥美鈴。高校一年生。
性格は、そうだなぁ。ちょっと早とちりしやすいけど、自分では結構気さくな性格だと思ってるヨ☆。
あ、あと、ちょっとドジな所もあるんだ。それでね?今日は必死で勉強をして受かった高校。憧れのエイト学園の入学式。
友達出来るかなっ?
恋人も出来るといいなっ!
新しく始まる生活と恋の予感っ☆
よーし、今日から頑張るぞーっ!
………なーんてプロローグから始まる入学式。
正直、そんな心境になれる訳ない。
どっちかって言えばとうとう始まってしまったって言う方が正しい。
だって本当はね。聖カサブランカ女学院の姉妹校に進学するつもりだったの。そこに進学したら、乙女ゲームから逃れられるチャンスじゃないかと、そう思ってね。
けどヒロインに対する補正はそんな生易しいものじゃなかった。
良く小説やアニメで見聞きする【ヒロイン補正】って奴は、悪役令嬢やライバルキャラにとっては抗うべき対象だって認識だったから、逆に言えばヒロインにとってはヒロインの行動を後押しするものだと思ってた。
でも良く考えたら、そんな小説などで出てくるヒロインちゃん達は物語の流れにそって進むから背中を押して貰えるのであって、私みたいに流れから外れようとする人間には強制力となってしまうらしい。
今まで色んなヒロイン補正を感じてきたけど。今回ばかりはその補正する強制力を強く感じた。
エイト学園への入学。
全く抗う事が出来なかった。
それこそ去年の、文体祭が終わった後の事だった。
※※※
文体祭が終わった翌月。
書類やら引継ぎやらで追われていた私達がようやく一段落した時突然学園長室に呼び出しをかけられた。
生徒会メンバー全員で呼び出され、流石に何かやらかしたっけと皆、各々脳内で過去の記憶に検索をかけまくる位には動揺していたと思う。
生徒会長だった私は代表でノックをして一番に学園長室へ入る。
すると学園長がそれはそれはもう良い笑顔で出迎えてくれ…うっわー。これ絶対何かあるわー。そんな私の嫌な予感は見事的中した。
「貴女達を呼び出したのは他でもありません。進学の事についてです」
「進学?」
「まずはこちらを渡しておきますね」
そう言って手渡されたのは、エイト学園の入学案内と学校説明のパンフレット。
更に嫌な予感がして、ついーっと背中に冷汗が流れた。
「それから、こちらも重要な書類です」
渡されたプリント。
印刷された文に目を通して私の嫌な予感は嫌な事確定に変わった。
「『エイト学園の共学化について』って園長先生。これは一体…?」
優兎くん。お願い。話を促さないで。ここは見なかった事にして帰るべきだと思うのっ。
「実は有名進学校であるエイト学園が20××年度に共学化する事が決まりまして。その試験運営がされるそうなのです」
「は、はぁ…」
「それで近隣の中学から推薦で五名。エイト学園に進学を勧める事になっているのですが」
……まさか…。
「それが私達、ですかー?」
ぎゃーっ!ユメそれ言っちゃ駄目ーっ!!
心の中で大絶叫。
あぁ、園長先生が良い笑顔で頷いてる。
「詳しくはそのプリントに書いています。ちょっと時間をあげるので読んでみなさい」
読みたくないが読まない訳にはいかなそうだった。
えーっとなになに?
◎ エイト学園の共学化について。
本校は20××年度に共学化することに決定いたしました。その為の試験運営を来年実施したいと思います。
以下の内容をお確かめの上ご返答をお願いしたします。
1、御校推薦枠を五名。学力、能力共に高ランクの生徒を望みます。
2、試験運営なので、今あるA~D、そしてSクラスの他に女子のみのクラスであるGクラスを設立予定です。
3、授業内容に関しては来年度よりコース制度を適応いたします。
4、Gクラスの設立の目的は…
……あとはだらだらと説明が続いている。
何かもう読む気にならない。けど、分かった事はある。
「もしかしなくても、園長先生。その推薦枠に私達が…?」
「えぇ。貴女達を推薦しようと思っています」
「……えっと、因みに学園長先生?拒否権は…?」
ニコニコニコ。
あ、全くなさそう。拒否?なにそれ?誰に言ってんだ、こら、なオーラがひしひしと…。そもそも私と優兎くんは、優兎くんって言う男子を入学させる為に学園長に借りがある。…逆らえる訳ないよねー…。
優兎くんは元々男子だから推薦枠には入らない。
結局私、愛奈、円、ユメ、桃の五人が新設エイト学園のGクラスに推薦されたのだった。
※※※
と言う学園長先生のほぼ強制的な推薦により私達はその試験クラスに入学と至った訳なのですよー…。
まさかこんなトンデモナイ方向から補正が入るとは思わなかった。
エイト学園にホントに通う事になるとは…。男子校だと思って油断してたわー。
でも、ゲームと違う点はいくつもあったりする。
まずはー。
「美鈴ーっ?そろそろ出ないと遅刻するわよーっ?」
ママの遅刻するわよーって事でー…うんっ?
「うそっ!?」
慌てて時計を見る。
いっけない。何時までも考え事してたらもうこんな時間っ!?
あぁっ!?洗い物が終わってないっ!!
「な、鍋の焦げがーっ!!」
「今、そんなの磨く必要ないでしょう。ほら、さっさと行きなさい。誠さんが玄関で待ってるわよ」
「で、でもっ、焦げは早くとらないとっ!」
「あぁ、もうっ。だったら金山さんに頼んでおくから」
「あっ、あっ、そっかっ。じゃあ行ってくるねっ!」
私は急いで藤色のラインが入った白いジャケットを着こむと急いでキッチンを抜けて、玄関へ向かう。
「準備は出来たかい?美鈴」
「うんっ。お待たせ、誠パパっ」
靴を履いて誠パパと並ぶ。
「あんな小さかった美鈴がもう高校生か…。あっという間だねぇ…」
「パパ、パパ。卒業式でも結婚式でもないんだから。今日は祝い事だよ?入学式だよ?だから泣かないでー」
「うんうん…。育ててくれてありがとうとか言われたら父さんはもう…」
全く聞いてねー。もう、誠パパはー。そもそも男が怖い私が嫁に行くとか。心配しなくても行けないかもしれないってのに。大げさだなー。
「とにかく学校に行こうよ、誠パパ。遅刻しちゃう」
「うん…そうだね…」
いまだ現実に戻って来ない誠パパの手を引き、行って来まーすと家から出て誠パパの車に乗り込む。
学校までは車で行く距離でもないんだけどね。本来なら歩いて行くんだけど。
今日は先に入学した双子のお兄ちゃん達は生徒会の仕事があるとかで先に行っちゃったし、そのお兄ちゃん達が念の為送って貰えと口を酸っぱくして酸っぱく酸っぱく、梅干しとレモンとお酢のトリプルアタックを喰らわされた位にして言われたから送って貰う事にしたのだ。
ほんと、優兎くんまで一緒に口を酸っぱくする必要ないのにぃ~…。有難いことだけどね。
―――にゃーにゃーにゃー♪
?、メール?
私は鞄から携帯を取り出した。
そう。実は携帯を買ったんですっ!いや、正しくは持たされたんですっ!
真珠さんと金山さんの共同作で完全に盗聴盗撮犯罪関係の危険を全て排除した携帯が爆誕したんですっ!一体どう言う仕組み何でしょうっ!?さっぱり分かりませんが、不思議な安心感があります。
どんな機能を使っても大丈夫と太鼓判まで押されたので。なら素直に使わせて貰おうと思って。前世でもまぁそれなりに機械は弄ってたから使い方に関しては何の問題もなし。
携帯を取り出して、画面をスライドしメールアプリを起動した。
あ、華菜ちゃんからだ。
皆でやってるグループトークの方だね。
『華菜:美鈴ちゃん、今何処ー?』
『円:おーい、華菜ー。お前さっき蹴飛ばした男。あれ、一応どっかの企業の息子らしいぞー。何か大分怒ってたけど大丈夫か?』
『優兎:華菜ちゃん。相変わらずだね、と言いたい所だけど。やばいよ?あいつ、華菜ちゃんの足に惚れたとか言ってたよ?』
『愛奈:え?私の聞いた話とちょっと違う。華菜の目に惚れたって言ってた』
『桃:あら?私は華菜さんの小ささが可愛くて堪らないと騒いでたのを見ましたわ?』
『夢子:どっちにしてもやばくない?』
『華菜:美鈴ちゃん、今何処ー?』
『優兎:ちょっとっ、華菜ちゃん。せめて皆に何かしら反応してよっ!自分の事でしょっ!?』
私達のグループの中に華菜ちゃんが入って増々賑やかになった。
皆同じ場所にいないのかなー?アプリ内で言い合ってるけど。
面白くて読みながらクスクスと笑ってると、
「どうしたんだい?美鈴。何か楽しそうだね」
誠パパが不思議そうに問いかけてきた。
「ふふっ。うん。華菜ちゃん達のやりとりが面白くて」
会話は次から次へと繰り広げられている。
さて、何て返信しようかな。えーっと…今車の中で学校に向かってる事。後は、華菜ちゃんに暴れるのは程々にと書いておこう。
送信すると、またそれに返事が返って来て会話の応酬が続く。
でも私はゆっくりとそれを眺めていた。うん。若者の会話は早くてついていけない訳じゃあないからね。あしからず。
だってもう少しで学校に着くんだもん。
携帯をしまうと同時に車が校門前に到着する。
ドアを自分で開けて降りると、途端にキャーやらオーやら声が聞こえてきた。
え?誰かそんな有名人ばりの人がいるの?
………皆の視線が集中している。もしかしなくても私?注目されてるの私?
やっぱり車で横付けは不味かったか。
私は誠パパに送ってくれたお礼を行って、少し早足気味に校舎へと向かった。
女子の下駄箱は一番端っこ。これは助かるよね。そそくさとそちらへ向かい自分の靴を履き替える。
えっと新入生は確か真っ直ぐに講堂、だったかな?
講堂のある学校って凄いよねー…。
てくてくと男子生徒に近寄らないように距離を保ちつつ講堂へ向かう。
擦れ違う男子生徒皆一度私に気付くと足を止めるから距離を保ちやすくて有難い。
えっと、ここの廊下の角を曲がると、講堂に…。
角を曲がろうとした、その時。
―――ドンッ。
「ふみっ!?」
誰かにぶつかった。
転ばないように気を付けて、踏ん張ろうと足に力を入れたんだけど、ぶつかった相手が咄嗟に私の腰に手を回して転ばないようにしてくれた。
って言うか、この腕っ、男だーっ!
急いで距離を取ろうとするのに、腕の力は強くなる一方。
「やっと入学して来たな、美鈴」
「ふみ?」
「ここで待ち伏せしてて正解だった」
私を力一杯抱きしめてる相手。それは…。
「樹先輩、離して下さい」
「嫌だ。何のためにここで待ち伏せしてたと思っている」
「そんな事知りませんよっ!やーっ!離してってばーっ!」
抱き締める樹先輩と私の攻防戦。
……ん?これって、もしかしてゲームイベントの一つじゃない?樹先輩との出会いって奴…?
本来なら樹先輩は、曲がり角を曲がったヒロインとぶつかった後、転んで尻もちをついたヒロインに大丈夫か?と優しく手を差し伸べるキャラである。
…もう一度言っていいですか?
やーさーしーくっ手を差し伸べてくれるキャラです。
何でこの人こんな俺様になっちゃったのー?
そもそもゲーム内での樹先輩は、所謂王子様キャラって奴で。品行方正。眉目秀麗。話し方だって「○○ですか?」とか「そんな事を言ってはいけませんよ?」とか兎に角キラキラした柔らかい系の王子だった。
それが何で…。
「どうせなら美鈴、キスの一つでもするか?」
「いーやーっ!!」
こんなセクハラまがいの俺様に…しくしくしく…。本来の樹先輩を返して。そうしたら一切関わらないし、遠ざけるのも楽なのに…。
ゲーム内のビジュアルと同じなのに。キラキラ爽やかスマイルではなく、ニコニコ腹黒スマイルに育ってしまった。
すっかり長くなった銀色のサラサラ髪をを一つにまとめて、アメジストの瞳も幼い頃に比べて精悍な瞳に成長した。体だって、がっちりとして鍛え上げている事が良く解る。抱きしめられている所為か筋肉のつき方がはっきりと実感できた。
実感したくなんてないんだけどね。って言うか。
「ほんとに嫌だってばっ!先輩っ、離してっ!」
「別に良いだろう?お前の体は震えてないし。俺を認めたって証拠だろう?なぁ、美鈴?…キス、させろよ」
「嫌ぁっ!!」
全力で嫌っ!!あぁ、もうっ!!何でこの人こんな力つけちゃったのっ!?
暴れてるのに一向に変化なし。
ふぇ…やだよぉ…。
「葵お兄ちゃん…棗お兄ちゃん…」
うるうると目が潤む。
ぐいっと顎を捕まれ、強制的に上向かされると私の顔を見て樹先輩は嬉しそうに微笑む。
「やっぱりお前は可愛い」
近づく樹先輩の顔を避けようとしても顎を抑えられて動かせない。回避出来ないっ!
ぎゅっと目をきつく閉じて、キスを覚悟した瞬間。
「鈴ちゃんっ!」
「鈴っ!!」
救いの声が響く。パチッと目を開いて、
「葵お兄ちゃんっ!棗お兄ちゃんっ!」
樹先輩の背後から聞こえる声に必死に答え助けを求める。
ゴスッと葵お兄ちゃんの手刀が樹先輩の脳天に直撃。
「ってぇーっ!」
力が緩んだ今がチャンスだっ!!
樹先輩を力一杯弾き飛ばし腕から逃げて、棗お兄ちゃんの腕の中へ飛び込む。
「無事で良かった。鈴」
「棗お兄ちゃぁんっ!怖かったよ、怖かったよぉっ!!」
「もう、大丈夫だからね。鈴」
ぎゅっと抱きしめてくれてやっとホッとする。
「全く、いい加減にしろよ龍也っ!何度鈴ちゃんを泣かせる気なのっ!?そろそろ本気で君の息の根止めるよっ!?」
「仕方ないだろ。美鈴が可愛いのが悪い」
そんな馬鹿なっ!それは理不尽だっ!それに可愛いってヒロイン補正で目が狂い過ぎだよっ。私先輩のことこんなに嫌いだ嫌だと訴えてるのに可愛いとかっ、樹先輩絶対ドMだよっ!
「鈴ちゃんが可愛いのは認めるっ!目に入れても痛くないよっ!でもね、それとこれとは話が別だっ!!」
葵お兄ちゃん。何か恥ずかしいセリフが混ざってる気がします。
私を庇うように立って両腕を組んで先輩と対峙してくれている。
ずっと空手をやっていた所為か、葵お兄ちゃんも結構鍛え上げられた体をしてるんだよね。春休みの時、円が遊びに来た時。話の流れで円が冗談めいて「葵さん。結構細そうだけど筋肉あるじゃん。もしかして王子を片手で持てる?」と葵お兄ちゃんに挑戦を仕掛けた。けど葵お兄ちゃんはにっこり笑って「余裕だよ」と一言。
実際片手でひょいっと持ち上げて片腕に私を座らせてみせた。
葵お兄ちゃんもゲームだと、所謂クールキャラって奴で。兄妹なのに主人公をさん付けで呼んだりして。まぁ、再婚の時期そもそも違うからそんな直ぐに仲良く何て出来ないよね、他人行儀感が出ても仕方ないよねって話だったんだよね。そう言えばクールキャラなのに眼鏡を付けてないってのが新鮮だった気もする。棗お兄ちゃんと双子設定が生かされてたんだと思うけど…。本来はどっちがどっちか分からず瞳の色で判断するはずだった。
でも実際の葵お兄ちゃんは、眼鏡をかけてるから棗お兄ちゃんとの違いがはっきりわかる。見た目だけクールキャラになった?
あ、でも優兎くんが、「葵兄は僕達にだけ優しいんだよ。美鈴ちゃんがいない時の葵兄は怖いよ。優しさの欠片もないから」って言ってたっけ?
んんー?そうは見えないんだけどなぁ…。
私が棗お兄ちゃんの腕の中からまじまじと葵お兄ちゃんを見ていると、視線に気付いた葵お兄ちゃんが優しく微笑んでくれた。
嬉しくて私も微笑み返す。
「鈴ちゃん。僕達と一緒に講堂に行こう?」
「うんっ、葵お兄ちゃんっ」
樹先輩をガン無視して私の側に駆け寄り頭を撫でてくれる葵お兄ちゃんに私は笑顔で頷く。
「あぁ、本当に鈴ちゃんとまた同じ学校に通えるんだ…。嬉しいっ!」
私にとってはもと男子校で若干苦痛でもあるんだけど。葵お兄ちゃんにそう言って貰えるなら入学してきた意味はある、かな?
「ほら、二人共。そろそろ時間になるよ。行こう」
「うんっ、棗お兄ちゃんっ」
私は二人と手を繋ぐ。…ハッ!?これって女子高校生としては駄目なんじゃ…?
つい昔の癖で手を繋いじゃったけど。流石に高校生になったんだし…ダメ、だよね?
「あ、あのね?お兄ちゃん達」
「うん?」
「どうしたの?鈴」
「その…手…」
「手?」
二人が足を止めるから私も止める。そして三人で繋いだ手を見て。
「怪我でもした?」
「龍也に何かされた?」
え?気にするのそこっ?
「ううん。そうじゃなくて…その、お兄ちゃん達、高校生にもなって手を繋ぐの恥ずかしかったりしない?妹と手繋ぐの…。私から繋いどいてあれだけど、もし、恥ずかしかったら…」
手を離すね?
そう言おうとしたら、逆に手をぎゅっと握られた。少し痛いくらい。
「全然気にならないよ」
「むしろ僕達は鈴と手を繋げるのが嬉しいよ。だって、中学の時全然繋げなかったんだからっ」
「そ、そう?じゃあ、繋いでてもいい?」
おずおずとお伺いたてると、勿論と微笑んでくれて私はホッとして、嬉しくて笑みが浮かぶ。えへへ。
「……あー…どうしよう、葵。鈴が可愛いよ」
「うん…。分かる。分かるよ、棗。鈴ちゃんは可愛いよね」
頭上で二人が小声で会話している。なんじゃらほい?
こうして見ると、葵お兄ちゃんより棗お兄ちゃんの方が若干身長高いよね。私と頭一個分は余裕で違う。さっき抱き着いた時だって肩まで頭届かなかったし。
棗お兄ちゃん、髪伸びたよね~。なんで伸ばしたの?って聞いたら苦笑しながら「葵が鈴の髪をセットする腕を落としたくないからって鈴が中学に行っていた間僕の髪で練習してたんだよ」って言ってた。
毎日中学に行く為に一人でちゃんと準備して通ってたんだから、もう寝癖の一つや二つどうってことないのに…嘘です。ごめんなさい。中学時代も毎日毎日前髪が跳ねてヘアピンとクリームで格闘してました。今は葵お兄ちゃんが直してくれるから問題なしっ!しっかりと頼ってます。
話を戻して棗お兄ちゃん。小学校の時からみっちり柔道をやっていた所為か棗お兄ちゃんもがっちりしてる。しかも、多分家で誠パパ、鴇お兄ちゃんに次いで力持ちなんじゃないかな?それこそさっき言った葵お兄ちゃんに片腕で抱っこして貰った時。棗お兄ちゃんは余裕どころか下手したら手の平で私を持ちあげそうだった。
ゲーム本編だと葵お兄ちゃんとは正反対。誰にでも優しいキャラだった。軟派系ではなくただ優しい。誰にでも優しく手を差し伸べる。けどそこに棗お兄ちゃんの意志はどこに?って言うようなキャラだったのだ。守る事に意味がある…守る事にしか意味がない…みたいな?けど現実はちゃんと優しくする相手を見極めるようになった…気がする。前に一度猪塚先輩にラリアットかまして近くの店に投げ入れてるのを見た事がある。それに樹先輩への塩対応。
特に樹先輩に対して話している時の棗お兄ちゃんの瞳は鋭い。葵お兄ちゃんの青い瞳とは違い柔和な緑の瞳をしている筈なのに、表面上はにこにこ微笑んでるけど、絶対零度の眼差しで樹先輩を刺してる。…博愛主義者の本来の棗お兄ちゃんの姿はそこにはない。
けど、正直な話。
「あのね、葵お兄ちゃん、棗お兄ちゃん」
「うん?」
「なに?鈴」
私は交互に二人を見上げて、正直な言葉を口に出す。
「お兄ちゃん達、大好きっ」
ブラコンだもんっ。そんなの今更だもんっ。私はお兄ちゃん達が大好きっ。これは揺るがないっ。
えへへ。照れるけど私は素直に繋がれたお兄ちゃん達の手に少し力を込めて握った。
「あぁっ、もうっ、可愛いなっ」
「可愛いって言葉じゃもう表現出来ないよっ」
お兄ちゃん達は暫く葛藤の末、私のこめかみ部分を両サイドからキスしてくれた。えへへ、家族愛のキスは嬉しいっ!
お礼に私もお兄ちゃん達の手を引っ張って少し屈んだお兄ちゃん達の頬にキスを返す。ふふふ。男の人は怖いけどお兄ちゃん達は怖くないもんっ。
「………お前ら。俺を無視して良くもそこまでイチャイチャしてくれるもんだな」
「さ、鈴。講堂に行こうね」
「そうそう。鈴ちゃん。ちゃんとエスコートするからね」
「うんっ。有難う、お兄ちゃん達っ」
私の耳には何も聞こえない。届かない。後ろから誰か追い掛けてくるけど、知らない。
はぁっとわざとらしいため息が聞こえて、そこから走りだす音が聞こえる。もしかして、こっちに来るっ!?
に、逃げないとっ!
そう思ったけど、お兄ちゃん達の連携は素晴らしかった。
葵お兄ちゃんがくるっと振り向き、繋いでた手を離しそのまま私の背後に立った。
そして棗お兄ちゃんが私を抱き上げて走りだした。
「ふみっ!?お、おおおおお兄ちゃんっ!?」
「うん。ちょっとあの馬鹿から離れないといけないから少しだけ我慢してくれる?」
何時もの優しい笑みで言われるとどうしようもない。ただどうしようもなく恥ずかしくて私は顔を両手で隠した。
暫く棗お兄ちゃんの腕の中で揺られていると、急に棗お兄ちゃんが足を止めた。え?今度はなに?
そっと手を外して棗お兄ちゃんの顔を見ると、すっごいしかめっ面。こんな棗お兄ちゃんも珍しい。一体何を見ているんだろう?
棗お兄ちゃんの視線の先を見ると、そこには。
「猪塚先輩?」
思わず呟いてしまった。
そして、その呟きが届く訳ないのに。結構な距離があるのにも関わらず、猪塚先輩は私の存在に気付き目を輝かせた。
「白鳥さーんっ!!」
両手を広げてこちらへ全力疾走。
ひぃっ!!先輩、小学校の時から全然成長してないじゃないですかっ!?
思わず棗お兄ちゃんの首に抱き着く。
「大丈夫だよ、鈴」
そう私に優しく微笑んだ棗お兄ちゃんは向かってきた猪塚先輩のお腹の前に足を出した。
何故か昔から急に止まれない猪塚先輩は、
「ほぎゃっ!?」
自分から腹部に蹴りを喰らって格闘ゲームでやられたキャラクターみたいにスローモーションで倒れて行った。
「猪塚。お前もほんっとに懲りないな」
『し、白鳥、さん…がはっ』
ばったりと力尽きた猪塚先輩を見て、私は首を傾げる。
おかしい。猪塚先輩、確かヤンキーキャラだったはず。あ、いや。違う。見た目ヤンキーの中身が紳士のキャラだった…はず。ヤンキー要素何処行った?そもそも見た目がヤンキー要素の一旦を担っていたんだけど。
本来ツンツンと重力に逆らった髪型をしていて、その目つきの悪さが茶色の柔らかい瞳を隠して常に喧嘩を売られていた。周りには誰も寄ってこない孤高の一匹狼、みたいな?日本語を間違って覚えていると言う事実に気付けば中身は女の子には優しくをモットーとした紳士だと言う事が分かるんだけど。まぁ所謂典型的なギャップキャラ。
それが、どうした?
確かに日本語を私は教えた。うん。おかげで今じゃ結構人気の御曹司ランキング(桃が雑誌を見せてくれた)ではトップ3に入る位女の子にモテモテで紳士的な所がすっごく評価が高くなっている。髪型だってツンツンしている筈なのに伸ばされてオレンジの髪がさらさらと風に揺れ爽やかさアップ。目つきの悪さもワイルドっぽくて良いっ!と人気急上昇の真っ最中らしいのだ。でもねー…、そんな生まれ変わったような猪塚先輩だけど。何故か、私の前だと…。
『白鳥さん、僕の嫁にっ』
『まだ言うか』
棗お兄ちゃんに踏みつけられるような残念キャラになってしまいました。え?これって私の所為?…違うよね?違うと信じたい…。
私が唸っていると止めとばかりにもう一度猪塚先輩を踏みつけて、棗お兄ちゃんは真っ直ぐに講堂へと向かった。
講堂の入り口へ着くと、棗お兄ちゃんは私を降ろしてくれた。
「美鈴ちゃんっ!」
講堂の中から私へ向かって手を振ってくれるのは優兎くんだ。
「優兎くんっ」
そちらへ駆け寄るとゆっくりその後ろを棗お兄ちゃんが付いて来てくれた。
「席は自由席みたいだよ。一緒に座ろうよ」
「よっ、白鳥っ」
「あ、逢坂くん。久しぶりっ」
舞台に向かって下へ行くような仕組み。その講堂の中央一番後ろに優兎くんと逢坂くんは並んで座っていた。
こうして見ると、優兎くんもすっかりカッコ良くなったよね。
本来のゲームであれば、入学式の時点で既に女物の制服を着ていたはずだ。なのに優兎くんはしっかりと男子の制服を身に纏い、口調も柔らかいけれどしっかりと男言葉で定着している。
自ら進んで女装をして己の闇と戦っていたゲーム本編と違い、今は女装何て絶対に嫌だと断固として首を振って拒否する人になってしまった。…まぁ、それが普通の男子なんだけどね。それに半分以上は私の所為だろう。だって女装を三年間も強制的に強いていたんだから…うぅ…ごめんね、優兎くん…。
胡桃色の髪も中学時代は伸ばされていたけれどばっさり切っちゃって…勿体なかった。すっごくすっごく勿体なかった…。何で切っちゃうのーと私とママは最後まで優兎くんに付きまとったけど、意外に頑固な所がある優兎くんはとっとと透馬お兄ちゃんの所に行ってしまったのだ。何で美容院に行かないの?って聞いたら、下手な美容師より上手いからだと言ってた。…うん。そこはどうでもいいか。
でも、優兎くんに関しては良かった点もいくつか。バッドエンドも回避出来たし、何より植物人間になり亡くなってしまうはずだったお祖母さんである美智恵さんが今でも良子お祖母ちゃんと一緒にぴんぴんしている。元気よく世界旅行に行ってたりして最近じゃほっとんど帰って来ない。一度優兎くんに寂しくない?と聞いたら「全然。むしろお祖母様が幸せそうにしているのが何よりも嬉しいよ。それに僕には美鈴ちゃんや皆がいるからね」と満面の笑みで答えてくれた。あの顔は素直にカッコいいと思った。
優兎くんが血に濡れた人生を歩むことがなくてほんっとうに良かったと思う。
今優兎くんがこうして幸せそうだと素直に私も嬉しい。心の中がほんわりとして無意識に私は微笑んでいた。
「ッ!?」
バッと音がなるんじゃないかのスピードで優兎くんは顔を逸らしてしまった。何で?
「優兎くん?」
顔を覗き込もうとすると、今度は反対に逸らされる。むぅーっ!なんなのーっ!?
「……鈴。優兎をいじめるのは感心しないよ?」
「えっ!?私今苛めてたのっ!?」
「……自覚なし、か。苦労するな、優兎」
ぽんっと優兎くんの肩に逢坂くんの手が置かれた。
ちょっとちょっとっ!全く意味が分からないんだけどっ!?私置いてけぼりっ!?
むー…なんなのー…?
意味が分からなくて棗お兄ちゃんをじっと見てると。
「美鈴っ」
あれ?この声…。
「鴇お兄ちゃん?」
振り返るとそこにはグレーのスーツを華麗に着こなした鴇お兄ちゃんの姿があった。
えっと…。鴇お兄ちゃん、仕事は…?
ゲームと同じならここにいても何らおかしくないんだけどさ。だってゲームだと担任教師だし。でも鴇お兄ちゃん、誠パパの補佐をして財閥の仕事してるよね?ここに来てる余裕あるのかな?
「なんで、いるの?」
驚いたまま問うと、鴇お兄ちゃんはにやりと口の端で笑った。
やばいっ!こう言う顔する時の鴇お兄ちゃんは何か企んでるっ!
慌てて逃げようとするも。
「こらっ、逃げるなっ」
私の行動など分かりつくしている鴇お兄ちゃんはあっさりと私を確保した。
「うわぁんっ。絶対鴇お兄ちゃん何か企んでるでしょーっ」
「人聞きの悪い事を言うな。ちょっと舞台裏まで招待するだけだろう」
「ふみゃああああっ!!」
呆気にとられた三人を置いて私は鴇お兄ちゃんの小脇に抱えられて舞台裏へ連行されてしまった。
そこには何かある訳でもなく。誰がいる訳でもなく。
立たされた私の手の上にポンッと新入生代表挨拶原稿と書かれた紙が置かれた。
「……………ん?」
「じゃ、頼んだぞ」
「ちょちょちょっ、鴇お兄ちゃんっ、ちょっと待ってっ!!」
私の手の上に物騒な物だけ置いて去って行こうとしないでっ!
慌てて私は背を向けた鴇お兄ちゃんの広い背中に跳び付いた。
「なんだ?どうした、美鈴」
「どうしたじゃないし、何でそんな不思議そうなのか分かんないしっ!いや、そんな事よりこれなにーっ!?」
「代表挨拶用の原稿だが?」
「あぁー、成程ー…って納得するとでもっ!?」
折角、折角入試試験で手を抜いたのにっ!!推薦入学と言えど筆記試験はしっかりとあったんですよ?一般入試の日と同じ日に。同じ内容で。余程酷い成績じゃなければ入学出来るっぽかったけど、酷い成績だったらそもそも推薦されないんだよね。
…ってそんな事より、この代表挨拶だよっ!こういうの面倒だからわざと何か所か間違えたのにっ!
「納得出来ないか?そうか。奇遇だな、美鈴。実は俺も一つ納得出来ない事があるんだよ。どうしてお前が優兎に成績で負けてるのか、とかな?」
ビクゥッ!!
見事に言い当てられてつい鴇お兄ちゃんに抱き着いたままな事を忘れ飛び跳ねた。
これは、…本当にヤバい、かな…?
そっと手を離そうとしたけれど、逆に掴まれてぐいっと腰を引き寄せられて、すっごく近くに顔を寄せられる。恥ずかしい?色っぽい距離?下手するとキスしてるように見える?
そんな事どうでもいいっ!
退避ーっ!退避ーっ!
心が警鐘をドラムなみに叩きまくっている。
「お前、手を抜いただろう?」
じっとりと睨まれて私は心の中で盛大に焦りまくっていた。
「え、えっと、その、ね、あの、ねっ」
何とか言い逃れ、言い逃れをしなければっ!
「今回の入試のトップが優兎、次点でお前だ。おかしいよなぁ?美鈴?その優兎にずっと勉強を教えていたお前が次点になる訳がないよなぁ?」
「うぅ…。に、ニアミスだって可能性としてはあるじゃない?あるかもしれないじゃない?あるはずじゃない?」
「お前が?あり得ないな」
あっさりと一刀両断。あ、これ、もう無理。勝てる気がしない。
がっくりと肩を落として、なんなら目の前にある鴇お兄ちゃんの胸に頭突きする要領で体から力を抜いた。
「うぅー…。代表なんて目立つ事やりたくなかったのにー…」
「諦めろ。エイト学園初の女子クラスだぞ?しかも噂になってる『聖女の王子』が進学したって言われてるんだ。例え、成績が優兎より低かろうと代表に回される運命にあるんだよ」
「うぅ…諦める。諦めるけどさぁ…。だったらもう少し早く言ってくれたって…」
「早く言ったら逃げただろう?」
鴇お兄ちゃんが脱力した私を胸で受け止めて、頭をぽんぽんと撫でた。
なんで鴇お兄ちゃんはここまで私の行動を分かりきってるのー?
ゲーム内の鴇お兄ちゃんは、器用貧乏と言うか…無気力無規則無感情、三無の権化だった筈なのに…。いっつもホストみたいなスーツを着て、そのスーツすら着崩し、無造作に伸ばされた蘇芳色の髪を適当に下ろしてた、そんなキャラだったのに。
まさか、現実じゃ前世の記憶がある私と並ぶだけの、下手すると上回る位の知識を持ちいまだに貪欲に知識を得ようしている。その知識をフル活用して財閥総帥代理である誠パパの補佐をこなし、スーツも着崩すなんてあり得ないときっちりと着こみ、その蘇芳色の髪も艶を持って綺麗にセットされていた。
そもそも鴇お兄ちゃんってゲームだと既に独り暮らしで別居してる。なのに鴇お兄ちゃんはいまだに家に帰ってくる。普通に。どゆこと?
「……いなくなられたら、それはそれで寂しいんだけどさ…」
ボソッと聞こえないように呟いたつもりだったのに。
「俺は長男だからな。お前達が成人するまでちゃんと見届けるから安心しろ」
何故か考えてる事まで読み取られてしまった。
あぁっ、もうっ。ほんっとに悔しいっ!!今度また腕に噛みついてやるんだからっ!!
「美鈴。入学式の流れは頭に入ってるか?」
「…入ってなくても大体の想像はつくよ。こんなのどんな学校も似たようなものでしょう?」
「まぁな」
「席は?」
「生徒会のメンバーと一緒に座る事になる。葵と棗も一緒に座るから安心だろ」
「……それって樹先輩と猪塚先輩もいるってことだよね?」
「いたとしても、式の最中に何かしてくるほど馬鹿じゃないだろ。それに、どちらにせよ樹は在校生代表として舞台に立つ。結局は同じ所に行く事になるぞ?」
「……あぁぁ…だから嫌だったのにぃ…」
諦めろともう一度言われ、背中をまたぽんぽんと叩かれる。
「お前はどうあがいても目立つんだから。無駄な抵抗はするな」
「鴇お兄ちゃん、それは死刑宣告?」
もう苦笑しか浮かばない。
「仕方ないなぁ。…頑張るから、鴇お兄ちゃん。後でご褒美頂戴ね」
「ご褒美?珍しいな。お前が褒美を求めるなんて。そうだな…ステーキでいいか?」
「鴇お兄ちゃん。それは褒美じゃなくてトドメね」
「ははっ!冗談だ。んで?何が欲しいんだ?」
「えへへ~。鴇お兄ちゃんがこの前まで使ってたペルシャ語の問題集ー」
「……美鈴。何で俺がペルシャ語の問題集を持ってる事を知ってる…?」
「隠れて勉強しようなんて許さないからっ。没収するのっ!それで私も覚えるのっ!」
「ったく。仕方ねぇなぁ。…分かった分かった。帰ったら渡す。それでいいか?」
「わーいっ!」
両手を上げて喜ぶ。これで鴇お兄ちゃんの勉強妨害が出来るーっ!差なんてつけさせて堪るかーっ!
そんな私を見て仕方ないなと笑う鴇お兄ちゃんは本当にゲーム本編の鴇お兄ちゃんと全然違うと思う。無感情?全然そんな事はない。
さ、てと。
私は鴇お兄ちゃんから離れて、手にある原稿に視線を移す。原稿なんて書いてないから勿論手にあるのは白紙。ただ新入生代表挨拶原稿としか書かれていないのだ。
「……どうしようかな。ありきたりな内容しか思い浮かばないし。それでいい?」
「良いだろ。入学式なんてそんなもんだ」
「だよね。じゃあ、えーっと…」
…背負っていたリュックを降ろして筆箱を取り出す。シャーペンを取り出してさらさらと原稿に書いて行く。
粗方書き終わり、私はある事に気づいた。
「…ねぇ、鴇お兄ちゃん?」
「なんだ?」
「さっき優兎くんと会ったんだけど、優兎くん鞄持ってなかったのね」
「あぁ。そうだろうな」
「そうだろうなって、私には真っ直ぐ講堂へこいって学校からのプリントに…って事は…やっぱりっ!もうっ、鴇お兄ちゃんってばどこから作戦だったのっ!?」
「何処からって、最初からだ。教室へ行ったらお前の事だ。色々勘付くだろ?」
「うわぁんっ!鴇お兄ちゃんの手の平で転がされまくってるぅっ!」
これはあれだっ!ペルシャ語の他にもロシア語の問題集も奪い取ろうっ!それ位は許されるはずよねっ!?
取りあえず書き終わったし、流れを説明して貰う為にも講堂の指定された席へと向かう。
葵お兄ちゃんが手を振ってくれていたので、鴇お兄ちゃんと別れて席につく。
「驚いたよ、鈴ちゃん。まさか手を抜いてたなんて」
「だって、挨拶したくなかったんだもん…」
「とは言っても、鈴?抗うだけ無駄だったでしょう?」
棗お兄ちゃんの言葉にコクリと頷く。
「ま、白鳥兄の方が一枚も二枚も上手だったって事だな」
「むっ!…樹先輩、やっぱり嫌いっ」
ぷいっとそっぽ向く。
双子のお兄ちゃん達と話して、途中合流した猪塚先輩が参加して騒がしくなり、盛大に騒いでいたのだけれど。式が始まる時間になると一気に静まり返った。
入学式が始まる。
入学式でいつも思う事。そんなの決まってる。
(……眠い)
これ以外ない。隣に棗お兄ちゃんと言う安眠剤があるから尚更眠い。来賓のお言葉なんてもう子守歌だ。
欠伸をかみ殺していると、葵お兄ちゃんの隣から「はい」と声が聞こえて、立ち上がる音がした。
あ、やばい。次私の出番だっ。
流石に眠気に負けている場合じゃないと背を伸ばす。
階段を登って舞台に上がった樹先輩がマイクの前に立った。
……ん?にやりと笑った?え?なに?なんなの?
一礼して、マイクに一歩近付く。そして、
『新入生の皆様。この度はご入学おめでとうございます。私達在校生一同…』
嘘でしょーっ!?
なんで行き成り英語で挨拶し始めるのーっ!?
ちょ、そんな予定あったのっ!?
慌てて横に座る葵お兄ちゃんを見ると、葵お兄ちゃんは呆れた顔しながら顔を横に振った。
どうやら完全に樹先輩のアドリブらしい。優秀な人間の揃う学校である。
多分皆意味は理解していると思う。思うんだけど…。
『…尚、新入生の皆様はどんな挨拶を返して頂けるのか大変楽しみに私の挨拶を終わらせて頂きます。在校生代表、樹龍也』
しかも、爆弾を落として行きやがったぜ、こんちきしょーっ!
……はぁ。これじゃあ普通の日本語で挨拶なんて出来ないじゃない。
『続きまして、新入生代表挨拶。代表者。白鳥美鈴』
「はい」
挨拶をしてゆっくりと立ち上がり、舞台へ上がる階段へと向かう。
階段を登り、一礼する。
冷静そうに見えるだろうけれど、脳内は大パニックだ。これも全て樹先輩のせいっ!
えー。ホントどうしたらいいの?何語で話せばいいのよー。………ただ一つだけ言えるのは、樹先輩が絶対覚えていない言語にしようっ!これだけは絶対っ!
私は学園長や来賓にも一礼して、マイクの前でまた一例をしてマイクに近寄った。
もう、これしかない。私は息を吸って。
『春の風が吹き、桜の花びらが舞い踊る麗らかな良き日にこの様な式を…』
私の挨拶を聞いた生徒や教師たちがざわめき始めた。当然だよね。だってこれスワヒリ語。
お兄ちゃん達は私がこの言語を使える事を知っているけど、他の人は誰も知らない。勿論樹先輩も知らない。
ポカンと口を開けてこっちを見ている。ふっ、残念でしたね、樹先輩。
この学校の殆どの人が知らない言語。だったら多少間違ったっバレやしない。いや、間違えないようにはするけどね?
私は挨拶を終えると笑みを浮かべ一礼してマイクから離れ、再び来賓、学園長に一礼して、舞台から降りる前にもう一度一礼をして自分の席に戻った。
ふぅと一息つくと、頭に手が置かれた。
「お疲れ、鈴」
棗お兄ちゃんが優しく撫でてくれて、
「うんうん。お疲れさま、鈴ちゃん」
葵お兄ちゃんが手を握ってくれた。二人共本当に優しいっ!その点…樹先輩は…。
じと目を樹先輩に送ると、同じくじと目を返された。なんでよっ!
ぐったりと椅子に背を預けているとあっという間に入学式は終わった。
さ、教室に行かないと…。
「美鈴ちゃんっ!」
この声は…私の天使っ!!
立ち上がって声のする方を見るとそこには私と同じ制服を纏った華菜ちゃんがいて。
きゃーっと二人で抱き締め合う。
「流石、美鈴ちゃんっ!凄かったよーっ!」
「えへへっ、ありがとうっ、華菜ちゃんっ!」
増々きゃーっとテンション高く抱き合う。
華菜ちゃん。ここまで明るいキャラじゃなかったのにな。ゲームだと眼帯をつけて、何時も俯いている女の子だった。髪だって目が隠れるくらいまで伸ばして。悪い言葉で言うなら陰気だったのだ。それでもヒロインにだけ心を開いて親友関係になる。
それが今目の前にいる華菜ちゃんは、友達もいて、誰とでも仲良くしてて、逢坂くんって彼氏もいて、勿論眼帯なんてつけてない。茶色の髪も綺麗に整えられて肩のあたりでさらさらと揺れている。ただゲームと同じ点もある。それは情報屋って所。多分ゲームの時以上に色んな事に詳しいんじゃないかな?
更にもう一つ。ゲームの時と同じ。ううん、それ以上に私とは大親友であるということ。
「教室に行こうよっ、美鈴ちゃんっ」
「うんっ。そうだねっ。それじゃあ、お兄ちゃん達、先行くねーっ」
私が元気よく手を振ると二人は頷いて手を振ってくれた。
華菜ちゃんと手を繋ぎ仲良く教室へ向かって歩く。
階段を登って廊下を進んで行くと、ざわついていた声が静かになっている。なんだ?と耳を澄ませば。
「おい…。あれが聖女の王子か?」
「だろ。間違いねぇよ…。やべぇ、超可愛い…」
「王子ってあだ名の割には滅茶苦茶可愛くないか?」
「けどよ。王子ってあだ名がつく位には整った顔してたって事だろ?」
「うおー…あんな子彼女になったら俺死んでもいいな」
「おいおい、止めとけよ。あの白鳥先輩達の妹だぞ?」
「あぁ、あの噂だろ?白鳥先輩達が溺愛してる妹。あれマジなの?」
「マジだ。おれ同じ小学校だったけど、ほんっと溺愛してる。手出すなら命捨てる覚悟…いやそれ以上だな。生まれ変わった来世の命、体、魂、の全て投げ捨てる覚悟で行かないと」
「どんだけだよ…」
好き勝手言っているようだ。
そう言えば王子って言葉で思い出したけど。私が中学三年間の間作り上げてきた王子像。要するに葵お兄ちゃんの真似は、葵お兄ちゃん本人の手によって終止符を打たれた。
なんでなんでっ!?って抗議してみた所。
『そう言うのも好きな男はいるんだよ。だったらするだけ無駄でしょう?それに、僕としては普通の、自然体の鈴ちゃんが好きだからそのままの方が嬉しいな』
と言われてしまって、結局王子キャラは捨て去るを得なかった。しょんぼり…。
男子の教室棟を抜けて、女子クラスの教室に近づくと、今度はざわざわがきゃっきゃっと黄色い声に変わる。こちらもちょっと気になったので耳を澄ませてみると。
「ねぇ、あの子が王子でしょう?」
「そうそう。綺麗な人よねぇ…」
「知ってる?白鳥さんってさ…」
え?何?そこで切るの?その続き私聞きたいんだけどっ?どんな情報が流れてるのっ!?
白鳥さんってさ…の続きが聞きたかったのに、と悔しがっていると、突然私の前に、
「きゃっ!?」
何にもない所で躓いて転びそうになった女生徒がっ!?
慌てて手を差し伸べて抱きとめる。
その子は私の胸にもふっと顔をぶつけたけど、取りあえず転んで怪我をする事は免れたようだ。
「大丈夫?」
顔を覗き込んで言うと、彼女は顔を真っ赤にして小さな、ほんっとぎりぎり聞き取れるかどうかな小さな声で「はい」と答えた。
「足とか、痛めてない?」
聞くとコクコクと必死に頷く。うん、分かる分かる。人前で転ぶと恥ずかしいよねー。
「良かった。気を付けてね。折角の可愛い顔に傷なんてついたら大変だからね」
ふふっと笑って彼女の頭を撫でて、ちゃんと立たせると私は華菜ちゃんと一緒に歩きだす。
お、ここが教室だねー。
ガラッとドアを開けて中へ入った途端。
「きゃーっ!!!」
「何今のぉーっ!!」
「超カッコいいーーーーっ!!」
「だから言ったじゃんっ!!超カッコいいってーっ!!」
「転んだりしたら絶対助けてくれるんだって言ったじゃなーいっ!!」
「いやぁーっ!!白鳥さんと三年間同じクラスとか、幸せ過ぎるーっ!!」
廊下の方から怒涛の黄色い声の熱気に全力で背中を押されてしまった。
「な、なんなの…?」
驚いてついつい呟くと、華菜ちゃんがハッキリと言ってくれた。
「美鈴ちゃんが悪い」
「えええ?」
ハッキリと言ってはくれたけど、納得は出来なかった。
「おーい、王子ーっ」
円が窓際の席に座って手を振ってくれた。これはやっぱり出席番号順なんだよね。
私の鞄は入学式前に鴇お兄ちゃんが優兎くんに預けてくれて、優兎くんから華菜ちゃんに渡ったのかな?教室に持って行ってくれたと言っていたから私の席にあるはず。自分の鞄がある場所が私の席だから……えっと、黒板に向かって二列目の一番奥ね。
自分の席をしっかりと確認して、真っ直ぐ円の所へ向かった。
「王子、お疲れさま」
愛奈がそう言いながらチョコを一つくれた。
……これ、良く即売会の会場とかで売られてるキャラ絵を包み紙にしてるチョコだ(因みにこの世界だと名前はチロリンチョコ。語呂が良いんだか悪いんだか)
しかも、ママの最新作の小説の主人公が載っている。
「愛奈…買ったの?」
「ううん。王子のお母さんがファンの人から贈られて来たって、くれた」
「あ、そう…迷惑かけてごめんね、愛奈」
「全然っ!むしろ嬉しいっ!」
…ママ。出来るだけ愛奈の寛容さに感謝して欲しい。
にしても愛奈ってこんなにどっぷり腐に染まってる人だったんだろうか?
ゲームでは理系。研究にはまり込んで他の人を遠ざけるキャラだったと思う。こんな風に明るく話すキャラでもなく、どちらかと言えばゲーム本編の華菜ちゃんと気が合いそうなくらいボソボソと話すキャラだった。それが今じゃ、私と仲良くオタトーク。折角綺麗な藤色の髪に紫の綺麗な瞳をしてるのに、中身が残念過ぎる。……人の事言えないか。
あ、でも理系で実験好きってのは変わりないと思う。中学時代にたまに理科室に籠って何か実験してたから。…はまってたキャラが作ってた薬を実際作りたかったんだろうなってのが私の見解。
「にしても、王子。アンタ凄かったな~。あれ、何語だい?」
「うん?あぁ、あれ。あれはスワヒリ語だよ~」
「スワヒリ語って。あははっ、何でそんなの知ってるのさっ」
円が楽し気に笑う。
その腕には可愛い白猫柄のシュシュがあった。
すっかり可愛い物をつけるのに抵抗はなくなってしまったようだ。ゲームだと硬派を貫き、いかにもレディースですを表していたヤンキーキャラだったりするんだけどその面影がもうない。会った当初は染めていた金髪も今じゃすっかり元の色、ダークブランの綺麗な髪に戻っていた。もう普通に可愛い女の子だ。
今では円と二人可愛い物を定期的に作って交換してる。これが結構楽しい。ついでに円は運動系キャラだった為、大抵のスポーツは御手の物。勿論薙刀の例外ではなく。小学生の頃からこっそりと私が続けている薙刀の練習にも付き合ってくれる。
「仕方ないよー。だって王子。生徒会長に喧嘩売られたんでしょ?」
「え?なんで分かったの?ユメ。まさかスワヒリ語」
「ううん。スワヒリ語はさっぱり分っかんないっ♪」
「じゃあ何で?」
「……何となく、あの生徒会長が王子に向かって笑った気がしたから…」
あ、あのユメちゃん?ちょっと怖いんですけど…。どこから拾ってきたの?その背中にまとってる悪魔さん。
あれ?おかしいな?ゲーム本編だとキャハッ☆が常套句のぶりっ子系小悪魔女子だった筈なんだけど…。お誂え向きにドピンクの髪をしてるしさ?ゲームしてる時は正直ユメってすっごい邪魔なキャラだった。鬱陶しい超ぶりっ子キャラだったのに。
「…って事は何?美鈴ちゃんを挑発したって事?……万死に値するね」
「華菜ちゃんもそう思う?私もそう思うの。どうしてくれよう?……うふふ☆」
「どうしてくれようね…ふふふ…」
すっかり腹黒キャラになってしまった…。情報屋モードの華菜ちゃんとマブダチ状態だ。んんん?どうしてこうなった?
でもゲームの時とは全く違って、素直で正直なユメは堪らなく可愛い。
女の私でも猫っ可愛がりしたいくらいにはすっごく可愛い。きっとゲーム本編であった施設出身って言う劣等感が減ったのかもしれないね。
幸せそうだし、何よりだね。
「あらあらあら?お二人共。是非私も混ぜて下さいませ」
綺麗な黒髪をなびかせて、参加表明を示した桃。
桃もねー…。本当は病弱で気弱なキャラだった。深窓の令嬢だったんだよ。何をしてもされても、構いませんわと認めてしまい、ライバルキャラとして出て来ているのに彼女が好意を寄せているキャラクターとくっつこうとすると邪魔するでなく、ただただ泣き崩れる。そんなか弱いキャラ。…ゲームでは。
それが何故…、
「乱暴な殿方の息は止めてしまうか、きっちり躾をするかしないと…うふふ」
………腹黒以上のドSキャラに変化している。その内にハイヒールを履いてドスッと男の背中を踏みつける様になりそうで怖い…。まさかここまで吹っ切れてしまうとは…。健康になったのは良い事だけどね。桃も色々あったから…ゲーム本編では乗り越えきれなかった事を乗り切れて、しかも友達が出来てるんだから良い事だとは思うんだ。
でもあれだね。四人に一番共通して言える事は…。
『好きだった攻略対象にもう一度惚れそうにない』
って事だ。だって、そもそもが『燃え尽きたはずの恋が再燃』とかCMで言われてたのだ。ゲームの中でも未練タラタラな様子だったのに。
今のこの現状を見る限りそんな様子は一切無い。
何なら友達関係が順風満帆過ぎて、恋人は暫く要りませんモードに入ってる。いいのか、これで…。
うぅーん…。頭を傾げて現状を憂いていると、
「HR始めるぞー。席につけー」
とそれはもう聞き慣れた声がして。驚きそっちを振り向くとそこにはしたり顔した鴇お兄ちゃんの姿があった。
鴇お兄ちゃん。何度私を驚かせるつもりですか?
「聞いてるのか?美鈴。席につけって」
しかも学校内という事も気にせず名前呼び。いいんだけどね、別に。
私は言われた通り自分の席につく。
すると鴇お兄ちゃんは教壇の前に立ち、
「この女子クラスを担任する事になった白鳥鴇だ。三年間、余程の事がない限り俺が担任だ。よろしくな」
とってもフランクな挨拶をしてくれた。
おーい、鴇お兄ちゃーん。初耳ー。
ゲームと違う女子クラスってのが出来上がってるからてっきり鴇お兄ちゃんも担任なんて面倒な事やらないと思ってたのに。
そこだけはしっかりとゲームと一緒なのねー。
「さ、簡単にだが自己紹介していくぞ。出席番号一番の奴から名前と出身中学、それからこれから三年間一緒のクラスメートに挨拶な。ただの挨拶だとつまらないから、そうだな…しりとり形式で行くか。『ん』と『す』で終わらないように挨拶するように」
ええええっ!?何その無茶ぶりっ!?
驚く私達を余所に。
「それじゃ、挨拶のしりとり最初の文字は『あ』で綾小路からスタートな」
鴇お兄ちゃんはさっさかと自己紹介を進めて行く。これ自分の番が来るまでどんな内容にしようって考えられないじゃんっ!
案の定皆しどろもどろで最初に指名された桃も、何時もの冷静さを失くして素が出ていた。
これが狙いだったんだとは思うけど、鴇お兄ちゃん意地悪だ。
勿論私の番になった時、同じくしどろもどろになったのは言うまでもない。
自己紹介が終わり、明日からの学校生活の流れの説明に入る。
鴇お兄ちゃんが黒板に何やら書いている。相変わらず字が綺麗だな。…そっか、良く考えたら鴇お兄ちゃん、選択授業は基本的に書道を選んでたって言ってたっけ?
書き終わりチョークの粉をパンパンと手を叩いて落とすともう一度こっちを向いた。
「明日から、授業が始まる訳だが。このエイト学園が元々男子校だった事は知ってるな?そして今年から共学へ向けてこの女子クラスが作られた。だからこのGクラスだけ他のクラスとは違う授業態勢をとる。各自己に見合った授業を選択、毎週金曜日に次週の出席申請書と書かれた紙に出席する授業を書いて俺に提出。そして授業を受けるってサイクルになる。ただし、単位は自分で計算する事になるからちゃんと自己管理する事」
成程ー。
鴇お兄ちゃんが配ったプリントが前から回ってくる。
これが出席申請書か~…うん?もう一枚来た。これは…あ、普通クラスの授業一覧かー。
うぅ~ん…どうしようかな~?
「今渡した一覧表の下に、単位必須科目とその単位数が書かれている。因みに三年間で必要な単位だからな。やりたければ一年で全てとってしまって二年から好きな科目のみを選択しても構わない」
これがゲームで言う所の、一週間のスケジュールを決める画面と連動する訳だ。
ゲームの中だと、毎日こんな一種類だけ授業受けるなんて出来る訳ないじゃーんとか笑ってたものだけど。まさか、実現するとは…。
「今日の流れはこの後、校内の案内と各教科の教師の紹介。昼食をはさんで、クラス委員の選出。それから女子クラスは部活動入部が必須だから、部活動見学。最後に来週からの出席申請書と仮入部の届を書いて提出して貰う」
へい、鴇お兄ちゃん。
部活動が強制なんて聞いてないよー。
あぁ、でもゲームでも確かに部活動選択画面があって、ゲーム開始時に選択しなきゃいけなかったっけ?それによって出会うキャラとかも変わってくるんだよね…。
「さて。じゃあ早速校内を回るぞ」
持っている出席簿を閉じて、あっさりと歩き始める。
じ、自由だねっ、鴇お兄ちゃんっ。
生徒は皆慌てて立ち上がり鴇お兄ちゃんの後ろをついて教室を出た。
鴇お兄ちゃんが全員廊下へ出たのを確認して、歩きだす。
エイト学園の校舎は私が小さい頃、鴇お兄ちゃんにお弁当を届けに来た時と変わった感じはしなかった。
あの時は周りが大きすぎた上に地図何て貰ってなかったから正直構造を理解出来ていなかったけど。さっき地図を渡されたから位置を把握できている。
まずこの学校は『H型』の校舎だ。…違うか。『H型』を横にしたような…『工型』の校舎の方が正しい。
校門から真正面に生徒用玄関がありその横に職員玄関。職員玄関の隣に事務室がある。その事務室の前にある横に伸びる廊下を横断して目の前にある階段を登ってその三階まで行く。階段を登って左手側の一番奥に生徒会室がある。ここまでは昔来た時もあったから大体理解している。
さてさて。他の所と言えば、『工』の字の手前の方が、職員室を含めた特別教室棟が主。逆に『工』の字の奥側には通常教室がある。因みに私達のいるGクラスは二階の一番奥。教室の前に女子トイレがあるのはありがたいのか何なのか。
大体の構造を頭の中に入れて鴇お兄ちゃんの案内の下歩く。
校舎の中だけじゃなく、グラウンドとか各種コートやプールなども全部回ると本当に広いし、普通の学校より豪華な内装なのが見てわかる。
それに何より…。
「おい。女子だぞ」
「ぶっちゃけ超レベル高いよな」
「最上級クラスが揃ってるしな」
「…後で覗きに行ったらやばいかな?」
「あぁ?女子クラは確か空き教室挟んだ奥にあるってさっき説明で…」
「そうそう。その空き教室から奥は男子生徒立ち入り禁止って聞いたぜ?」
「女がこっち側に来る分には良いらしいけどな」
と同じく学校内を案内されてる通常クラスの男子たちが擦れ違いざまこっちをジロジロ見て何やら言っているのが超怖い。
「大丈夫?王子」
「なるべくアタシらの間にいなよ」
「そうそう。華菜ちゃんと二人真ん中にいなよ~」
「後ろは私達がいますわ」
「大丈夫っ。美鈴ちゃんは私達が守るよっ!」
うぅ…皆がすっごく頼もしい…。
途中、優兎くんと逢坂くんとすれ違った。今年のSクラスは二人だけだったらしく、教師は案内しなくても分かるだろうと地図だけよこしていなくなったんだって。
自由に動き回れるからよっぽど楽だって言ってた。
学校案内が終わって、教室に戻る。
各自、自分の席に着くと、鴇お兄ちゃんが教師を連れて戻って来た。
…うふふ…。見覚えのある顔が三つほどあるんだけど~…。
おっかしいな~…。
透馬お兄ちゃん、大地お兄ちゃん、奏輔お兄ちゃん……本業はどうしたの?
クラス中がきゃあきゃあと色めきだつ中、私は一人遠い目をしている。
「じゃあ、まずはこのクラスの副担任からだ。このクラスは試験クラスの為、副担任は二人つく。一人は、透馬」
「はいはいっと。このクラスの副担任を受け持つ、天川透馬だ。担当教科は美術。よろしくな」
ウィンクー。透馬お兄ちゃん、すっげ―似合うー。でもねー、今突っ込みたいのはそこじゃないっ!
なんでなんでなんでっ!?
透馬お兄ちゃん、銀細工の店開くって言ってたじゃんっ!
実際ゲームでもそうなってるし、教員免許なんてとってなかったよねっ!?
ましてや鴇お兄ちゃんと同じ職業?いやいや、あり得ないでしょうっ!?そんなべったりな関係ではなかったはずだものっ!!
出会った当時も長かったけど、今はもっと長くて腰までありそうな髪を一つに束ねている。真っ赤な瞳も健在。
でも、透馬お兄ちゃんにあるはずのチャラさは何処へっ!?透馬お兄ちゃん、教師なんてやる柄じゃないよねっ!?
「同じく、副担任の嵯峨子奏輔です。三年間よろしく」
相変わらず色が白いねー、奏輔お兄ちゃん。
奏輔お兄ちゃんは、まぁ、教員免許持ってても納得出来るかな?
ゲーム本編だと塾講師主任だから。
でもこの学校に来るとは思ってなかったからなぁ…。
奏輔お兄ちゃん、肩まであった髪切っちゃったんだぁ…。短髪も似合うけどさ。透き通るような青い髪。触った事あるけどすっごいさらさら。…お姉ちゃん達のケア指導が厳しいって昔嘆いてたっけ?
どちらかと言えば女顔の奏輔お兄ちゃんは、コンタクトにはせず敢えて眼鏡にしてるんだって。それは今もそうで。その眼鏡のおかげで深緑の瞳は隠れているけれど、女顔ってのは隠れてない気もする。
「で、俺が養護教諭の丑而摩大地ねー。よろしくー。基本的に保健室にいるけど、保険の先生はもう一人いて。そっちは女性で丑而摩七海って言うから、覚えといてねー」
大地お兄ちゃん、養護教諭の資格とってたのっ!?
えっ!?ゲーム本編では体育教師だったよねっ!?えっ!?どうして養護教諭っ!?
茶髪にエメラルドグリーンの瞳。それからお兄ちゃん達の中で最も身長が高い。それから、穏やかな性格。ゲームと殆ど大差ないと思ったのに、え、なんで養護教諭っ!?
もう…驚き過ぎて、どうしたらいいのか…。
ぐったりとする。
…あ、忘れてた。七海お姉ちゃん(透馬お兄ちゃんの妹さんね)は将軍お兄ちゃん(大地お兄ちゃんの直ぐ上のお兄さんね)と無事結婚したよ~♪
で、何故か、大地お兄ちゃんと一緒の養護教諭らしい。うん。全然頭がついていかないよー。放棄してもいいかな?
結構ゲーム本編と狂いが生じてると思ってはいたんだよ?
でもさ?御三家の三人は大差がないと思ってたの。それが、蓋を開けてみたら大差しかなかった。
もうびっくりって言葉しかない。
「俺が不在の時は、副担任の二人、どちらかが必ずいるから何かあったら二人を頼れ。それから、保健室の場所は覚えているか?一階職員玄関脇の事務所の更に隣にある。だが基本的にそこは男子が使う保健室で女子が使う保健室はこの教室の真下にある。女子は基本的にそこを使うように」
あぁ、女子には色々あるしね。うん。その方がありがたいかも。
もうお兄ちゃん達の事に関しては疑問に思わない事にした。多分、きっとヒロイン補正の何か、なんだろうし。
「それじゃあ、少し早いが、一先ずはここで終わっとくか。昼休憩が終わるチャイムが鳴ったら、今度はクラス委員の選出だからな。誰が良いか考えとけよ」
…鴇お兄ちゃん。ううん。鴇お兄ちゃんに限らずお兄ちゃん達。どうして私の顔見てにやっと笑うの?
やりたくないよ?私学級委員長はもうやらないよ?これまで前世を含めてずーっとやって来たんだから、もうそろそろ解放されても良いと思うんだ。
そんな私の心中をまるで無視して四人は教室を出て行った。
教師がいなくなると教室はガヤガヤと騒がしくなる。
「王子っ、飯食おうよっ」
「あ、うんっ。どこで食べる?」
「皆弁当持って来てるし、屋上で食べようよ」
「あら?でも屋上って入れるのかしら?」
「大丈夫だよ~♪抜かりない」
「流石夢子ちゃんっ。やるねっ」
全く。変な所で華菜ちゃんとユメは息ピッタリなんだから。
私達は二人を見て苦笑しつつ、お弁当を持って教室を抜けた。
六人で仲良く屋上を目指す。屋上に行く階段は目の前にあるから男子の教室棟を通らなくて済むから丁度いい。
階段を登ってドアを開けて中に入ると、ふわっと春の風が私達を包んだ。
「気持ちいいね~」
「そうだね~」
「あっちにベンチもあるけど、何処に座る?」
「あちらにもう一つ屋上への入り口がありますから、あそこからは遠ざかった方がよろしいかと」
「だな。王子の為にも女子クラの入り口に近い方がいいし」
「なら、あっち側のベンチの脇にしようよっ。私敷物持って来たしっ」
ユメが指さしたのは日当たりの良さ気な屋上の一角。男子が上がってくる場所とは遠い場所だった。
頷いて、皆で仲良くユメの持って来たシートを敷いて、靴を脱いで円を作って座る。
…ゲーム本編でこんなシーンはなかったけど。実際はあったのかな?
でも良く考えてみたら、この時点だと敵対してる事の方が多いよね。って考えると、こんな状況はあり得ないよね。
もぐもぐと手製のお弁当を食べながら考えていると、私のお弁当に静かに箸が伸びてきた。
「?、ユメ?何か食べたいのあるの?」
「あ、ばれたっ」
「ふふっ。分かるよ~。卵焼き食べたかったの?はい、どうぞ」
ユメのお弁当箱に私は卵焼きを移動させた。
「わーいっ、ありがとう王子っ。お礼に私の蟹さんウィンナーあげるねっ」
「え?あ、うん。ありがとう」
「じゃあ、アタシも何か貰おうっと。王子の作ったきんぴらを一口。お返しにこれやるよ。生姜焼き」
「えっと、ありがとう?」
「じゃあ、私はそのトマトと交換でサラダに入ってるささ身をあげる」
「うん?」
「では私はこちらのお芋とアスパラベーコンと交換お願いしますね」
「あ、うん。……って、皆、なんでお肉を置いてくのっ?」
「美鈴ちゃんを肥えさせようと思ってっ♪」
「ちょ、華菜ちゃんっ。楽し気に言わないでっ」
私が叫ぶと皆が楽しそうに笑いだす。最初は怒っていた私も釣られて笑ってしまった。
わいわいとご飯を食べ終えると、私達の会話は部活動の話になった。
「王子は何部に入るんだい?」
「そもそも女子が入れる部活って何々あるんだっけ?」
「元々既存の部活にマネージャーとして入る分にはどこでも入部オッケーみたいだよ。女子だけの部活を作るには、最低5人以上部員がいる必要があるんだって。となると基本的に団体運動部を作るのは難しいよね?運動をやりたい子はマネージャーとして入って男子と一緒に部活をするって流れになるのかも」
華菜ちゃんの説明を聞いて、軽く脳内を働かせる。
運動部は…まず除外かな。男の中に入る、無理。
となると、何か部活を作る?それもちょっと…。
……確か、ゲームだと今より女子の人数が多かったよね?クラスも女子クラスなんて作られてなかったし。
各クラスに女子が五人、いるかいないかって感じだった気がする。
それで最初の部活動選択の画面で出て来たのは全部で十の部活。
野球部、サッカー部、バスケ部のマネージャー。後はマネージャーではないけど、女子部って形で陸上部、水泳部、剣道部、応援部がある。応援部は要するにチアリーディング部だ。以上が運動部。
文化部の方は、科学部、美術部、吹奏楽部が男女混同。家庭科部が女子のみの部活だ。
因みに兼部が可能。それから生徒会はあくまでも役員扱いなので別枠。委員会の方に組まれる。
多分、男女混合とマネージャー業務系の部活は現実でもある部活だろう。運動部に関してはマネージャーになる分にはきっと選択肢がもっと広がると思う。
けれど正直運動部には入りたくないなぁ…。
「皆は何部に入るの?」
「私は科学部」
「アタシは剣道部かなぁ」
「私は応援部に入るよっ。チアリーディングを作ろうって話があるからっ」
「私は書道部、でしょうか。園芸部や茶道部があればそちらへ入りたいのですが…」
皆ちゃんと考えてるんだなぁ…。うぅ、私どうしよう…。
「華菜ちゃんは?」
「私は、新聞部」
皆自分に合いそうな部があるからいいなぁ…。
私はどうしよう…?
考え込んでいる間にお昼休みが終わってしまい、私達は教室へ戻った。
鴇お兄ちゃんが教室へ入って来て、プリントが配られる。
さて、ここで疑問を覚えてもいいでしょうか?
鴇お兄ちゃん。どうして配られたプリントは既に記入済なんでしょうか?
授業の選択をしなければならないんですよね?
なのに、私のプリントには選択肢がなく、強制的にSクラス行きになっております。
しかも部活動の欄には家庭科部となっております。……これは、まぁいっか。
「今配ったプリントは初回だから俺が各々にあった物を書いておいた。それを参考にして一回はその授業プランで出てみるように。何か不都合があったら挙手」
バッと手を上げてみる。
「お前は拒否権なし」
ばっさりと斬られた。
「えぇー…」
私、しょんぼり。
「どうやら他はいないようだな。じゃあこれから委員会と部活動を決めて行くぞ。部活に関しては希望の部活を書いて俺に提出。で、委員会だが。委員長。出て来て進行頼んだ」
え?委員長決まってるの?誰?
………めっちゃ視線集まってる。すっごくすっごく集まってる。
………やっぱり私なんだよね…。
はぁと溜息をついて私は鴇お兄ちゃんの方へ歩き、したり顔の鴇お兄ちゃんからプリントを一枚貰うと黒板へそれを書き写す。
何で誰も私が委員長なのを否定しないのか。なーぜー…。
全部書き終わり、もうやけくそだと委員長の所に自分の名前を書いて、教卓の前に立った。
「それじゃあ、委員会決めて行きますね~。私が強制的に決められたので、他もガンガン強制で決めて行きますよ~」
私が言うとクラスに笑いが起こる。
そして宣言通りガンガン強制指名をして、あっさりと担当委員は決まった。
「よし。出席申請書と仮入部届を後ろから回収して、今日は終わりっ。部活動見学等行きたい奴は行っていいぞ。あぁ、それから…登下校時、なるべく一人では動かない事。学校を出てからもそうだ。うちのクラスの生徒は全体的にレベルが高いからな。何かあったら問題だ。極力信用の出来る奴と数人で行動すること。分かったな」
鴇お兄ちゃんの言葉に全員が「はい」と返す。
そこで今日は終了となった。
…さ、てと。私は鴇お兄ちゃんを襲撃しなきゃね。
そもそも部活動見学をするのに家庭科部ってまだないじゃんっ!
なので襲撃を決行するのです。
皆に鴇お兄ちゃんを襲撃しに行く事を伝えてバイバイと挨拶してから、教室を出た鴇お兄ちゃんのあとを追い掛けた。
既に職員室へ入ったかと思っていたけれど。
私の予想に反して、鴇お兄ちゃんは階段の踊り場で壁に背を預けて腕を組んで立っていた。
もしかして…私が追い掛けてくるの分かってた?
じっとりと睨むと、いとも簡単にそれを跳ね返すような笑みを向けられた。鴇お兄ちゃん、悪どい…。
階段を降りて鴇お兄ちゃんの前に立つと、ぽんぽんと頭を叩くように撫でられた。
「鴇お兄ちゃん。噛んでいい?」
「とりあえず噛む癖はどうにかしろ」
「だって悔しいんだもんっ!」
「全くお前は…」
仕方ないなと表情で語り、鴇お兄ちゃんはぐりぐりと私の頭を撫でた。
……うむむ…。鴇お兄ちゃんに撫でられるのは嫌いじゃないんだよね…。
それだけで許してしまいそうになる。
けど、聞きたい事は聞いておこう。
私は鴇お兄ちゃんと並んで歩きだす。
階段を降りながら、
「鴇お兄ちゃん、いつの間に教員免許取ったの?」
疑問に思ってた事を聞く。
「大学に行きながら通信で」
「え?ホントに?」
「嘘言ってどうする」
「じゃあ、透馬お兄ちゃん達も…?」
「あぁ、そうだ。まぁ大地だけは違うが」
うっそーっ!?
驚き目を見開くと、逆にそこまで驚く事か?と返される。
いや、驚く事だと思うの。だって、必要ないじゃない?そこまで無理してとる必要がさ。
ビックリしたけれど、今は置いといて。私の本題はこっち。
「所で鴇お兄ちゃん。家庭科部って何?」
「安心しろ。今それを説明するから。とりあえず部室に案内する」
部室かぁ…。
一階まで階段を降りて、大きな調理室を何故かスルーして廊下を右に曲がり短い渡り廊下を渡ってカフェテリアにつく。
……学校にカフェテリアって…。工の字からはみ出る様にあるカフェテリアを横切りその奥にある部活棟へ足を進める。
こっちはどうやら文化部の部室棟のようだけど、使われてる形跡がない。
そんな中ある部屋で鴇お兄ちゃんが足を止めた。ポケットから鍵を取りだすとドアノブに刺して鍵を外す。
ドアを開けたその部屋は和室…?簡易キッチンもある…。
「鴇お兄ちゃん、ここって?」
「昔茶道部の部室として使われてた所だ」
「へぇ…」
「で、これが鍵な。部長のお前が預かっておけ」
「うん?いいの?職員室に返すとか…」
「これは合い鍵だから問題ない。いいか、美鈴。お前は家庭科部の部長で女子は必要ないが、男子が入部するにはお前の承認が必要となる」
「うん」
「意味が分かるか?言い方を変えるとここがお前の避難場所になるんだ」
「避難、場所…」
「もし。男に追いかけ回されたり何かあったらここに逃げ込め。ここには中から外に出る隠し通路が沢山ある。逆に外からはドアからしか中には入れないようにも出来ている。金山と真珠に頼んでそう言う仕組みにして貰った」
「え…?じゃあ、もしかしてここは…」
私の為に用意された場所…?
びっくり過ぎて頭が上手く動かない…。
「ある意味で、女子クラスの為の生徒会室みたいなものだ。あんまり深く考える必要はないぞ」
「うん。…でも、ありがとう、鴇お兄ちゃん」
「あぁ、そうそう。部活内容はお前が好きに決めろ。キッチンもあるし、あっちにはミシンもある。好きな活動をすると良い」
教師公認のたまり場が出来た…。
これは良い事なのかな?いやでも、私としてはとってもとっても有難い。
「…ねぇ、鴇お兄ちゃん。何があるか確認しても良い?」
「あぁ、いいぞ、と言いたい所だが、今日は止めておけ。明日からいくらでも時間はあるだろ」
「そっか。それもそうだね」
入った部室を鴇お兄ちゃんと一緒に出る。渡された鍵でしっかりとドアを閉める。
「明日からここで昼飯を食ったらいい。そうすれば葵達も一緒に食えるだろう?」
「あ、そっかっ!うんっ、そうするっ!」
「それから、家庭科部の顧問は俺だ。何かあったら直ぐに言いに来い」
い、至れり尽くせりだね…。
あまりの準備の良さに鴇お兄ちゃんをぽかんと見上げると、ぐりぐりと頭を撫でられた。
今日で何回目だろう…。
「さて。俺はまだ仕事があるから職員室に行くが。美鈴、一人で帰るなよ。葵か棗、もしくは優兎と一緒に帰れ」
「うんっ。分かった。えっと、お兄ちゃん達は…」
私は鞄から携帯を取り出してメールアプリを開く。
すると、私から連絡するまでもなく。
『葵:鈴ちゃん、今何処?』
『棗:迎えに行くから何処にいるか教えて?』
と先に連絡が入っていた。
私は直ぐに返事を返す。今、カフェテリアに鴇お兄ちゃんといると返信した。
実際はまだ部室の前だけど、カフェテリアまで歩いていく間にお兄ちゃん達の足の長さなら合流出来るだろうと思ったから。
私の予想は見事にあたり、カフェテリアに戻ると同時にお兄ちゃん達が迎えに来てくれた。
「鈴ちゃんっ」
「鈴っ。お待たせ」
「ううんっ。待ってないよ~」
お兄ちゃん達に駆け寄ると、お兄ちゃん達も嬉しそうに頭を撫でてくれる。
うん。今日私本当に頭撫でられてばっかり。
私一応もう高校生なんだけどな。…まぁ嬉しいからいっか。えへへ。
「じゃあな、お前ら。気を付けて帰れよ」
「はーいっ」
返事はしっかりと。
きちんと答えてから私はお兄ちゃん達と並んで歩きだす。
「鈴ちゃん。初登校どうだった?」
「んー。正直視線が滅茶苦茶痛かった」
「ははっ。それは仕方ないね。鈴は可愛いから」
「な、棗お兄ちゃん。か、揶揄わないでよ~」
ポカッと棗お兄ちゃんの腕を叩くと、楽し気に微笑まれた。
そんな笑顔を見ると毒気が抜かれてしまう。
「そうだ。お兄ちゃん達、お弁当どうだった?久しぶりに私が作ったけど不味くなかった?」
「鈴ちゃんが作るものが不味い訳ないよ」
「うんうん。いつも通り凄く美味しかったし。僕達が好きなものばっかり入れてくれたよね?ありがとう、鈴」
「えへへ」
やっぱり美味しいと言って貰えると嬉しいっ。
照れながらも微笑むとお兄ちゃん達も笑みを返してくれた。
生徒玄関に行って、私は女子クラスの方の下駄箱へ向かう。
靴を履き替えてお兄ちゃん達と合流しようとすると、そこにはお兄ちゃん達だけじゃなく、優兎くんもいた。
「あれ?優兎くんも帰るの?部活動見学は?」
駆け寄ると優兎くんは笑顔で。
「僕の入る部活はもう決まってるから」
「そうなの?」
「うん。許可、くれるよね?美鈴ちゃん」
その一言で何を言ってるのか瞬時に理解した。
「もしかして、家庭科部に入るの?」
「美鈴ちゃんさえ良ければ」
「勿論、オッケーだよっ」
四聖の皆と華菜ちゃん、後は逢坂くんにお兄ちゃん達を勧誘したら完全に私達の憩いの場が出来る。
これは…もしかしなくても鴇お兄ちゃんの思惑通り?顧問である鴇お兄ちゃんや副担の透馬お兄ちゃん達が来る事もなにもおかしくないし。
……流石、頭のきれる人間は違う…。何か悔しい…。やっぱり今日は鴇お兄ちゃんが帰ってきたら齧ろう。
家へ向かって私達は歩きだす。
結果として、私は強制的に家庭科部に入れられて、明日からの授業はSクラスに行く訳だけど…。
本来ならばゲーム開始時はSクラスは選べないはずだ。Sクラスを選べるのは2年生になってから。
ちょこちょこ変更があるのはGクラスが出来た所為なんだろうか?学校の仕組みがゲーム本編と違ってきている。
私だってゲームと全く同じとは考えていなかったけど、でも…そう考えるとヒロイン補正の効果はどうなるの?
こう言う所は補正をする必要がないって事なのかな?
良く解らなくて首を傾げていると、
「美鈴センパーイっ!!」
遠くから私の名前を呼ぶ声がした。
この声は、多分…。
「よいしょっと」
私が振り返って確認する前に、棗お兄ちゃんに抱きしめられて、葵お兄ちゃんが私の前に立って。優兎くんが激走してくる陸実くんにラリアットをかました。
ぐえっと蛙が潰れたような声を出して倒れる。
えーっと、今のこの連携プレイは一体…?
でも側に来られるのは怖いから助かったことは助かった。
「ちょっとっ、陸っ!先に行くのはずる…い…」
「……………抜け駆け厳禁………あ…」
追い掛けて来た海里くんと空良くんが私達の姿を見て硬直。
「馬鹿猿三人が何の用?」
背中を見せてるから優兎くんの表情がわからないんだけど、声がいつもよりも低い…気がする?
「鈴先輩に用があるんですけど」
「…………とり先輩、高校進学、おめでとう…」
相変わらずのマイペースだね。空良くん。
でもごめん。葵お兄ちゃんの背中でさっぱり見えないよ。
「っつーか、兄さん達。邪魔なんですけど」
「うん?邪魔って何が?僕達にしてみたら君達の方が邪魔で仕方ないんだけど?」
「鈴先輩と話すのも駄目なんですか?」
「鈴と話したいの?なら話したらいいよ。このままで」
「………………とり先輩……顔出して?」
「とか言いながらこそこそと回り込まないでくれる?空良」
優兎くんが空良くんの顔面にアイアンクローをかます。
この三人もゲーム本編と全く違うよね。
ゲーム本編だと互いが互いに依存していた。多分彼らの母親である明子さんが彼らの身の安全と引き換えに樹家へ身売りをするからだろうけど。そんな憂いは綺麗さっぱりと無くなってるし。
明子さん本人もここんとこ我が家の最強ママと仲良くお茶してたりするし。
でも一番ゲームと違う事は…私が既に…その、陸実くんと海里くんから告白されてる事、だよね。空良くんからは好きだとは言われてないけど…。
「…………………とり、先輩……………」
と、こうも熱い視線を送られると…気づくなと言う方が無理というか何というか。
血の繋がった三卵生の三つ子な所為か、陸実くんは赤茶の瞳で熱く、海里くんは青の瞳で強く、空良くんはエメラルドの瞳を鋭くして、けれど全員同じ意図を持った熱視線を向けてくる。
こう言う所兄弟だなとは思うんだけど…正直に言って…好きだと言われて嬉しいよりまず…怖い。告白されて恥ずかしいと言うか照れたけど、それは…ほら、私ってもう中身が結構な年齢で。お兄ちゃん達だってたまに自分の弟感覚になると言うのに、更に年下となるともう自分の息子みたいな…。息子に好きだと言われたら、嬉しいし照れるけどそこに恋人同士の好意というのはない訳で…。
うぅ~ん…。
葵お兄ちゃんの影からこっそりと三人を覗きみる。
あれ?三人共髪をばっさりと切ったんだね。メッシュの部分を三人それぞれ三つ編みにして編みこんでる。わお、芸が細かい。
あ、空良くんと目があった。
「……とり先輩…」
嬉しそうに微笑まれる。
が、直ぐに棗お兄ちゃんの腕の中にしまわれて、視界が塞がれた。
「さ、鈴。帰ろうか」
「そうだね。鈴ちゃん。帰ろう。無学文盲を相手にする必要はないしね」
ざっくり言うね、葵お兄ちゃん。
すっごい馬鹿にした言葉を言われた筈なのに、三人はきょとんとしている。
…ん?ちょっと待って。
そう言えば、私、三人に言いたい事があったんだ。
この三人、ゲームでも成績は下位の方だった。でも、一旦離れ離れになった時、もう一度再開する為に勉強を滅茶苦茶頑張ったと言う設定があり、進学校であるエイト学園に入れたのだとなっていた。
…なっていたんだけど…。現実では三人共私が買った家に暮らしていて離れる事も無く、兄弟のわだかまりもなくなり。
「ごめん、お兄ちゃん達。ちょっと待って」
棗お兄ちゃんの腕から抜け出して、葵お兄ちゃんの脇を通って優兎くんの隣に立つ。
こうすると三人と向き合う事が出来るからね。
「美鈴センパイっ!」
うんうん。嬉しそうに尻尾振ってくれてる所悪いんだけど。
「三人共、明子さんに聞いたよ?成績、落ちたんだって…?」
ビクゥッ!!
三人が跳ねあがった。
「私が知らないとでも思ったの?勉強、さぼったでしょう?」
ビクビクゥッ!!
更に跳ね上がり、顔が青くなる。
「……会えて良かった。実は今日、お兄ちゃん達に頼んで会いに行こうと思ってたから」
私は鞄を開けてファイルを三冊取りだす。
「という訳で、はい、これ」
三人の手の上に分厚いファイルを一冊ずつ乗せる。
「提出期限は来週の月曜日ね」
にっこり。
青褪めてる三人に穏やかな笑顔をプレゼント。
三人がそっとファイルの一ページ目をめくる。
「うげっ!?これ問題全部英語で書かれてるんだけどっ!?」
「うん。頑張って」
「鈴先輩。えっと提出がいつ、でしたっけ?」
「来週の月曜日」
「…………一週間、ない……?」
「うん。そうだね」
三人は一瞬停止して直ぐに我に返ると自分の鞄に持っていたファイルをしまい、今来た道を駆けて戻って行った。
「ちょっ、英和辞書っ!」
「家にしかないよっ!」
「…………まず、帰宅っ…」
と何か言い合いをしていたけど、まぁ、気にしない。
「美鈴ちゃん、相変わらずあの三人には容赦ないね」
「そう?うぅ~ん、そうかも?だって立派になって欲しいじゃない?」
「鈴。その言い方だとあの三人の母親みたいだよ」
あながち間違いじゃないから何とも言えない。
血の繋がりとかそう言う意味じゃないよ?年齢的な意味ってことだからね?念の為に。
「鈴ちゃんのあの対応。旭達に対する態度と同じだよね」
「あははっ。そうかも」
下手すると旭達の方が賢いけどね。
三人はゲーム本編以上の馬鹿になってしまったから…。
もしかしたらエイト学園に進学できないかもねぇ…。そうなったらそうなったで私的には安心?
……別の意味で不安かも…。本当に進学出来る?高校生になれるんだよね…?あぁ、明子さんの苦労が目に浮かぶ…。
「とにかく帰ろう?」
棗お兄ちゃんの言葉に頷き私達は歩きだす。
結局、攻略対象やライバルである皆が色々変わってるながらもヒロインである私と出会っている。
でも今になって冷静に考えるとこれはもう仕方ないことなんだよね。出会わない訳がないんだよ。だってヒロインで。しかもこんな狭い学校という空間に通う事になるんだから。
そう考えるとゲーム内のヒロインって、この学校生活三年って言う短い期間でこんなにも濃い出会いをしてるってことなんだよね?…凄くね?
あれ?でも待って?別に凄い事でもないのかな?だって逆に言えばパラメータが上がってないと出会えないんだからさ。普通に暮らしてると接点がなかった可能性もあるんだよね。
……じゃあ私は成長する過程でしなくてもいい接点を持ってしまったってこと?
あ、なんか考えたら行けない所に辿り着いた気がする。
でも、でもさ?
私はお兄ちゃん達や皆と会えたことに後悔はないんだよね。
前世の時。私は基本的に一人だったから。
そう考えると今は楽しいし、幸せ。大家族の中でこうして暮らしていて、皆とバカみたいに騒いで。
うん。男性恐怖症が直った訳じゃないけど、お兄ちゃん達がフォローしてくれてるおかげで薄れてきているし…薄れてきてると思う、多分…自信はない。
「鈴ちゃん?どうかした?」
顔を覗き込まれてハッと我にかえった。
「ううん。何でもないのっ。それよりお兄ちゃん達。今日の晩御飯、何が良い?」
咄嗟に話を逸らす。
するとお兄ちゃん達が嬉しそうに微笑み、あれがいいこれがいいとリクエストを上げ始めた。
それを脳内に収めつつ、私はまた自分の思考に潜る。
男性恐怖症は薄れてきてはいる。けれど、男性と付き合えるのかと問われるとそれはまた話が別。絶対に前世の記憶を呼び覚ましてしまう。
それって薄れてきているって言うんだろうか?ただ単に恐怖を脳の隅に追いやってるだけなのかも…。
けどそれでお兄ちゃん達と家族として円満に付き合っていけるならいいことだよね。と、そう思っちゃってる。
そう考えたら、私は…やっぱり誰ともお付き合いは出来ないんだと思う。今の幸せを壊したくない。
なので私はゲーム本編で言う所の【卒業エンド】を目指すっ!
卒業エンドってのは誰ともくっつかずに卒業しましたってだけの所謂ノーマルエンドだ。
幼い時からずっと考えてた。
エイト学園に入学してしまったらどうしようかって。
男が言い寄ってくる状況に私はどう対処したらいいのかって。
ヒロイン補正の力で強制的にエイト学園に入ってしまったらどうしたらいいのかって。そのヒロイン補正は抗えば抗う程、強制的に私と誰かをくっつけようとするんじゃないかって。
もしそうなったとしたら、一番ヒロイン補正が強く入りそうなのはメインヒーローである樹先輩だ。
……………樹先輩と恋仲?いや、無理でしょ。
ヒロイン補正は絶対。だけど正直無理な物は無理。
だから考えたのだ。どうしても抗えないものならばそのヒロイン補正を逆に利用して卒業エンドを選ぼうと思ったのだ。
友情エンドも狙えなくはない。けど友情エンドの対象に華菜ちゃんはいない。友情エンドに選べるのは四聖の四人だけ。
でも彼女達とのエンディングを狙うには残り四人の攻略対象者に会わなくてはいけなくなる。それは出来る限り避けたい。
諸々の事を考えると卒業エンドを目指すのが私にとっては一番良い、はずっ!
だから、私の目標は。
『卒業エンドを目指すっ!』
これに決まったっ。
目標が決まると頭の中がスッキリする。
やっと私はお兄ちゃん達の会話に参加する事が出来た。
この時私は忘れていた。
今まで散々目標を立てて来ていて、それが全て惨敗で終わっている事に…。
ゲームと時間軸が重なりますよーヽ(^o^)丿