第五十六話、あなたに貰って欲しい
夢を見ていた。
──倉田、まだ仕事してんのか?
──それは俺がやってやる
──お前はもう帰れ。
──俺は大丈夫だ。気にすんな。
先輩、やめてください。
そうやって、あなたはいつも、
私の仕事まで引き受ける。
──金曜日に何残業してんだよ。
──俺は良い。お前とは違う。
やめてください!
あなただって辛いのに!
──何、泣いてんだよ。
──お前は前だけ向いてろ。
あなたがそう言って笑うから!
私は甘えていいと思って、
知ってたのに、
あなたも辛いの知ってたのに。
──大丈夫だ。気にすんな。
──お前は早く帰って、
──良い男、捕まえて幸せになれよ。
──俺なんかじゃなく。
自分が辛いからって、
その言葉に甘えて、
立場に甘えて、
すべてを失った。
先輩は自宅で倒れて、
二度と会社に戻らなかった。
「大丈夫」
あなたが、そう言ったから。
「大丈夫」
私も、そう言ったから。
先輩の代わりは補充されず、
仕事は全て私が引き継いだ。
「大丈夫」
私も呟く。
「大丈夫です、出来ます」
「大丈夫です。食べてます」
「大丈夫です、元気です」
「だ……──」
そして私は死んだ。
私は、あなたを失いたくなかった。
私は、自分を失いたくなかった。
──大丈夫だ、倉田。
あなたが、そう言ったから。
私が、それを信じたから。
先輩!
◇◇◇◇
「はっ!」
目が覚めると、泣いていた。
呼吸が荒くて、苦しい。
全身が汗だくで、気持ち悪い。
あぁ、夢を見ていた。
嫌な夢だ。
……先輩。
悲しい、辛い、苦しい。
辛くて、ふと呟く。
「……カルア」
「なんですか?」
「ひゃ!」
ビックリした。
カルアがすぐそこに、
ベッドに腰かけている。
「な、な、な、なんでいるの」
出現音はしなかった。
私が起きる前から、
そこに居た。
「まぁ、その、
あなた、うなされてたんで」
「へ? うなされてたから、
心配して?」
「いや、そういうのと
ちょっと違います」
「どう、違うの?」
「呼ばれた、気がしたんですよ。
勘違いでしたが。そしたら、
戻れなくなったんです」
「戻れなく?」
「あの……起きたんなら、
離してください」
「へ?」
カルアが手を持ち上げる。
その手を、私が掴んでいる。
「あ、」
戻れなくなったって、
私が手を握ったからか。
「ごめん、無意識で」
「わかりましたから、
離してください」
「夢見てたから、昔の夢」
「だから、離してくださいって
聞いてます?」
「ちょっと、辛くて、
泣いてたから」
「離してくださいって」
「ありがと、カルア」
「わかりましたよ!
好きなだけ握っててください」
私は、微笑んで、
ギウとカルアの手を
握りしめる。
──大丈夫だ。倉田
ズキンと心が痛む。
辛い、いまでも、こんなに。
「なんの夢、見てたんです?」
「仕事の……先輩。
新人教育してくれた」
あぁ、とカルアは呟いて、
「前の、世界の」
「うん……」
「他の男、想いながら、握られる身にも、なって下さい」
「そうだね、ごめん」
「大体、あなたを今でも
泣かせるなんて、
ろくな男じゃない」
「へ?」
「あなたを残して、死ぬ方が悪いんです」
カルアが軽い口調で言い放つ。
え?
今、なんて、言った?
「働きすぎて
心不全おこすなんて、
ただのバカです」
カルアが笑いながら話す。
当然のように、何気なく。
心臓が、変な鳴り方をする。
頭が急に回り出す。
「カルア……」
ギウと、カルアの手を握る。
「なんです? あなたなら、
怒るかと、思いましたが
なんで、そんな顔を……」
「話して、ない」
「はい?」
「先輩が、倒れたって、
私……話して、ない」
「え? あ……」
カルアの顔から余裕が消える。
あきらかに、焦りだす。
「そ、それはあなたが、
うなされてて……」
「倒れたとは聞いたけど、
死んだなんて、知らない」
「え?」
「まして、死因なんて、
知る余地もない」
心不全で、死んだ?
え? 本当に?
「私は『倒れた』としか。
会社は、それ以上は、何も」
カルアがギリと顔を歪めて、
「あの会社、ほんと……」
と、小さく呟く。
「死んだの?」
「え?」
「先輩、死んだの?」
「そ、それは……」
「なんで……知ってるの?」
なんで、あなたは、
知っているのですか。
「ずっと、不思議だったの」
そうだ、おかしかった。
「あなたは、優しくもない、
求めもされない、
愛してもくれないのに」
「それ、だいぶ酷い言い方です」
「なんで惹かれるのが
不思議だった」
カルアが押し黙る。
視線をそらして、悔しそうに。
「どうしてですか?」
私は体を起こす。
ベッドの上、そこに居る、
スーツの男に問いかける。
「なぜ、あなたが、
そこに居るんですか? 先輩」
カルアが顔を上げて、
こっちを見る。
「先輩、ですよね」
カルアが少し後ろに引いた。
私は握ってる手に
力を込める。
逃がさない、絶対に。
「答えてください!
どうして、居るんですか!
どうして私を……
召喚したんですか」
カルアは、口を閉じて、
諦めたように、首を振る。
そして、観念して、話し出す。
「私も──、いや……
俺も、名前を聞くまでは、
お前とは思わなかった」
心臓が跳ね上がる。
その声、その口調は
記憶の中の先輩と、
一致する。
「悪かったな、倉田」
たしかに、
そこに、先輩がいた。
「なんで、先輩」
「俺も死んで召喚された」
「だって、それは数十年前って」
「世界間を飛び越える時、
時間は簡単に前後する」
流れ方も違うし、
どの時代に、つながるか分からない。
「なんで、私を召還したんですか?」
「結果的にそうなったんだ。
どこでも良かったが、
俺の記憶の影響を受け、
俺のいた世界、時代、場所の近くに繋がった。
そこに居た、死んだばかりの魂が」
「それが、私……」
「まさか、お前も死んでたとは、
思わなかった」
残念そうに、カルアは言う。
「お前、俺の仕事、
引き継いだな」
「はい」
「辛かっただろ」
「あんなに、してたと、
思いませんでした」
「……悪かったな。
辛い思いさせて」
「あ、謝らないで下さい!
私は、あなたに!」
体を寄せて、
カルアの肩を掴む。
言いたいことはいっぱいある。
いっぱいあるけど……
とにかく、まずは
「あなたに……
また会えて、良かった……」
涙がこぼれて、
勝手に顔が歪む。
その肩に顔を寄せて、
涙を流す。
辛かった。あなたを失って。
出口も希望も無くなって。
自分もどうでもよくなって。
知ってたんだ。
それじゃダメな事くらい。
でもどうにも出来なくて、
私も死んだ。
「泣くな。ほら、顔をあげろ」
先輩が私の顔を持ち上げて、
涙をぬぐってくれる。
疲れた悲しそうな、笑い方。
そうだ、この人は
いつもこんな顔をする。
「言っただろ?
お前は前を向け」
「嫌です。もう嫌です、
あなたはそうやって、
自分を隠そうとする」
嫌だ、もう嫌だ。
失いたくない。
絶対に、絶対にだ!
「俺の事は気にするな。
別に忘れて良い」
「嫌です、絶対に」
「俺はお前を助けられなかった。
殺したと言っても良い。
いまさら……どんな」
「いいえ、
あなたは私を助けてくれた」
私が今、生きてるのは、
この世界で、笑えるのは。
「あなたの、おかげです」
そうだ、私を助けたのは、
まぎれもなく、あなたです。
私は先輩の膝に手を伸ばす。
長いその足を下に撫でていく。
そのままベッドの下に降りる。
床に座って、
先輩の膝に両手を乗せる。
「あなたは、私を助けてくれました」
床から、先輩を見上げる。
困ったような顔してる
「私は、あなたと一緒に居たい。
あなたに尽くしたいんです」
あなたに、すべてを。
「倉田……」
「あなたに、すべてを捧げます。
私のすべてを。身も心も全部
あなたに、貰って欲しい」
あなたの為に生き、
あなたの為に死にたい。
「どうか、お願い……
私を貰って下さい」
あなたに貰って欲しい。
一緒にいたい。
あなたの側に。
あなたの中に。
先輩が私を抱きしめた。
衝動的な勢いと、強さがあった。
肩に顔を埋めて、
その背中に手を伸ばす。
暖かさと、優しさを
その手に握る。
先輩の息が荒くて、
体が震えていて。
そしてそれは、
少しして、止まった。
「それは、ダメですよ」
え……
サァと背中が冷えていった。
ゆっくり、私は離されて、
「それは、いけません」
元の、カルアの口調に戻って。
「な、なんでですか!」
「すべてを捧げるのは、私です」
そんな残酷な事を、
いつもの声で言う。
「あなたと、同じ気持ちを、
私は、ご主人様に感じ、忠誠を誓った」
数十年前、死んで、
この世界に召喚された時に。
「そして、ご主人様は、
いずれ、あなたと一つになる」
ルシアは、私と混じっていく。
「あなたに尽くすのは私です」
「でも……」
「あなたは、今まで通り
私をお使いください」
落胆して頭を下げた私に
カルアが両手を伸ばす。
その手がわきの下に入る。
「ひゃ!」
わきを持って抱き上げられ、
クルリと回って、
ベッドに座らされる。
その手をもって、
カルアが跪いて。
「あなたに、忠誠を誓うのは
初めから、私でしょう?」
そう言って、手に口をつける。
いつもより長くて、
吐息を肌に感じた。
「私は……先輩を忘れませんからね」
「私も、あなたを忘れません」
カルアが顔を上げる。
いつもの、余裕のある顔を取り戻して。
私は小さく息を吐き、
体から力を抜いた。
「今日は……一緒に寝て。
私を、抱きしめて、下さい」
「仰せのままに。ご主人様」
カルアがまた、
私の手に口づけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「コレ」
「なんだよ」
「やけに、キラキラ、
してると思わない?」
「……昼食、どこで食う?」
「……今のうちに、
宿舎まで行くってのは?」
毎日更新!
今日も
お仕事お疲れ様!
モフモフー




