第四十六話、風と扇子と龍の羽織
学園の一番端で、
広い草地の広場。
いつもは、闘技の練習に使う。
魔獣の小屋から離れてるし、
誰も近づかない。
「真ん中に、寝かして」
担架に乗せたまま
アスナを地面に置く。
シルビアがふうと息を吐いて、
ジルとラウルに向き直った。
「こっからは危険が伴う。
あんた達は戻って良いわ」
「冗談だろ。俺もいる」
ジルが言って、
「僕も、居ます」
ラウルも頷く。
シルビアが顔をしかめる。
ジルがやるのと、よく似てる。
「じゃあ、せめて、
結界の外にいなさい」
「姉貴が思ってるほど
俺は弱くねぇ、
役には立つ」
「僕も、彼女を
助けたいんです」
フン、とシルビアは息をついて
「ガキがいっぱしの口をきくようになった」
と、吐き捨てた。
「羽根がなきゃ、
殴ってでも帰すけど。
まぁ良い」
シルビアが羽織を取り出して、
バサリとはおる。
黒革の服の上に、
赤い龍の走る白い羽織。
「言ったからには、
自分の身は守りなさい
羽根にかけて」
羽織の中から、
大きな扇子が二つ。
両手に一つずつ持って
「始めるわ。心を締めなさい」
スゥと、空気が止まる。
シルビアの背中から
四枚の羽根が伸び
風を吐き出して行く。
「風が……重いや」
「姉貴は強い。
ラウル、倒れんなよ」
「わかってる」
風がグルリと周りを囲む。
10メートルくらいの
半球状に膨れ上がる。
結界が視認できた。
空気の層が、
こっちと向こうとを分ける。
シルビアが扇子を開いて、
アスナに触れる。
「×××××」
聞き取れない言葉、
扇子から白い光が漏れる。
「あれは……風?」
「ヒーリング術の一種だ。
姉貴は元々ヒーラーだった」
「出る! 覚悟せよ」
シルビアが叫んで、
扇子を横に振った。
「一体目!」
アスナの身体から、
藍色の魚が
泡を伴って分離した。
「さ、魚?」
魚は空中を泳ぎまわり、
風の壁にぶつかって
跳ね返る。
「術の思念体だ。
たぶん、セイレーンの」
魚は早い、
目で追うのがやっと。
「頭下げろ! 青髪!」
「ひっ!」
扇子から風の刃が飛んできて、
魚が真っ二つに切れる。
刃がラウルの髪をかする。
魚は霧散して
泡となって消える。
「気を抜くな!
取り込まれたら、
患者が二人になる」
「はい!」
ラウルは立ちあがる。
「二体目、行くぞ!」
シルビアが振る扇子で、
さっきより大きい魚が出る。
「これが、混乱魔法の
思念体……」
ルシアを、アスナを、
苦しめる原因。
魚が暴れまわって、
ラウルに向かってくる。
弱い奴に逃げ込もうと。
「負けない!」
羽根を伸ばす。
全力で突き返す。
バチンと風で魚が跳ね、
反動で後ろに倒れた。
「上等だ! 白羽根!」
シルビアの風が、
魚を切り裂く。
泡となって、霧散する。
「さぁ、まだ行くぞ。
立ち上がれ!」
扇子を振るう。
白い粒がアスナから噴き出た。
さっきとは様子が違う。
雪?
白い粒は固まって、
大きなキツネを形作る。
「白い……キツネ?」
「多分、氷狐のテイムの
残留思念だ」
ジルが顔をしかめる。
「やっかいな奴に
好かれてんのね!」
扇子が刃を描く。
キツネが跳ね上がって
それを避ける。
「逃がさねぇ!」
ジルが風を巻く。
キツネが翻って、
ジルに飛び掛かる。
「キツネには負けねぇよ!」
飛び掛かるキツネに
風が絡んだ拳を叩きこむ。
ギンっと、おおよそ殴った音ではない反発音がして、
キツネが弾かれた。
着地したキツネが、
白い光を放つ。
光が人の形に変わる。
「おいおい、アレって」
白い着物で、キツネ耳しっぽ。
「え? ココ?」
「いや、氷狐だ。術主の姿を模してる」
「なるほど、良い男だこと!」
シルビアの扇子が
両方、同じ動きで振りあがった。
十字に交わう風が、飛び交って、氷の壁が受けとめる。
パリンと氷が弾けると
そこに振り下ろされる、
シルビアの扇子。
白い髪先が、かすり切れる。
「ジル!」
「まかせろ!」
横っ飛びで避けた氷狐を
ジルが胸ぐら掴んで、
地面に叩きつける。
ズオンっと衝撃が波紋で見える。
「お前にはムカつく事しかねぇ」
馬乗りになって、
ジルが吐き捨てる。
風が層を作っていく。
「悪いが憂さ晴らしをさせろ」
バサと四枚羽根が羽ばたいた。
風が塊になって、
落ちる。
聞き取れない悲鳴が響いて
氷狐の術の残留思念は
雪の粒になって消えた。
「ココがいなくて良かった」
両手を振りながら、ジルが呟いた。
「こんなモンかしら」
ふう、とシルビアが息をつく。
扇子を翻して、
アスナの方を向いて、
「まだいる?」
シルビアが近寄って、
手を伸ばす。
アスナの身体がビクンと痙攣した。
「は? これって」
アスナの身体から、
ぶつぶつと黒い粒が
しみ出してくる。
「空蝉怨念? この量って」
「姉貴? これ、なん──」
パアンと粒が弾けた。
大量の黒い粒が吹き出して、
シルビアの右手を弾く。
骨の折れる嫌な音がした。
「あ、姉貴!」
シルビアが跳ね上がり、
風を引いて着地する。
黒い点が、無数に飛び回る。
粒が結界の中にうごめいていく。
コウモリだ。
それは小さな、無数の
黒以外を持たないコウモリ。
「姉貴! 腕……変な方向に」
「腕一本でガタガタ言うな!
ガキ!」
「ひゃい!」
シルビアは油汗の浮かぶ顔で、辺りを睨む。
「あ、姉貴、これなんだ」
「この子が飲み込んでた苦痛。
苦しみ、悪意。
ちょっとやそっとじゃない」
「は? これ全部……」
苦痛。
1つ1つが、全部。
「こんな小さな体に、
こんなに……」
これが、
ルシアを苦しめる、
苦痛の記憶。
「気合入れろ!」
残った左手で
扇子を振るう。
吹き荒れる風に
黒い粒が散る。
飛び回るコウモリが
一か所に集まっていく。
「おいおい、何だよ……」
「気をつけろ、白羽根!」
へ?
黒く大きくなった塊が、
ラウルに襲い掛かる。
「な! あ……」
ラウルの周りに、
渦をまく。
バタバタと、身体にぶつかってくる。
──嫌! やめて!
「へ?」
自分の感情ではない
──やめて! もう嫌!
当たる度に感じる。
これは、ルシアの……
──嫌! 痛いの……
──痛い! 痛い! 痛い!
──苦しいの……やめて!
ルシアが感じた苦痛!
ひどい……
ひどい、ひどい、こんな、
こんなに、苦しめやがって!
「こんなの……
僕が、許さない!」
パアンっと、すべてのコウモリが弾かれる。
また一か所に集まり始める。
「は? 跳ね返した?
あの量を? 風で?」
ラウルの髪が浮いていた。
膨大な量の風が、
ラウルに集まり始める。
「ジル! この白羽根なに?!」
「そいつは、ラウル!
感情しだいで、
どこまでも、強くなる!」
「心が恐ろしく強いって!
上っ等だ!」
シルビアが羽織を翻して叫ぶ。
「おい! ラウル!」
「え?」
「この子を、助けたい?!」
「は……はい、救いたい!」
「じゃあ、体と心を貸せ!」
「へ?」
「返事は!」
「はい! 僕のすべてを!」
全部捧げる。
ルシアを救う!
こんな……
辛い思いをさせない!
「よく言った!」
羽織がなびいて、
シルビアが駆け寄る。
左手でラウルを掴んで引き寄せる。
「え?」
ラウルの口に、
シルビアの口が重なる。
「は?」
え?え?
ええええええええええええ?
な? な? あ……
「姉貴! なにやって……」
ジルの声が遠い。
頭が痺れる。
ラウルの思考は
強制的にかき回される。
これは……
テイム!
体も頭も
浸食されて、
満たされる。
考えが消える。
頭から足の先まで
すべてが接続された。
シルビアが口を離す。
ラウルがグラリと揺れ、
そこに倒れこむ。
「緊急事態だ。我慢しろ」
グイと口を拭いて、
シルビアが敵に向き直る。
「立て! ラウル」
「はい……」
テイムに支配された体が、
ふらりと、立ち上がる。
あぁ、なんだか、
気分が良い。
力が……力が湧いてくる。
黒いコウモリが
また一つになってく。
大きな黒い龍を形作る。
「あたしの力のすべてをやろう。
存分に! 全力をだせ!」
「はい!」
風が渦巻く。
ゆるさない。
ルシアを苦しめるすべてを。
僕が! 救う!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「姉貴! これ、俺にも!」
「いや、あんたにキスするのは、
さすがに嫌」
「はぁ?」
「かかったら、かかったで
気まずい。あんた、
お姉ちゃんをどんな目で」
「わかったよ! もう良いよ!」
毎日更新!
今日も
お仕事お疲れ様!
モフモフー




