第二十五話、スーツとシーツとカップル繋ぎ
「あの、状況分かってます?」
「カルアに壁ドンされてる」
「わかってるなら、せめてこっち見て下さい」
「首が疲れる」
「だからって、『早く終わらせて』みたいな顔でそっぽ向くのやめて下さい」
「血、吸うだけじゃん」
「無理矢理やってるみたいで嫌なんですよ」
「別に嫌いじゃないくせに」
「そっちなら別に良いですよ。でも、今からするのは食事ですから。嫌そうな顔みながら食べてもおいしくないでしょう」
「そもそも身長高すぎなのがいけない」
「わかりました、もういいです」
ボンっと音がして、目の前の長身が消える。
影が無くなり、電気の明るさを感じる。
ベッドに座った姿勢でカルアは現れた。
「もう、なんですか、今日は。乱暴に触りまくるし」
自分の羽根を撫でながら、
露骨にため息をつく。
私はベッドまで行って、カルアの横をすり抜けて、ベッドに乗る。
手持ち無沙汰に枕を抱きしめる。
どうせ触れさせてはくれない。
「悩んでるんですか?」
「ん?」
「あなたの兄が来てたでしょう」
「うん」
「何を話したんですか?」
「……カルアって、なんか、私の周りで起こった事は知ってるイメージだったけど」
「大抵は、近くにいるので全部見てます。でも、あの男は無理」
「無理?」
「昔からそうですが、どんなに小さくても気づかれるし、最悪、使役されそうになる、それはマズイ」
「そう、昔から」
「本当、産まれる前に何を混ぜ込んだか知りませんが、あれは強すぎる。だから近づけません」
産まれる前に……
アスナちゃんのように、
お兄様も、なにかされているのだろう。
復活した私を封印するために。
「で、全部聞いたんですね」
「うん。」
私の中の力は、
やがて世界を焼き尽くす。
沢山の人を殺し、燃やす。
悩まない方がおかしい。
「それで、うわの空で、私の羽根を触りまくったんですね」
「うん……ごめん」
この世界は、大好きだ。
カルアが、この世界に連れてきてくれて、本当に感謝してる。
この世界は美しい。
命で充ち溢れている。
だから、壊したくない。
誰も、殺したくない。
……誰も。
「泣いてます?」
頬を触られて、顔をあげる。
枕を抱き締めて隠そうとしても、
グィとアゴを持ち上げられる。
「それは壁ドンと一緒にするやつ」
カルアが、私の泣き顔を眺めて、はぁとため息をつく。
吐息が、わたしにもかかる。
アゴから手を離して、肩に触れられる。
「あなたは私に言いました」
『私は真面目にアスナちゃんとして生きる。だから、私にも忠誠を誓って』
肩から下に、手が降りてきて、手を握られる。
その手を持ち上げられて、
カルアが口をつける。
手の甲と、手首と、指先に、順々に口づける。
ゾクと背中が震えて、頭のなかがドロリとした感情で埋まっていく。
「あなたは私に、『生きる』と言った」
手首からどんどん上に、肘に、二の腕に、順に口をつけられて、頭が痺れていく。
肩にキスされて、首にキスされたあたりで、
もう、頭は回らなくなる。
いつしかカルアは私のすぐ前にいて、私を覗きこむ。
カルアの、無表情の真っ直ぐな視線が胸に刺さる。
「不安なのはわかります。でも、それは人生と一緒でしょ? 何が起こるか怖がっていては、生きられない」
そう言って顔を近づける。
「あなたに、どこかに行かれては、困ります」
耳元で呟かれて、頭を揺さぶる。
あぁ、ずるい。
抱きしめてもくれないくせに。
放してもくれない。
大事にもしないくせに
邪険にもしない。
未来に絶望しかないのに、
世界はこんなに甘い。
「そう、だね」
怖がっていたら進めない。
お兄様は言った。
──お前なら出来るかもしれない
私なら……
何が起こるかわからない。
それはいつでも同じだ。
もしかしたら起こらないかもしれない。
未来に絶望が待ってるとして、
はい、そうですか、と
納得する必要も
ではやめますと、
死を選ぶ必要もない。
その時まで生きなくては、
でなければ、ココが。
同じ運命を背負う彼が、
生きる事ができない。
「あ、今、違う男の事、考えたでしょう」
「か、考えてない、考えてない」
「まだそんな余裕あるんですか?」
「ないです、ないです。あなたでいっぱいです」
「とりあえず、その枕邪魔なんでどけてください」
「いや、これないと恥ずかしい」
「何をいまさら」
「い、いつもは血だから。これは違うから」
「じゃ、次、どこにキスしてほしいかお願いしてください」
「えぇ?」
「頼み方によっては、希望にそいます」
「それ……どこでもいい?」
「まぁ、場所によりますが」
「……足、とか」
「本気で言ってます?」
「嫌なら別に」
「お願いしてください」
「……足に、キスしてください」
カルアが顔をしかめて、
無言で手を伸ばす。
ネグリジェから伸びる素足を掴んで、
グイと持ち上げる。
「うわっ、や、優しくしてください」
「それは聞きかねます」
「そ、そこ、内ももなんだけど!」
「足は足でしょ」
「違うから! 体勢がヤバいから!」
数秒して、膝はやっと解放される。
バタバタと足を戻す。
余計な事、言わなきゃ良かった。
「痕、つけてないよね」
「付けたとして、何か問題あるんですか?
誰か見る予定があるとか?」
余裕のある、涼しい顔して、
この男は……
枕をギウと抱きしめて、顔を隠す。
世界を壊したくない。
その一点は揺るがないのに、
この男が、すべてを狂わせる。
ダメだと分かっていて、
相反すると知っていて、なお
拒否するすべを持たない。
私を救った。
その一点が、すべての抵抗をぶち壊す。
優しくもなく、
求めもされず、
抱き締めてもくれないくせに
頭に注ぎこまれる感情は、甘美で濃密な中毒性を放つ。
欲しくて欲しくてたまらない。
失いたくない。
そこにいてほしい。
陰鬱で、真っ黒で、
不健全で、非建設的な
どろどろした感情。
なにも与えてくれないくせに。
すべてを奪うくせに。
絶対に手に入らないのに。
すべてを狂わせる。
「ねぇ」
私は顔をあげて、
手を伸ばす。
「まだ、血、吸われてない」
「は? ……あなた、もしかして」
カルアは息を吐き出して、
「わかりましたよ」
と、伸ばした手に、自分の手を重ねた。
そのまま押されて、後ろに倒れる。
繋がった手をシーツに押し付けられて、
枕を取り払われる。
ネグリジェのプリーツが揺れて、光沢を放つ。
えぇ。お兄様に買ってもらった、おニューです。
「ベッドが良かったんなら、最初からそう言ってください」
「首が痛くない」
顔が近くにあるし。
手を握ってくれるし。
「次、他の男の事考えたら、許しませんからね」
「わかったから、早く」
抱きしめてもくれないくせに。
「早くして」
欲しくて欲しくてたまらない。
身体に重みを感じて、心地いい。
吐息が首にかかる。
唇が頸動脈に触れて、
水が弾ける音がした。
「今、血吸ったの? キスマークつけたの?」
「両方です」
「へ?」
「どっちもいただきます」
「ほんと、もう……」
「終わりましたよ」
「ん? んー」
「あの、血は吸い終わったんで、放してしてください」
「もう……少し」
「は?」
「もうちょっと」
「あなた、何、言ってるんです?」
「本当に逃げたいなら、消えればいいでしょ」
「……そ、そういう手は男がつかうもんです」
「とにかく」
ぎうと、両手を握りかえす。
何も与えてくれない、
がんじがらめで、
窮屈で歪な愛情。
「もう、ちょっと」
「まったく、今日だけですからね」
身体に戻ってくる重さを感じて、
ゆっくり目をつぶった。
「ワン!」
ん?
急に重くなって、目を開ける。
「え? ちょ、なんでいるんですか、この犬」
カルアの上に、犬の姿のニーナが、キョトンと乗っていた。
「ニーナ、どうしたのー、あなたの寝床は外に小屋がー」
「くぅー」
「一緒に寝たいの? もーカワイイねー
規則で禁止されてるけど、今日だけなら、いいよね、いいよね」
「良いわけないでしょ」
「カワイイねー。モフモフだねー、あー、癒される~」
「初めからそっちで癒されればいいでしょう。世界を滅ぼさなきゃならない不安とか、私の羽根じゃなくて」
「ニーナにそんな汚い感情ぶつけられないよ」
「私なら良いんですか!」
「ほう! 今まで、私がカルアから、ぶつけられてないとでも!」
「……う、」
「汚い感情が無かったとでも!」
「わかりまししたよ! 好きに寝ればいいでしょう!
もう、私消えますからね! あと!」
「あと?」
ふっと、視線をそらして
「続きは、いつでも、しますからね」
へ?
「では、おやすみなさいませ」
ボンと、黒い煙になって、掻き消える。
まったく、あの男
赤くなった頬を両手で覆って。
ニーナの背中に顔を埋める。
何も与えてくれないくせに、
独占欲だけは強くて、
陰鬱で、後ろ向きで、
がんじがらめの。
愛情。
ニーナが私の膝の上で、寝息を立て始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『次回予告』
「ココ? な、なんで私のベッドに!
ちょっと待って!」
「私の時と反応の違いについて聞いても良いですか」
「日ごろの行いでしょ」
毎日更新!
今日も
お仕事お疲れ様!
モフモフー




