流転の主従と、いちゃラブる主人公たちと、強いぞ僕らの王弟殿下
後半、残酷表現注意です。
眩しい。痛い……痛くない? いや、痛みが、薄れてゆく?
生温い何かに顔をなぶられた感触に薄目を開くと、ピンク色の舌がべろーんと通過した。
「???」
瞬く暇もなく、額の上にあった舌が顎に移動した。
気がつけば、真っ白な幼竜に顔中ぺろぺろされていた。
金色の瞳を見あげ、ぱちぱちと瞬きをすると、幼竜はスゥから離れてちょこんとおすわりをした。
引き寄せられるように身を起こせば、斬り付けられた半身が傷んだ。だが、不思議なことに、出血が止まっている。
体感では、致命傷だったはずなのに。
「スゥ!」
次の瞬間、背の高い青年に抱きしめられた。
「え……?」
「よかった……! この手が殺めたと思うた……!」
それは、抱かれ慣れた身体だった。
聞き慣れた声だった。
だけど、違う。何もかもが違って、何もかもが尊くて。
もはや、自分などが触れてはいけない御方だ。
「オケアノス……殿下?」
震える声で尋ねれば「然り」と頷かれた。
平伏しなくては。なのに、体が動かない。
この10年間、スゥはオケアノスの側に居るためだけに、彼が望まない暴虐を尽くした。
より残忍に、より享楽的に振る舞えば、神堂の信頼は厚くなる。
オケアノスを救うべくしてした狂言とはいえ、絶対にしてはならないことだった。
分かっている。
わかっていて、そうしたのだ。
罪なき人々の命を、清らかな乙女たちの純潔を、奪って、散らして、踏みにじって。
ーーー真にオケアノスの忠臣ならば、神堂ごと彼を暗殺するべきだったのに。
だが、スゥにはできなかった。
能力的な問題もあったが、寝首をかくこと自体は不可能ではなかったと思う。
でも、しなかった。自ら進んで狂乱の宴に溺れ、間違いなく快楽に狂っていた。
貞操など、クソ食らえだ。
何を犠牲にしても、悪魔に魂を売っても、彼の側にいたかった。オケアノスに取り憑いた神堂を引き剥がすまでは。
10年越しの願いは叶った。
穢れ果てたこの身に、もはや価値はない。
なのに何故、主君の両手はこんなモノをを抱きしめているのだろう……。
「ご容赦を。御身が穢れてしまいます」
「そなたは、その身が穢れていると申すか?」
スゥの肩を掴んだまま、その身を離すオケアノス。
どんな紅玉よりも澄んだ瞳が、柔らかく微笑んでいる。
「はい。多くを殺め、犯し、虐げました。未熟な私は、そうすることでしか、御身の側に侍る術を持ちませんでした」
「そうさせたのは余の不徳ゆえ。この身など、そなたの何倍も穢れておるわ」
「滅相もございません!」
スゥはその場にひれ伏した。
オケアノスはその肩を引き上げて、己の胸に忠臣を閉じ込めた。
「すまぬ……こんなにも、深くそなたの人生を傷つけた」
スゥの視界がぼやけて、大粒の涙がこぼれ落ちた。
それが涙だと自覚するより先に、傷ついた指が雫を拭ってくれた。
「殿下……」
「余こそが大罪人だ。罪悪感より、鎮魂の思いより、そなたが生きていてくれて良かったと。我が身を取り戻し、そなたと語る幸福ばかりをかみしめておる」
逞しい腕に、再び抱きしめられた。
強く、強く、強く、強くーーーー。
「ありがとう。スゥ。ずっと隣にいてくれて」
オケアノスの声も震えていた。身分不相応とわかっていても、抱きしめかえさないなんて、スゥには出来なかった。とても。
「ベル、泣きすぎ」
流転の皇子と忠臣の再会を、岩陰から見守るはサンドライトの王太子とその婚約者。
フレデリックとしては、オケアノスと会談して、今後のことをさっさと決めてしまいたいのだが。
目の前のお嬢様が、不遇だったふたりに感情移入して、泣いて泣いてどーしよーもない状態だ。
多分、キャパオーバーなのだろう。戦争が始まって、レイアリスが暗殺され、自身は誘拐されて、高所恐怖症なのにアンデッドワイバーンに乗せられて、前世の恋人と決別を果たして。本人に自覚はなくても、相当消耗している筈だ。
マリアベルの肩に顎をのせて、腕の中に閉じ込めると、キュッとしがみついてきて、声を抑えながら嗚咽した。
淑女教育をはじめたばかりの女の子みたいだ。
「ほんとに……良かったです」
彼らに同情はするが、マリアベル個人はとばっちりを受けた側である。散々な目にあったのに、ふたりの再会を素直に祝福するなんて。美徳ではあるが、こう人が良いと、王太子妃として少々悩ましいかもしれない。
ほつれた髪を撫でながら、フレデリックは鍾乳洞の天井を仰いだ。
泣くと体力が削られるし、目だって腫れてしまうし。どうにかして休ませたいのだが、どうしたものか。
このとき、フレデリックの脳裏に恋愛上級者のアドバイスが蘇った。
曰く「感情が昂って泣き止まないときは、ノリと勢いで上書きすべし」と。
泣いている女の子の涙を止めることにかけて、我がスペア以上のエキスパートを、フレデリックは知らない。
師匠の教えと自らの本能を尊び、マリアベルの唇を奪った。
パチパチと瞬きを繰り返す気配を無視して、深く、優しく、時に、緩急をつけて。
驚きすぎると固まる性質のマリアベルは、されるがままだ。
「フレッド……? ど、して?」
唇を離すと、至近距離で目が合った。
「嫌だった?」
「い…いえ。でも……」
マリアベルの肩が、ピクリと跳ね上がる。
フレデリックは、低く甘やかな声で囁き続けた。
「僕は嫌だった。僕以外の男が、君の本質を知ってるなんて」
「フレッド……?」
無意識に逃げようとする肩を捕まえて、再び唇を奪う。キスの雨を降らせる。額に、瞼に、鼻先に、頬に、唇に。そして耳に戻って耳たぶを喰み、吐き捨てるように呟いた。
「わかってるけどさ。君と二宮の間には、不純な気持ちなんか一切ないって。でも僕は、君たちほど人間ができてない。無償の愛で互いの幸せを祈るなんて、絶対できない」
マリアベルは彼の肩にキュッとしがみついて、ふるふると首をふった。
「あの、それ……私も、ムリです」
「ベル?」
「二ノくんには、幸せな恋をして、実り豊かな人生を歩んで欲しいって思います。心の底から、願ってます。でも、フレッドが私以外の人と……なんて、絶対イヤです。祝福しません。離れて幸せなんて、祈れません。ムリムリです」
マリアベルの正直な告白は、フレデリックの嫉妬心をいとも簡単に消滅させた。
こういうマリアベルだから、守りたいし、手放せなくなるのだ。
「……それもそうか。僕以外の誰のものにもなりたくないから助けに来いって、エイミ嬢に伝言したくらいだし?」
「う……! あの、それは、その、場のノリというか」
白粉の剥がれた肌が紅潮して、なんなら湯気が出そうなイキオイだ。
「嘘なの?」
片手で肩を抱きながら、もう片方の手で頬を撫で、耳たぶを弄んで軽く髪をかきあげる。
マリアベルが俯いたまま首を振ると、フレデリックは耳を撫であげるようにして、視線をこちらにむけさせた。
女性にしては背が高いおかげで、普段から目線が近い。うつむいた視線を、恥じらいから逃げようとする唇を、捕まえやすくて実によろしい。高身長女子、万歳である。
「エイミ嬢のリップサービス? 僕のぬか喜び?」
「……違います……けど」
「けど?」
ほっそりとした長い指が、紅潮した頬を隠した。
「私の心は、わかってますよね? だから、お願い。いじめないで……」
「ごめん。君が可愛すぎて。でも、本気で嬉しかったんだよ?」
フレデリックは、顔を覆う両手を包んで、優しく引き離した。
「もっとキスしても、いい?」
「ダメって言っても、聞かないくせにっ……!」
「ダメって照れる君は、最高に可愛いもの。そりゃするよ。でも、嫌なら、しない。絶対にしない。キスは、嫌?」
「嫌じゃ……ないです……んっ…! 」
言質はもらった。
濡れた唇を、再び塞いで貪った。
今までは、フレデリックなりに手加減してきたつもりだ。
手加減されてきた自覚はないだろうけど。
男性に免疫のないマリアベルは、ちょっと激しくすると秒でいっぱいいっぱいになる。それはそれで可愛いが、今回ばかりは、容赦なく、全力で愛でさせてもらおう。
「んっ……ん…あっ…!」
深さや角度を変えるたびに、苦しげな吐息が漏れた。
深い口付けに慣れていないマリアベルは、呼吸を忘れて息が浅くなりがちだ。
でも、服の上からとはいえ遠慮のない不埒な手を、彼女は振り払わなかった。肩にしがみついて羞恥に耐える様子が、とてつもなく官能的で、愛くるしい。
やがて、細い体から力が抜けて、フラッと倒れこんできた。
「ベル」
体力も気力も限界だったのだろう。うまく気を失ってくれた。こういう時のマリアベルは、休めと言っても休まない。王妃教育の賜物というか、呪縛というか。ならば、強制的に寝かしつけるのみ。
まだ瞳は濡れているけれど、涙は止まっている。
形のよい唇は、わずかに微笑んでいた。
フレデリックは心から安堵して、愛しい婚約者を抱きあげた。
それから、なにげなく視線を向けると、オケアノスとスゥとスノーローズから、ぬるく呆れた視線を頂戴していた。
そっちもイチャイチャしていたくせに解せないなあと、心の中で空とぼけるフレデリックであった。
その日は朝から強い北風が吹き、侵攻を予告した正午前にはひどく時化はじめた。
北海の嵐。漁師たち泣かせの冬景色だ。
塩を含んだ風雪で視界が塞がれ、岩の影さえ見えない。
風下のサンドライトでは、長年、嵐と共に南下してくる海賊たちに脅かされていた。
栄華を誇った海賊たちも、王弟ファルカノスによって、ごっそり一掃されたが。
「あいつらの船なら、ひっくり返していーぞ?」と許可を得たシーサーペントたちに海賊船を破壊されて……は、オモテムキの理由である。
真相は、兄に飲酒をチクられて停学を食らったヤンキー王子(15歳)が、ムシャクシャしてアジトを潰しまくったから。
『おもしろそーだから』と、ついてきたシーサーペントたちが、海賊船をひっくりかえして遊んだのは、ついでのオマケである。
そんなわけで、北海の愉快なお友達シーサーペントの面々は本日、たいそうワクワクしていた。
老体になると、冬場は海底で眠って過ごす個体が殆どだが、若い者たちは、岩場から岩場に飛び移ったり、天敵のクラーケンとガチバトルしたり、養殖の牡蠣を失敬してはメルセデス公爵の鉄拳を食らったりして、毎日楽しく過ごしている。
だが、ファルカノスが海竜の鱗の鎧をまとい、三叉の鉾を手に、でっかいマントをはためかせて集合をかける時。
メルセデス公爵が「お前が海賊だろ」って見た目の角兜をかぶり、巨大な戦斧を携えて彼に従う時。
シーサーペントライダーたちが、海岸にズラリと立ち並ぶとき。
それは、シーサーペントたちにとって、より刺激的な事件か始まる合図である。
ファルカノスは、暴風雪をものともせずに、声を張り上げた。
「今回は遊びじゃねえ! 対岸のスコーネ城に悪りぃ奴らがいるんだ。見かけたヤツもいると思うが、ワイバーンどもの遺体を改造してアンデッドにしやがった」
『えー!かわいそー!』
『マジムカつく。信じらんなーい』
シーサーペントの女子たちが、悲鳴をあげた。
ファルカノス以外に、海竜の言葉がわかる人間はいない。竜族は人間の言葉を理解できるが、ドラゴンライダーとしか会話できないのだ。
誇り高きシーサーペントライダーたちは、それを怒りの声と受け止めた。まあ、間違いではない。
「スコーネ城の連中には無血開城のチャンスをやったのに、逆らう気でいやがる。ならば、遠慮はいらねえ。潰すぞ!」
『おけまるー!!』
『先生ー』
気合いの入ったシーサーペント男子が、短い前脚をあげた。
『アンデッドにされた連中は、個別に海葬っすか? まとめて火葬っすか?』
「飛竜を海に沈めちまうなんて、あんまりだろ。晴れた日に火葬して天に送るから、一箇所に安置しとけ」
『押忍!』
「騎手も海竜どもも、オケアノスが出てきたら全速力で逃げろよ。あいつは規格外だ。オレ様じゃねーと無理だ」
「サー! イエッサー!!」
『押忍!!!』
「シーサーペント部隊、進軍開始! 上陸後、4時間でスコーネ城を制圧しろ!」
「サー! イエッサー!!」
『押忍!!!』
海竜部隊は、向かい風をものともせずに北上した。時化も暴風雪も、彼らにとってはそよ風みたいなものだ。
視界は悪いが、絶対的な方向感覚を持つシーサーペントたちが、目的地まで連れて行ってくれるし。彼らを駆る時は、外気温の影響や、浮遊物の直撃を受けないし。
ゆえに、海竜部隊では、嵐の進軍は無茶振りにカウントされない。
最も恐ろしいのは、ファルカノス元帥と大将軍メルセデス公爵に逆らうこと。シーサーペントやクラーケンを素手で殴って海に沈める腕力で、ぶん殴られることなのである。
正午の鐘の音と共に、水門をぶっこわして城に雪崩れ込んだサンドライト海軍は、悪天候なんざものともせずに制圧をはじめた。
戦闘員の拘束、非戦闘員の誘導、指導者層の監禁を指示して、「あとから尋問すっから、極力殺すな」と命令しておけば、テキトーに暴れてくれるだろう。
旧北王国連合の連中には、『サンドライト海軍はシーサーペントに守られている』という認識を、これを機に改めてもらおう。
海竜部隊の入隊資格はただひとつ。サシで戦ったシーサーペントを、降参させること。つまり、自らが騎乗している海竜と、互角以上に戦える猛者揃いなのである。守られているのではなく、共闘しているのである。
さらにいえば、海軍を鍛えているのは隣国対策ですらない。
北海を荒らすクラーケンを狩る為である。
大海獣クラーケンは、シーサーペントの卵や幼竜を食うので、シーサーペントたちにとっても共闘する利があるのだ。
敵が人間じゃない時点で、人間の軍隊なんざ眼中にない。そこんとこ夜露死苦なのである。
眼中にないとはいえ、可愛い生徒たちを誘拐したとあれば、探して保護して、あとは責任者をボコるのみ。
「さてと。階下の掃除は連中にまかせるとして、どうしようかねえ」
ファルカノスは、オケアノスのハーレムをくまなく回った。
そこかしこの個室に、見目麗しい女たちが監禁されていた。それも、精神的に不安定な者、医療処置が必要そうな者が大半だ。
女騎士たちに救助にあたらせて、医療部隊の増援を要請したものの、胸糞悪いことこの上ない。
解せないのは、先行したはずのフレデリックも、誘拐されたはずのマリアベルも、彼女を誘拐した斥候姫スゥも、剣姫ランも、城の主であるオケアノスさえも見当たらないこと。
かわりに、人質を閉じ込めていたと思われる部屋で、司祭姫キミの変死体を発見した。
生首の側に残されていた日本語の手紙は、ファルカノスには解読できない。ただ、この手紙が、司祭姫の死やフレデリックたちの行方と、密接に繋がっているだろうとは思う。
「ま、どうにかしてるだろ。フレディのことだし」
ファルカノスは胸元に忍ばせたスピリッツを垂らして、目を開いたままの生首の、瞼を閉じてやった。
「それにしても。おめーがひとりで、200体ものアンデッドを作ったなんてな。オレの生徒どもと、そう変わらん年齢じゃねーか。教会の子育てって、どーなってんだよ」
死顔の笑みは狂気的だったが、瞼を閉ざせば年齢相応だ。
何人同時に交わる気だ? ってくらいに巨大な寝具には、袋に入ったままの胴体が、ぞんざいに放られている。
ファルカノスは目を閉じた生首を、胴体に添えてやった。
ワイバーンやシーサーペントがコレを見つけたら、八つ裂きではすまなかろう。
首を戻しておいて矛盾するが、ファルカノスはそれを止めようとは思わなかった。
「幸せっていやー、幸せなんだろな。竜どもから報復を受ける前に死ねて。おめーはどう思う?」
音もなく開いた扉を振り返ることなく、侵入者に問いかけた。
「似たようなもんだし。な? レティシア?」
開けなかったことにして扉を閉めようとした乙女は、ピクリと肩を震わせた。
次回、叔父VS姪。
デュエ◯、スタンバイ!




