キラキラ王子は牽制する! 退かぬ! 攻める! 見せつける!
ちょっと猟奇なセリフを言うモブが出ます。
観覧注意です。
長い1日が終わった。女子寮に向かう道すがら、ふたりは言葉を発しなかった。
学園の敷地は緑が豊かで、まるで夜の森を歩いているみたいだ。虫の声と、夏草を踏む音がやけに響く。
本校舎。庭園。旧校舎。女子寮の屋根がみえてきた手前の噴水で、フレデリックが立ち止まった。
「マリアベル。ごめんね」
フレデリックが振り返ると、マリアベルは首を傾げて微笑んでいた。
「それは、なんの謝罪でしょうか?」
月光と噴水を背に立つマリアベルは、とてもあどけなかった。
怖そうに見える令嬢メイクを落としたせいだろう
立ち振る舞いは大人びているし、声も凛としているが、実はかなりの童顔だ。
「ゲロ甘お花畑!」と指をさした女の子と、ぴったり印象が重なる。
うっかり「可愛いなあ」と見とれてかけて、自分のやらかしを思い出して、フレデリックは苦笑した。
パーティが終わったのは真夜中だが、アーチラインに化けたフレデリックには後処理が山積みだった。
エイミを寮に送り、各方面に挨拶をして、フレデリックの不在を詫びること数時間。
王妃と宰相夫人の「プー」「くすくす」に若干イラッときたが、笑顔で流しておいた。
マリアベルを待たせていた生徒会棟に戻ってきたときには、完璧なお掃除が完了していた。
切った髪も、髪を染めた染料も、染料がベッタリついた金糸の美しいドレスも、なかったみたいに片付いている。
マリアベルは前世が庶民だから、お掃除くらいできる。ドレスは1人で着られないにしても、脱ぐことはできる。あと、着替えもできる。洗面もばっちり。
今は、予備の制服を着て、洗いざらしの髪を軽く結わえている。
誰かに見られたら、何一つ言い訳できない姿にしたのは、他でもないフレデリックだ。
「……全部、かな?」
マリアベルは笑顔をひっこめ、少し視線を彷徨わせてから、彼を睨みつけた。
「結局、エイミさんを寵妃に召しますの? 」
「いや。それはない」
「聖女様に望まれてなお、拒否できますかしら? それとも、複数の殿方が愛でますの? エイミさんのお気持ちも無視して? 最低ですわ? 女を馬鹿にするにも、限度がありますわ!」
「ベル!」
走り出す直前に、思わず抱きしめるフレデリック。逃れようともがくマリアベル。
フレデリックは彼女を腕の中に閉じ込めたまま、ただ「ごめん」と繰り返した。
「私だけって言ったのに。嘘つき!」
逃げられない腕の中で、マリアベルが叫ぶ。彼女らしくない取り乱し方に、フレデリックはその白い頬を両手でくるんだ。
「嘘なんか、ついてない!」
「信じられないわ」
マリアベルはーーー泣いていなかった。
彼の目を見つめ、声を出さずに口を動かす。
『5時半の方角 侵入者』
『帝国の皇太子オケアノスと思われます』
フレデリックはもう一度、彼女を胸の中に閉じ込めた。
緊迫した状況なのに、爽やかな石鹸の香りに酔いそうになる。
「乙女げーむ」によると、フレデリックルートかハーレムルートに入ると、帝国の皇太子オケアノスが出現する。
オケアノスは大陸併合の野望を持つ武帝で、周辺諸国を次々に併合している。
この皇太子が、偵察がてらお忍びで合唱祭に忍びこみ、エイミに一目惚れするらしい。
マリアベルはオケアノスを呼び出し、エイミを遣帝女に指名するよう提案する。オケアノスは乗ったふりをしてマリアベルを利用し、サンドライト王国を掌中に入れようとする。
現実には、マリアベルと皇太子は接触していない。
むしろ、王太子と接触してなにかをやらかしそうなのはレティシア王女である。体調不良ということにして王宮に監禁中だが。いやー、神経毒って怖いね!
今日の皇太子は、ガルシア枢機卿長補佐官の護衛に扮している。どうやら、お忍びのつもりらしい。覇気が全然隠れてないが。
偵察か。奇襲の準備か。
どちらにしても皇太子自らやるようなことではないが、それをやって領地を広げてきたのがオケアノスだ。
あいつ、強いからメンドクサイんだよな。フレデリックはスッと息を吸った。
「こんなこと、君にしか言わないけど。君以外の妃を迎えた日にはーーー毒を煽ろう。君に殺してもらえるなら、それも本望だけど」
「?!」
「きみも知ってる通り、僕のスペアなんか何人もいる。僕が死んだって、サンドライト王国の王太子フレデリックはいなくならない。だから、この僕だけは、君だけのものでいたいんだ」
「そんな…そんなの……できるわけないです」
「あ、そうだ! 寵妃も側妃も、スペアたちに下賜すればいいんだ。あいつら、寝技は得意だし。みんな幸せだよね?」
腹黒いちゃトークが自然すぎて、一瞬、信じてしまいそうになるマリアベル。
だが、秒で我にかえった。ない。絶対ない。この人、そんなタマじゃない。
ていうか、「妃を模した間者をよこしやがったら、スペアがおいしく尋問します」って脅しだ。コレ。
「殿下……」
側から見たら「ヤンデレ王子の愛に感動する悪役チョロインの図」だろうが、マリアベルはフツーにドン引きしている。
「殿下、じゃないだろ。キミはいつになったら、僕を名前で呼んでくれるの?」
くいっと顎を持ち上げられた。
「え」
マリアベルは絶句した。
ゲロ甘モードと、牽制モードと、いじめっ子モードの同時コラボキター! 敵前だぞ?! なにしてんの! この人!
「言ってます! たまに! 200回に1回くらい!」
きゃーと顔を覆うマリアベルの指に、耳に、額に、瞼に、フレデリックが唇を重ねる。ご丁寧にリップ音までつけて。
「え、ちょっと、あの……殿下っ!」
「僕の名前なんか、呼びたくないの?」
耳元で囁くと、マリアベルは跳ねるように肩をすくめた。
正面から顔を覗き込むと、目尻の上がった大きな目が、涙で潤んでいた。
「そうじゃ……ないです。そうじゃなくて……」
落とした視線を追いかけて、ほとんど無理やり見つめあう。
唇まで数センチの距離に、マリアベルが息をのんだ。
フレデリックの唇がマリアベルに近づいたが、触れる寸前で抱きしめるにとどまった。
「嫌なら、無理強いはしないけどさ。片思いは慣れてるし?」
「違うの! その、嫌じゃなくて…………」
「ん? もしかして、ものすごーく照れてる?」
「う」
顔が熱くなりすぎて、頭がクラクラする。立っていられなくなったマリアベルは、キュッと恋人にしがみついた。
「フレッド……って、呼んでいい? 」
「もちろん」
フレデリックが即答したから、マリアベルはほっとしたように眉を下げた。
フレデリックの見た目は細身で端正なキラキラ王子だが、意外と肩幅が広くて腕や胸板が硬い。その包容力に、マリアベルの恋心が上書きされちゃうのも、実は道理なのである。
「もし、違う誰かがフレデリック殿下になったら、私、本当にお飾りの王太子妃になります。だから、フレッドって呼ぶのは、私だけだし、あなただけ……ね?」
意を決して言ったのに、リアクションがない。
「でも、貴方じゃないフレデリック殿下は、イヤ、です。数多の側女を召したとしても、美しく哀れな女性たちを泣かせても、貴方にフレデリック殿下でいてほしいです……」
しばしの沈黙の後、フレデリックがため息をついた。
これ、愛人連れでお忍びに来てるどこぞの皇太子へのイヤミである。マリアベルも、けっこう言う。
「……かなわないな」
「え?」
「これ以上、人を好きになることはないって上限、簡単に超えてくるんだよね。キミって」
「え? あの、えーっと? 私、何かしましたっけ?」
着痩せする体をギュッと抱きしめて、白く形の良い耳元に囁く
「生きてるだけで愛しいってこと」
「……!」
「そろそろ、唇にもキスしたいな」
「え……」
きゅっと抱き着いて唇を阻止するマリアベルが可愛くて、フレデリックは思わず笑いをこらえた。
マリアベルの方は、逞しい肩に顎をのせたまま、軽く唇を噛んでいる。
強引に奪ってくれても、文句なんか言わないけど。むしろ、うれしいけど。……そんなこと、とても言えない。
名前の件もそうだが、フレデリックの方は、実は言うほど焦ってない。婚約者に恋をしてはや10年。結婚前に両想いに持ち込めたことで、すでに本懐は遂げているのである。
マリアベルとしては、その余裕ある態度にドキドキさせられて、恋心を隠さない意地悪にワタワタさせられて、実に悔しいので、広い肩に『18歳になったら』と、指でお返事した。
マリアベル・シュナウザーは17歳。
来月、フレデリックと同じ18歳になる。
「王太子フレデリックか。ほんっと気障ったらしいヤロウだな。虫酸が走るわ」
フレデリックとマリアベルが去った噴水に、背の高い剣士が顔を向ける。夜の噴水は、水の勢いが弱い。
「なあ、どう思う?」
剣士は自らの黒髪をかきあげて、背後に控える護衛に問う。
「ふ、ふにゃあー。え、エロかったあああ。ゲロ甘いし、お花畑なくせに、何あの王子! 何の正義? 何の上級者?!」
お前の方がエロいだろってビキニアーマーの少女が、悶絶する。ビキニアーマーにツインテールも、何かの正義だろう。
「んなことは聞いてねえ。てか、なんでこの流れで◯姦しねーの? 次!」
「監禁して、媚薬漬けにして、標本にして差し上げたいカップルですわね」
「……おう。今日もキミはブレずに腐ってんな」
こちらは、胸を強調したデザインの法衣をまとっている。髪はストレートの銀髪で、全体に色素の薄い美少女だ。しかし、闇は濃い。
「15禁の限界にチャレンジ?」
「メタはいーよ」
1番背が高く年嵩の娘は、漆黒のミニスカートに、長いソックス。漆黒の髪を顔のラインに沿ったショートカットにしている。担当は斥候だ。
皇太子オケアノスの護衛を務める剣姫ラン、司祭姫キミ、斥候姫スゥは、いずれも劣らぬ美少女だ。サンドライト王国ではあり得ない露出度だが、帝国ではまあまあ普通である。
「……気づいてやがったな。オレらの気配に」
「えー!虫刺されカユいの我慢したのに、ひどい!」
オケアノスは、なおもフレデリックが去っていった方角をにらんだ。
ヤツは、痴話喧嘩からの仲直りに見せかけて、こちらの意図を探っていた。
今回は、合唱祭とやらのイベントを見に来ただけで、剣を交える意図はない。今の身の上は、ガルシア枢機卿長補佐官の護衛である。
まあ、本音はめぼしい女の物色だが。
筆頭遣帝女のレティシアは、美男美女の国サンドライトの王族だけあって相当な美少女だが、オケアノスからしたらモブだ。
予想通り、エイミ・ホワイトが抜群に可愛かった。あの容姿と歌声は、神の奇跡だ。
帝国、教会、サンドライトの三つ巴の取り合いになりそうだが、今のところはひょろっこい茶髪がリードか? あの程度の坊ちゃんなら片手で捻り潰して誘拐できそうだが、ドラゴンライダーを護衛につけているとは、予想外だ。
「竜殺し」の称号を持つオケアノスは、竜を友として空を駆けるドラゴンライダーとは相容れない。こちとら、乗ってやろうとしたらブレスを吐いてきたから殺しただけなんだが。
この時の死屍は、司祭姫のキミがアンデッド・ドラゴンに生まれ変わらせるべく、調整中である。
話は戻して、、マリアベル・シュナウザーも予想より美人だった。王太子の婚約者だから、正規のルートでは無理だが…と、手口を考えた瞬間に、ふたりの仲を見せつけてきやがった。
オケアノスにだけは、マリアベルの顔が絶対見えないように角度を調整しつつ、いちゃこらさっさ、いちゃこらさっさと……。
「オッキーさまの方が、かっこいいよ! 世界中の誰もが認めなくても、私はオッキーさまの方が絶対絶対カッコいいって信じてる!」
剣姫よ。それはフォローではない。
「ね、オケアノス様。こんな国、さっさと侵略しちゃいましょ。侵略。いっぱい処刑してあげるから、ご褒美にあの王太子くださいね。切り刻んで愛の巣に飾りましょ」
司祭姫よ。愛の巣に野郎の標本なんかいらん。
「私の褒美は、殿下で」
斥候姫さんは、オレ様皇太子をご所望です。
護衛たちが好き勝手しゃべるのはいつものことなので、オケアノスは放置している。
彼女らは、必要な時だけ役に立てばよい。
それより、ひょろっこい王子に翻弄されて、丸め込まれていたマリアベルを、どうやって手に入れようか。あれは、小国の王子なんかにはもったいない上玉だ。
「けど、なんでマリアベルが接触してこないんだろう。可愛がってやろうと思ったのに。その上、王子とイチャラブとか。もしかして……転生者か?」
オケアノスは、軽く首をひねった。
思えば、今日の合唱祭とやらの三年の演目は、この世界では見たことも聞いたこともない形態だった。10歳で亡命して以来戦いに明け暮れて生きたオケアノスは、いわゆる皇太子教育を満了していないから、この世界の文化水準がどんなものかなんて知らない。
だが、前演出方法が前世の「ミュージカル」に酷似しているのが気になる。
エイミの歌い方も、前世で聞いた「The Legend of Whiteflower」に近い。限りなく近い。
……まあ、エイミにしろマリアベルにしろ、近く自分のものにするから、奪ってから聞けばいいやと皇太子はほくそ笑んだ。
欄外人物紹介
大帝国エウロギュエン朝 皇太子オケアノス
大陸の4分の3を支配する帝国の皇太子。
正妃腹だが現皇帝の晩年に生まれた子で、すでに地盤を固めていた側妃の子らや親族によって虐げられ、亡命していた。
10歳で帰国し、瞬く間に軍部を掌握。亡命を手引きした貴族たちや兄皇子たちを粛正し、皇太子の地位を取り戻した。が、権力自体にはあんま興味ない。周辺諸国に戦争を仕掛けるのが趣味。
オフはダンジョンで冒険者をしているので、ほとんど宮殿に帰らない。たまに帰るとハーレムに入り浸る。女の敵。
黒髪に真紅の瞳は厨二病の証。剣の達人で「竜殺し」の称号持ち。つまり俺TUEEEな攻略対象者。
キャッチコピーは「真実の愛を蔑む、血濡れの皇太子」
財力、権力、戦闘能力は、どれもフレデリックを遥かに上回っている。
実はバイオリンが得意。
剣姫 ラン
サンドライトでは痴女扱いされるビキニアーマー着用。
金髪ツインテール猫目。実にあざとい。が、事実かわいい。
貴族。武伯の娘。軍部のトップ5くらいの家柄のお嬢様。
勉強嫌いの脳筋で、正妃教育受けてないのに正妃になる気満々な残念な子。
戦争でもダンジョンでも宿屋でも、オケアノス様従い尽くします。無意識にディスるけど。
司祭姫 キミ
銀髪でアルビノではないが、体全体の色素がものすごく薄い美少女。
見た目は清楚、中身は猟奇。隠れヤンデレ純情派。
枢機卿長補佐官の姪。に見せかけた娘。闇深し。
出張るとジャンルが変わるからモブに徹するべし。
斥候姫 スゥ
オケアノスの乳母の姪。乳母の兄と平民の間に生まれた庶子。
オケアノスに忠誠を誓っている。




