化けないタヌキと、化けた王子と、スペアな令息
貴族になりたてホヤホヤ。ホワイト准男爵父娘は現在、「司祭」を名乗る、長身の男たちに囲まれている。
先程のガルシア枢機卿長補佐官は、舞踏会の開始と同時に退室したのだが、入れ違いにでっかい3人が来て、お説教タイムが始まったのだ。
曰く、枢機卿長補佐官様や王太子殿下、大公宰相家の嫡男に対して、あまりに不敬すぎると。
釣竿の恩義があるから助けてあげたいシュナウザー公爵にさえ、「致し方なし」と見捨てられるほどの正論である。
法衣の聖職者たちから、たんまりお説教を受けるターバンのおじさんとドレスの美少女。さながらコントである。が、エイミと結婚するってことは、こーゆーことの連続なのだ。
『エイミ嬢は観賞用。嫁は論外。愛人もキツイ』
まっとうな神経の持ち主ほど、この結論にたどり着くのは早かった。エイミのドレス姿(と、おっぱい)に見惚れたこの数時間分のご機嫌取りを、おのおの婚約者に誓わざるを得ない。
だが、人でなしな婚約破棄からの、鮮やかな交際宣言をしちゃったアーチラインには、逃げ場がない。回収一択である。
「おまたせしました。ホワイト准男爵。エイミ。おや、司祭殿?」
「これはこれはアーチライン殿。お久しゅうございます」
「僕の恋人が、なにか?」
「悪いことは言いません。もう少しマシなお相手を選びなおしなさい。宰相夫人とそのご実家として、ありえませんよ」
示されたふたりは、上目遣いにキラキラおめめで、イタズラがバレた小動物みたいだ。しかも、全く反省してない。ヤバイ。吹く。
最もすぎる提案に、アーチラインは凪いだ笑みを浮かべて、エイミの肩を抱いた。
「平民上がりでろくに礼儀を知らないのです。この場は、僕に免じてご容赦を。後日、聖堂に伺わせます。なにとぞ、厳しいご指導を」
「承りました。アーチライン殿」
「では、お待ちしていますよ。ホワイト准男爵、エイミ嬢」
「えー!」
震えあがる父娘をまるっと無視して、アーチラインと司祭たちが固く握手を交わした。
あたたかい拍手が場を包み、2匹のタヌキがむせび泣いたのは、言うまでもない。
ダンスは得意だが、踊る気分じゃない。
チークなんて密着度しかないプログラムだけど、逃げる気にもならない。
完全なるお付き合い。文字通り社交のダンスである。
「助けてくれると思ったのに。酷いですー。酷すぎますー」
「教会には、ハイハイって言っとくのが一番だよ?」
「うう。そりゃ、最初のおじーちゃんよりは、全然いーですけど。口うるさいだけで、めっちゃ良い人たちそうだし」
「?」
「あのおじーちゃんは……怖いです」
エイミは彼にだけ聞こえる声で呟いた。
「すーきけーちょーほさかん」のおじいちゃんは、さっきの司祭様たちや、町の教会や学校の聖堂の神父様よりずーっと偉いハズなのに、ちっとも偉く見えない。
むしろ、怖い。生理的にキモチワルイ。
聖女様になって、あの人と毎日顔を合わせなきゃいけないなんてやだなぁと思うし、それを不敬とも思わない。
ついでに、おじーちゃんの護衛もヤダ。ギラギラした目つきが怖い。法衣戦士って恋愛しちゃいけないから、逆にムラムラリストなんですか? と。
「なるほどね……」
咎めもフォローもないことにホッとして、エイミはため息をついた。
アーチラインはとても背が高いから、チークを踊ると胸しか見えない。ふと、この人ってこんなに胸板ががっしりしてかな? と思った。
今はやらないけど、入学当初に彼に対して割と気軽に抱きついちゃってたのは、男性性を意識しなかったからだ。
夜の蝶の武勇伝も聞いてるけど、エイミ自身はエロいことをされないから、実感がない。食紙植物の一件で、手を出されかけた自覚は、もっとナイ。
それが、今日の彼はエスコートもなんだか強引だし、華々しいし、くらっとくるこの甘い匂い……あれ?
「……フレディ様?」
胸の中で呟くと、一瞬だけ上半身が固まった。
「……なんでわかった?」
「見た目はそっくりですけど。身長が微妙に足りてません」
エイミはしれっと言い放ったが、正直、見た目じゃ区別がつかない。
意識すると違うけれど、今の今まで声も同じに聞こえてた。全然違う声質なのに、そっくりに聞こえるなんて。抑揚やブレス、声音、雰囲気を完全に寄せているのだろう。
ていうか、ホントは匂いでわかったなんて言えない。ますます動物あつかいされてしまう。もしくは変態か。
「王子様が腹心に化けるとか。フツー逆じゃーないんですか? ていうか、本体はどこにいるんです?」
小声で問い詰めると、形の良い唇がエイミの耳元に寄せられた。
「この茶番、なんて説明された?」
やってることは甘いのに、言ってることが甘くない。
エイミはドキドキしつつ、この人のブレなさに感心した。
「シンシア様が悪い人たちに命を狙われてるから、早急に外国に逃がすんだって。この会場に悪い人たちが来てるから、できるだけ注意を引きたいって」
胸の中で、小さく呟く。内緒話はチークを踊りながら、は、貴族の嗜みらしい。
「それだけ?」
「ハイ」
これ以上ないくらい、わかりやすい解説だ。だが、詳細がさっぱり抜けてる。懇切丁寧に説明してたら、日が暮れて夜が明けてしまう事態だけど。
「アーチ様との婚約ってお芝居じゃなかったんですか? なんか、本当に婚約しちゃいそうなんですけど!意味がわかりませんよ」
エイミの凄いところは、アンポンタンなのによく人を見ているというか、状況判断がわりと正確なところだ。
「うん。キミのお父さんが調印したら成立するよ」
「はーいー? シンシア様を助けることとこれ、なんの関係があるんてすか?」
「シンシア嬢との婚約破棄は、敵の目を欺くため。キミとの婚約は、キミを守るためだよ」
「はへ?」
フレデリックはさらに声を潜めた。
「子爵出身の聖女が、聖職者たちの娼婦をさせられた」
思わず足を止めたエイミを、ふわりと抱き寄せて、内緒話は続く。
聖職者、聖女、娼婦。3つの単語につながる要素がなさすぎて、意味がわからない。
「キミが今の身分で聖女になるのは、危険だ。教会の権力は特殊だから、内部で起きたことは王族でも干渉できない。でも、今の段階で大貴族の自分と婚約すれば、聖女になっても無体はされないだろうって、アーチが」
種明かしをすると、エイミは「ダメダメでしょー…」と、力なく呟いた。
「王様の次に偉いおうちなのに、そんな動物愛護の精神で婚約者決めたら、ダメですよー」
「だよね。けど、そこがあいつらしいよね」
思わず顔を上げたら、いつも微笑みを貼り付けている王子様が、心から笑っていた。
「この姿を見たら分かると思うけど、アーチラインは僕の影武者でもあるんだ。そのアーチから身代わりになってくれって頼まれるとは思わなかったけど」
エイミが顔を上げると、フレデリックは窓の方向に視線をやっていた。
「自分はシンシア嬢を安全な場所まで送りたいから、君を守ってほしいって。あんな必死なアーチ、初めて見たよ」
「……」
ーーーー エイミちゃんは、いい子だね。
取り繕ったり、嘘をついたりしないし。泣きたければ遠慮なく泣くし、笑いたければ素直に笑うし。
ーーーー なんか、和むなあ
いつも、そう言って笑ってくれた。
どんなにバカなことをしても、アンポンタンなことを言っても、呆れさせても、最後には必ず「しょうがないなあ」って、笑ってくれた。
「あいつは、大切なものほど失ってきたから。今も失ったばかりで、平気なわけがないから」
面倒ごとを押し付けて、もっと面倒な場所に向かったアーチラインを、フレデリックは慈しむように語る。
従兄弟で、幼馴染で、腹心で。
部下で、臣下で、親友で。
「実際に結婚するかは、話し合って決めたらいいよ。ただ、彼が嫌いじゃないなら、しばらくの間は側にいてやってくれないかな。ひとりにするの、ちょっと心配だから。頼む」
ーーーー 僕は、生まれた時から、フレデリックのスペアだから。
そうか。それはアーチ様の誇りなんですね。
アーチ様の為に身代わりをこなして、こんな小娘にまで頭を下げちゃうような主君だから。
なら、よかった。
エイミはちょっとだけホッとした。
「あ。そういえば、フレディさまって、私の寵妃入りをほのめかされて、ショックを受けて退場したベルベル様を追って、よろしくシケこんでる設定なんじゃ?」
思い出してニヤニヤして差し上げると、フレデリックの笑顔が一瞬固まった。
「設定通りなら嬉しいんだけど。実際は、戻ったら怒られるんだよね」
「親友に成りすまして、2曲も踊ったからですか? 貴族ダンスって、婚約者以外と2曲連続で踊ったら浮気成立でしたっけ?」
「いや、ギリギリセーフ。良くはないけど。対外的にはアーチと君がしたことだから」
いや、そのとーりだけど、ちょっと待て。
それは、本体の許可はとっているのか? 独断で、外堀を埋めてないか?
「この髪、めちゃくちゃ急いで切らせたし。染めるのも手伝わせたし。金糸の高級ドレスが毛染めでブチ模様になったし。侍女もいないのに、片付け押し付けてきたし」
「うわあ……最低。えーと、クリーニングとお詫びのご用命は、ホワイト商会まで? 」
来ないはずだった父親が来てくれたからだろうか。今日のエイミは商人モード待ったなしであった。




