麗しの美少年にソレは、ついているのかいないのか?
使用されたのは時間が経つと気化、消滅してしまうタイプの毒で、命を奪うものではない。
『お兄様、ごめんなさい! 数多の男性を侍らせるエイミさんの品のなさが、どうしても我慢できなくて…レティはいけないことをしました!』
などとレティシアがほざけば、有罪でも放免となるだろう。エイミは社交界デビューをしていないので、夜会での評判はわりと散々なのだ。
確かに彼女は、数多の男性と、それ以上に数多の女性を侍らせてはきた。主にテスト勉強で。
フレデリックとの地獄の特訓も頻繁だった。
先生方も退学者を出したくないから、補習に必死だ。
下ネタも辞さない品のなさに加え、礼儀もマナーもなっちゃあいねー!
けど、何で毒盛るの?
音楽祭つぶしたいの?
3年にケンカ売ってんの?
王女殿下って、大物にはなれないタイプの性悪だよねー。
が、大聖堂2階席に集合した高等部3年のおおむねの総意である。
エイミが無事である以上、レティシアが違うと言い張れば誘拐未遂さえ、なかったことになるだろう。
これが身分の差ってヤツだ。
フレデリックが追及すればその限りではないが、現時点で断罪したところで、黒幕に逃走する時間を与えるだけだ。全く、お姫様を尻尾切りに使うなんて、大したトカゲである。
「皇太子様にエイミ嬢を見せたくないって乙女心? 顔面偏差値的に引き立て役になりたくない気持ちはわかるけど、やり方がエゲツないんだよね」
「失礼ながら、まるっと同意です」
「ちょっと前まで、アーチライン様に夢中でしたのにねー」
「イケメンなら、誰でも良かったんじゃないですか?」
女子生徒たちがコクコク頷く。
「アーチラインのことは諦めてないと思うよ? アーチとオケアノス殿下に、自分を奪いあってほしいだけなんじゃないかなー。エイミ嬢がいなくてもそれはないと思うんだけど、そこは、夢見る乙女の妄想癖? ま、浅はかで可愛いよね」
「フレディ様、すとっぷです! アーチ様が笑顔で怒ってるから!」
基本的に弟や妹に甘いお兄ちゃんが多いサンドライト王国民らしく、フレデリックもレティシアに甘いつもりである。帝国産の毒を仕入れてイタズラするような子は、地下牢で飯抜き尋問かなーと、ほのぼの思うほどに。
「そうだみんな。レティシアが連れてた護衛たち、隣国人だったよ。で、毒は帝国産の非売品。エイミ嬢の身柄を欲したのは、どっちだろうね」
「うむ…」
未来の為政者たちの、騎士たちの、表情がグッと引き締まる。
ファルカノスにけしかけられたからだけじゃないが、エイミをめぐる陰謀については、情報を公開していく方針に変えた。
合唱や学業を通して、同じ時間を過ごした仲間でさえ、信用できない者はいる。控え室でエイミがひとりになる僅かな時間に、手引きした者は誰か。
犯人と面識がなかったとしても、利用されたのは誰か。
炙り出すのに丁度良いし、なにより
「夏休みの補習、エイミさんおひとりですわよね?」
「うわー。警備が手薄になるのにー!」
「明日中に、防犯ベルを作りましょうよ」
「護身用の唐辛子爆弾もー」
「ヤメテ。誤爆させるから」
「B組ー。夏休暇に学校に残る奴、交代で護衛すっぞー」
「ウイッーッス」
「俺、領地に帰ったら、エイミ嬢んちはドラゴンライダーを雇ってるって言いふらすんだ」
「うちの叔父にもそれ言お。あいつ、なんか怪しいんだよ。C組に集音器作れるヤツ、いない?」
「取り付けに伺いましょうか?」
「旅費出すからうちにも来てー」
…とまあ、使えそうな人材まで炙り出せて、各自交流が深まっちゃったのだ。
たまにはあの叔父も、亀の甲よりマシなことを言う。
「エイミちゃんに限らず、今日は全員が警戒した方がいい。うちの侍従を呼んだから、飲食物は必ず確認させてから口にして。侍女、侍従候補の者は参考にすると良い。勉強になるよ」
「は、はい!」
んでもって、アーチラインは相変わらず有能だった。
やがて、鐘が鳴って緞帳が上がり、2年生のステージが始まった。騒めいていた2階席も、自然と静まる。
案の定、センターはクリスフォードだ。女性並みに華奢で小柄だが、存在感は半端ない。お気に入りの眼鏡を外しているのも、視覚演出だろう。細い体を覆うキトン姿がまた、神に愛されし美少年や女神たちを彷彿させる。
前奏なしの四部合唱が、いきなりスタートした。
総合的な歌唱力に自信を持っている証拠だ。最初からクライマックスをぶっこんできた。
「うわぁ、上手い!」
誰からともなく歓声が沸く。
四層の歌声は上質のミルフィーユのように重なり合い、やがて物悲しい短調に変わる。
歌いだしは、低い声だった。華奢で小柄な美少年ではあるけれど、クリスフォードも16歳の青年である。当然だ。
しかし、曲が再び転調してソロパートが始まった瞬間、伸びやかな高音が聖堂を支配した。
単なる高音、裏声ではない。カウンターテナーでありソプラニスタの音域を持つ天才の技。並の女性以上の高音ながら、少年ならではの色香が宿る歌声。中性的な容姿も相まって、美の境地とさえ言えよう。客席の女性が何人か、ふらりと気を失った。
「さすがだな。クリスフォードは」
「はい」
フレデリックの感嘆に、マリアベルも頷く。公爵家の跡取りに決まる以前は、音楽サロンで身を立てて妹の持参金を貯めようとしていたのだ。本当に良いお兄ちゃんである。
「クリス様って、クリス様って、すごすぎます! ほんとについてるんですか?!」
しんみりするマリアベルの横で、相変わらずエイミは不敬すぎる。周囲の女子がボフッと吹いた。思っても、フツーは言わない。貴族でも、貴族じゃなくても!!
「ついてますわよ。殿下やお父様と比べたら、小さめかと思いますけど。男の子ですもの」
しれっと答える義姉に、「ひゃああ!」と悲鳴が上がった。
その情報、出していいのか?!
聞いていいのか?! 処されない? ほんとに処されない?
てゆーか、なんで知ってるの?!
見たの? 触れたの? 踏んだの?
むしろ僕を蹴ってと、踏まれたい男子たちも色めいた。
「う。そうきますか! では、今度こっそり観察します!」
「あからさまにしては、なりませんよ」
「はーい。でも、減るもんじゃないですよー?」
「喉仏だって、不躾に見たらはしたないですわ?」
サファイアを散りばめた扇子をパッと開くと、耳にした全員が、ガタガタ立ち上がった。もしくは、コケた。
「ちょ、待てよ!」
「喉仏のお話だったんですか?!」
つっこむクラスメイツに、「違いますの?」と、首を傾げるマリアベル。
カウンターテナーやソプラニスタには喉仏があるが、成長期以前に去勢されたカストラートには、ない。
クリスフォードはカストラートじゃないから、喉仏ありますよ? という雑談のつもりでいたのである。
ソレの存在とアレの存在は密接に繋がっているのだが、知識を猥談に応用する瞬発力のなさは、さすがは深窓の令嬢というべきか、天然というべきか。
下級生の完璧な合唱を前に、張り詰めた空気がピークだった2階席から、緊張感が消滅した。
『エイミ嬢が来てから、この学年も雰囲気が変わったなあ』と、改めて思うフレデリックであった。




