美少女すぎるヒロインは、聖女の愛を歌う
幕が開いた。金髪の美青年がひとり、青白いスポットライトを浴びて、板付に立ちつくしている。
金糸を散りばめた純白のスーツに、建国王ファルフォラスが領主時代に愛用していたという、真紅のマント。
______サンドライトの民よ! いざ立ち上がれ!
______この憐れな地に 我は命をささげる
______褒めよ 讃えよ 我らが王国を
国歌の歌い出しと同時に、勢いよくマントを脱いだ。スポットの色調が明るい白に変わった。
出だしから王太子によるサンドライト国歌独唱とは、愛国心を刺激しまくりである。
『せっかく王太子殿下が建国王をやるんだから、コテコテでいきましょー』と、全員一致で決まったオープニングソロである。
「伝説の花」はまともに演奏すると2時間を超える大作なので、合唱祭では30分ほどに編成しなおす。
その構成も採点に加味される、最高学年に相応しい題材なのだ。
舞台全体は仄暗いまま、マリアベルとピアノ班は鬱屈とした第二楽章を奏ではじめた。致死率の高い伝染病がサンドライト州に蔓延する、不気味なイメージの演出である。
アルトパートの少女たちが、グレーのマント姿でフレデリックを取り囲むように回り、「病魔の恐怖」を歌う。
人数を減らしたソプラノパートは、茶色のマントで家族を失った「子供たちの嘆き」を歌った。これがまた、か細くて哀れを誘う。
同時進行で、バスパートが「帝国の切り捨て」「街道閉鎖」を歌う。こちらは赤と黒のマントで、いかにも悪そうである。バスパートは体格の良い騎士希望者が多いので、でかいわ迫力あるわで、フレデリックとその追唱をするテノールが不当に追い詰められてる感がハンパない。
合唱祭のルールに則り、伴奏はピアノだけ。
男女混声の四部合唱で、歌唱力の高い者がソロパートを歌って良いが、全体の4分の1まで…という制約は守っている。
守っているが、アルトパートの「病魔の恐怖」をBGMに他のパートの別の曲を盛り上げるとか、歌の聖女リリコの登場と同時に全照明点灯、全員がマントを脱いで、歌による病魔の「払い」を表現するとか。
ハッキリいって、合唱ではない。この世界には存在しない音楽形態「ミュージカル」。つまり、ささやかな異世界チートである。
前世のマリアベルは、地方の進学校の音楽科に通う「野々宮ありあ」という、女子高生だった。マリアベルになる前からピアノは得意、声楽も下地あり、なのである。
人よりちょっと音楽が好きなだけの女の子が、異世界に来ただけで本気が出せて、内政チートやら、知識チートでドヤ顔なんて、できるわけがない。と、元女子高生は思う。
マリアベルの知識は、ほとんどが現地調達である。が、音楽の知識に限っては、ちょっとだけ先駆者だ。
歌唱力で劣る3年生が2年生に勝る素質は何か、本気出して考えてみた。それは、「華」だ。
2年生が歌の得意なトップにつられたように、トップがキラキラしいこの学年は、なんとなく全体的に華やかなのだ。
では、その華を生かす歌い方とは、なんぞや?
てわけで、楽曲の歌詞やパートはそのままで、構成をミュージカル仕立てにいじり倒しました。エヘ。
ミュージカルはエンタメなので、衣装や配置で見せ場を作ってナンボである。音の反響を考慮して、合唱ではしない配置換えもガンガンやる。
リリコが病魔を払う第三楽章は、全員が揃う四部合唱パートだが、エイミ以外は舞台の壁ギリギリまで下がった。
エイミひとりだけ、広いステージを縦横無尽に使って、くるくると踊り、高らかに歌った。
楽しくなれば楽しくなるほど高音が伸び、足取り軽く舞う少女。丈の長いエプロンドレスを広げて踊り回る姿は妖精のようであり、形の良い唇が紡ぐ歌は天使のようだ。
無茶振りしかされてない指揮が死にそうだが、ガンバ!
やがて、楽曲は第四楽章、最終章に入った。お待ちかねの「エイミと白い花」の公式テーマソング、主役デュオのスタートである。
ピアノの伴奏なしのアカペラなので、マリアベルのフォローは一切きかなくなる。
ついつい歌唱力を競ってしまうフレデリックとエイミに、マリアベルをはじめとする構成班は最後まで悩んだ。
巧いんだけど、甘さがネエ! と。
合唱の形態のままならまだしも、ミュージカル仕立てにしたから、そこがあからさまに引っかかる。
もちろん、それをふたりに告げるほど、マリアベルたちは鈍感でも無神経でもない。
で、別々にソロ練習をしていたふたりの歌を聞くとはなしに聞いていた時、はたと閃いた。
「パートナー・ソングでいきましょう!」と。
最終章のスタートは、2箇所のスポットライトのみが舞台を照らした。
エイミは舞台の左端に立ち、「Legend of white flower」を、
フレデリックは右端に立ち、冒頭と同じ国歌を歌った。
ひとりが歌うと同時に、もうひとりがまったく別の歌を歌う。それがうまくコーラスになるような曲の組合せをパートナー・ソングというのだが、この二曲はしっくりと組み合わさった。
フレデリックの国歌は、式典のように正統派に仕上げた冒頭とは違い、表情は甘く、声は優しく、または切ない。同じ歌詞、同じメロディーでも、歌い方次第で雰囲気がガラリと変わるものだ。
これなら、存分に技巧を、素質を、存在感を競いあえるだろう。むしろ、競えば競うほどに完成度も高まるはずだ。
ふたりの距離は歌いながら徐々に近づき、やがてひとつのスポットライトの中に収まった。
絶妙なタイミングで国歌を終えたフレデリックが、「Legend of white flower」の建国王パートに入った。
エイミはハッと隣を見た。
いつもより、彼の眼差しが優しい。
彼が彼の婚約者を見ているみたいに。
一瞬だけ、難攻不落の王子様を攻略した! そんな気持ちになってしまった。
今だけ、どうか今だけ、このデュオを歌い終わるまで、私を恋人にしてくれませんか……?
今までで1番、心が重なった実感がある。
願いが、叶ったのだろうか。
だけど、相変わらずこの恋はエイミに甘くない。
フィナーレのソロパートを迎えると、彼はあっさりと後ろに引いて、同じ光の輪から消えてしまった。
エイミは大好きな歌を続けながら、終わっちゃったなあと、心の中で呟いた。
楽しかった練習も、一緒に歌う時間も、初恋……も。
だから、ちゃんと、きれいに、幕を引こう。
______あの丘の向こうに白い花が咲く谷がある
______金の小鳥達が虹を超える谷
______幸せな小鳥達が歌う世界で
______わたしたちは 真実の愛を誓いましょう
盛大な拍手に包まれている間に、カーテンが開いて自然光が差し込んできた。
割れんばかりの拍手の中、歓声の中、ステージの中央で、エイミは呆然と立ちつくした。
(あれ? あれれ?)
心はぼんやりなのに、涙があふれてきた。生まれて初めて大勢の人の前で歌って緊張の極致にあることに、意識が追いついていない。神経毒を吸ったせいかもしれないが、自律神経がおかしい。
ぐるん、と視界が回った。
「危ない!」
頭が床にぶつかる!と思った。ら、体がふわっと浮いた。なぜだか、お姫様みたいに抱きかかえられている。顔をあげると、助けてくれた人が微笑んでくれた。
「大丈夫?」
(フレディさま…?!)
光の加減だろうか。フレデリックの髪が、茶色に見える。
(あ、ちがう……)
「頑張ったね。エイミちゃん」
いつもエイミを助けてくれる人の、聞き慣れた、優しい声だ。
「……アーチ様」
ふと、アーチ様とフレディ様は、似てないけど似てるんだな、と思った。
顔の作りが似ているからこそ、使う小物や、他人に接する態度や表情、声のトーン、制服の着こなしなど、印象がかぶらないよう心がけているのかもしれない。
国王サーガフォラスと王弟ファルカノスのように。
「素晴らしい歌声だったよ。僕らのお姫様」
アーチラインはエイミを抱いたまま、汗が光る額に軽く唇を落とした。
客席に、今までとは違う悲鳴が上がった。
エイミは自分で立たなくちゃ。みんなとカーテシーしなくちゃ…と思いながら、アーチラインの腕の中が暖かくて、暖かすぎて、安心して、安心しすぎて、うっかり意識を手放してしまった。
欄外人物紹介
野々宮ありあ
マリアベルの前世。
某地方都市の公立進学校の音楽科に通っていた。専攻はピアノ。小柄だけど手はでかい。制服はセーラー服。
黒髪ボブでお目々くりくり。美人ではなく可愛い。
身長150センチと言いはる148センチ。
死因は病死だが、病状が悪化したあたりから記憶がないのと、自意識の8割がマリアベルなのとで、のほほんととらえている。
マリアベルは殆ど全てありあよりハイスペックだけど、ピアノだけはありあの域に追いつかない。
マリアベルが王太子妃教育に費やした時間と、とありあがレッスンに費やした時間は同じくらい。つまり、練習量の問題。技術の習得と維持には訓練が必要だったりする。チートってなに?
前世の曲は、フレデリックとふたりきりの防音室でしか弾かない。教わったフレデリックが理想に近い弾き方をするのが、地味にムカつく。チートは王太子でした。




