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悪役を放棄した令嬢は、美少女すぎるヒロインと戦わないっ!  作者: 芳野みかん
陰謀さん、(潰してやるから)いらっしゃい編
14/98

不良教師な王弟は、意外にも国思いの生徒思い

建国王ファルフォルスの没後30年が経ちーーー

サンドライト王国は、再び帝国の侵略を受けた!


抵抗むなしく、独立国家が失われかけたそのとき!

純白のドラゴンを駆る戦乙女が現れ、サンドライト王国に味方した。


彼女の名は、聖女ヴァルキリー。

帝国軍を現在の国境線まで追い払い、この地を独立国家であると宣言した。


その後、見目麗しい30人の人質を交換することで、和平交渉が成立したのである。


「この後、救国の聖女ヴァルキリーは、王太子リック・ジェダイト殿下と結婚しました」


美術班のリーダーを引き受けた辺境侯令嬢の紙芝居に、エイミは拍手喝采した。


「きゃああ! 素敵です! キリキリ様の勇姿はベルベル様に寄せて描かれましたね?!」


同じ内容でも、教科書で読むと眠くなり、紙芝居や絵本ならなんとか理解できるエイミである。


「聖女ヴァルキリーは、銀髪にすみれ色の瞳のドラゴンライダーだったと伝え聞いております。このお色はシュナウザー公爵家が継いでますしね」


美術班全員が良い笑顔で微笑む。リック王子をどこかの王太子に寄せて描くのもお約束だ。


「ここ、テストに出ると思いますけど、答案用紙にキリキリ様って書いてはいけませんよ?」


「はーい!」


「……不安だわ」


努力が水泡に帰しそうで、教室にため息が広がる。

エイミはニコニコしながら、首をこてんとした。


「でもー。帝国って、なんでコロコロ名前が変わるんですか? リリコの時代はワキゲで、キリキリ様の時代はチンゲ…」


「ワーキュリーゲ王朝を、チ・ゲルニコ王朝が滅ぼしてるからだよ」


アーチラインがすかさずフォローに入る。いつもながら、タイミングが絶妙な室長である。


「おーちょーって何ですか?」


「王様の名字だと思えば良いよ。この国に例えると、最初がマリアベルの公爵家が王様だったんだけど、それを倒してうちが王様になったみたいな感じ」


「わあー。ドロドロー」


「もともとサンドライト王国はサンドライト州って、ワーキュリーゲ王朝の一部だったんだよ。流行病の時に武力で粛清されかけて、サンドライト州を治めていた第12皇子ファルフォルスが怒って独立したって『伝説の花』でも歌ってるでしょ?」


「あ。そうでした☆」


「おいおいおいおいおい」


「あうー。じゃ、今のえっと、えっと、エロゲー王朝」


「エウロギェン。綴りはこう」


「ひい! エロゲーさんたちは、攻めてきたりします?」


ざわめいていた教室が、さっと静まり返る。

クラスメイトの沈痛な表情に、なにかやらかしたかしらとエイミはあたふた辺りを見渡した。


辺境侯令嬢パトレシアと公爵令嬢マリアベルが視線を交わす。

燃えるような赤毛に彫りの深い顔立ち。ファビュラスでマーベラスなスタイルを誇るパトレシア。

銀髪の巻き毛にすみれ色の瞳。細身でしなやかで全身隙のない美しさを誇る美女マリアベル。

「このふたりが並ぶと、悪の女幹部っぽいなー」とエイミはたまに思う。言わないけど。言ったらパティ様がコワイから。


「現在、我が国では30年ごとに見目麗しい乙女を30人献上することで、侵略を免れております。遣帝女の制度がそれにあたります」


「けんていじょ? なんですか。ソレ」


「え!それも知らない?!」


「本当にサンドライト国民?!」


遣帝女とは、帝国と王国の和平の架け橋となる、14〜19歳の女性使節団である。慣例では侯爵以上の大貴族から1名、男爵以上の貴族から2名以上が選出されるが、残り27名は見目麗しい生娘でさえあれば、出自を問わない。


……という、イケニエである。


祖国とは文のやりとりさえ許されず、最終的に消息不明になる。


貴賎を問わず子どものしつけで「遣帝女にされて帝国につれていかれますよ!」の脅し文句が成立するレベルの、一般常識でもある。


「テスト以前に、なんで知らないんだよう」


「むしろ、条件ど真ん中なのに、打診されてないのが不思議だよ」


「遣帝女確定の触書きが出た直後を狙って、爵位取ったんじゃね? 親が。追加指名があるの、平民だけだし?」


「あー。なんか、爵位もらう時期がどーとか、何かのタイミングをずらせば大丈夫とか、じゃーダイヤモンドをどこの家から卸してーとか、お父様とお義母さまとさーちゃん(妹)が話してたかもですー」


「うわぁー…爵位認定の時期なんて、申請する側からは普通、選べないぞー」


「エイミさんのご家族の御辛労、察して余りありますわ」


うなだれるクラスメイツ。エイミの非常識ポテンシャルの高さを、ナメてはいけない。


「でも、それってー、キリキリ様のとき、人質交換して終わったんじゃなかったんですか!?」


「あれから2度王朝が変わってますでしょう? 変わるたびに属州宣言されて、戦争して、停戦しては無理難題押し付けてきますのよ?」


ワイバーンライダーでもある辺境候令嬢パトレシアが、ぐっと扇子を握りしめる。グラマラスな高身長かつ、彫りが深い美人ゆえに、大迫力である。


「ぱ、パティ様が、こわいですー」


びびってマリアベルに抱きつくエイミ。マリアベルはしょうがないなあといった雰囲気で、柔らかなストロベリーブロンドを流れに沿って優しく撫でた。


「パトレシア様は辺境侯令嬢。国境を接する帝国のシギ州軍は、まずはアリスト辺境侯領に進軍します。アリスト辺境侯とは、帝国の脅威からサンドライトを守り続けてきた、偉大なる一族なのです」


「ほえー……よくわかんないけど、大変なんですね」


調子に乗って胸をさわろうとするエイミを、さらっとステラに渡すマリアベル。受け取ったステラが、すかさず関節を固める。


「いたいいたいー! ステラちゃんすとっぷー。私たちの年代、少子化だから、乱暴するとお嫁にいけなくなりますよー」


「ご心配なく。彼氏はおりますゆえ」


「なにげに勝ち組宣言された!」


「あ。そこもテストに出るよ」


「ほえ? ステラちゃんの彼が?」


飼い主(アーチライン)がエイミを引き取るように、ピンクブロンドの髪にひょいと教科書をおいた。エイミは頭に物を乗せられると反射的に両手で掴むので、おイタが止まるのだ。


「今の12〜17歳が少子化の理由。まさに、遣帝女の当たり年だからなんだ。特に、侯爵以上の大貴族が顕著だ。世襲に必要なコだからあげませんって言い張るためにね」


「高等部に所属する生来の大貴族は、フレデリック王太子殿下、レティシア王女殿下、アーチライン様、マリアベル様、そして私の5名のみ。中等部にはひとりもおりません」


と、パトレシア。帝国嫌いをとことん拗らせているせいか、笑みに凄みがこもりすぎだ。


「殿下のお手つきになれば帝国行きは免れますからね。そりゃあ、親も私も必死になりましたわ? 私なんか、年齢的にも身分的にも、最有力候補すぎて」


「えー! だだだだ、大丈夫なんですか?!」


「ええ。昨年末にレティシア王女が急遽立候補されたお陰で、私の辺境伯就任が確定して免れました。さらには遣帝女は純潔が絶対条件ですから、辺境警備隊の隊長と既成事実を少々」


「ええええ!」


「夏休暇のタイミングで退学しますわ。冬にやや子が生まれますの」


「うそぉ! まさかの逆玉狙わせ?!」


「まあ、おめでとうございます!」


「音楽祭は最高の胎教になりますわね」


びっくり仰天なエイミ&男子ーず。

10代後半の男子は、純情と獣欲でできているので、大わらわだ。意外にも女子ーずは、冷静に祝福している。


「今の辺境警備隊長って5年前に卒業された、ユーコウ・クボ先輩ですよね? めっさ強くて、めっさ出世しまくりの、めっさイケメンじゃないですか!」


騎士候補な女性陣が身悶えた。


「《告る前からフラれし当て馬の会》の範囲を広げてほしいわ…っ!」


うなだれる少女たちの目に、キラリと光るものが。

今、ここで青春を刻んだと、闘技場(グランド)の土を手に取れば、誰も涙を笑わないだろう。ここ、教室だけど。




とまあ、3クラス合同の合唱練習に加えて、3クラス合同のテスト勉強の結果、エイミは0点を免れた。


文学 8点

帝国語 3点

文法 5点

論文 8点

数学 5点

歴史学 6点

地理学 8点

マナー座学 2点

音楽(実技)85点←楽譜読めない

ダンス (実技)120点←女子1位

美術(実技)93点


実技教科をのぞけば、安定の一桁。安定の赤点補習決定。ぶっちぎりのビリギャルである。

ちなみに、教えあうことでスキルが上がった3年生は創立以来最高の全教科80点を超える平均点を叩き出していた。

平均とビリの格差は深い。だが、0点じゃなければ良いのだ。








「お前らなあ。俺様がせっかくアイドルを助けてやろうって手を打ったのに、潰しやがるなよな?」


生徒会役員たちに中等部の採点をおしつけつつ、不良教師が紫煙を吐く。

そーっと窓を開けて席を離れるマリアベルに「なんだ?妊娠か?」とセクハラ発言をかまして、クリスフォードに葉巻をぶん取られた。


「採点中に吸う人がありますか。金輪際手伝いませんよ?」


来年度の生徒会長は、低い出自なんざ気にせず葉巻の火を消す。王弟より公爵の方が金持ちだからだ。なんなら、海軍を抱えるメルセデス公爵領に多額の出資をしてるし。文句あっか。


「遣帝女に指名される懸念ですか? 大丈夫でしょう。 ホワイト准男爵は、娘を守るスキルに長けてます」


フレデリックは顔色ひとつ変えず、音も立てず、テーブルの下で叔父の足を踏みつけた。


「俺様が懸念してんのは、教会だ。あれだけ歌が巧くて容姿が整ってんだ。聖女に祭り上げられんのも、時間の問題だぜ? 音楽祭は教会関係者も来やがるのによ」


「あら? 聖女様でしたら、名誉職ですわよね?」


マリアベルが首をかしげる。

「エイミと白い花」のエンディングは様々だが、ハッピーエンドでもバッドエンドでも、エイミは合唱祭直後の舞踏会で、必ず「歌の聖女」に認定される。

教会預かりの身分となるために夏休みは実家に戻り、冷え切っていた家族仲を攻略対象者の協力で…協力で…。ん? 冷え切った家族って、「粗相連絡用ドラゴンライダー」を雇うの?


「なんだ、マリアベル。知らねえのか?」


「?」


「フレディ。てめー、嫁に教えておけよ。下位貴族以下の聖女なんて、聖職者どもの玩具だって」


「はい? そんな不祥事、ありましたっけ?」


「社交界でも、ちらとも聞いてませんわよ?」


マリアベルとクリスフォードの声が被る。

同意を得ようとアーチラインを見ると、羽ペンを握りしめたまま虚空を睨んでいた。常に穏やかな微笑みを浮かべている彼にしては、珍しく表情が硬い。


「え。まさか、本当に?!」


「殿下、どういうことですか?!」


つめよる姉弟の真剣なまなざしに、フレデリックは深いため息をついた。


「なんで言うかなあ…」


「てめーがエイミ・ホワイトを、合唱祭の主役から駆逐しねーからだろ」


「主役でいてくれた方が、守りやすいんですよ」


羽ペンをおいて、アーチラインがゆるりと顔を上げた。顔の前にきたチョコレート色の髪をさらりとかきあげながら。


「教会を警戒して匿ったところで、そこが手薄になります。違う誰かに誘拐されかねません。エイミ嬢を欲する外道って、そもそも片手じゃ足りないじゃないですか」


「それでも、教会が1番厄介なんだよ」


「……わかってますよ」


降参したように両手で髪を押さえて額を出すと、憂いを帯びた色気がこぼれ落ちた。まだ陽は高いのに、うっすら夜の蝶モードが発動している。

うっすらどころか、真昼間から娼館帰りか?ってな色気を放つ教師が、鼻で笑った。


「聞きな、ヒヨッコども。そーゆー作戦なら、もっと人脈を使え。パトレシア・アリスト辺境候令嬢あたりの、優秀で発言力のあるヤツにエイミを守るよう采配を頼めよ。そもそも未来の国母とシュナウザー当主どもが国家の敵を知らんとか、ありえねぇわ」


持ち上げられて申し訳ないが、マリアベルは今日まで「聖女」という存在に格別注意を払って来なかった。

聖女は、優秀な能力を後世に伝えるため、貴賎を問わず誰とでも、何人でも、夫や愛人を持つ特権を持つ。

ゲームではハーレムエンドの理由付け程度の設定だし、現実では教会の保護下で芸術活動に専念する天才と、その血筋の確保……程度の認識しかない。


「ところで王弟殿下。現在、聖女様はいずこに?」


フレデリックに口を割らせるより、こちらの方が早い。マリアベルはクリスフォードを従えるような立ち位置で、ファルカノスに向きあった。


「俺んち」


ファルカノスは、こともなげに言い放つ。てことは、郊外の離宮だ。


「絵画の聖女ミレーヌは、俺の教え子なんだよ。知ってるだろ? つい最近、嫌な感じに画風が変わった絵が送られてきてよ。気になって謁見したら、動脈に注射痕びっちりでびっくり。侍女に身代わりをさせて、そのまま連れて帰ったわ」


「ふぅん。ところで、()()()()()()()は、お元気?」


「おうよ。今日の夜食はマカロンだとよ。もっと歯ごたえのあるもんを寄越せよなあ」


「息災でなによりですわ」


しゃんと背を伸ばし、閉じた扇子を唇にあてるマリアベルは、実に貴族然としている。

本人には全く自覚がないが、まだ戴冠してもいないのに現役の王太子妃にしか見えない上、たまに幻の王冠が見える。


「はっはっは! マリアベルはマジで良い女だな! ヒヨコにゃ勿体ねー!」


王弟はひーひー笑いながら、フレデリックにデコピンしまくった。足を踏まれたらデコピンで返すのが、大人気ない大人の嗜みである。


「ウザ」


「まあ、聖女に比べたら、遣帝女なんかだいぶマシな身売りだな。帝国は女の貞操にウルセェしよ。実際のところ、大切にはされる。フレディも、最初はそのつもりであの娘を監視させたんだろ?」


「殿下?」


マリアベルに睨まれて、フレデリックは瞬きをした。


「まさか、エイミさんを遣帝女に推すおつもりでしたの?」


「しないよ。大事な恩人だからね」


ニッコリ否定したが、両思い確定をけしかけた恩がなかったらやりかねない雰囲気満々である。マリアベルとアーチラインが、悪徳ブリーダーに愛犬を誘拐されそうな飼い主のまなざしで、フレデリックを睨む。


「お前、ほんと国王(クソあにき)にソックリだな」


「褒めても、何も出ませんよ? 叔父上」


「褒めてねえよ」


「うーん。エイミ嬢云々は置いといて。遣帝女みたいに有能な人材を無駄にするシステムって、目障りだと思わないか? 処す? 処していい?」


「あら。殿下ったら、平常運転でしたのね」


「潰す気ならいーや。協力するする」


「予算案組むから、何かしでかすなら事前に言ってくださいね」


やんごとなき未来の為政者中枢メンバーに中等部の採点を手伝わせながら、数学教師は深い深いため息をついた。


「そっちの口上で信用される王太子って、ホント大概だよな……」








欄外人物紹介




パトレシア・アリスト辺境侯令嬢


真紅の髪と瞳。小顔。目、鼻、口のパーツがでかい。身長180センチ。とにかくグラマラスでくびれが細い。ファビュラスでマーベラスな容姿の令嬢。成績優秀な脳筋。

飛竜騎士ワイバーンライダー


最有力な側室候補だったが、国防のために後宮費と私財を投じて伯爵家をたちあげたフレデリックに、初代辺境伯に任命されて失恋。

詳しくはこちらで↓

https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1760918/



辺境侯領は国境と接しているため、帝国が攻めてくるたびに戦場になるし、小競り合いも多い。しばしば領民が誘拐されるので、帝国への嫌悪感がハンパない。


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