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チャラ系宰相令息が、みんなのお兄ちゃん過ぎる件について




時間は少しだけ遡る。



逃げ出したマリアベルを追ってフレデリックが出て行ったので、教室にはエイミとアーチラインだけが残された。


エイミはフレデリックの後ろ姿が見えなくなってからも、彼が出て行った扉をボーっと見ていた。


「エイミちゃん?」


アーチラインに肩をポンとされて、気が抜けたのだろうか。空色の両目から宝石みたいな涙がポロポロこぼれ落ちた。


「あれー? あれれれれ?」


慌てて両目を押さえるエイミ。

さりげなくハンカチを手渡すアーチライン。


「私。なんで泣いてるんでしょーか」


鼻をかんだら「それ、あげるから。返さないでね」と言われたので、エイミは遠慮なく頷いた。ドラゴンライダーのヨアン氏が、出動を迷う事態である。


「なんでだろうね」


同情も突き放しもしない平らかさに、エイミは半泣きで頬を膨らませた。


「わかってますよーだ。……フラれちゃいましたね」


えへへと笑えば、また涙がこぼれた。


夢に見た憧れの王子様とのラブストーリーは、ほんとのほんとに夢でしかなかった。

そりゃあ、目の前のアーチライン副会長に、会計のクリスフォード、顧問のファルカノス先生とも結婚しちゃう夢である。さすがのエイミも正夢なんて思わない。

てゆーか、「馬鹿は罪」と公言して憚らないクリスフォードや、算数魔人のファルカノス先生との結婚なんて、むしろ悪夢だ。


夢の中のフレデリックは、とてもとーっても優しくて、エイミに手を繋ぐ時のドキドキや、人気のない木陰で交わすキスの切なさと激しさを教えてくれた。


現実のフレデリックは、優しいんだけど無茶ぶりが容赦なくて、裏声(ファルセット)に入るタイミングがズレたら怖いー!ってドキドキや、人気のない木陰でスクワットして腹筋を鍛える指導を徹底された。鬼ダ。何のカンタービレの先輩だ?


夢の中のフレデリックはマリアベルを「冷徹で心のない女性」と言ったけど、現実の彼は休んでいる間、生徒会書記(マリアベル)の仕事を代行したり、ノートをとったりしていた。

授業中も休憩時間も、数種類のノートや書類を同時進行でこなし、放課後には「これ、マリアベルの分」と手紙と共にクリスフォードに渡していた。


夢の中のフレデリックは、時間を見つけてはエイミに学校での過ごし方や所作を、貴族とはどんな存在かをつきっきりで教えてくれた。

でも、現実にそれを教えてくれるのは、アーチラインやステラや、3年A組の皆さんだ。アーチライン先生のランチのマナー教室は今も続いていて、最近はステラだけでなく、彼の婚約者のシンシアも一緒に中庭でランチをしている。

シンシアは、頭が良くておもしろい。


一方、フレデリックは生徒会室にカンヅメをしていて、たまに窓から手を振ってくれるけど、絶対におりてこない。クリスフォードやファルカノス先生と穏やかな声でケンケンガクガクやりあってる応酬なら、散々聞いた。


ここまでくると、さすがのエイミも気づく。

夢の中のフレディ様って、王太子として、生徒会長として、なにより貴族として、おかしいんじゃね? と。


アーチラインとシンシアもそうだが、貴族の婚約には恋愛が絡まないことが多い。

シンシアは「エイミさんを愛人になさるなら、可愛らしい別宅を設計したいですわね」と本気でほざいてはアーチラインをゲンナリさせているが、例の下駄箱事件以来、登下校を共にして、ランチも一緒にとっている。

婚約者を大切にするって、こういうことだ。


となると、夢の中のフレデリックは、なんなんだろう。

婚約者とは会話もせずに身分の低い娘を口説くとか、婚約者がいながら未婚女性と朝チュンとか。イケメンとはいえダメダメすぎる。「アウトー!」である。

最近では、そーゆー夢を見たら、ハリセンで倒すことにしている。ホンモノならベルベル様を放ったらかしてこんなことしないし、ハリセンくらい避けるだろう。


つまりまあ、エイミは、エイミのことなんか何とも思ってないホンモノの彼を、好きになっちゃったのだ。

夢の中の、エイミに都合のよい王子様じゃなくて。

責任感があって、リーダーシップがあって、優しいけどおっかなくて、わりとわかりやすくマリアベルに夢中なフレデリックに、報われない恋をしたのだ。


「アーチ様。アーチ様。私って、めちゃくちゃ可愛いじゃないですか?」


「その通りだけど。自分で言う?」


「フレディ様には言われたことないんです。あの方、生まれつき持ってるものは、ぜーったい褒めないんですよねー。無理だってくらい頑張ってできたことだけ、褒めてくれるんです。どれだけ頑張ったか、ちゃーんと認めてくれるんです。反則ですよ。もしかしたら、お妾さんならいけるんじゃないかって勘違いしちゃいます!」


褒められたことしかない容姿を讃えてくれたことなんか、1度もない。でも、リリコの歌は、上達するたびに褒めてくれた。

マリアベルの名誉を守りたかったことも、気がついてくれて、心配までしてくれた。

エイミは容姿でも何でも褒められたらめちゃくちゃ嬉しい子だけど、1番嬉しいのは認められることなんだと、フレデリックに出会えて、初めて知ったのだ。


何度も何度も声を合わせて練習してきて、細部の打ち合わせをして、毎日一緒にいて。「がんばろうね」なんてキラキラの笑顔で言われたら……。


「でも、キミは勘違いしなかった。偉かったね」


「だってーだってー、フレディ様って、ベルベル様しか見てないじゃないですかー!」


ちょっと前のエイミなら、こんな時にアーチラインに迷わず抱きついていた。夢の中のアーチラインなら「僕の胸でお泣き。可愛い子猫ちゃん」とチャラくウインクしてきただろう。


現実のアーチラインには、ティッシュで顔を拭かれた。最近では「エイミの保護者」から「エイミの飼い主」に名称が変わりつつあり、エイミもなんだか納得している。生まれ変わったら、彼の家のペットになりたい。もふもふ。


「合唱祭が終わったら、私……『殿下とベルベル様にコクる前からフラれし当て馬の会』を、立ち上げます」


屑篭シュートを外さないアーチラインの手元が狂った。床に落ちたティッシュの端をつまんで捨てる貴族の御曹司の肩をユサユサして


「アーチ様も入りませんか? 部長の椅子が空いてますよ?」


「パス。殿下とは、女の子の好みがかぶらないんだ」


アーチライン、ばっさりと一刀両断である。エイミは涙の乾かないキラキラの目を、いっぱいに広げた。


「えー!当て馬仲間だと思ってたのにー!」


「失敬だなー」


「ちょーっと待ったーっ!!」


休憩時間もあと数分、外に出ていた面々が戻ってきた。というか、とっくに戻ってきていたんだけど、お取り込み中すぎで入れなかったのだ。


「その会の立ち上げを、申請します!」


「同好会扱いになされば、既存の倶楽部と掛け持ち可能ですわ!」


「みなさん……!」


A組だけでなく、B組の女騎士候補や、C組の才女たちまで、英雄のごとくエイミを取り囲んだ。


「よく頑張りましたわ!エイミさん!」


「だいたい、殿下もマリアベル様を完璧な正妃と売り込むばかりだからいけないんです! だーから、側妃ならいけるってお父様が勘違いするんですのよ! 」


ファビュラスでマーベラスでナイスボディーな辺境伯令嬢パトレシアの攻撃。ヒノキの扇子がへし折れた。

コマンド?


「うちなんかうちなんかー!寵妃が無理なら、子種だけでももらってこいってけしかけられましたー!」


「それ、笑顔で嫌われるパターンですわね……」


「エイミさんのゆーとーりですわ! 殿下って、 恋愛面では絶対に靡かないくせに、他のスキルはすっごい認めてくださいますよね! あれ、逆にズルいと思いません?」


「うっかりキュンときちゃいますよねー!」


「しっかりハッキリとマリアベル様とラブラブして下さった方が、よーっぽど諦めがつきますわよ!」


「間違いなし!」


男爵令嬢たちの攻撃。 ミス。机の上のノートが床に落ちた。

コマンド?


「すんません。僕はおふたりは盤石と分かっております…けど、けど、マリアベル様に踏まれたい夢が、諦められないんです!」


子爵令息は仲間を呼んだ。B組男子数名が現れた。


「同士よー!」


「わかる、わかるぞ!」


「わかりみしか存在しないぞー!」


チャイムはとっくに鳴ってるが、A組はそーっと入ってきた歴史の先生が窓際のデスクで昼寝し始めたし、3年にもなるとB組は自主鍛錬、C組は自習が基本なので、帰らない者は帰らない。


アーチラインは烏合の衆を放ったらかして自習をはじめた。貴族の常識がいまいち身につかないエイミに、仲間が増えるのは良いことである。ラクだし。うん。


ワイワイ騒いでいると、騒ぎの原点であるフレデリックとマリアベルが戻ってきた。

ラブが始まりそうな雰囲気で出ていったくせに、ラブい雰囲気がない。微塵もない。なんでだよ!


フレデリックはつかつかと壇上にのぼり、教卓をバンと叩いた。

騒がしかった教室が一瞬で静まり、歴史教師の鼻提灯が割れた。


「諸君に、悲しい知らせがある!」


朗々とした声が、教室に響く。


「エイミ嬢が次に0点をとったら、音楽祭の出場停止らしい。これは、担任のファルカノス先生のお達しだ」


「ええええええええ!」


悲痛な叫びをよそに、チョークを持ったマリアベルが流れるような美しい筆跡で「議題。エイミ嬢の学力向上について」と綴ってゆく。


「周知のとおり、ファルカノス先生の権力は学園長を凌ぐ。つまり、私の権力で有耶無耶にすることができない。カンニングも不可能だ」


「なんと……!」


「ところで諸君、音楽祭で優勝したいか?」


「勿論です!」


「おおおおおおおおお!」


「よろしい。ならば、勉強だ」


「いやですー! だめですー!」


「却下」


直後、エイミのサポート隊が発足した。

作図が得意な者は見やすい図形を、字が美しい者はノートを作成した。 C組の秀才たちも、惜しみなく知恵を貸してくれる。

中でも、学問が苦手な生徒が多いB組による、「歴史の年号を下品な語呂合わせで覚える班」の功績は、計り知れない。

美術班による「貴族年鑑落書き記憶術」に至っては、門外不出の禁書となった。参観日前に、無茶しやがって。


授業中は誰かが隣について徹底的に補助。その中核は、A組の中でも成績優秀者が多いマリアベルの友人グループが担った。


乙女ゲーム同様、「マリアベルの取り巻きが」「よってたかってエイミを」「取り囲んでいろいろしてくる」状況である。

「音楽祭を前に」「エイミを中心にして」「クラスの絆が深まる」状況でもある。



やがて、マリアベルの前世の記憶も、当たらないエイミの予知夢も、及ばない運命が動き始めていることを、彼女たちはまだ、知らない。










欄外人物紹介



シンシア・フルート伯爵令嬢


アーチラインの婚約者。1年C組所属。

小柄で近眼。図書館司書と看護師、介護士の資格を持っている。専攻は医学。5か国語ペラペラだけどコミュ症気味だから喋るのはちょっと。聞くと書くはオッケー。


侯爵以上の大貴族が極端に少ない世代に生まれたがために、領地が近いだけで大公家に嫁入りが決まってしまったシンデレラガール。


天皇家が王族で宮家が大公家として、行政に関わる公務員を貴族に例えると、伯爵家は県知事くらい。

別に問題ないのに、「〇〇県のくせに、御所に近いだけで生意気よ!」みたいな感じで嫌がらせをされていた。

ちばかなさいたまかなとちぎかな。

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