18「ユキじゃなきゃダメなのよ」
窓から射す陽光に照らされながら顔を洗う。鏡に映るアタシの表情は固く、目の下にはハッキリと隈ができているのが見て取れた。冷たい水を数度顔にかけても頭の中が整理されることはなく、ごちゃついていた。
「……ひどい顔ね。美人が台無しよ」
おどけてみても、やっぱりそれは同じことで。眉尻が下がったままのアタシは無理に笑うこともできず、感情が混ざり合いすぎた、なんともいえない顔をするばかりだった。
「ミコトさーん! 準備できましたかーっ?」
フォルノの急かす声がする。アタシは、行かなきゃいけない。
「今行くから!」
タオルで顔を拭い、指先を確認する。水に濡れたテーピングは剥がれる気配なく、アタシの指を保護していた。さすがにドラゴンズ・ハイでも使われるテーピングだけある。このまま貼り換えずに外に出て問題ないだろう。
「……よし」
手を拭いて、バスケットを取った。
変わらず客のいないホールへ出ると、店長はいつも通り、鼻歌を歌いながらカップを磨いている。アタシが挨拶をしようと口を開くより、向こうの方が早かった。
「やーやー、おはようミコトちゃん」
「おはよう……店長」
相も変わらず底の知れない笑顔。アタシの状況を知ってなお変わらぬ軽薄さが、むしろ緊張を高める。
店長はテーピングだらけの指を見て、声を上げて笑った。
「にゃはは。いいね、まさに青春だねぇ。端から見てるお姉さんは楽しいよ~」
「はあ……」
「ん~? 元気ないねぇ。ミコトちゃん笑って笑って!」
「んむ……」
痛いほどの力で頬を摘ままれ、強引に口角を上げさせられる。目の前の店長と同じような顔をさせられる。
「これから会いに行く子のどんな顔が見たいのかね? ん?」
「……えがお」
「じゃあミコトちゃんも笑ってないとねん」
「…………」
言葉なく、ただこくりと頷く。店長はその返答に満足したようで、摘まんだ頬を放してくれた。
店に客が来なくとも、この人はいつも楽しげだ。根拠のない笑みだけど、見てると気持ちが軽くなる。
「にゃはは。ミコトちゃんには、お姉さんの夢も背負ってもらわなきゃいけないからね。ユキちゃんと一緒に帰ってくるの、期待してるよ~」
「……それはユキ次第よ」
「んーん。ミコトちゃん次第。全ては、ミコト隊員が自信を持てるかどうかに懸かっているのだ! さあ、どーんと胸を張って~……いってらっしゃーい!」
「う゛っ」
背中を思いきり叩かれたアタシは、その勢いのまま、快晴の空へと駆け出した。
ユキの保護先は竜種病院だった。あんなに元気に見えたユキが身も心もボロボロだったなんて、今でも少し信じられない。
付き添うフォルノと、ドラゴン協会の女性職員。
目と鼻の先に病院玄関を置き、身体全体で深呼吸。
「すぅ……はぁ……」
胸の中、色んな想いが巡っていた。
目も合わせてくれなかったらという不安。ただただ怯えられるんじゃないかという恐怖。逃げ出したい。アタシはあの子に相応しくないんだって言い訳をして、諦めてしまいたい。
……でも、アタシは逃げない。これまでと同じように。努力してきたアタシ自身を信じる。
三日間の努力の結晶――バスケットを一瞥してから、アタシは前を向く。
「……よし。行くわよフォルノ」
「はい。きっと大丈夫ですよ」
受付を通してもらい、協会の人先導の下、廊下を進む。一歩。また一歩。リハビリ場へと続く扉は近づく。
息苦しい。足が重い。喉が渇く。なのに裏口はやけに遠く、何時間も歩かされたような気がした。
「どうぞ。スオウさん」
……この先に、ユキがいる。
どんな顔でいるのだろう。この三日間のアタシと同じように、寂しがってくれているだろうか。それとも、アタシがいないことでのびのびと笑っているのだろうか。アタシを見たら、どんな目を向けてくるのだろうか。
憤怒、恐怖、拒絶、嫌悪……どれであってもおかしくない。今そんな目を向けられてしまったら、アタシはそれに耐えられるだろうか? 強い感情を真っ向から受け止めて、それでも逃げずに踏みとどまることができるだろうか?
足がすくむ。
怖い。こんなにも怖いのは初めて。感情をぶつけられるのがこんなに怖いなんて……ユキはいつもこんな……。
「……っ」
意を決して、ドアノブを握る。捻る。押す……扉が開くその瞬間、卑怯で弱いアタシは「どうか眠ってくれていますように」と願っていた。
ゆっくりと、扉の向こう側が目に映る。
――白銀。
それはまるで、ゲレンデに咲いた雪の精みたいだった。処女雪のように、白く煌めく鱗。その輝きはゆるやかな寝息に合わせて角度を変え、太陽を眩く乱反射する。美しき眠り姫を抱き包む翼膜は、陽の光を受け止め、優しく透かしていた。
息を呑む。アタシは吸い寄せられるようにユキに歩み寄り、気づけばその白い肌に指先で触れていた。
「綺麗…………」
芸術とか、そういうのに無縁なアタシでも容易に理解できた。殺風景な景色は、ユキによって美しい場所に変えられている。ただただ純粋で、美しい。今までずっとアタシの目に映らなかった彼女の本質が、今はアタシの心を掴んで放さなかった。
「……キュ…………?」
目を覚ます。目が合う。穢れのない純粋な瞳に見つめられ、アタシは目を逸らそうとした。しかしそれも叶うことなく、まるで吸い込まれるように、アタシはユキに釘付けになっていた。
緊張が高まる。ユキはやってきたアタシになにを思うのか。嫌な想像ばかりがぐるぐると回っている。思わず手に力がこもり、
――ユキが、動いた。
「キュウ! キュウウウウウゥゥッ!」
「え……?」
目の前で起きた出来事が信じられなかった。嘘よ、そんなはずない。そうよ、アタシは今きっと夢を見てる。今はまだユキを迎えに行く前日で、だからこんな都合のいい夢を。
でも、ユキの声が、匂いが、頬にまとわりつく感触が、それは違うと、紛れもない現実だと物語っている。
「ユ……キ……?」
「キュウッ! キュウウゥ! キューゥ!」
ユキは勢いよく飛び込んできて、尻もちをついたアタシに頬ずりしていた。何度も何度も。上機嫌に。はしゃいでいるかのように。頭にそろりと手を乗せ、触れるように撫でてやると、心地よさそうに目を細めていた。
「キュウウウゥゥ! キュウウゥー!」
「あ……あぁ……っ」
夢じゃない……本当の本当に、ユキは……!
アタシは強く抱きしめる。二度と離すまいと。
もう、溢れていた。
「ごめん……ユキ……! ホントにごめん……!」
「キュウ!」
ユキは涙を拭うように、アタシの顔を舐めている。
あんなことをされたのに、まだアタシを好きでいてくれる……その理由はわからない。
でもまだ繋がってる。ユキとの関係をやり直せる。それが、胸が苦しくなるほど嬉しかった。涙に変わるほど嬉しかった。
ユキが笑って頬を寄せてくれることより幸せなことなんてない。それより大事なことなんて、なんにもなかった……!
「ユキ……ユキ!」
「キュウ! キューウ!」
言いたいこととか、考えていたことはたくさんあった。事前にシミュレーションしたりもした。
でもそんなものはなんの役にも立たない。ただただ溢れる感情の波に押し流されて、アタシは泣きながら彼女を強く抱きしめ、その名を叫ぶことしかできなかった。
背後から、半ば呆れた声が聞こえてくる。
「……どうやら、虐待の事実はなさそうですね」
「ミコトさんはたくさん間違えますけど、わざと傷つけたりはしません。それは私が保証します。ですから……どうか、ミコトさんとユキを引き離さないであげてくれませんか?」
追い風のように、フォルノがお墨付きをくれる。
振り向いたアタシに、協会の人は鋭い目を向けて告げた。
「……次はありませんよ」
よかった……! また、ユキと一緒にいられる! もう間違えない。絶対……!
しかし。
そんなアタシの安堵を、絶叫が遮った。
「そんなの認めねぇっ!」
心そのものを叩きつけるような声。見ると、そこには肩を上下させ、息を荒げる少女がいた。ショートの髪も呼吸同様激しく乱れ、頬に一筋張りついている。
看護師姿の彼女は、怒りに満ちた顔でアタシを睨みつけていた。
クロムだ。
「ミコトは命を預かっていい人間じゃない」
「…………」
アタシは涙を拭い去り、心を落ち着けるように息を吐き、立ち上がって、クロムと向き合う。彼女は怒りに燃えていて、けれども泣いていた。アタシなんかにユキは渡さない。そんな、強い意志に満ち満ちている。
主張して押さえつけようとしたら、今までと変わらない。だからそうじゃない。アタシがすべきことは。
「……アタシ間違ってた。アンタの言う通りだったわ。ユキのことを本当の意味では考えてなかった。口でなんと言おうが、実際は物みたいに扱ってた」
「今は違うってのかよ。何が変わったってんだよお前は!」
「……この三日間、ずっと考えてた。ユキがずっと、アタシと過ごす中でなにを考えてたのかってこと」
「ミコトに振り回されて、毎日怒鳴られて、ユキはずっと苦しんでた。本来竜を支えるべき飼い主が子供で不甲斐ないから、ユキは自分の主張も疲れも隠すしかなかった! わかるか!?」
クロムはひたすらアタシを責め立てる。けれど不思議と怒りが湧いてくることはなかった。
それはきっとアタシが成長したからじゃなく、彼なりにユキを守ろうとする姿が、意地らしく見えたからだ。
「……そうね。アタシはずっとそうだった。自分のことしか興味なかった。そんなヤツがちょっと悩んだくらいで心を入れ換えたなんて言っても、説得力なんかないわ」
「お前はまたユキを傷つける。必ずだ! 違うと言うなら証明しろ! それができなければオレは……死んでもユキを引き渡さない!」
「…………」
強い意志だ。固く、ほどけることはない、それは信念。
アタシが誰よりも速く在りたかったその想いと同じくらい……あるいはそれよりも強いかもしれない。傷つくユキを……傷つく竜を案じている。守ろうとしている。救おうとしている。
当然よ。看護師が命を大事にしないなんてこと、あるはずないのだから。
アタシはそれに応えなくてはならない。その想いに負けないくらいの信念を見せて、信じてもらわなきゃいけない。
それを示す方法は浮かんでいた。
「……わかった」
それは無様で、屈辱的で、真っ当な人間のすることではないのかもしれない。
でもアタシは躊躇わない。
バスケットをユキの足下に置く。一歩。二歩。クロムの目の前まで、ゆっくりと歩み寄る。アタシの目線より低くある彼の目が、アタシを強く睨みつける。
「……オレは殺されたって退かねぇぞ」
「…………」
アタシは黙って、地面に両膝をついた。そのまま両手もついて四つん這いになり、額を擦りつける。
俗に言う、土下座だ。
「い、一体なんのマネだ……?」
「……許してとは言わない。罵ってくれてかまわない。踏みつけられてもアタシは抵抗しない。ユキを二度と傷つけないってことも、努力はするけど……失敗しない保証はないわ」
……でも、
「アタシ気づいたの。ユキが間違いに気づかせてくれた。……ユキにとってアタシは必要ないかもしれない。アタシは相応しくないかもしれない。でもアタシにはユキが必要なの! ユキじゃなきゃダメなのよ! だからお願い……! ユキと一緒に暮らさせて!」
思っていること、全部をぶつけた。シン、となる中で、荒れていたクロムの息遣いが、少しずつ落ち着いていくのだけが認識できた。
それから何分が経っただろう。アタシは未だ後頭部に土をつけられてはいない。クロムの声が、震えながらアタシに降りかかる。
「……本気、なんだな」
「…………ええ」
クロムの声は、意識的に抑揚をなくしているかのようだった。感情をひた隠す、仮面の代わりに。
「幼い動物ってのはな、人間の気持ちを誰よりも敏感に感じ取るんだよ。ユキはずっと……お前のことを心配してた」
心配……?
アタシは心配されるようなことをしていただろうか。疑問の答えを得るより早く、次句が継がれた。
「立てよ」
「…………」
促されるまま立つ。色彩なきクロムの瞳には、アタシの姿だけが映り込んでいた。
「約束しろ。ドラゴンを……ユキを苦しめないって」
「……でも、アタシは」
「約束してくれ。…………頼む、ミコト」
「…………」
懇願。なぜアタシが頼まれてるのかはよくわからないけど。
クロムは信じようとしてくれてる。そのための言葉を欲してる。強く握られ、震える彼の拳から、それがハッキリ感じられた。
だったらアタシは……応えるしかない。失敗するかもなんて弱気を捨てて、絶対に間違えないって、そう決めるしかない。
「……約束する。ユキを二度とこんな目に遭わせない。アタシの身勝手で振り回して、苦しめることはしないわ」
「…………」
「…………」
クロムはユキに目を遣り、じっと沈黙し続けた。ユキと見えない言葉を交わしているかのように。
やがて彼は、
「……ありがとう」
小さく、そう言った。
それがなんだかおかしくて、つい頬が緩む。
「なによそれ。アンタに礼を言われるようなことはしてないわ」
「う、うるせぇな。いいんだよ。オレにとっては意味があるんだから」
「……こっちこそ、ありがとね」
「…………フン! 素直で殊勝なミコトなんか気持ち悪いだけなんだよ! ちょっとは自分のキャラ考えろバーカ! 貧乳! 壁!」
「コイツすぐ調子に……! 大体アンタね、前から思ってたんだけど、なんでフォルノには敬語で、アタシにはタメ口きくわけ? アタシも歳上なんだから敬語使いなさいよ!」
「オレより精神年齢が低いヤツに敬語なんか使うか!」
「はぁ? アンタだって大人ぶりたいだけのクソガキでしょうが!」
「ミコトよりはマシだ!」
「アタシの方が上!」
「いいやオレが上だ!」
至近で睨み合い、言いたいことを言って。やがて自然と離れたアタシ達は、晴れ渡る青空みたいな顔をしていた。
先に口を開いたのは、クロム。
「わからなくなったらいつでも来い。バカなお前にもわかるように、オレが懇切丁寧に教えてやるよ」
「アンタが結構頼れる男だってことは、最初から知ってるわ」
アタシの答えは自然に出たものだった。なのにクロムは目を丸くして、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「……っ、ばっ、バッカじゃねぇの!? 当たり前だっての!」
「なに、照れてんの? アンタこそキャラに似合わず、可愛いとこあるのね」
「かゎっ!? へへへへ変なこと言うんじゃねぇよバカ!」
「ただの素直な感想よ。それにアタシ、クロムのこと結構好きかもしれないわ」
少なくともフォルノよりは。
クロムは照れが限界に達したか、脱兎のごとく逃げ出した。去り際一度だけ振り向き、「バーーーーーーカ!」と捨て台詞を吐いて、姿を消してしまった。
「変なヤツ」
肩が叩かれる。振り返るとフォルノがいて、慈愛の笑みを見せていた。
「よかったですね、ミコトさん」
「ええ、そうね」
「ですがクロムくんのあの態度…………もしやツンデレ!? ということはショタ枠!? うぅー、私のミコトさんがモテすぎてツラい……!」
「……なにぶつぶつ言ってんの?」
「おっと。なんでもありませんよ。それよりほら。ユキに渡すものがあるんじゃないですか?」
「……そうね」
フォルノの言葉で、再び緊張に包まれる。
三日間、アタシはユキのことを考え続けた。でもそれは頭の話であって、手を動かさないのとは違う。
バスケット。ユキは興味深げにそれを眺めたり、匂いを嗅いだりしていた。
「……竜よ、その姿を変えよ」
ユキをデフォルメ化してから、バスケットを手に取る。これからしようとしてることも、やっぱりアタシにとっては初めての経験。目を見ながらってのはどうしても恥ずかしくて、そっぽを向いたまま、差し出す。
「ユキ、これ……」
「キュウ?」
「…………」
「…………」
腕を伸ばした格好のまま、沈黙。パタパタと羽ばたく音だけが辺りを包む。
「………………」
「………………」
まだ沈黙。
「……………………」
「……………………」
さらに沈黙を経て、どうやらアタシから切り出すしかないのだと、アタシは悟った。
「………………………………アタシも、ちょっと頑張ってみた」
「キュウ……?」
アタシの消え入るような呟きに、ユキは首を傾げる。独り言よりも小さな声で伝わるはずないのに、アタシにはそれがひどい意地悪に思えた。きちんと言わないと、きっとユキはいつまでも察してくれない。この地獄のような空気を延々続けることになる。アタシがなんとかするしかなく、誰も助けてはくれない。
こうなったら自棄よ!
「ああもう! 察しなさいよ! これをアンタにあげるって言ってんの! アンタは頑張ってたのに、今までなにもしてあげてなかったから! ……ほら!」
「キュ……? キュウッ!」
彼女の足下にバスケットを置くと、ユキは興味津々といった風情で、器用に留め具を外す。アタシはそこから先の反応を見られず、完全に背中を向けた。そわそわとそばだつ気持ちが、勝手に腕組みを形作る。
「……キュゥ……」
全身の筋肉が強張る。向き合う勇気はないくせに、耳だけはユキの反応を聞き逃すまいと集中していた。
そして、
「キューウ! キュ、キュウ、キューウー!」
バスケットの中身を見たユキは、そんな反応をした。
半ば予想していたはずなのに、何故か胸が熱くなる。いっぱいになって、苦しくなって、そこに溜まっていたものが押し出されて、外へと溢れ出す。肩が震えて、視界が滲んで、さっきまでとは違う意味で、ユキの方を見られない。
震えそうになる声を、アタシは必死で抑えた。
「……そのイチゴサンドね、アタシが作ったのよ。フォルノに教えてもらいながらね」
「キュ……! キューウ!」
「やってみたら全然ダメだったわ。まっすぐ包丁も入れらんないのよ? クリームも固くて食感悪いし……ギリギリ食べられる形になるまで、三日もかかっちゃったわ」
テーピングだらけの指をいじくりながら続ける。
「そんなの渡すくらいなら買ってきた方がいいって何度も思ったわ。でも……どうしてもアタシがやりたかった。自分勝手な話よね」
「キュウ……」
「……いらなかったら食べなくていいから」
「……キュウッ」
決意のような一鳴きの後、ユキがサンドイッチを食む気配がした。咀嚼音が聞こえ、やがて収まる。
ユキの見せる反応はなんとなくわかってた。優しいこの子のことだ。
「キュウ~~ッ!」
「……っ」
あぁ、けれど。
たとえ嘘でも、嬉しくて仕方なかった。
いっぱいの想いで息が詰まりそうになった時、ユキがアタシの肩をつついた。情けない顔を乱暴に拭い、止めるものをしっかりと止めてから振り返る。
「なに、ユキ――」
ユキは、サンドイッチを一つくわえていた。にこりとアタシを見つめ、パタパタと翼をはためかせて。
「ぁ……」
その時、言葉も通じない、なんでアタシに懐くのかもよくわからないユキの気持ちが、言いたいことが、初めて理解できた。
「バカ……っ、アンタはホントに……!」
違う……アタシが言いたいのはそんなことじゃないのよ……!
アタシの口は悪態を吐くばかり。だからアタシは、ただただ本当の想いを伝えたい一心で、ユキを強く抱きしめた。




