着替えてきて?
もー、ビックリビックリ。
やっぱり私、死んでいたのか。
派手に散らばる、自身の頭部であったものらしき部位の数々を一瞥し、状況を把握。
うん。どうやら私、本当に不死だったらしい。
その確認が出来ただけでも、死んだ甲斐はあったかな?ポジティブシンキングだ。
とまぁ、そんなことよりも。
この惨状、どう処理すべきか。
凄いなぁ……。色んな意味で、凄いなぁ……。
内臓デロッデロのクロとシロ。
殆ど達磨の状態で宙に浮くフリード。
エル……はまぁ、唯の魔力切れだろうし大丈夫かな?でも一応病弱設定だから、体調がちょっと心配だ。
うーん、この中で一番緊急性が高いのは明らかにクロとシロな訳だけど……。
……どうして生きてんの?え?
こんな致命傷を負ってまだ生きてるとか、凄くね?普通死んでるよ?
回復魔法の痕跡が残ってるし、エルがちょっと頑張ったんだろう事は分かるけど……。
生命力が高い種族故の芸当、としか言えないね。これは。
といっても喰種の場合は、人肉切れを起こしていない場合のみに限るけど。
「死ぬの?クロ死ぬの?ねぇ、死んじゃうのかい?あははははっ!!」
――テンション高ぇな私。
まぁ、自分の脳みそやら、四肢がないまま宙に浮く面白人間やら、デロッデロの内臓を見ちゃえば、気分が昂っちゃうのも仕方がないのかもしれんが。
……え?普通はならねぇって?そうか。
コホン。
兎にも角にも、だ。
「――吸血鬼に、なってみる?」
血で濡れたクロの髪を、指で撫でる様に解きながら、私は三つ目の選択肢を与えた。
出来ればこういうの、したくないんだけどなぁ。
長々喋ってる間に、運悪く力尽きてくれれば私も割り切れたんだけど、正にゴキブリ並みの生命力だ。
生きているなら見捨てる訳にもいかないし、……厄介だねぇ?ふふふ。
何より、本人が死にたくないと言っている。
こんな状況、私なら一刻も早く死んで楽になりたいと思うけど、……私の感性がおかしいのだろうか?
普通は生きたいものなの?こんな状況でも?内臓デロッデロなのに?
「そ、れで、……いき、れる、なら」
「そっか。そんなに生きたいのか」
ふーん?よく分からん。
浅い呼吸の中、何とか言葉を紡ぐクロを見下ろして、私は小首を傾げながら手の平を合わせる。
さっき死んじゃった反動か、創り置きしていた蝙蝠が全部消えちゃったんだよなぁ。
こねこね、こねこね……。
いつもより一回り小さめの蝙蝠を、二匹生成。
うん。プチ可愛い。
見た目に満足して頷いて、袖を捲った腕を前に突き出す。
すると、私の意図を察した様に、蝙蝠達が私の腕に歯を突き立ててきた。
じんわりとした痛みに、思わず口角が上がる。……マゾって訳じゃ無いよ?
「――さて。シロの耳なら、さっきの話は聞こえていたよね?」
少し離れた場所で転がっていたシロを、転移で近場に呼び寄せる。
それから、先程の蝙蝠を一匹ずつ、クロとシロの口元へと飛ばした。
「今創った蝙蝠なんだけど、今回のはちょっと特別製でね?これには私の魔力だけでなく、血液まで混ぜられている。もし、吸血鬼になってまで生きたいなら、口を開けてこれを呑むといい。……ああ、でも。勘違いはしないで欲しいんだけど、吸血鬼の能力と言ってもカスみたいな力しか込めてないからね?不死性も酷く脆弱だから、致命傷を絶え間なく受け続ければ流石に死ぬ。逆に言えば、それ程の苦痛を受け続けても、中々死ねない。……今後どれだけ死にたくなるような痛みや、苦しみや、悲しみなんかを味わおうと、もう君達は容易には死ねなくなる。とてもとても、死に辛くなる。そしてとても、生き辛くなる。……なぁんて、長々説明したところで、どうせ意識が朦朧としちゃってて、理解する余裕もないのだろうけど」
開いた口へと吸い込まれるようにして入ってゆく蝙蝠達を見つめながら、くすくすと笑う。
そして最後にもう一度だけ小首を傾げて、
「でもまぁ、どうしても耐えられなくなったその時は、私なら簡単に殺してやれるし、……気軽に言ってね?」
――と、意識が途絶え、微睡の中へ消えていこうとする彼らの頭を、よしよし撫でた。
内臓が腹部へと自然に収束し始める様子を見て、吸血鬼の能力付与に成功したことを知る。
実はこれ、出来るかどうか半分賭けだったんだよねぇ……。
分体である蝙蝠達は、吸血鬼としての能力を僅かながら持っている。だから、他の生命体の血液を摂取する事で、その生命体が持っている体質的なスキルを自分も使えるようになる。
といっても、吸血鬼の能力以上に優れたスキルなど無いし、私が込めた魔力が切れると奪ったスキル諸共消滅してしまうから、蝙蝠達は普段、そのような非生産的な行動を行わない。というか、行えない。意思や思考を持たないし。
つまりはまぁ、私が命令していないだけで、血液摂取による体質変化は一応可能な訳だ。
ならば、私の血液を摂取させたらどうなるだろうか?
吸血鬼の魔力+吸血鬼の血液。
それもう、唯の吸血鬼じゃね?とか思う訳よ。
何かを食べる事で吸血鬼は魔力を生成し、それを無限に蓄えられる訳だけど、どれだけ蝙蝠達がそれを行おうとも、私が最初に込めた魔力が消えれば蝙蝠も消える。
しかし、血液の摂取によって体質が完全に吸血鬼と化したなら……。最初に込めた分の魔力が消えても、消滅しないのではなかろうか。
とはいえ、蝙蝠達は飽く迄も闇を物質化しただけの存在。そこに魂は無く、意思なんてものはない。私の命令なしには動けない、唯の人形だ。
それを、魂の宿る器に入れて、溶け込ませた場合……。
(吸血鬼の魔力+吸血鬼の血液)+魂=吸血鬼。
という式になる。と思う。うん。
いやー、兎にも角にも!成功して何よりだね!
やっぱり私が込めた魔力分しか効果が無くて、時間が経ったら元に戻っちゃう可能性も無きにしも非ずだが、恐らくそれは無い様な気がする。
逆にそうなったら、怪我も治って、吸血鬼にもならずに済んでっていう、全てがハッピーな結果で片付くんだけど、人生そんなに甘くないからね。
山あって山あって山あってからの、谷あり山ありが基本ですよ?
「おーい。そろそろ君も降りておいでよー。別に何もしないよー?」
険しい表情のまま固まっていたフリードを見上げ、手を振った。
殆ど自力で再生しちゃってる辺り、どうやら結構強い方の魔族らしい。
魔族は個々で能力が大きく異なるから、特殊能力も割と珍しくない。恐らくあの自己修復も、何かしらのスキルによるものなんだろうけど……、ゴキブリ以上のしぶとさだね!あはは!
苦々しい表情を浮かべて、ゆっくりと地上へと降りてくるフリードを目で追いながら、私はにっこり笑って見せた。
*******
「ふむ。なるほどなるほど……。名前が一緒だなとは思っていたけれど、まさか君があのフリードだったとはねぇ?3歳児に倒された、最弱の十二死徒。ぷぷっ。……失礼?」
「……何とでも言うがいい」
四つん這いにさせた魔物に腰かけながら、フリードが冷静な表情で言葉を返す。
釣れると思ったのに残念だ。
膝の上で寝息を立てるエルの頭を撫でながら、私は小さく苦笑した。
因みにポアは、「あーーん!!生きててよかったですぅ!!」って、クロの傍でわんわん泣いた後、そのまま疲れ果てて寝てしまった。
クロってば、いつの間にそんな懐かれてたの?
「それにしても、自分を倒したジーク……様の下に、よく付けるものだね。元魔王軍幹部とは思えない献身っぷりじゃないか。まるで使用人みたいだよ?」
「事実、使用人で御座います。坊っちゃんが魔王として成長為されるまで、私奴は坊っちゃんの御家族諸共、全てをお支え致す所存。幼き内は、家庭も大切なもので御座います故。家庭の乱れは、精神衛生上宜しくありませんからね」
「そ、そっか……」
元魔王軍幹部に仕えられるとか、ジークの親も大変だな……。
「さて。私奴の事はもういいでしょう。次は、貴様の番で御座います」
「その謙ってるのか貶してるのかよく分からない喋り口調、どうにかなんないの?あと、その一人称も。幹部なのか使用人なのか、立場がごっちゃ混ぜになってる感じがして痛々しいんだけど」
キャラがブレブレだよ?
「……?元から私奴は、こういう口調だが?」
「え、マジで?幹部だった時から?」
大真面目な顔で頷くフリード。
……なら仕方ない、のかな?
まぁ、口調なんて何でもいいけどさ。
「んー、そうだなぁ……。私の事と言っても、大した話しは出来ないよ?精々、吸血鬼だって事ぐらいかな?」
「それだ。それで御座います。大いに大した事あるではないか。それが本当なら、何故滅んだ筈の吸血鬼が今ここにいる」
あははーと笑って誤魔化してみた。
「まぁまぁ。吸血鬼の不死性については知ってるでしょ?滅んでも尚、その不死性は消えていなかったって事だよ。長い時を経て、今、こうして蘇ったのさ。ふふ?」
「……」
フリードは顎に手を当てて、何やら考え事を始める。
「あの再生力……、ならば本当に?……いや、だがしかし……」とかぶつぶつ言っている。
「はいはーい。一度戻ってこようか、フリード君」
「私奴に命令するな、下等な人間風情……では、ないのか……?」
「いや、そこ疑問形にされても……。君の判断に任せるよ」
「む……」
それからフリードは数秒黙り込んだ後、私に向き直り「分かった」と頷いた。
どういった答えが出たのかは知らん。
「とりあえず、君が私の正体について何を思おうが、この事は秘密にしておいてくれると助かる。特に、現魔王リディオス。……理由は、言わなくても分かるよね?私には、吸血鬼から受け継いだ過去の記憶もある。彼が、私の知るリディオスのままであるならば、吸血鬼の復活を知られる事はこの上なく厄介だ」
「……了解した。元より、リディオス様とは馬が合わなかったからな。態々奴が喜びそうな情報を教えてやる義理などなし。所詮は、坊っちゃんが魔王に為られるための障害物に過ぎん」
「そ、そっか……」
リディオスどんまい。
「あと、今後の相談なんだけど。君が、私達を皆殺しにしてまでジークを――」
「ジーク様だ」
「うん。ちょっと黙ってて。もうそろそろ面倒臭い」
「む……」
数秒考え込み、再び「分かった」と返される。
了承したという事でいいのかな?
「えーっと、仕切り直すね?……君が、私達を皆殺しにしてまでジークを連れ帰りたかったって事が、今回の件で私もよく分かった訳なんだけれど。正直、こっちとしてはいい迷惑なのね?だって別に、私達がジークを引き留めている訳ではないのだし、連れ帰ってもらっても全然いい訳よ」
「しかし、何故か坊っちゃんはここを気に入っておられ、離れようと為されない」
「うん。だから君は、この場所を壊そうとした。君にも強い思いと目的がある以上、私は別に、その行動に出た事を責めようとは思わない。……エル達はどうだか知らないけども」
「貴様も一度は殺されたというのに、何も思わないのか?」
「殺されたと言っても、恐怖や痛みを感じるどころか、死んだことにすら気付かない程だったし……。ふふふ。素晴らしい瞬殺だったよ?」
パチパチと手を叩き、その手腕を褒め称える。
微妙な表情を返された。何故だ。
「まぁ、兎に角。ジークを連れ戻したいからって、今回みたいな事はもう勘弁ね?やってもいいけど、お勧めはしない。流石に次は私も反撃しなくちゃいけなくなるし、そうでなくても、吸血鬼化したクロやシロによって、間違いなく君が死ぬよ」
「……」
口籠るフリード。
私達を殺す以外で、ジークを連れ帰る方法でも考えているのだろうか。
フリードの次の言葉を待ちながら、エルの額に手を当てて体温を測る。
何か、膝に感じる温度がやけに熱くなってきたと思えば、やっぱり熱が出てきたな。
とりあえず、スーちゃんを頭の上に乗せておいてあげた。
「……分かりました」
少しして、フリードが漸く口を開いた。
私は目を瞬いて、「何が分かったの?」と首を傾げる。
「どうせ、坊っちゃんを連れ帰る事に成功したとしても、坊っちゃんの気分次第で、またこちらに戻ってきてしまう事だって大いにあり得るでしょう」
「だろうね?」
「……ならばもう、私奴も腹を括りましょう。貴様等を消すことが不可能だと分かった以上、坊っちゃんを本当の意味で連れ戻す事もまた不可能だと悟りました。よって、坊っちゃんの気紛れが終わるまで、不本意ながら私奴もここに滞在致しましょう」
「んー、まぁ、そうなるだろうねぇ?……はぁ」
結局か。
正直、ジークもフリードも帰って欲しいんだけどね。
「もちろん、貴様等に危害を加える事はもうしないと誓おう。それと、今後は多少、貴様等の行動に協調してやる事も吝かではない」
「おや。それは一体、どういう心境の変化かな?」
「人間になら兎も角、吸血鬼となれば話は別だ。ある程度の申し出は聞き入れよう」
「ふふふ。これは驚いたね。魔族と吸血鬼との同盟は、今でも有効な訳?」
「……ふん。その様な過去の遺物、知った事か。……唯、強き種族には多少なりとも敬意を示すのが、私奴の信条で御座います故」
「そうか」
なるほど。
フリードの基準では、強い者ではなく、強い種族じゃないと駄目なのか。
ヒト族の様な弱い種族から、偶発的に生まれた強者は認めないという……。
全く、人の価値観って色々ですねぇ?
「それはそうと、フリード」
「何だ?」
夜もすっかり更けて来て、フリードの椅子となっている魔物の手足がプルプルと震えてきた頃。
私は漸く、気になっていた事を口にする。
「……着替えてきたら?」
「……」
エルによって切られた手足は再生したものの、服までは戻らない。
結果、ノースリーブと、左右長さの異なるショートパンツ姿という、何ともファッションセンスの高い服装に仕上がってしまった。
特に、左脚。……際ど過ぎる。
太腿の付け根である股関節辺りから布が無いから、何かもう、見てて痛い。
体育会系のお兄さんでも、もう何センチかは長い物を履いている。
というか、その恰好で何故に手足を組むという姿勢が取れるのか、私は不思議で仕方がない。
開き直ってしまっての態度なのだろうが、見苦しい。
誰も得をしない際どさだ。
例えイケメンであっても、この服装でこのポーズはキモイ。
……いや、逆に清々しいか?
…………あ、やっぱ無理。
「着替えてきて?」
「……言われずとも、そのつもりだ」
ちょっと羞恥心が込み上げてきたのか、咳払いを繰り返すフリード。
それから微妙な気まずさを残し、立ち上がる。
四つん這いとなっていた魔物から、安堵の吐息が零れた。良かったね?
「――あ。何ならついでに、お風呂でも入って来たら?」
着替えを取りに竜車へと歩き出すフリードの背に向かい、私は思い出したように言葉を掛けた。
フリードは一瞬、その声掛けに足を止めると、土が付着した顔で僅かに振り返り、
「……戴こう」
月の光で、モノクルがキラリと輝いた。
本当に今日は、良い月夜である。
≪次回の予告≫
遂にルドア国王都に到着した、勇者リヒト一行。
カーティス公爵家に迫る……!?




