勇者ボアード。
十数年前、冒険者として世界を騒がせた謎の少年、ボアード。
仲間は、中年の男が一人のみ。
主な活動時期は、何故か1年の内、とある時期のひと月程。
にも拘らず、彼はたった3年でSS級の勇者にまで昇り詰めた。
……いや、そもそも。
冒険者となった最初の年で、彼は既にA級の勇者だった。
そして2年目で、早くもS級に。
達成した依頼の数こそ少ないものの、彼は自身のランクに囚われることなく、効率的且つ高難易度の依頼のみを熟していく事で、それを成し得た。
正しく、化け物。
その姿はまるで、夏休みの課題でもやるかのような、計画的且つ、淡々としたものであった。
性格は、品行方正。――人当たり良く、礼儀正しい彼の代名詞でもある。
美しい見た目、優れた知力と能力、穏やかな性格。
正に完璧。理想的な人物と言える。
……けれど、それ故にどこか近寄りがたい。
その温かな笑みと耳障りの良い言葉遣いは、周囲の者を惹き付けると同時に、ある一定以上の距離を踏み越えさせない強固な壁の様でもあったという。
その証拠に、彼は集団よりも単独行動を好んでいた。
そしてある日。
ボアードは、SS級になったと同時にその姿を消した。
当然、死亡説が囁かれてはいたが、それにしては1つ、妙な事があった。
名指しでの依頼や、各ギルド支部を仲介した冒険者間の伝言などもある為、冒険者の生死に関しては秘匿されていない。ギルド内の職員に聞けば、その程度は容易に教えてくれる情報だ。
しかし彼――ボアードの件に関しては、何故か全ての職員が異なった答えを提示する。
ある者は「死んだ」と答え。
ある者は「辞めた」と答え。
ある者は「分からない」と答え。
ある者は「答えられない」と答え。
死と隣り合わせの仕事の為、生死の情報に誤りが生じる事は否めない。
――が、それを踏まえた上でも、この回答は異様であろう。
そこで、事の正否を得ようと、とある新聞記者が動いた。
けれどおかしな事に、ギルド内に彼の情報は何も無かった。
……いや、消されていたと言うのが正しいか。
終いには、冒険者ギルド長、グスタフ・ルドマンまでもが「そんな人物はいなかった」と答える始末。
魔王討伐に期待の掛かる冒険者だっただけに、ボアードの謎の失踪は、世間を大きく騒がせた。
けれど不思議と、新聞に取り上げられたのは一日のみ。
今一番のホットな話題にも拘わらず、である。
噂では、どこぞの大貴族が情報の口止めに動いているとかいないとか……。
何れにせよ、未だに謎の多く残る出来事だ。
そして、SS級になったと同時に姿を消した事と、彼に関する情報の消去とが重なり、彼がSS級であったと知る者は数少ない。
それどころか、活動時期が極々短い期間だった為に、彼の顔を知る者すら数少なく。
故に大衆の間では、顔も素性も知らない“S級止まりの冒険者”という、曖昧且つ噂程度の認識に留まっていた。
けれど、幸か不幸か。
SS級だった割に、直ぐに噂が鳴りを潜めたのは、そのお陰でもあったと言えよう。
当時、ボアードと一時期行動を共にしていた、とある冒険者の話である。
彼はボアードに、『何故冒険者になったのか』と尋ねた。
特に意味のない、唯の雑談ネタである。
けれどボアードは、それに対し、変わらずの微笑みを湛えながらこう答えた。
“暇つぶし”――と。
穏やかに細められたその瞳は、何故だかとても、冷たいものに思えた。
もしかしたらその言葉、その空気こそが、品行方正なボアードの真の姿だったのかもしれないと、今になって彼は思う。
彼は他にも、『何故勇者になったのか』と尋ねた事があったが、それに対してもボアードは、“暇つぶしだよ”と、穏やかな口調で答えたという。
何故勇者になったのか。――それはつまり、何故魔王を倒すのか、という問いに繋がる。
なぜなら、魔王を倒す意志がなければ、勇者にはなれない。
けれどボアードは、暇つぶしであると答えた。
暇つぶしで冒険者になり、暇つぶしで魔王を倒しに行く、そんな意思で勇者になった少年。
――ボアードは、暇だったのだ。
*******
ボアード。もといアルバート・カーティス。
大賢者達から、「どこのチート主人公だよ」とツッコミたくなる程の話を聞かされた後、エルのもとへと戻った。
いやー、父様ってば。昔は結構なやんちゃ坊主だったんだねぇ?あっはっは☆
「ただいま、エル。待たせてごめんね」
集合場所である町の路地裏で、手持無沙汰に壁へと凭れ掛かるエルに声を掛ける。
フードを被っているだけに、路地裏の薄暗さと合わさって、他所からみればかなり怪しい人物である。
「っ!!……おかえりなさい、レオ。中々集合の合図が無かったから、果物屋さんとかも見て来ちゃった。買い出しメモには無かったけど、デザートなんかにいいかと思って。他にも、おやつ用にお菓子屋さんも見ようかなって思ってたけど、丁度合図が来ちゃったから諦めたわ。でもレオったら、合図の後も暫く来ないんだもの。こんな事なら、見に行っとけば良かった」
私の顔を見て一瞬嬉しそうな表情をするも、直ぐに顔を背けて嫌味を言ってくるエル。
まぁ、待たせてしまった事は事実なので、特に言及はしないでおこう。言っている内容自体も、唯の気が利く発言だし。
いつもならば、用事が終わったらエルの影から生やした蔦で、脚をちょんちょんと突いて合図をする。その後、予め決めていた場所に集合してスムーズに落ち合うのだが、今回は合図を送った後にまたもや話し込んでしまったものだから、暫く待たせる結果となってしまった。
いやはや、申し訳ない。
「すまないね。大賢者達とつい話し込んでしまった。……それで、何かいい物はあったかい?」
「今日はトモモの実が安かったわ!!」
エルは勢いよく私へと顔を向けると、待っていたとばかりに興奮気味に答えた。
計算通りの反応……ゴホン。何でもない。
「ふふ、それは良かったね」
小首を傾げ、苦笑気味に微笑む。
私も付き添いはするものの、買い出しはほとんどエルに一任している。
見た目年齢的にというのもあるが、森と暮らすエルフ族なだけに植物への知識は多く、野菜や果物の鮮度・食べ頃なんかを見極める事に優れているので、エルに買い出しを頼んだ方が色々効率的なのだ。
エル曰く、エルフ族は植物の発する生命のマナを感じ取れるのだとか。
いやー、本当にエルってば有能よね!
最近ではメモだけ渡して、エルが買い物している間に、図書館や図書館や図書館に行ったりと、エル放置で私用を済ませている始末だ。
そんな事を続けていたら、こうなった。
お金ならあるので、値段を気にせず買ってもいいのだが、やたら特売品や割引商品なんかを買ってくる。
エルさん、完全に主婦である。
まぁ、幼児が2……いや、3人。それから世間知らずの未成年が1人と、ライオンとスライムしかいないパーティーなのだから、エルがこうなるのも仕方ないのかもしれないが。
……って、あれ。幼児率高くね?
嬉しそうに紙袋の一つを開け、トモモの実を差し出してくるエルを見上げながら、物思いに耽った。
「お昼までまだ少し時間があるし、早速1つ食べてみない?よく熟れてるから、安くしてもらえたのよ。今日が食べ頃」
トマトの様なヘタが付いた、リンゴの形をした真っ赤な果実。
以前、ガドニア国のカジノで、エルが客から投げ付けられたものである。
懐かしいなぁ。
血の様な赤い汁を顔から滴らせる、エルやフランクの姿が脳裏を過ぎる。
「ありがとう。久しぶりに食べるなぁ」
皮もトマトのように薄いので、剥かずに食べられる。
私は差し出されたトモモの実を受け取ると、大きく一口。
忽ち、熟れた果肉から汁が溢れ出し、顎を伝った。
「うん。甘くて凄く美味しいね」
スーちゃんで優雅に口元を拭いながら、感想を零す。
味は、桃とリンゴの中間といったところか。
お世辞なしに美味しい果物である。
「でしょ?……私も食べようかしら。小腹が減って来ちゃった」
私の感想に嬉し気に頷きながら、エルもトモモを手に持って齧り付いた。
スーちゃんをハンカチ代わりに使っている事に、最早ツッコミは無い。
慣れとは恐いものである。
エルは片頬に手を当てながら、「美味しい~」と幸せそうに唸った。
それから、「スーちゃん貸して?」と手を伸ばしてきて、私から手渡されたスーちゃんで口元を拭う。
慣れとは恐いものである。
「それじゃ、お菓子買いに行こうか」
路地裏で、もくもくと2人食べ終わり、スーちゃんで綺麗にしてもらった手でエルのマントを軽く引いた。
「え、買うの?」
エルは目を瞬かせ、小首を傾げる。
「お菓子屋さん、見たかったんでしょ?」
「それは時間があったらってだけで、凄く行きたかった訳じゃないわよ?」
「そうなの?……まぁでも、折角だし行ってみようか。次にこの町に来るのは、いつになるか分からないのだし。どんなお菓子が売ってるのか、私も少し気になってしまった」
買い出しに行く店は、適当だ。
けれど私兵団には極力会いたくないので、大きな都市なんかは避け、小さめな町や村がほとんどである。
原初の吸血鬼の、放浪時代の記憶が役に立つ。
もちろん、数千、数万年以上も前の記憶なので、とっくに滅んでしまっている集落も多くあったが、人間が群れる場所なんて大方限られている。
滅んでいても、その近辺に違う集落が出来ている事が多かった。
嗅覚や聴覚、蝙蝠を飛ばしたりと周囲を軽く捜索してみれば大体見つかる。
「レオが行きたいなら行きましょう!!店内に食べるスペースもあったから、お茶も出来るわよ!」
「ふふ、食べてばっかりになっちゃうね」
私は私兵団対策の為にマントを羽織ると、意気揚々とテンションの上がるエルに手を引かれながら、お菓子屋さんへと歩き出した。
*******
店内で軽く一服した後、クロ達のもとへと漸く戻る。
因みに店は、見るからに小さな町のお菓子屋さんといった感じで、アットホームな可愛らしいお店だった。
シンプルな焼き菓子ばかりで、種類もそう多くは無かったが、手作り感溢れるホッとする品々。
午後のお茶の時間用に、全種類10人分ずつ買ってみた。
今日のおやつが楽しみである。わくわく。
「たっだいまー」
「っ!!帰ってきたか、レオ!!今日こそ貴様の首を――へぶっ!!?」
竜車に転移して早々、馬鹿が突っ込んできた。
鬱陶しかったので、竜車の外へと蔦で思いっ切り打ち飛ばしておいた。
最早この遣り取り、日課である。
「――お嬢!!お帰り、お嬢!!」
竜車の中へと転移をすると、御者台の方からクロが顔を覗かせる。
エルが不服気味に「私もいるんだけど……」と眉間に皺を寄せた。
「レオさん、エルさん。お帰りなさいですー」
「ただいま、ポア」
可愛らしい笑みを浮かべながら、耳を揺らすポア。
頭を撫でておいた。
同時に、ポアの尻尾がふりふり揺れる。
私はその仕草に笑みを作ると、手に持っていた小さな紙袋をポアに渡した。
エルと二人だけでカフェして来ちゃったから、これぐらいの詫びはいいだろう。
「はいこれ、お土産。ご飯前だけど、みんなで少しずつ摘まんでていいよ。お留守番ありがとね」
「……わぁ!!ありがとうございます!!」
ポアは袋の中を覗き込むと、その正体に顔を綻ばせる。
尻尾が最大限に揺れた。
早速1つ取り出して、中に入っていたクッキーに齧り付く。
それから両手で頬を押さえて、「~~っ!!美味しいです!!」とリアクション。
子供は素直が一番だね。
頭を撫でておいた。
「お、何だ何だ?俺様への“けんじょうひん”か?……ふふん!少しは分かってきたじゃないか人間共!!下等な人間の食い物など、本来ならば視界に映す事も汚らわしいが……。やれやれ、仕方がない。俺様は寛大だからな!どれ、1つ食ってやろうではないか」
「戻ってきたの?」
竜車の後ろの幕を潜って、ジークの堂々たる帰還。
もう戻って来る事が無い様に、地平線の彼方まで飛ばしたつもりだったんだけどなぁ。
「寄越せ」
「はい、どーぞ」
小さなお手々を広げ、目の前に突き出してくるジーク。
ポアの持つ袋からクッキーを取り出して、そのお手々の上に乗せてあげた。
「――うむ。邸のよりも遥かに劣るが、低俗な人間が作った割には中々いけるな」
「ふふ、それは良かった」
ジークはポアの隣に腰かけると、袋に手を突っ込んではクッキーを貪り始める。
お気に召したようで何より。
「お嬢!!俺も!俺も!」
「分かった分かった」
御者台からクロが叫ぶ。
私は苦笑しながらポアの袋から4枚のクッキーを取り出して、御者台へ向かう。
途中、シロの目の前にクッキーを2枚置いておいてやった。
無言で食べるシロの姿を横目で見ながら、御者台へと上がる。
クロにクッキーを手渡し、そのまま景色でも楽しんでいようと、隣に腰かけて前を見た。
そして次の瞬間、……私は言葉を失った。
「……」
……微笑んだ顔が、凍り付く。
驚愕に、瞠目した。
そして漸く、パニックを起こしていた脳内の処理が追いついた頃、私はやっとの思いで口を開いた。
「……ここ、どこやねん」
エセ関西弁が思わず飛び出した事に気付かぬまま、私は周囲を見回す。
そこは何故か、……一面の雑木林でした。
平原を走ってた筈なのに、何故だ。
そして何故、クロはこの状況に疑問を感じないのだろうか。
遅れて御者台へとやってきたエルが、悲痛に歪んだ顔を両手で覆っていた。
まぁ、その、……頑張れ。
「ふふ、全く。君達といると、暇をしないね」
くすくすと笑い声を零しながら、車内へと戻る。
――ボアード。
父様も、こんな風に暇つぶしに興じていたのだろうか。
貴族生活が、好きではなかった……?
ならばどうして、冒険者を辞めて再び貴族に戻ったのか。
父様の実力ならば、家から逃げ出すぐらい容易かっただろうに。
それとも、旅をする事さえ、父様の暇つぶしにはなり得なかった……?
ねぇ、父様。
私が言うのも、可笑しな話ではあるけれど。
酷く、滑稽な話ではあるけれど
……それは何とも、哀れな人生ではないか。
色褪せた、人生ではないか。
「……今でも君は、ボアードのままなのかい?」
それとも――。
私は自嘲気味に小さく笑いを零すと、「まぁ、どうでもいいけどね」と独り言を呟いた。




