03 妖精
三人称。
黒の女神が、森の滞在を許可した人間の娘ルアリスは、酷い姿だった。
妖精達が、悲鳴を上げるほどだ。
白銀の長い髪はくすんで痛み、かさついていて、きつく束ねられていた。
大きなオリーブグリーンの瞳。睫毛は長く上向き。丸めの小顔で愛らしくも美しい顔を持っているというのに、汚れをつけたまま。
一切の女らしさがない男物の服に身を包み、マントにくるまって、がさつな座り方をしている。
偏った食事のせいで、身長は平均より低くとも、余計な肉のない体型は悪くはない。しかしやはり、成長に必要な栄養不足。
ルアリスの好物が、美肌によく効くものだったのは幸い。魔力が少ない者には不味く感じるが、多い者には果汁が甘く感じる魔力のある果物。ペルチカ。
魔力の回復を促すため、好んで食べてきたらしい。おかげで、美肌はかろうじて保たれている。
だからこそ、嘆かわしい。
妖精は、人間の世話などしない。
だが、妖精グミが筆頭に、ルアリスを手入れした。
魔物から森を守った際に負った傷を、治癒の泉に浸かり癒すルアリスの髪を洗う。十人以上で洗濯するように洗い終わったあとは、樹液と花の蜜とオレンジの果汁を混ぜこんだ薬を練り込んだ。
「ねぇ、もういい? くすぐったいんだけど」
「だめですわ! 髪に治癒を、潤いを、与えなくてはいけません!」
うんざりするルアリスに、グミは高い声を上げる。
髪に薬を練り込んだあとは、身体と顔を洗う。
ルアリスは自分で出来ると拒んでも、グミの指揮で隅々まで身体を洗った。
双方、重い疲労を受けて、手入れを終える。
ルアリスは、見目麗しい少女の姿となった。
波打つような艶を得た白銀の髪には、妖精達は抱きつきたがった。綿のように柔らかく、冷たく心地がいい。
色白の肌もシルクのようになめらかだ。妖精達はすりすりと頬ずりをしたがった。
感激の仕上がり。
しかし、グミは問題に気付く。ルアリスは自分で手入れをする気は毛頭ない。この森を出れば、ルアリスは元通りの酷い格好となる。
「わたくしが一生お世話します!」
だからこそ、グミはルアリスについていくことに決めた。この美しさを保つため。
ルアリスは露骨に嫌がり、断った。グミは小さな身体でしがみついて、絶対に譲らない。
黒の女神の許可はもらった。だからグミは、絶対に離れないと心に誓う。
ルアリスに引っ付いて、黒の女神との会話を聞いて、ルアリスのことを知った。
親を知らないという。
愛情を知らない。
母親から着飾る楽しみを教わらなかったのだ。
誰も、ルアリスに教えなかった。
孤独な少女。
それでも、生き甲斐に突き進む。強い強い瞳をしている。
グミは、絶対にこの少女をそばにいることを、心に誓った。
ルアリスは更なる力を得るために、黒の女神に命を代償に魔力を増やしてほしいと頼んだ。
それができるのは、女神だけ。
寿命を十年まで減らすことに、ルアリスは躊躇しなかった。
命を魔力に変える。それは命を削るだけではなく、激痛も味わうものだ。
命が少しずつ、魔力に変化する。
数日の間、ルアリスは痛みに悶え苦しんだ。痛みを取り除くことは出来ない。
だから、グミは滴り落ちる汗を拭い、水を飲ませ、木の実を運んだ。
最初は見守っていただけの妖精達も、痛みに耐えるルアリスの世話を始めた。
深い森に住む妖精全員が見つめている中で、痛みから漸く解放された。
ルアリスが微笑めば、妖精達は歓び、舞い上がった。