11 真の英雄
隊長の座は伊達ではない。かなりの剣の腕前だと、剣を交じり合わせている中でわかった。
その斬撃は重く、そして素早い。素早さは私が勝るが、キリエルの反応は早い。
キリエルの斬撃は受け流し、攻めていく。ちょっとやそっとでは、剣を奪えない。だが、私が押している。
楽しくて、笑みが浮かぶ。こんな腕が立つ剣士は、久しぶりだ。最後の剣の剣豪は、二年前のエルフだ。
「笑ってんじゃ、ねーよ!!」
剣で押し退けるキリエル。力はキリエルが上回っているが、いなせばそれも意味がない。
キリエルの振り下ろされた剣が、石の道に深々に食い込む。私はその柄に片足を置いて、更に食い込ませるように体重をかけながら、キリエルの顎を肘でつく。
のけ反ったキリエルが、これで剣を手放すと思った。だが、柄を握りしめて踏み留まる。
ふむ、なかなかだ。私は剣に乗り、膝蹴りで負かせようとした。
「"――一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、地から鋼の籠と成れ――"」
初めて聞く詠唱魔法が耳に届く。魔術師が唱えていると、私とキリエルの周りを取り囲うように地面から五つの柱が出た。それは黒く鈍い光を放つ。鋼だ。壁が押し寄せるような魔力の気配からして、拘束の類いの魔法だ。
キリエルから飛び退こうとしたが既に遅く、鳥籠のような檻に閉じ込められた。
かなり魔力が込められている。それを越える魔力を使えば、切れる。
コルカルドをへし折るようにして、二つの短剣に形を変えた。氷の魔法を思い浮かべ、斬撃を放つ。凍り付けにした鋼を砕き、そこから出た。
「早い、ですね……」
脱出したことに驚き、魔術師は唖然としている。彼を見ながら、私は詠唱をした。
「"――一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、地から鋼の籠と成れ――"」
「なっ!?」
同じ拘束の詠唱魔法を使い、魔術師を鋼の檻に閉じ込める。
邪魔するなんて、何のつもりなんだ。楽しかったのに。
「ど、どういうことだ! これはあなたの詠唱魔法でしょう!? 何故コイツが使えるんだ!?」
体勢を直しながら、キリエルは魔術師に問う。どうやら、この魔法は彼の作り上げたものらしい。二人は戸惑う。
「素晴らしい……一度、見聞きしただけで、使えてしまうなんて」
鋼の中で、魔術師は感心したように漏らす。
完璧とはいかないが、魔力の動きを感知できれば、見よう見まねで出来る。
「はぁ!? そんなっ……少女の皮を被った化け物か!?」
キリエルが失礼なことを言う。前にも似たようなことを言われた気が……あ、リューベルか。
そこで、グミが首飾りを持って私の元に詰め寄った。
「ルア様! 目的をお忘れですよね!? 英雄として首飾りを届けに来たのに、戦いを楽しんでいる場合ではありません!!」
「……忘れてた」
「ルア様!!!」
甲高い怒鳴り声を上げるグミ。
すっかり忘れていた。キリエルを負かすことだけを考えて、その他諸々が頭の中から消えていた。
「ふふ……面白い方ですね」
魔術師の笑い声が聞こえたかと思えば、私の鋼の籠が灰になって散る。
「もう十分なので、止めようとしたのですが、私の作った魔法を一瞬で使えてしまうなんて……魔法の腕前は私以上ですね」
彼は、私の魔法も剣も認めた。
「実力の証明は十分です、ルアリスさん。ご無礼をどうかお許しください」
私の前まで歩み寄ると、深々と頭を下げる。
キリエルはそれを見て、渋々といった様子で剣を納めた。
私は偽の英雄に目をやろうとしたが、いない。開いた扉の元で、観戦していた人だかりにいたはず。あの美女二人の間から、消えている。
「サリマンダは? 奴はどこだ!?」
キリエルが私の視線に気付き、偽の英雄の行方を捜した。どよめきながらも騎士達も捜すが、決闘中に逃げ出したようだ。
「見付けろ!! 英雄と偽った罪人だ!! 見付け出せ!!!」
キリエルの怒号が飛び、騎士達は慌てふためながらも捜しに向かった。
だめだな。もう王都を出て逃げたに違いない。さっさと白状してしまえばよかったのに。
キリエルは生身の人間でありながら、火を吹き出してしまいそうな様子で指示を喚き散らす。
首飾りと実力と証言により、私が魔王を封じた者だと認めたようだ。
キリエルは残った兵達とともに、傅いた。魔術師も跪き、頭を下げる。
「疑ったこと、深くお詫び申し上げます。罰は何なりと受けます」
魔術師が、代表して謝る。
「構いません」と一言答えてから、グミの持つ首飾りを受け取った。
グミの目は輝いている。やっと私が英雄と認められ、傅く騎士達を目の当たりにして、感動しているようだ。
「それでは、首飾りを」
魔術師が一番偉いみたいだから、彼にまた首飾りを差し出す。
にこりと笑う魔術師は、私に持っていろと言わんばかりに突き返された。また受け取らないのは何故だ。
「英雄の手で、国王陛下に渡す決まりです」
問い詰めようとしたが、魔術師は受け取らない理由を答えた。納得。
「やっぱり国王に会うのではないですか! ドレスに着替えるべきだったじゃないですか!!」
私の肩に留まったグミが、左耳に向かって声を上げるものだから、痛い。
「……着飾る必要はありませんよ。あ、申し遅れました、私はティレオン・バラシオンです。城の魔術師です」
胸に手を当てて、穏やかに魔術師は名乗る。
城の魔術師が言うのだから、ドレスじゃなくていいんだ。でもグミは納得できないと、膨れっ面をする。
「ルアリスさん。家名はなんですか?」
「ありません。捨て子なんで、家名を知りません」
「……それは、失礼なことを訊ねてしまい、度重なり申し訳ありません」
「構いません」
一番申し訳なさそうに謝るけれど、私は気にしない。
騎士の一人が階段を駆け下りると、キリエルの元まで来て国王から許可が出たと伝えた。
「王の間へ、お越しください」
まだ受け入れがたいと示す声音だが、キリエルは階段を上るように促す。
マントは騎士の一人が拾い上げ、右にはキリエル、左にはティレオンが立つ。近衛騎士団隊長と魔術師に寄り添われていかなくてはいけないようだ。
貴族らしき者達が開けた道を進み、階段を上がる。開かれた扉を潜れば、王の間。
白い石の柱が並ぶ先に、玉座があった。赤い絨毯に添って騎士達が、整列をしている。白い光が照らすその中を、私は二人に寄り添われたまま歩く。
グミは私の首からストールを取り、後ろを飛ぶ。
玉座の階段前で、足を止めた。玉座に、老人が座っている。白髪が混じる白金髪の頭の上には、王冠。誰に言われずとも、彼が国王だ。
「この方こそ――――真の英雄、ルアリスです」
ティレオンが、短く紹介する。
そして、私に国王の前に行くように視線で優しく促した。
私は少ない階段を上がり、国王の前で膝をつき、首飾りを差し出す。
国王は玉座から立ち上がると、私の前で膝をついた。シワのある両手が、私の手に重ねられる。顔を上げてみれば、温かな微笑みを浮かべた国王と目が合う。
「我が国を救ってくださったこと、心から感謝致します。英雄ルアリス」
首飾りは、漸く受け取ってもらえた。
完。
20160527




