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 出張が無事終わって。

 表通りの可愛いカフェで観月晃と待ち合わせとなった。

 さっさとオバケちゃんを連れて帰りたいのに、何故わざわざカフェでこの男とお茶をしなければならないのか。答えは一つだ。この男はオバケちゃんを私に返すのが惜しくなったのだ。絶対にオバケちゃんを取り戻す。


 さすがパティシエの王子。

 可愛いカフェに男一人で座っていても、すっかり周囲に馴染んでいるのが妙に腹が立つ。

 私に気付いた観月晃が笑顔になって、手をふっている。


「玲ちゃんは何がいい?」


 オバケちゃんがいい。


「コーヒー」


 さっさと話を終わらせて、オバケちゃんを連れて帰りたくて即答したのに、観月晃は嬉々としてメニューを開き、真剣に選んでいる。


「コーヒーだけ? ここ、ケーキも美味しいんだよ。ああ後で九太郎にもお土産に買って帰ろう」


 呑気な言葉にイライラする。


「じゃあ、ブドウのパフェ」


 私はメニューを決めるのが早い。一瞬で食べたいものが決まる。そういう人間なのだ。

 観月晃は真剣に吟味し、ケーキを2つも頼んでしまった。


 時間はたっぷりあった。

 何となく自己紹介のようなものからはじまり、仕事やら、趣味やら何やらお見合いのようだ。

 そして、彼は全てが一貫していた。

 小さい頃から甘い物が大好きで、幼稚園のときに自分でホットケーキを作った。そこからはじまってお小遣いは全て甘い物につぎ込み、それでも足りずお菓子作りに夢中になり、調理師専門学校へ通いながらカフェでバイトをして、ケーキ屋に就職。趣味はお菓子作りに食べ歩き。プラス太りすぎないようジョギング。夢は自分のケーキ屋を出すこと。わかりやすすぎる人生だった。


「あはは。つまらない男でしょ」


 晃は恥ずかしそうに微笑んだ。微笑むとさらに可愛いとかなにそれ。


「観月さんは、なんていうかもう、無駄の無いすがすがしい人生ですね」


 としかいいようがない。でも、そういうブレの無い、迷いの無い生き方を羨ましいと思う。

会社で一生懸命働いているはずの自分だけれど、よく立ち止まって何をやっているんだろうと思う。


「玲ちゃん……」

 観月晃が嬉しそうな、ちょっと熱のこもった目で私を見る。


「僕のことは晃ってよんでください。友達はみんなそう呼ぶから」


 ……いつ私が友達になった?


 そこへ注文したパフェとケーキが運ばれてきた。

 男の前にはショートケーキとチェリーパイが並ぶ。パティシエが甘いケーキを食べながら、オバケちゃんを見るときのような甘ったるい笑顔で微笑みかけてくる。胸やけがしそうだ。


「おいしいね。玲ちゃんは甘い物、好き?」


 基本、私は好き嫌いが無い。ケーキなどの甘い物も好きだが、ビールやいかの塩辛、鮭とば、エイヒレが大好きで、焼き鳥なんかも最高だと思う。宮崎万歳。そういうと、


「玲ちゃんは、男らしいですね……」


 尊敬の眼差しで見つめられた。


「僕は酒がぜんぜん飲めなくて……。サバランとかお酒をたっぷり使ったケーキを作っているだけで酔っぱらっちゃうんです」


 ちょっとビールを飲んだだけで、ほんのり頬を赤らめているこの男が容易に思い浮かぶ。ちっ、その姿もきっと結構可愛い。私よりずっと。


「玲ちゃんは甘いモノより、やっぱりビールが飲める男がいいですか?」

「甘いモノも好きだけどさ、モクモクと煙のたったところで焼き鳥とビール?」


 そういうと、ものすごく悲しそうな顔でじっとみあげてくる。

 あーなんかデジャヴ。

 これだ、これ。オバケちゃんそっくり。考えてることがまるわかり。


「でも、僕も焼き鳥は大好きです。ビール……は無理だけど、水でいけますから!」



 水で焼き鳥ですか。

 そう思ったけれど、この男ならやるだろう。

 焼き鳥をしみじみと味わって水で口直しして食べるのだろう。水でも幸せそうに。

 それに、酒の飲めない人が一緒だと、車の運転をお願いできるしなあ。

 いつしか私の思考も斜めにずれてくる。


「あ、このパイとても美味しい。玲ちゃんも一口食べませんか?」


 パティシエが美味しいというくらいだから、美味しいのだろう。


「んー、いただく」


 ぶすりとフォークでさすとハラリと生地が壊れる。イライラするんだなあ、もう。


「ここをこうするとくずれないよ」


 横から嫌味なくらい綺麗な指がのびてきて、器用にフォークを使ってすくいあげ、私の口の前で静止した。

 えーと、それは口を開けろと? アーンしろと?

 口を開けるとそろそろとフォークが入ってきたのでガップリと食ってやった。


「玲ちゃんはやっぱり男前ですね。……惚れます」


 恥ずかしそうに直球でいうとか何それ。

 こっちが恥ずかしいよ。

 そうじゃなくて。私は、オバケちゃんを返してって話をしなければならない。


「本題に入るけれど、あの子を返してちょうだい」


 ちょっと声が大きかったのかもしれない。

 ざわついていたカフェが一瞬しんと静まり返った。


「九太郎? 今、家にいるよ。玲ちゃんが帰るのを楽しみにしているよ」


「そう。じゃ、今から連れて帰るから」


 そういって、伝票を手にとろうとすると、観月晃が慌てて伝票を手にした私の手をつかんだ。


「玲ちゃん、あの、僕もたまには九太郎に会ってもいいよね?」


 観月晃がじっとみつめてくる。

 私は目をそらした。

 オバケちゃんがとられてしまうような、不安な感覚。


「……私にはあの子が必要なの。私からあの子をとらないで」


 そういって立ち上がろうとすると、私の手をつかむ力を入れ、おしとどめようとした。


「玲ちゃん! 僕は九太郎を玲ちゃんからとるなんて、思っていない。ただ、九太郎や玲ちゃんと……会いたいだけなんだ」


 左隣りのテーブルのオバサマ2人がものすごーく心配そうな顔で私達をみている。

 気が付くと右隣りのカップルも固唾をのんで事の成り行きを見守っているような……。ひょっとして、私達、子供の親権争いしている元夫婦みたいに見える、とか? どうしてこうなった。


「九太郎だけじゃなくて、玲ちゃんとも会いたい」


 この、じっとまっすぐないじらしさは嫌でもオバケちゃんを思い出す。


 夫婦は一緒に暮らしていると似てくるという。

 ペットと飼い主も似るという。

 オバケちゃんとこの男も似ている……ような気がする。

 あの、可愛げ満載のオバケちゃんと。


「……会ってどうするの」

 それでも、私の喉から出たのはイジワルな声だった。


「ケーキも作るけど、ちゃんと極上の焼き鳥も作るから。タレのレシピには自信があるから!」

 晃は必死だ。

 くそ甘いタレになりそうだ。

 あのワンルームマンションで煙りモクモクの焼き鳥とかやめてほしい。

 でも必死の姿に笑えた。


「……いいよ、会いにこれば」


「よかったあ……。ありがとう! 玲ちゃん」


 晃が私に抱きついた。

 …………どさくさにまぎれてワタシに抱きつくのはやめれ。しかも店の中で。


 オバサマ方とカップルがホッと息をつくのがわかった。


「で、出ようか」


 あわてて伝票をひっつかむと早足でレジへ向かう。

 カフェに座るみんなの視線が痛い。

 さっさと出たいのに晃はケーキのショーケースの前でまた止まってしまう。


「ねえ、九太郎にお土産を買っていこうよ」


 じっと見るキラキラした瞳は……やっぱりオバケちゃんに似ている。


「はあ。本当に甘いものが好きだねえ。よく飽きないねえ……」


「よくいわれる。でも、それが僕の一番の才能なんだって」


 胸を張って答える晃がちょっと眩しい。

 本当に好きなものがあって、迷いが無くて。


 二人して、ケーキの箱をぶら下げて、晃の家へ向かう。

 歩いて20分という距離は、腹ごなしには良い時間だった。

 晃の家は古い木造の2階建てアパートだった。


「玲ちゃん、おかえりなさい!」

 扉を開けるなり、おばけちゃんがぴょわんと飛びついてきた。


「オバケちゃんただいま」

「九太郎、お土産」

「あ、私もオバケちゃんにお土産買ってあるからね!」

 あわてていうと、晃がクスリと笑った。

「九太郎、玲ちゃんと僕からのお土産」

 晃が言い直して、ケーキの箱を九太郎にわたす。


「わあい!」


「玲ちゃん、ここのケーキおいしいよね」

 晃が嬉しそうにいう。

「ね」

 オバケちゃんも相槌を打つけれど、ハッキリ言ってオバケちゃんにとってはほとんどの甘い物はおいしいのだ。

 

 まったく、ライバル店のケーキを嬉しそうに、美味しそうに食べるところが晃らしい。そんなんで自分のケーキ屋を持ちたいとか、甘いと思う。でも、そんな晃を嫌いになれない自分がいる。しかし、散々ケーキ屋でケーキ食べたのにまだ食べるのか? 


 私は一口だけ食べてフォークを置いた。

 うん、まあ確かにここの美味しいけれど。私は……晃のケーキの方が好きだな。

 ひとりごちて、紅茶に手を伸ばすと、晃の熱のこもった目とぶつかった。


「玲ちゃん……僕、嬉しい」


 いや、あのね、晃のケーキの方が好きといっただけで、晃を好きといった覚えはないよ。


 嬉しそうに少女みたいに微笑むとかやめてくれ。

 その笑顔がちょっと可愛いすぎて腹が立つんだなあもう。


「あー、玲ちゃんみてると、ケーキ作りたくなる。ビターなのにちょっと爽やかで甘い隠し味? 作るからまた食べてね」


 あ、甘すぎる……。もう食べれない。


「オバケちゃん、私のケーキ、食べていいよ」


「わあい、玲ちゃん大好き!」

 オバケちゃんが現金に言って。

「僕も!」

 晃がどさくさにまぎれて言って。


 オバケちゃんが私と晃の間で幸せそうに笑っていた。いや、透明だから顔はわからないんだけどね。


 おわり。




読んでくださってありがとうございました。

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