2.救急車を呼ぶ
ピーポーピーポー
どうしよおお。掴まれていた腕を離してもらい、私は立ち上がる。彼を何度も振り返りながら、思い切って、玄関でテキトーなボロ靴をスリッパ代わりにして階段を駆け降りた。妙に風が吹き、目元が暗く、コケそうになりながら、スマホのライトで足元を照らす。癖でスマホ持ってきて良かった。うちの階段ボロいし、歩道橋みたいに、降りるとカンカン音がする鉄タイプで、昭和の家の階段のように急である。ううこけそう。
最後に目に映った彼は、クローっゼットから動かず、キョトンとしていた。
ああ、置いてきちゃった。逃げないよね!?一人にしてもいいよね!?救急隊員の人を呼ぶだけだもん。っていうか、ただの変質者かもしれないという可能性はあるからね。あまりに現実離れした人だから混乱しているんだけど。
アパートの外に出た。
「すいません。こっちです。」なんかちらほら人だかりができている。でも深夜で近所迷惑だよなー。でも夕方だったらもっと人だかりがいただろうな。
薄暗い一つしかないボロい街灯の近くで、消防車の中にいる、この狭いアパートの駐車場で苦戦して停めようとしている消防隊の人と目があった。アイコンタクトをとることができたようだ。
救急車を運転している消防車の人が降りてきた。
「2階に、、、お願いします」
消防隊の人々は担架を後から出し、薄暗い階段をひょいひょい駆け上がって行った。
「203号室です」
彼は立っていた。裸足だった。さっき着ていた重そうな服を脱いで、中に着ていたらしきもので身軽な格好をしていた。レースのような絹のような、透け感のある白い布が重なって、赤い糸で腰が結ばれていた。
きっと自分で玄関のドアを開けたのだろう。201号室から1列に並んでいる玄関口のアパートの格子に手を掛けて、私たちの様子を見ていたのだろう。
彼は、ぼろぼろだった。透明な白生地から見える脚は擦り傷ができている。しかし、私たちは、月光に照らされ、風が彼の白髪を靡かせている光景に息を呑んだ。
ほんの数秒、確実に消防隊の方々も息が止まったけれども、彼らはプロフェッショナルとして、すぐに救護活動を行った。
彼は屈強な消防士たちにおののき、担架に運ばれそうになると、あばれそうになったが、諦めたのか、疲れ果てたのか、両方だろう。すぐにおとなしく救急車の後に仕舞われた。
とりあえず私は部屋に戻って、自分の財布と、中身に身分証があるか確認して、自分の玄関に鍵をかけた。そして彼がちょうど担架から救急車に乗せられているのを追いかけて、私は、彼の頭の横の座席に座るように言われた。
彼のこと、どうやって説明しよう。