番外編 シン・ユーは心配症
シン・ユー視点です。隠居生活らへんの話になります。
珍しく、リェン・ファの具合が悪いらしい。母が気づき、朝からせっせと看病をしている。
様子を見に行こうとしても、母は寝室の中に入れてくれなかった。
「病気の時は抵抗力が下がっているの。シン・ユー、あなたがばい菌を持っていたら、リェン・ファの具合は余計に悪くなってしまうわ」
「……」
実の息子をばい菌扱いとは、酷いものである。
しかし、リェン・ファはそこまで悪いのか。
医者を連れてこようかと聞いても、寝ていたら治るからと言って聞かない。
「私にも、覚えがあるから……。病気じゃないのよ、きっと」
家が没落したあと、母は落ち込むあまり寝込んでいた。リェン・ファにも、似たような容態になっているのだろうか。
リェン・ファは、昨日まで元気だったのだが……。
しかし、リェン・ファは父親と別れて異国にやってきて、突然結婚することになって、王が崩御したのちにザン家が没落して。
短い間にいろんなことがあった。突然心が折れてしまっても、不思議ではない。
「シン・ユー、リェン・ファのことはいいから、あなたは街に行って、精が付くものでも買ってきてちょうだい!」
「……わかった」
一度、リェン・ファの容態を確認したかったが、母は子育て中の母熊のように狂暴になっている。逆らわないほうがいいだろう。
精が付くものを食べたら、リェン・ファも元気になるかもしれない。
そう思って、街へ赴く。
◇◇◇
市場では、人がごった返していた。
人と人が行き交い、市場に食料を求めにやって来ている。
「お兄さん、お肉が安いよ!」
「……」
肉は力が付くが、病床にいる時に食べたいだろうか?
もっと別の、食べやすいもので精を付けたほうがいいだろう。
歩き回っていたら、野菜を売る通りに出てきた。
店主らしい中年女性がやってきて、野菜を勧めてくる。
「お兄さん、新鮮な野菜はどうだ?」
「……」
店には、艶のある野菜が所せましと並べられていた。
野菜だったら、リェン・ファも食べられるかもしれない。
「精が付く野菜は、あるか?」
「精がつく……長芋かねえ」
長芋と言う、細長い野菜を取り出す。滋養強壮、疲労回復に効果があるらしい。今のリェン・ファに、必要な野菜だろう。
「これは、どうやって食べる?」
「擂ってご飯に乗せたり、角切りにしてお粥に混ぜたり」
「粥……がいいな。病人が、食べやすい」
「病人食だったのかい。だったら、干しエビを入れたらいいよ。あれも、栄養豊富だ」
「干しエビ……か」
「作り方はね、簡単だよ。だし汁で米と長芋を煮込んで、塩で味を調えて、仕上げに炒って香ばしくした干しエビを載せるだけだ。この、セリを刻んで載せたら、彩りもよくなる。このお粥を食べたら、一発で元気になれるよ!」
「では、長芋とセリをくれ」
「まいど」
魚屋に干しエビがないか見て回ったが、一向に見つからなかった。
諦めかけたその時、迷い込んだ乾物店で干しエビを発見する。
魚介だからといって、魚屋で売っているとは限らないようだ。
何種類か果物を購入し、帰宅した。
母に、戻ってくるのが遅い、どこをほっつき歩いていたのかと叱られる。
一時間くらい干しエビを探していたとは言えなかった。
さらに、買ってきた品が地味だと怒られた。
「何よ、これ。長芋と干しエビとセリって! もっと、アワビとか、ツバメの巣とか、フカヒレとかなかったの!?」
「青果店の店主から、長芋を食べると精が付くと聞いたから」
「あら、そうなの?」
母は料理の勉強中のようで、そこまで詳しくないようだ。粥の作り方を説明すると、すぐさま調理に取り掛かってくれた。
その間、リェン・ファの様子を見に行く。
リェン・ファは眠っていた。青い顔をして、額に汗が浮かんだ状態で眠っている。
濡れ布巾で顔を拭ってあげると、表情が少しだけ穏やかになった。
やはり、医者を呼んだほうがよかったのか。
立ち上がった瞬間、母が寝室にやってくる。手には粥が載った盆を持っていた。
「シン・ユー、どこに行くの?」
「医者を」
「必要ないと、言っているでしょう?」
「しかし、リェン・ファは、こんなに辛そうにして」
「シ、シン・ユー、お義母さん……け……喧嘩……ダメ」
リェン・ファの声を聞いて、ハッとなる。どうやら、起してしまったようだ。
「リェン・ファ、お粥を作ったわ」
「え、本当?」
「シン・ユーが、街に地味な食材を買いに行ってくれたのよ」
「わあ、嬉しい」
リェン・ファの背中を支え、起き上がるのを手伝った。
「シン・ユー、ありがとう」
「いいから、粥を食え」
「うん」
粥の盆も落としそうだったので、食べさせてやる。
「シン・ユー、いいよ。自分で、食べる」
「いいから、口を開け」
「うん」
ふうふうと冷ましてから、リェン・ファの口元へ運ぶ。
粥を食べたリェン・ファは、淡く微笑んだ。
「おいしい。お義母さんと、シン・ユーの、優しさがしみ込んだ味がする」
「リェン・ファ、お喋りはいいから、食べなさい」
「は~い」
母は相変わらず、ツンツンしている。
以前よりは、ずっと雰囲気が柔らかくなったが。
リェン・ファは一日休んでいたので、だいぶ体が楽になったのか。
粥を食べたあとは、頬に赤みが差し込んでいた。
「ぜんぶ、食べられたな」
「うん。とってもおいしかった。これからは、一人の体じゃないから、たくさん食べなきゃいけないよね」
「一人の体じゃない?」
「ん?」
「それは──どういう意味だ?」
「あれ、お義母さんから、聞いていない?」
「……」
母を振り返る。明後日の方向を見ていた。視線に耐えきれなくなったのか、部屋から出てく。
リェン・ファはお腹を愛おしそうに撫でた。ここで、やっと気づく。
「リェン・ファ、病気じゃないということは……もしや、子ができたのか?」
「うん、そうだよ! お義母さんは、間違いないって」
リェン・ファは、病気ではなく懐妊していた。
なんていうことだ。
喜びと感動が、同時に押し寄せてくる。
「リェン・ファ……!」
強く抱きしめることはせずに、そっと身を寄せるだけにした。
「とても、嬉しく思う」
「私も、嬉しい」
満たされた気持ちは、言葉にできない。
幸せをじわじわと感じていた。
新しい家族ができた日の話である。




