二人の世界を別つ岩
「そろそろつくわよ!」
「わかったわ。運転ありがとう。夏織」
「公共交通機関での移動もいいものだけどたまにはこうやってドライブするのもいいものよね~」
「時間やルートに縛られにくいっていうのが利点ね。」
今日の目的地は死者の国の入り口だって言ってたけど...前回の旅であんなことになったのに怖いもの知らずすぎないかしら。
一応観光地だということなのだけれど人一人いないわね。たまたまかしら。結構自然に囲まれているだけあって紅葉はすごくきれいね。
「ここはここで紅葉が綺麗ね、夏織」
「そうね。ここには秋に来たかったのよね。あ、ほらあそこに咲いてるわ」
夏織が指す方向に視線を向ける。そこには真っ赤な花。まるで花火が咲いたときのような形をしている花。妙に美しく妙に引き寄せられる花が咲いていた。
「ここは二柱の神が完全に離れ離れになってしまった。そんな場所らしいわよ。あ、そうだ。もし何かあっても後ろは振り返らないでね。」
「後ろを振り返らないでねって...。どういう意味よそれ」
「さあ、ね。禁忌らしいわ」
「適当ねぇ...」
そういって二人は鳥居に近づく。
死者の国の入り口と聞いているからだろうか。何か不気味だ。体が緊張する感覚がある。
「ねぇ氷依、もし何かあっても、必ず迎えに行くからね」
「唐突ね」
「前回の今回だからね」
赤い瞳に光が宿っているのがわかる。きっと彼女は彼女なりに覚悟を決めているのだろう。そんなの...私だって...。
「氷依、さっき言った通り、ここはとある男と女の神様が袂を別った場所といわれているらしいわ。
「炎」の子を生んだことでその「炎」に焼かれてなくなってしまったらしいの。残された男の神は亡き妻に会いに行くためにここまで来たの。でも女の神は既に黄泉の国の食べ物を口にしてしまった。だからもう帰ることはできなかったの。でも最愛の人が迎えに来てくれたからどうにか帰れないかと黄泉の国の神に相談しに行ったのね。決して自分の姿を見るなと言い残して。男の神は待ち続けたわ。それはもう長い時間。待ちきれなくなった男の神はついに火を灯しそれを頼りに黄泉の国の中に入っていってしまったの。そしてついに女の神を見つけたの。見つけてしまったの。女の神の体は朽ち果てもうすでに現世のもののそれではなかった。それに驚き恐れた男の神は黄泉の国からの逃亡を図るわ。ダメな男よね。これに女の神は激怒したわ。当然よね。女の神は自分の手下にたくさんの軍勢を付けて男の神を追わせたわ。男はいろいろな手段を用いて結果的にこの国まで逃げ帰ってきたの。そうしてここにあったこの国と黄泉の国の入り口を、そうちょうどこの岩でふさいでしまったの。これがここの伝説だそうよ。この国の創造にかかわる二柱のドラマが刻まれた場所なんだから前回とは比較にならないほど危険でしょ?だから、もし何かあったら私が迎えに行くわ。必ず。そういうことよ。」
「なかなか闇が深そうな話ね。神も人間も規模が違うだけでやることはあまり変わらないのね。
もしもの時は...そうね。お互い助け合いましょ」
二人は石に触れられる距離まで歩く。
そこに会話はない。
不思議な空気感が辺りを包んでいる。
二人は同時に石に手を伸ばした。
「ッ!夏織!何かがおかしいわ!石から手を....」
薄れゆく意識の中で最後に見たのはハイライトのない夏織の瞳と倒れていく彼女。そして彼岸花。
そうして鈴の音とともに意識は闇の中へ葬られた。
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目が覚めた。冷たい土の上水に濡れた地面。何の臭いもしない。ただ冷たい空気が辺りを覆いつくしている。そこに横たわっている私。
「ここはどこかしら...夏織?夏織!どこ!いたら返事をして!夏織ィーーーーーーーーーーーーーー!」
声は空虚なこの空間に響き渡る。
ここはどこかしら、洞窟?生き物の気配やほかにものがあるという空気でもない。ただ冷たくて、寂しい、そんな空気だけがこの空間を埋め尽くしている。
「気を失う前どうしてあんなことをしたのだろう。まさか、呼ばれていた...?誰に...?」
わかないことだらけだけどとりあえず動いてみないことには始まらないわね。夏織ともはぐれてしまったみたいだし。
彼女は目の前の道を進み始める。
ここも前回の空間と同じだわ。確かにこの地面には水たまりのようなものが存在しているのに、私の靴はそれを踏んでも濡れないどころか、水ははねないし揺れもしない。まるでARで描画している映像を踏み抜いているような感覚だわ。実体がないということなのでしょうけど...。その場合実態がないのはこの空間のほう?それとも私のほう?
そんなこと思いながら彼女はひたすら一本道を歩み続ける。彼女が違和感に気が付いたのは歩み始めてからそれほど時間はかからなかった。周囲に光源となりそうなものも火もあるわけではない。ましてや彼女が光源を持っているわけでもないし、陽の光が届いているような浅い洞窟でもないのだ。確実に。人より夜目が利くわけでもない。それなのにはっきりと周囲が見えているのだ。まるでそこかしこに松明が置いてあるような明るさ。その現実ではありえないような異様さがこの空間の不気味さを増している。
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どれほど歩いただろうか。終わりの見えない物事を行い続けるを言うものは多くの人間にとってこれ以上にないストレスを感じさせるものだと思う。それが得体のしれない空間、自分の知らない場所ならなおさらだ。帰ることはできないのではないかという不安と焦燥。
さらに歩みを進める。どれほど歩いただろうか。私はいったい何をしているのだろうか。そもそもなぜ歩いているのだろうか。
ーーチリンーー
鈴の音、なぜかわからないが聞き覚えのある音。どこで聞いたかもわからない。けれども必ず聞いたことがあると断言できる音だ。不思議だどこから響いているのかが明確にわかる。蝙蝠もこんな感覚なのだろうか...。そんなことは今はどうでもいい。何か手がかりになるかもしれない。唯一の手がかり足りえるその音のほうに向かう。どこまで行っても全く変わることのなかった景色も相まって余裕のない心には唯一の希望の光に感じた鈴の音。まるで甘い蜜。
「あらあら、珍しいわ。こんなところにお客さんが来るなんてね。それになぜかしら...すごく懐かし雰囲気をまとった子ね。私たちどこかで会ったことがあるかしら?」
おっとりとした優しい声でゆったりと話すその声が背後から聞こえる。全身が包み込まれるようなその優しい声を聴いたとたん。背筋が凍り、本能が全力で警告を発し続けている。危険だ。まるで蛇に睨まれた蛙。いや、そんな生易しいものではない。「死」そのもののイメージが頭に焼き付いて離れない。全身の血の気が引く。冷汗が止まらない。生き物として、いやそれ以上に存在という概念レベルから格が違う。なぜ背後から声がするのだろうか。先にも道は続いているしここはずっと一本道だったはずだ。
「あら、ごめんなさいね。すっかり怯えさせてしまったわね。どうか落ち着いてほしいわ。」
言葉はこんなにも優しい、声色からも敵意がないことがわかる。頭では理解しているが体がそれを拒否している。
「困ったわね...。あ!そうだわ!これならどうかしら!」
ーーパチンッ!
指を鳴らしたような音が響き渡った刹那。状況は一変した。
ただの冷たい洞窟だった周囲はいつの間にか広い円形状の空間に代わっていた。真ん中には紅白模様で飾られた櫓が建てられている。4つ角には赤色の提灯が黄色く輝いており、中央には大きな和太鼓も一つ設置されている。櫓の頂点から8方向にひものようなものが壁まで伸びている。それらには等間隔に提灯や幟が飾られている。周囲には壁に沿って屋台らしきものが所狭しと並んでいる。が当然ではあるが店員らしき人影はいない。さっきまでただの湿った土だった地面が今では赤色の敷物に代わっている。
ーーパチンッ!
もう一度音が鳴り響く。
さっきまで静かだった空間は祭囃子で埋め尽くされた。一般に和楽器と呼ばれるものが櫓を円形に囲いふわふわ漂いながら音を奏でている。櫓の上では太鼓のバチが一人でに動きリズムをとっている。
私はいつの間にか座らされ目の前にはお膳が置かれている。その上には人参と長ネギらしきものと一緒に大きな煮魚が丸々一尾、ごはん、みそ汁、おそらくたくあんと思われる漬物、茶わん蒸し、日本酒のようなもの、といった和食の数々が所狭しと並べられている。
「どうかしら~。これで楽しい雰囲気が作れて緊張もほぐれたのではないかしら?せっかくの珍しいお客様だもの!楽しんでいってもらえると嬉しいわ~」
確かに雰囲気に当てられて緊張はほどけたし、さっきよりもかなり心身ともに余裕がある。それでも本能は危険だと訴え続けている。
「まさかこの国で生きている人間に出会えるなんて思ってもみなかったわ!それにあなたは...いいえ。何でもないわ」
いつの間にか目の前に美しい女性が座っていた。
とてもカラフルで布が何層にも重ねられているような着物。綺麗な白い肌。黒く艶やかな長い、長い髪。3メートルは少なくともありそうだ。そしてあの子と同じ、透き通る、まるで宝石のような赤い目。作り物かと思わせるような整った顔立ち。あまりの美しさに目を奪われた。
「さぁさぁ、せっかくのお食事ですよ。まだまだたくさんありますから、遠慮せずにたくさん食べてくださいね!おいしい食事を囲ってお酒でもあおりながらたくさんお話をいたしましょ!人と話すなんてとてもお久しぶりとても楽しみ!」
「そう...ですね。どれもおいしそうですし。折角ならいただきます。」
「うふふ。このお魚なんてしっかり身が付いていてとてもおいしいのよ?味もしっかりしみていてとてもおいしいわ!」
そういって彼女は上品さを残しつつすごくおいしそうに、まぶしい程の笑顔をこちらに向けながら小くじをとっている。
「お酒は飲めるのかしら?」
「飲め...ます。」
「あら!それはよかったわ!お酌してあげるからそのお猪口を持ってもらえるかしら?」
...なにか忘れているような気がする。重要な何かを。
「どうしたの?食べないのかしら?それもおいしいわよ」
「何かを忘れているような気がするんです。重要な何かを」
「忘れてしまうようなことなら、そんなに重要なことでもないんじゃないかしら?」
何かを忘れている。それだけは確実に言える。そういえばあの子と同じ赤い目って...?あの子っていうのは誰かしら。ずっと一緒にいた気がするのだけど...誰?
「すみません。此処はどこですか?貴女はどなたですか?」
「.....」
「とても重要なことだと思うんです!どうか教えていただけませんか?」
「......そんなことよりも、食事にしませんか?冷めてしまいますよ?」
何か、何かを忘れている。此処は明らかに現実ではない。ならどこ?私はどうしてここにいる?確か石に触れて...
「....うし...ろ?後ろを...振り返るな?」
祭囃子が止まる。
「いったい何を言っているのかしら?」
最初の余裕のある声がなくなる。
全力で考えろ、何かを見落としている、忘れているここはどこだ。なぜここにいる。私には帰るべき場所があるはずだ。
「ここはどこですか」
「ここは私の家よ?」
...現実ではないのは確かだ、そしてこの女はここは自分の家だという...思い出せ...。最初に感じたものは何の生き物の気配もない冷たい空気。生き物がいない...?生き物がいない現実でもない世界...?まさか
...思い出してきたわ
「もしかしてここは彼岸、黄泉の国ではないですか?」
「...だとしたら...何かしら」
「そうなのだとしたら、申し訳ないですがせっかく用意していただいたこの食事の数々は口にすることはできません。」
場の空気が凍り付いた。さっきまでの景色はすべて消え去り、さっきまで一本道に戻っている。
「....なんとしてでも食べてもらうわ。あなたはここから逃げられないのよ。一人は寂しいわ...。あの人も私を置いて行ってしまった。私との約束を破って、私をここに閉じ込めてしまった...。もう...孤独は嫌なの......」
ひどく冷たい声。今までで一番強い「死」そのもののイメージが脳に焼き付く。
後ろから這ってきたであろう蛆虫が足元にいた。本能的にわかった。触れられてはだめだ。
....走れ...逃げろ...!
全力で前だけを見て走り出す。後ろは振り返ってはだめだ。何があっても。
走り続けた。もうどれだけ走ったかもわからない。後ろから何かが大勢で追いかけてきているのがわかる。不思議と追い付かれる気配はない。しかし期は緩められない。
走り続けているうちにだんだん道が平面だったのが上り坂になっている。
「ハァハァハァ...これが...もしかして...本当の...黄泉比良坂...!」
これを駆け上り切ればきっと...
どれくらい登り続けただろう...もう体力はとっくに限界を超えている。ただ死にたくない。その一心で走り続けた。しかしそのおかげで見えた。明らかに他の壁とは違う質感の壁。きっとあれが石だ。もうひと頑張りすればきっと...帰れるわ!
「ハァハァハァ...これでっ!」
やっとの思いで石に触れる。
「.....何も起こらない...?なんで?待って!もうこれ以上道がないなら逃げることもできないじゃない!ねぇ!」
「あぁ...大事なことをひとつ見落としていたわ。男の神様が逃げきれたのは、ここにふたがされていなかったからなのね。道がふさがれたなら当然通ることなんてできないじゃない...。アハハ」
彼女は無気力に膝から崩れ落ちた。
「ごめんなさい。夏織、私はここまでのようだわ。」
後ろから迫っていた影が覆いかぶさろうとした刹那。
「ーー氷依!」
意識を失った。
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「............ここはどこかしら」
白い天井、清潔感のある部屋、白いベッド。白いカーテンは風に揺られていた。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
前回から期間が開いてしまい申し訳ないところです。
これからも頑張って物語を進めていくので評価やコメント等をいただけると幸いです!
応援よろしくお願いいたします。




