9話
ーー右平次ーー
「急なお参り、恐れ入ります。それがしは当領を預かる右平次と申す者に御座います」
「よくぞ参られました。当寺の住持を務める掛海と申します。奉行の交代は聞いておりませぬが、、、」
「お告げの事にて参りました」
「しばしばその様な方も参られますが、神仏の御賜にてこちら側から如何ともし難く候」
「その意にはあらず。去る日、それがしもお告げを賜り、山で母子を拾い侍りぬ」
「母子で御座いますか、、、座敷にて詳しくお聞きかせ願いたい。どうぞこちらへ」
和尚の後について寺に上がる。
「永海に湯を二つ持ち来たるよう伝えよ」
廊下で幼い弟子とすれ違う。奥に進み、襖が開くと畳の匂いがした。刀を脇に置き、狭い居間で向い合いて座る。
「さて、どこからお話しいたしましょう。掛海様は三年程前であったと聞き及んでおります」
「三年前、天の中川が暴れた事を御存じでしょう。かの大雨の二日前で御座いました。経を読もうと御本尊の前で座っていたところ、後ろから声をかけられたのです。振り返り見ても誰もおらず、’川が暴れる’という声だけを聴きました」
「翁の声でありましょうか?」
「いえ、男の声に御座います」
「ふむ、それがしの聞いた声とは違うようでござる」
山で迷うたこと、あの木の夢、村で聞いた声、弥太郎達を探して村に運んだことを順に話す。
「湯を持ち参りました」
襖が開き、若い僧侶が椀を目の前に置く。
「忝い」
和尚と共に湯を飲むと会話が途切れた。目を座敷の端にやる。
(どこまで話すべきか)
「神様に御逢いになられたのですね?山の神様に」
「老木で御座いました」
「実のところ、拙僧は神様に御逢いしていないのです」
「御本尊では?」
「そうは思えぬのです。仏教において、仏様と氏神様は主と従、あるいは仏様の仮の御姿が氏神様であるという考えが御座います。本地垂迹と申しますが、近頃これを逆様に致さんという動きが神道、天台宗に御座います」
「氏神様が上であると?」
「左様。我ら真言宗は仏様を先に考えますが、御告げを賜って以来、、、迷うておるのです。開祖である弘法様、つまり空海様の他に神様と御逢いした者はおりません」
「お会いしとう御座いますか?」
「逢えるのですか!」
「いえ、確かではござらぬ。しかし、弥太郎ならば何か分かるやもしれませぬ。それがしより、いとさらに神様と親しき者故」
「何卒、弥太郎様と御目通り節をいただきたく存じます」
「よろしければ弥太郎をこちらで御指南くださりませぬか?山奥の村の育ちなれば、数え十一にして読み書き、礼儀作法がなっておりませぬ」
「ぜひとも拙僧にお任せくだされ」
「では暮らしが落ち着いたら連れて参ります」
刀を取りて立ち上がると和尚が急いで襖を開けた。
「永海、永海はおるか?」
廊下を走る音がする。
「右平次様を案内して参れ。右平次様、帰られる前にお渡ししたき物があります。お待ちの間、中を御覧遊ばされませ」
和尚が早足でどこかへ行くと、永海が’こちらへ’と案内を始めた。
「この刻は主に写経をしております」
座敷を覗くと幼い弟子から若い弟子まで正座して筆を走らせている。
「こちらが御本尊で御座います。当寺では大日如来を祀っており~~~」
永海の話を聞き流し、人程の大きさの木彫りの仏像やきらびやかな装飾を眺めていると和尚が戻ってきた。少し息を切らしている。
「お待たせ致しました。こちらをお持ちください」
布に包まれた小さい物を渡される。
(この大きさと厚み、まことか?)
布を開くと割符が一枚ある。
「用い方、いとよく御存知でありましょう?」
「これはひとりにて用いるべき物にあらず、寺と信徒の物では御座らぬか?」
「さればこそ。御告げを賜り布施も増えたのです。その者達の願いは一つに御座います」
「心を尽くし、慎重に用い奉る所に候」
割符を懐に仕舞い、互いに礼をして寺に背を向けた。
(ここまでの次第とは、侮ったか。神を知り、輪廻の記憶を持つなどと言えば祀られかねぬ)
背中に視線を感じる。
ーー永海ーー
急に参り来たる奉行の男が去った。
(掛海様がかように晴れやかなお顔をなされたのはいつの頃以来か)
「顔つき奉行に似つかず。神様の御遣わし給いし者、斯くのごとくや。永海よ、重き役目を賜ったわ」
「寺の修理はよろしきや?」
「御告げが途絶えし時、この寺も消えようぞ」
(御告げ一つにここまで翻弄されるのか)
「仏道に励むのだ。仏様も見守り給う」
掛海様は足取り軽やかに本堂に向かい、経を唱え始めた。
(念が籠もっている。力強い)
写経していた者達が集まり、後ろに並ぶ。参詣人の応対を忘れ皆で経を唱える。




