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神の遣い  作者: Moa
22/26

21話


ーー北畠顕泰(あきやす)ーー


 「北畠殿、よろしきや?」

阿野様が来たり給いけり。

「先ほど、京方より使者を(つか)わしたりと、知らせ入り申した」

「次の和議の御予定には、早う御座いますな」

「されば、その使者というのが、九条家の十代目と申すなり」

「五摂家にておはすや!」

「明日には護衛一人を連れ、壷阪(つぼさか)寺に着き給うべしと。さらに、北畠殿に護衛を頼みたしと申されるそうな」

「我に?いかに応じ給うや?」

「皆困りおるのです。五摂家と顔見知りにてはなき故、いかに扱い給うべきものか」

主上(しゅじょう)御目通(おめどお)りなされる御つもりにて?」

右府(うふ)禅門(ぜんもん)様も足利との和議にあらずやもしれぬと」

「五摂家の当主とあらば、無下(むげ)に扱うこと(あた)はず。我が御迎えに参らせ給う」

「よろしく御頼み申す」

(五摂家まで()で来るとは。降伏か戦か、苦しきことよ)

輿を用意させ、護衛どもと阿野様の屋敷を発ちけり。



ーー九条経教(つねのり)ーー


 兼煕(かねひろ)の案内にて大和を過ぎ、南の山の(ふもと)まで来たり。途中、東大寺の(かたわ)らなる興福(こうふく)寺、飛鳥(あすか)川のほとりにある(たちばな)寺に宿り、入洛(じゅらく)の段取りの(よし)()き聞かされけり。

「大旦那様、我らをお連れ下され。吉野方には悪党多く(そうろう)ぞ」

護衛ども騒ぎ立つ。

「賊と悪党を一つに論ずるべからず。賊が帝を(たうと)ぶことなど、あるまじ。左馬之助一人にて十分じゃ。()うであろう?」

「刀を置きて参ること、如何(いかが)なるものかと」

「今の吉野方は、賊など動けぬほど張りつめておるわ。そなたが刀を持たば、皆嫌がるであろう」

護衛どもが聞き分く。山の方より二人の護衛を従えし僧侶、坂を下り来たりけり。兼煕と挨拶を()わし、僧侶の後に続きて山へ向かいぬ。装束(しょうぞく)の入りたる箱を背負う左馬之助、後ろに付き従う護衛を気にしけり。



ーー北畠顕泰(あきやす)ーー


 正午前、使者が到着せりと知らされ、寺の入口にて待ちけり。僧侶の後に続きて、杖をつきたる翁と下男が現る。

「使者殿は何処(いずこ)ぞ?」

「民の(よそお)いにておはす」

(五摂家の当主ともあろう者が民に化けるなど、、、あの御隠居様か!)

気付けば、駆け()でたり。

「御隠居様ではおはしませぬか!」

「はぁ、はぁ、久しいのぅ北畠殿」

「はっはっは、いづれやんごとなき御家の方にておはすと存じ(たてまつ)り候が、よもや九条様にてあらせらるとは。お二方ともお久しゅうおはしますなり」

「伊勢にては世話になり申したな。また参りたきものよ」

「いつにても歓迎いたし候。あの白拍子(しらびょうし)も健在にておはすや?」

「先日まで、共に若狭まで旅をしおりたり」

「なんとも羨ましきことにて候。ささ、座敷にて休み給えませ」

(つい、はしゃいでしもうたわ)


 御隠居様が湯を飲み、一息をつかれけり。左馬之助が座敷を出で、二人きりとなりぬ。

「顔色よからぬように見ゆるのぅ」

「、、、降伏せよと申されるや?」

「足利の遣いにあらず。三種の神器を京に戻すのじゃ」

「それでは大覚寺統の正統性、揺らぎ奉ることになり候」

「神器と共に散るや?」

「伊勢にてあらば、、、」

故郷の景色を思い()だしけり。

「神器なくとも戦えるであろうぞ。足利を()ち、京に戻られよ」

御隠居様の鋭き目、此方(こなた)見据(みす)えらる。

(それが叶わぬ故、五十年も、、、)

「義満も戦など望んでおらぬ。和睦し京に戻られませば、帝に手出しはさせぬ」

「五摂家として主上に御目通りなされる御つもりにて?」

「他の者には成し得ぬゆえじゃ。このままにては二百年前の有様(ありさま)と変わるまい」

また湯吞を手に取りけり。しばし、静寂のみ。

「さぁ、山を下りようぞ。明日には帝に拝謁(はいえつ)申す」

「途中まで輿に御乗りなされませぬが、よろしきや?」

「上り坂が少し(こた)えただけじゃ」

「では、今宵(こよい)は五條に宿り候。明日の朝、賀名生(あのう)へ参りましょうぞ」

「北畠殿は先に行かれよ。急なる話じゃ。公卿(くぎょう)方にことの次第を通さねばならぬであろう?」

(かたじけな)い。されば、麓まで御供致し申す」

御隠居様がゆるりと立ち上がりけり。慌てて湯を飲み干し、後を追うて行く。

(まこと、軽やかな足取りにて。表舞台より離れたるごとく見ゆれど、誰よりも世を案じ給うやもしれぬ)


 日(のぼ)りて、御隠居様を迎えに参る。屋敷に着きて、まもなく黒き直衣(のうし)を身に(まと)い現れけり。仔細(しさい)に見れば、二本の蔓(から)み、数多(あまた)の葉を(まる)く広げたる九条の家紋あしらわれ、威(ただよ)う姿に息を吞む。

「似合いておるか?」

「見惚れてしまい候」

左馬之助が(すだれ)を上げ、顔をほころばせつつ輿に乗り給う。昨日よりも一層気を張りて輿を持つ男どもと歩き出しけり。

「公卿方は如何であったか?」

「昨夜は大騒ぎにて候」

「容易に諦め得ることならば、これほど永くは続くまい」

「皆、承知の上にて候。ただ、祖父の代より受け継ぎし物なれば、易々(やすやす)とは手放せませぬ」

「儂も若き日には、朝廷の御ためとて命をも(かえり)みずと思いしが、()の者の舞を見しより、かくも下らぬことに心を(つい)やし来たりしかと悟りぬるかな」

「それにても、かくして参られたではありませぬか」

()静まりなば、またそなたと舞を眺むる日も来るや?」

「されば、降伏するも致し方なし」

簾の向こうの御隠居様とともに、ひとしきり笑いぬ。白拍子との旅の話を聞けば、いかばかりもなく行宮(あんぐう)に着きにけり。


 御前(ごぜん)にて、左右に居並ぶ十四人の公卿に混じりて座り、御隠居様の御入りを待ち(はべ)る。

「ずいぶんと機嫌がよろしいな」

隣に座す楠木殿が此方を睨み給う。

「気を引き締めておる次第に候。九条様は敵にあらず候ぞ」

「ふんっ」

(穏やかに、とはいかぬなり)

御出迎えに上がりし阿野様が戻りて、皆居を正しければ、場静まりぬ。

「謁見(つかまつ)る者、参る」

侍従(じじゅう)の声ありて(ふすま)開き、冠を被りたる御隠居様が正座しておはす。一息置き、両手を畳に付きてゆるりと礼をなす。立ち上がる折も音を立てず、衣を正し、重ねて礼をなす。

「九条家十代の当主、経教、すでに隠遁(いんとん)の身とはなりにけれど、大覚寺統の帝に拝謁つかまつる」

低く落ち着きたる声に、思わず身が引き締まる心地す。

「進み給え」

侍従の声の後、再び一礼。歩み小さく、ひと足ひと足、前に進む。身はこゆるぎもせず、御簾(みす)の向こうにまします主上を見据えたり。畳を擦るかすかなる音、御前に響きけり。目の前にて歩みを止め、膝を折り、音もなく正座す。ふと目を外し見れば、皆が皆、御隠居様の所作に目を奪われたり。畳に両手を付きて頭を垂れ、口上を述べ入る。

「五摂家に(つら)なりし者として、(かしこ)みて、ここに奏上いたし奉る」

身を起こして背筋を伸ばし、膝の上に手を重ね、主上を見据えけり。

「申せ」

主上の御声、わずかに上ずり給いぬ。

「足利との此度の和議、成らざるならば、三種の神器なりといえども、京に御返し申し上げたく存じ奉る」

しばし沈黙あり。万一に備え、身に力を()めおく。

(ちん)こそ、大和の正統たる帝なり。神器と共にあるのこそ、(ことわり)なり」

楠木殿の鼻息、いよいよ荒くなりぬ。

「平氏の如く、」

「おのれ!」

怒声を上げて立ち上がらんとする楠木殿を、又隣の六条殿と共に抑え込む。

「くっ、離せ!九条とて、足利の手先と成り下がりしや!」

御隠居様、動ぜず、横目にてそれを見返す。

「御前にてあるぞ!」

右府禅門様の一声にて、力を抜きけり。衣を正し、改めて座り直りぬ。主上の謦咳(けいがい)(咳払い)に接し、皆(かしこ)みて拝聴す。

「和議の最中に脅しをかけること、五摂家の(ならわし)なりや?」

主上、静かに問い給う。

「両朝御流相代(あいかわる)の御譲位、御受け賜りませ」

「足利を信ずるべしと、そなたは申すや?」

持明(じみょう)院、()の事を知らぬと存じ奉る」

「なんと!」

(なんと!)

皆驚きて、ざわめき始む。再び謦咳(けいがい)に接す。

「自らの帝を(あざむ)く者をば、いかにして信じ得む」

「たとえ偽りなりとも、京に御戻りなされば、戦の時を延ばし得ると存じ奉る。譲位を(たしか)ならしめんと(ほっ)せば、足利を討つべし!」

御隠居様、此方へ向き、楠木殿に鋭き目を向け給う。重き言葉に、皆静まれり。

(もはや、ここまでか)

「誰が始めし争いなるや、孫の代に移りても、なおも因果に縛られけり。(ごう)が命を欲するならば、いつか()つるその日まで、我ら五摂家、御身(おんみ)を守り奉らむ」

静かなる言葉に添えて、再び頭を垂れたり。皆涙し、鼻をすする音ばかり響きけり。

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