21話 (柳、永海)
ーーいと/柳ーー
「ただ今、立ち帰りて侍り」
「大事はなかりしか?」
御主人様の座敷にて、旅の由を申し述べる。ふと隅に目をやれば、見慣れぬ焼き物が置かれていた。
「こ、これはな、市にて安く売られておりしゆえな、、、」
懐より割符を取り出す。居住まいを正して割符を畳の上に置き、押し出した。
「これなるは、掛け売りの代と一月の費えにて」
「常々、不便をかけるのう」
顔をほころばせ、手に取る。
「い、今少し、何とかならぬものか?」
「姫様にうかがうてみん」
「いや、桐子にはの、よしなに申せ」
「承知仕りたり」
座敷を後にし、土間へと向かう。散らかった台所を伊助が整えていた。
「下女を雇うべき銭まで使い果たすとは」
「食の物も、ほとんど無うなりたり」
「はぁ、掛け売りにて飢えをしのぐなど」
二人にて片付け終えた頃、与吉が輿を担ぐ二人の男と共に来た。手際よく輿より物を出し、台所へ運び入れる与吉らに、置く所を指し示す。男らを見送った与吉が甕の蓋を開け、匂いを嗅いでいる。
「たまには夕餉を御馳走してくれまいか?」
「疾うお行き。おかみさんに叱らるるよ」
「ではでは、また明日な」
不満げに裏口より立ち去った。
「たまには良きではありませぬか?」
「かような良き物ばかり食せば、姫様のごとくなりてしまうわ」
(根のもの、葉物、白き米に醤、味噌。いずれも日々食せる物にあらずというのに)
米を炊き、汁は濃い目に仕立てた。
「お味のほど、如何にてございましたか?」
「先ず先ずじゃな」
「別の具にいたすほうがよろしきや?」
「ふっ、猶も心にかかりておるか」
歯の隙間に爪を立て、衣にて指を拭く。
「採れたての地の物に勝るものなどあるまい。魚を捕りてより京まで、幾日かかると思うておるのじゃ?」
「さらば、この献立にてよろしゅうございますな?」
「これまでの下女どもに比すれば、よくこそ拵えおるな。つつじ屋のたまなどは、’食らはば足るべし’と言い捨ておったわ」
「かねてより気にかかりて侍れば、あそこの主人にお目にかかりたることなかりき」
「与吉は鶴屋に居るぞ」
「与吉? 割符屋にてございますか?」
「あの家の男は皆与吉よ。常々取りに行きておろう?」
「左様でありましたか。先の家にては、割符に触るることなどなかりしゆえ。さるにても、御主人様のことにてございますが、、、」
「割符を出だせ」
懐より取り出し、姫様の前に置く。一枚を手に取り、座敷を出て行った。
(ただ渡すことなどあろうか)
「き、桐子、止めよ!」
何かが割れる音。何事もなかったかのごとく、姫様が戻ってきた。
「よろしきや? 安物にはあらぬとお見受けせしが」
「焼き入れが足らぬわ」
(焼き物にまで詳しきとは)
横たわろうとする姫様のため、膳を片付ける。
ーー永海ーー
寝支度を整えし後、山海と共に掛海様の居間へ向かう。弥太郎と山へ入りて、疲れが身に堪え来る。大きなる麻袋に栗を盛りこぼし、指が赤う腫れたる。
「答え出でたりと思うておるか?」
「いよいよ険しき様にこそ見ゆる」
夕の勤行も山海に任せ、居間へ戻りおはしたり。
「山海と永海に御座います」
「入られよ」
山海と並びて座りぬ。
「あの者は、獣にて在りし折の記憶を有てりと申すそうな」
「菩薩なりしか!」
驚きぬる山海を宥めつつ、右平次様との語らいを聞きたり。
(弥勒菩薩までもおはしますとは)
夢幻の如き物語にて、山海はただ黙しおりぬ。
「永海、高野山にて修行して参られよ」
「お大師様も下生なされしとぞ?」
「何事か起こりつつあるらむも知れず」
「時宗聖のごとく、銭に目くらみて侍ればなり。かくのごとき所へ、永海を遣わし候うか?」
「そなたよりも、恙なう仕りなむ」
「乱闘の騒ぎを起こすべき様は候はず」
山海が此方を睨み据えたり。
「学侶として十分に成し得べき様、教え来ると言えども、明日よりはいささか厳しう教え参らせん」
「年明け比にや、なり申すべきか?」
「否、春に神様に御目文字を遂げ、事の次第を問い奉りてよりのことなり。何を仰せられ候うとも、用意ばかりは仕り置かねばならぬ」
「畏まり申し候」
山海と共に居間を後にしたり。
「聖方が教えに背くゆえ、かくなるのなり」
「未だ然ると決まりし次第にはあらぬなり」
「あやつらの如く、安易なる信仰に染まるるべからず」
煩き山海を放っておき、僧堂に入ればすぐに筵へ横たわりぬ。
「明日はまた栗を食うべきぞ」
琳海が嬉しげに、何やら呟きておる。
「然もありなむ」
「くふふふふ」




