19.5話(番外編1)
ーー?/桐子ーー
「二人とも厠へ立て」
「なにゆえ、かく急ぎしや?」
「力ずくにて囲はむ気よ」
慌てふためくたまと六助に上衣を着せ、廊へ出ずべき時を見計らう。
「今じゃ。早まるでないぞ」
たまが不安げに幾度も振り返った。屋敷の遠くに男八人。
(かくのごとき美人をめとるとは、若も羨ましきことにや)
(勢いある一色家の縁談を断るなど、いかにぞ)
(世を知らぬ生娘よ。弱き護衛ひとりをば連れ、旅せんとは。遅かれ早かれ、痛き目に遭はんぞ)
刀二振りを腰に差し、人に見られぬよう屋敷の内を進む。
曇り空の下、厠の陰に二人が息を潜めて待つ。
「これより更に暗くなるというのに、何処へ逃れむと?」
「ついて来るのじゃ。声を出すな」
刀一振りを六助に渡し、足早に敷地を出る。薄暗き道を駆け足に進み、民家のそばにて止まる。
「足音を立てるでないぞ」
深く息を吸いつつ、静かに歩く。民家より話し声がまばらに聞こえた。
道の向こうに男八人。田のそばの民家の陰に二人を押し込む。
「いかにしてなされしや?」
たまが小声で問う。
「追手とすれ違うだけじゃ」
男どもが通り過ぐるを息を潜めて待つ。目の前にて一人が立ち止まった。
「少しばかり小水を」
近づき来たる男が真横の木に小便をかける。たまが唾を飲んだ。用を足し終え、衣を正す。しきりに匂いを嗅ぐと、周囲を見渡した。此方を向く。音を立てずに右手を刀に添え、構えた。
「おーい、早うせい」
男が背を向け、立ち去る。
「よき匂いせん気せしなり」
「野郎の小便の匂いなど、誇ること勿れ」
男どもが笑いつつ去りゆく。静かに民家から離れ、駆け足で進む。
「足音を立ててもよろしきや?」
「長くはもたん」
息を切らしつつ、三人にて山へ向かった。
(あの者どもは何処にぞ!)
(先ほどまでは、此方に)
(くそっ、逃れられしや。急ぎて探せ。いまだ遠くまで行きたらぬはずなり)
(見出せしや?)
(何処にもおらぬなり)
(かくの夜に、何処へ逃れむとするか)
(先ほど小水を致しし時、女の匂いを覚えたり)
(それを早う申さぬか!松明を灯せ!)
「やはり気付かれしや」
「ひめ、様、少しゆるりと」
たまが息を荒げつつ、歩き始めた。
「もはや何も見えませぬ。山越えなど狂おしきことぞ」
「妾とたまは女ゆえ。そなたは斬られよう?」
六助が黙る。狭き坂道、布を掴ませ二人の前を行く。
(この辺にもおらぬか)
(松明を皆寄越せ)
(なっ、暗闇にての山越えなど)
(体力ある三人にて先に行く。そなたらは人を増やし、もう一度探すべく伝えし後、装備を整えて後を追い来い)
(たかが女子一人に、)
(それすらも出来ぬのかと誹られよう。死なれては難儀にて、山向こうへ立ち越えられては、もはや手出し叶わず)
「いかにして、闇夜において昼のごとく歩み得るや?」
「目が良いのじゃ」
山を登り切りしところにて、休息をとった。追手が迫る。
「さぁ、後は下るばかりじゃ」
布を長く掴ませ、早足にて進む。湿りし夜風が木々の葉を揺らした。
(はぁ、はぁ、山越えなど、しておらぬのではないか?)
(然らば、よきことなり。向こうにて、すでに捕らえておろう。どこかにて我らをやり過ごせども、後の者らもおる。出口にて待ち構うのみよ)
山を抜け、村までの一本道に至った。
「常の屋敷へ行け。風呂と衣を用意しておくのじゃぞ」
「ひ、姫様!何処へ行かれるや!」
おののく二人を顧みず、来たる道を返り行く。刀を抜き、鞘を捨てた。
向かい来たる三人の男。刀を背に隠し近寄る。
「何者ぞ!」
真中の男が松明を掲げた。
「見出したり!」
「よくぞここまで逃げ延びたることよ。して、他の二人は何処に?」
「、、、」
「まぁよい、向こうにて捕まっておろう」
三人が刀の届く位置まで近づくと顔を上げる。
(こっちじゃ)
三人が慌てて振り返り、何もなき後方を松明にて照らした。
「ぅぐ」
左手に見ゆる男の心の臓に刃先を入れる。呻き声を聞き、真中の男が松明をこちらに向けた。男より刀を抜けば、たちまち倒れる。右手に見ゆる男が刀に手を掛けた。左より刀を振るえば、斬られし手より離れたる松明が隣の男に当たる。
「ぐぁあ」
「あっ、あちっ、あちっ」
衣に移りし火を消さんともがきのたうつ男を横目に見つつ、手を斬られて膝をつきたる男の脇へと回った。此方を向きたる男と目が合う。刀を左に振り上げ、左手にて押し込むがごとく振り下ろす。
「ゴトッ」
「ひぃっ」
辛うじて火を消し止めし男は、転がる首を見ておののく。歩み寄れば、尻を擦りつつ後退った。
「い、命ばかりは、たすけ、給え、、」
「遅かれ早かれ、じゃろう?」
男が目を見開く。
「ばけもっ、、、」
落ちたる刀を拾い、山を下る五人に向かう。
「この身にて二刀流か。血にまみれそうじゃのぅ」
ーーたまーー
風呂を沸かす火が熱い。姫様が消えた後、何も見えぬ夜道を刀にて地を叩きつつ、辛うじて屋敷にたどり着いた。折しもその時、厠に起き出でたる主人に声を掛け、快く迎え入れられた。
「たま殿、明かりを携え、ついて参れ給え」
六助が水を汲みて戻った。風呂に水を足し、松明を携えて井戸に向かう。頬に冷たき雫が当たった。
風呂が沸く。姫様は戻らず、雨が降り始めた。
「六助、護衛ならば迎えに往かぬか」
「それがしは追手に見つかれば討たるるのですぞ」
「軟弱者め!」
松明を携え、屋敷を出た。次第に雨強まり、濡れたる衣が体を冷やす。
(あの姫様が死なるるはずなき)
早足で進みければ、目の前に誰か現る。
「ひ、ひめ、様?」
(乳房?裸?)
「風呂は沸いたか?」
「姫様!」
駆け寄れば、衣纏わぬ姿の姫様が体を擦っていた。
「お怪我は?顔より血が!」
「返り血じゃ」
「衣はいかがされしや?」
「捨てたわ」
歩みつつ、顔を天に向け雨を浴びる。濡れし松明の明かりが弱まりし後、あっという間に消えた。
(こんなはずでは。また何も見えぬ)
「ふっ、ついて参れ」
姫様のか細き指が手を引く。




