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神の遣い  作者: Moa
17/25

17話


ーー永海ーー


 沈みたる気色(けしき)のうちに、皆で夕餉を食す。

「ぅぐ、ひっ、ひっ」

鼻をすする琳海の頬より、大粒の涙こぼれ落つ。椀を置く音ばかり、響きけり。


 夕の勤行(ごんぎょう)を終えて、寝支度を調(ととの)う。筵を敷きて僧堂を()でむとすると、琳海が後より従い来たる。

「掛海様と語らいて参る」

「永海様も叱らるるので御座いますか?」

灯火にほのかに照らされける琳海の目に、涙の浮かびけり。

「他のことにて。そもそも叱らるるに足る事にはあらぬ」

「されど、山海様までも叱られて」

鼻をすし始めけり。

「山海などさらに叱られ(たま)えばよろしきことなり」

山海がいささか不機嫌げに背を向け横たり、照海は笑いを(こら)う。

「上弟子には様を付けねばなりませぬ」

「上弟子といえども、常に正しきとは限らぬ。日頃(はげ)む琳海をわかり給わず」

「山海様はさらに励み給うなり」

照海の方を見やる。

「寝る前に厠へ参らむ。琳海も共に行かぬか?」

機嫌のよき照海に灯油(ともしあぶら)を渡し、三人にて廊下を歩みゆく。


 「永海に御座います」

「入られよ」

戸を開きて中に入り、(けわ)しき顔の掛海様と向き合う。

「この(あたり)には神様おられぬと申しけり」

深き息をつき、しばし静かにありけり。

「さりげなく(たず)()さざりけむや?」

「悟られけり」

語りをことごとく(つまび)らかにせむと、また思い入る。

「あの者、童と思えぬ」

「拙僧もかく思う。失礼なることを申すなれど、掛海様と(おも)と向き合うごとく(おぼ)ゆ」

「ふっ、そちもか。儂はあの者の背に師匠方を思い見けり」

「いかなる者や?」

「知らぬこそ仏なり。右平次様が隠さむとするも、やむを得ずなり」

「まさか、氏神様にてあらせらるると?」

「地蔵菩薩(ぼさつ)なれば、いかに致さむや?」

「、、、飢えに苦しみ、子を失い、さらに亭主をも失いしあの母を救はむがためと」

「地蔵菩薩本願経にある二十八種利益はいかがや?

一者天龍護念、天の中川の暴れ竜ならむ。

五者衣服豊足、右平次様がおはす。

七者離水火災、水難を(まぬが)れむがための御告げなるべし。

八者無盗賊厄、襲われにけるな。

十者神鬼助持、山の神様や?

十三者端正相好、目鼻立ち整いたり。

十六者宿智命通、過去世(かこせ)に通じておるやもしれぬ」

「、、、逆様にてはござらぬか?地蔵菩薩が、あの者のために御告げを与え給いしとすれば、(ことわり)(かな)うなり」

「あの母が餓鬼(がき)道、地獄道にてあらば、聖観音(しょうかんのん)にてあらせらるるや?」

「なれば神通力を用いることも叶いましょう」

「はぁ、心の内をすべて悟られておはしたか」

「掛海様の苦悩を、理解し給うべし」

またふと、思いに沈みけり。

「御本尊を眺めつつ、’ただの木’と申しけり。読み書きならず、般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱えらるると思うや?」

「また座敷を使わさせ給え。琳海ならば心に思い事なく、接して給はむ」

「それはよいな。明日は山に入らぬと申しけり。それと、右平次様に話あると申すよう頼み給え」

「任せ給え。さて、山海の事なれども」

「すこしく明かすよりほか、あるまじ。右平次様と語らい申すまで、しばし時を稼いでくれ」

掛海様の居間を後にすれば、(かす)かに般若心経の声、聞こえ来たり。


 「しばし、よいか」

僧堂の戸の前より山海の声せし。二人にて暗き廊下を歩み、肌寒き外へ出でたり。

「我が身に副住持が務めておらぬや?」

「少しばかり、時を(たまわ)りたく。ようやく御告げの意を解き知り申そうに存じます」

「あの童や?」

「身は童なれど、内に何か秘めたるものあり。神通力を用い得るやもしれぬ」

「なっ、菩薩と申すか!」

「寺を継がんと欲することは分かるなれど、下心を()ちて接すれば、心の内を悟られかねませぬ。何も知らぬ琳海ならば、うまく相手をしてくれよう」

「また苦労をかけてしまいぬ」

(うつむ)きて鼻をすし始めけり。

「寒きゆえ、長居せぬよう」

独り僧堂へ戻りゆく。


 「叱られませぬや?」

暗き中、琳海の隣の筵に横たりぬ。

「弥太郎の事を語り来たり。明日より座敷にて経を授けんと思う。琳海も手を貸してくれぬか?」

「よろしきや!」

「弥太郎はすぐ身を(よこ)たえんとするゆえな」

「くふふふふ」

「拙僧も手を貸し申す」

「照海は栗を好むか?」

「な、何もありませぬ」

(勘のよき者よ)

栗の木の下を思い浮かべつつ、目を閉じる。

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