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神の遣い  作者: Moa
15/26

15話


ーー永海ーー


 草、ことごとく刈り尽くせり。真昼を過ぎても弥太郎は戻らず、日も傾き始めた。草を敷き、痛む足を()べて座りぬ。傍らには麻袋に納めきれぬほどの栗。痛む手にて(つど)う蚊を打ち払う。

(語り合う間もないとは。このままにては、山海が怒り立つが先ならむ)

途方に暮れおると、草を搔き分け何ものか近づき来たる。

(弥太郎か。いや、獣やもしれぬ)

鎌を手に取り身構えた。

「終わったか?」

鉈を振るい、(つつみ)を背負いし弥太郎が姿を現わす。

「はぁ、気は済みたか?」

「もう一本見つけたが、ちと遠いわ」

「まさか、そちらの草までも刈るのか?」

「あっちは草が少ないわ。すぐ済むじゃろ」

(この者の言葉、信じてよきや?)

弥太郎が包を下ろし広げたれば、茸と栗がこぼれた。さらに増えた栗の山を(なら)し、巻くがごとく包みぬ。衣の内より麻紐を取り出だし、栗で膨らむ端を巻き付け、それを下にして肩に掛けたり。

「手慣れておるな」

「日が暮れる前に戻るぞ。またおっかぁに叱らるるわ」

胸の前にて包の端を縛ると、鉈を取り歩き()ず。慌ただしく麻袋と鎌を掴みぬ。


 踏み均されし草の上を滑るように山を(くだ)る。たちまち寺の裏に着きたり。息を切らしつつ物蔵の横に駆け下りれば、童の頃を思い()ず。

「ご苦労じゃった。また明日な」

「待たれよ、町にて鉈をそのように持ち歩くべからず」

衣の内に隠さんとするを慌てて(とど)めぬ。

「ここに置きて行け。また明日も来る故」

「拭いておいてくれるか?右平次に借りたんじゃ」

「任せておけ」

足早に去りし弥太郎を見送り、庫裏(くり)へ向かう。照海が夕餉の支度のために竈に火を入れけり。

「永海様、いつ戻られるのかと」

「済まぬ。栗を採りて参りたり」

「こんな刻まで栗拾いを?」

「しばらくは、付き合わさるるようなり。代わってはくれぬか?」

照海が汚れた足元に目をやる。

「寺のこと、心置きなくお任せあれ」

「はぁ、掛海様はどちらに?」

「呼びに参る」

軽き足取りにて去りゆく。もう一つの竈に火を入れ、湯を沸かす。腰掛に座りて足袋(たび)を脱ぎ、一息入れたり。

「永海よ、いかがであったか?」

「申し訳なけれど、語る間もなく栗の木の下にて置き去りにされたり」

()けられておると思うか?昨日、目配(めくば)せを嫌がりおりたり」

「鋭きことは確かなるべし。あまりにも手際よく、付き従うも精一杯で御座いました。三刻(約6時間)の間、山中を駆け回りて、栗の木と茸を探しおりしようなり。いや、拙僧を迎えに参りし時、すでに土にまみれたりし」

「マタギの師匠についておはせしや?」

「さりげなく聞きましょう。されど、(いま)だ数え十一とは。読み書きならずとも、山中にては一人前なり」

「ふむ、、、幼きより山に入りおりしならば、三年前に逢いておりても何ら不思議ならず。三年前に何がありしか聞いてみよ」

「読経の折に、奥の座敷で二人きりにて教うるはいかがなりや?」

「妙案なり。山海がうるさけれど、しばし辛抱してくれ。照海も手を貸してやってくれ」

「何なりともお申し付けくだされ」

(こやつを山にやる手立てはなきものか)



ーー弥太郎ーー


 「おっかぁ、帰ったぞ」

筵戸を(めく)り、包を渡す。

「湯を沸かす間に足を洗っておいで」

母が言い終えぬうちに近くの小川へと向かう。草履ごと川に入り、衣の(すそ)をからげて汚れを洗い落とした。草履を脱ぎ、水の中にて揉み、川より上がりて帰る。家の前にて衣を脱ぎ捨て中に入ると、ぬるき湯に浸した布で身を拭かれる。

「永海様に無理をさせんかったか?」

「ただの草刈りよ」

「お前の草刈りは皆嫌がるからね」

「動けぬほどではなかったわ」

「きちんと栗を分けたかい?」

「麻袋が小さかったわ。、、、これからじゃ。まだ落ちるぞ」

妹の(かたわ)らに座りて残りを拭き、新しき衣を着た。母は外にて脱ぎ捨てし衣の土を払っている。


 右平次が’ひしお’を持ってきた。小さき壺に入った黒き粥を焼いた茸に少しつけて食べる。

「旨い!」

茸を飲み込む前に米を食う。

「ほへにほあふ」

「はっはっは、茸には(ひしお)よ。されど、よくこれほど採り来たりしものよ」

「いくらでも採りて来てやるぞ」

皆で笑いて囲炉裏を囲む。

(春の草より旨きものがあるとは。朝には栗もある。冬など来ずともよいのに)

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