12話
ーーいと/柳ーー
近江の海へ至る山を越え、道の広くなる処にて列が止まる。先頭を覗き見れば、武士の衆が待ち構えていた。前の護衛が武士の首と話している。
「賊でありましょうか?」
「されば、巳に襲われておろう」
数人の武士が此方に迫り来たる。その後ろには輿を担いだ四人の男。目の前の爺が騒ぎ出だし、後の護衛が制した。
「無礼者!放さんか。儂はまだ帰らんぞ」
前の護衛が後の護衛に何かを言うと、二人で爺を抱えて輿に押し込む。草履を毟り取り簾を下ろすが、降りんとすれど頭ばかりはみ出した。
「恐れながら、止め給えませ」
簾を抑えつつ護衛の二人は目を合わせて頷くと、輿を担いだ男どもが動き出す。後の護衛が草履を手に輿に付き添い、武士らも後を追う。
「おのれ裏切ったな!覚えておれ」
騒がしき輿を見届けし前の護衛は、高らかに笑う姫様を睨み付け、列の先頭に戻った。
「何事でありましょう?」
「義満じゃ」
「何の方に?」
「足利じゃ」
「く、公方様が此の列に?」
「阿保め。あの爺が要るのじゃろう」
「斯様な御仁に?」
「鈍いのぅ、護衛を見てみぃ。伊助など刀を何本帯びたとて敵わぬわ」
「こ、これは姫様が持てと命じたのではありませぬか」
若く華奢なる身に二本の刀を帯びた伊助が頬を紅に染める。
「座の護衛とばかり。されど、なにゆえ一人残れるや?」
「そなたは良き屋敷、贅なる膳に疑いを抱かぬものか?まるで将軍家を迎えるかの如き待遇じゃろう?あの者は妾らが為、残ったのじゃ」
「やんごとなき御方とは知らず、、、伊助は知りておりしや?」
「二刀流と心得違いされ、勝負を挑まれたり」
袖をまくれば、腕に幾つか治りかけの痣があった。
「己が身くらいは守れるようになれよ」
(若き者を護衛に雇いたるを訝りしが、左様のことか)
「夜の相手しか務まらぬのですね」
「かく言うてやるな、なかなかの物ぞ。いとも試みてみるがよい」
「なんと、はしたなきことを!」
笑う姫様の隣で伊助が頬を紅に染めた。
(地下家なれども公家の娘というのに、いざという時は姫様が刀を握る気か)
ーー弥太郎ーー
日が暮れて後、右平次が帰ってくる。先に夕餉を済まし、横になり背を向けた。幾日か前、右平次が母を泣かせた後、母は思い悩まぬようになった。二人はあまり語らない。夕餉を終えると空模様のこと、足らぬものはなきか、明日の漬物は何が良きかなどばかり話す。腹が満ちたりて眠くなる。
(米があるならば人の身も悪からず)
夜半、厠から戻ると右平次が起きた。二人で囲炉裏の火を眺む。
「坊さんが何か知りぬるや?」
「薬をくれたが難きことを言う分からぬ者じゃ」
「死して生まれ変わる事を’りんね’と申す。まさにそなたの事なり」
「皆そうじゃろ?」
「誰も獣の頃を覚えておらぬ。先の生が人なりとても、ことごとく忘れたり。あるいは’りんね’など、せぬやも知れぬ」
「どうせ忘るるものなら、いずれでもよい」
「坊さん日わく、大昔に一人のみ’りんね’を知れる者がおった。’ぶっだ’、’しゃか’、そして’ほとけ’と呼ばれたり」
「りんねしとるじゃろ」
「いずれの町や村にも大きな寺ありて、坊さんの頭にするは’ほとけ’になりたきゆえなり。その者らよりそなたが’ほとけ’に近いと思わぬか?」
「獣にそんな事は分からん」
「いづれにせよ、あの頭の者らに’りんね’を知られてはならぬ」
「知られればいかになる?」
「寺より出でざることとなる。死ぬるまであの者らに囲まれるであろう」
「米は食えるのか?」
「ま、まぁ、米は食えるが、、、肉は食えぬぞ。して、、、女子もおらぬ」
(今も肉は滅多に食えぬし、まだまぐあう気もおきん。山に入れぬのは嫌じゃが)
「童でいよう」
右平次が深き息を吐く。
「さらにひとつありけれど」
「右平次はよく喋る。おっかぁともっと話せ」
「そ、そなたの父の話になるであろう?また泣かれてはかなわぬ」
「うーん」
「神様の事はあまり話すべからず。そなたが会う坊さんは雨が降る事を教え給うが、神様に会っておらぬ」
「どうせ近くにおるじゃろ」
「まだ知らせてはならぬ」
「もういい。童のごとくじゃろ?」
話が続かぬよう、背を向けて横になる。
(獣の頃の事を父や母、村の皆に話しても笑われたが、右平次はやたらと聞く。坊さんも同じか)




