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神の遣い  作者: Moa
10/26

10話


ーー弥太郎ーー


 母が悩んでいる。

「弥太郎、昨日の粥薄かったかい?」

「いや、いつもより味がした」

「何か具を入れようか」

「もうすぐ(くり)が落ちる。あと少しの辛抱じゃ」

横になって灰を(いじ)る。

(早く山に行きたい。この辺りは何が採れるだろう)

妹が目を覚まし、母は乳を飲ませている。


 「右平次、右平次はおるか?」

外から女の声がする。母が慌てて草履を履く。

「どちら様で?」

「やはり此処(ここ)だったね。あたしはそこで米屋やってる節ってもんだ。入らせてもらうよ」

「ちょ、ちょっと」

母を押しのけ無理やりに家に入ってきた。昨日買った食糧を(あさ)る。

「あんた、右平次に粥食わせたんだね」

「なにゆえ御存じで?」

「なぁに、あいつの事は皆知ってるからね。女連れて歩くなんて滅多にないのさ。それに昨日、うちの店で(あわ)(ひえ)だけ買ったろう?」

「、、、はい」

「あいつは日頃からおこわを食う手合(てあい)だから、粥にしても米と麦なんだよ」

「おかわりまでさせてしまいました」

「あっはっは、さすがに男前だねぇ。水と器はあるかい?」

背に(くく)った(つつみ)から麻袋を取ると器に傾ける。小さき音を立てて米がこぼれた。

「こうして水に()けて待つんだよ。後でまた来るからね」

「お米など頂けません」

「いいんだよ、あいつが払うさ。それに子供らに粗末な物ばかり食わせちゃならんよ」

そう言うとさっさと出て行った。


 母が水に浸かる米を見ている。半刻も経たずに節が戻ってきた。重ねた二つの壺を持って家に入ってくる。

「竈に火を入れておくれ」

母が囲炉裏の火を竈に移す。節は水に浸した米を白い布に注ぎ、それを丸めて小さき壺に入れ、木の蓋をした。

「底に穴が開いてるだろう?」

壺の底を見ると、幾つかの穴があった。竈に大きな壺を置き、水を入れると小さき壺を重ねた。


 竈の火が大きくなり、壺から湯気が上がる。しだいに米の匂いが強くなり(つば)が出てきた。

「もう少しだからお待ち」

節がこっちを見て笑う。気付けば、狐で狩りをしていた頃の構えになっていた。


 壺の蓋を開けると大きく湯気が上がる。布を取り出し、目の前で開かれる。家が米の匂いで満ちた。指の先でつまむが熱い。小さき塊を手の平で転がし息を吹く。

(少し硬い。ほのかに甘い。いや、、、甘い)

「旨い!」

「はっはっは、急がずお食べ」

皆でつまみて食べると瞬く間に無くなった。

「夕餉に作っておやり」

物足りず口の中で米の味を探していると、また外から女の声がする。

「さあ、風呂に入ってらっしゃい。鈴が案内してくれるからね」

「急に呼び寄せて何なんだい?」

「いいからさっさと連れて行きな」

追い出されるように妹を抱いた母と家を出ると、若い女が不満げに立っていた。

「ついてきな」

そう言うとそそくさと歩き始める。離れないよう慌てて追いかける。

「右平次はなんでこんなのに構うかねぇ」

母と無言で後ろを歩く。


 大きな屋敷の庭に入る。

(こんなに大きな家があるのか)

屋敷の端にある大きい厠の前で鈴が止まった。厠からは湯気が出ている。

「その臭い(ころも)を脱ぎな」

木板の陰で躊躇(ためら)いながら母と衣を脱ぐ。鈴がこっちを見てうろたえる。薄暗い家の中では気付かなかったが、明るいところで母の体を見ると腕と足に数多(あまた)の擦り傷があった。

「中に入りな。呼ぶまで出るんじゃないよ」

厠の戸を開けると湯気に包まれた。母と中の段差に腰掛ける。

(温かい。これが風呂か)

壺の中の米を思う。


 汗が出る。体が痒くなり、掻くと指にカスが付いた。

「坊やから出ておいで」

外に出ると、鈴ともう一人の女に手で体を擦られた。

「股は自分で擦りな」

体がカスまみれになると、肩から少しずつぬるき湯をかけられ洗い流す。硬い布で体を拭かれると、新しき衣を着せられた。

「さぁ、次はおっかさんだよ」

妹を代りに抱き、冷えぬよう布で包む。母の背を擦る鈴と目が合う。

「お前さん幾つだい?」

「十歳」

「頬に刀傷なんて(つや)っぽいじゃないか。五年も()れば色男になるね。大きくなったらあたしのもとに来るんだよ」

「まぐあうのか?」

「弥太郎!」

母に睨まれる。

「あっはっは、弥太郎か。良い名じゃないか」

「あんたのそういうとこが右平次に(うと)まれるんだよ」

「ふん、あたしには弥太郎がいるからね。堅き男なんていらないよ」

母も体を洗い流し、拭いて新しき衣を着る。

「衣と風呂の(ぜに)を必ずや持って参ります」

「いいんだよ、右平次に払わせれば」

「しかし」

「早くお帰り。節が待ってるよ」

母は幾度(いくたび)も頭を下げる。鈴に手を振る。

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