10話
ーー弥太郎ーー
母が悩んでいる。
「弥太郎、昨日の粥薄かったかい?」
「いや、いつもより味がした」
「何か具を入れようか」
「もうすぐ栗が落ちる。あと少しの辛抱じゃ」
横になって灰を弄る。
(早く山に行きたい。この辺りは何が採れるだろう)
妹が目を覚まし、母は乳を飲ませている。
「右平次、右平次はおるか?」
外から女の声がする。母が慌てて草履を履く。
「どちら様で?」
「やはり此処だったね。あたしはそこで米屋やってる節ってもんだ。入らせてもらうよ」
「ちょ、ちょっと」
母を押しのけ無理やりに家に入ってきた。昨日買った食糧を漁る。
「あんた、右平次に粥食わせたんだね」
「なにゆえ御存じで?」
「なぁに、あいつの事は皆知ってるからね。女連れて歩くなんて滅多にないのさ。それに昨日、うちの店で粟と稗だけ買ったろう?」
「、、、はい」
「あいつは日頃からおこわを食う手合だから、粥にしても米と麦なんだよ」
「おかわりまでさせてしまいました」
「あっはっは、さすがに男前だねぇ。水と器はあるかい?」
背に括った包から麻袋を取ると器に傾ける。小さき音を立てて米がこぼれた。
「こうして水に浸けて待つんだよ。後でまた来るからね」
「お米など頂けません」
「いいんだよ、あいつが払うさ。それに子供らに粗末な物ばかり食わせちゃならんよ」
そう言うとさっさと出て行った。
母が水に浸かる米を見ている。半刻も経たずに節が戻ってきた。重ねた二つの壺を持って家に入ってくる。
「竈に火を入れておくれ」
母が囲炉裏の火を竈に移す。節は水に浸した米を白い布に注ぎ、それを丸めて小さき壺に入れ、木の蓋をした。
「底に穴が開いてるだろう?」
壺の底を見ると、幾つかの穴があった。竈に大きな壺を置き、水を入れると小さき壺を重ねた。
竈の火が大きくなり、壺から湯気が上がる。しだいに米の匂いが強くなり唾が出てきた。
「もう少しだからお待ち」
節がこっちを見て笑う。気付けば、狐で狩りをしていた頃の構えになっていた。
壺の蓋を開けると大きく湯気が上がる。布を取り出し、目の前で開かれる。家が米の匂いで満ちた。指の先でつまむが熱い。小さき塊を手の平で転がし息を吹く。
(少し硬い。ほのかに甘い。いや、、、甘い)
「旨い!」
「はっはっは、急がずお食べ」
皆でつまみて食べると瞬く間に無くなった。
「夕餉に作っておやり」
物足りず口の中で米の味を探していると、また外から女の声がする。
「さあ、風呂に入ってらっしゃい。鈴が案内してくれるからね」
「急に呼び寄せて何なんだい?」
「いいからさっさと連れて行きな」
追い出されるように妹を抱いた母と家を出ると、若い女が不満げに立っていた。
「ついてきな」
そう言うとそそくさと歩き始める。離れないよう慌てて追いかける。
「右平次はなんでこんなのに構うかねぇ」
母と無言で後ろを歩く。
大きな屋敷の庭に入る。
(こんなに大きな家があるのか)
屋敷の端にある大きい厠の前で鈴が止まった。厠からは湯気が出ている。
「その臭い衣を脱ぎな」
木板の陰で躊躇いながら母と衣を脱ぐ。鈴がこっちを見てうろたえる。薄暗い家の中では気付かなかったが、明るいところで母の体を見ると腕と足に数多の擦り傷があった。
「中に入りな。呼ぶまで出るんじゃないよ」
厠の戸を開けると湯気に包まれた。母と中の段差に腰掛ける。
(温かい。これが風呂か)
壺の中の米を思う。
汗が出る。体が痒くなり、掻くと指にカスが付いた。
「坊やから出ておいで」
外に出ると、鈴ともう一人の女に手で体を擦られた。
「股は自分で擦りな」
体がカスまみれになると、肩から少しずつぬるき湯をかけられ洗い流す。硬い布で体を拭かれると、新しき衣を着せられた。
「さぁ、次はおっかさんだよ」
妹を代りに抱き、冷えぬよう布で包む。母の背を擦る鈴と目が合う。
「お前さん幾つだい?」
「十歳」
「頬に刀傷なんて艶っぽいじゃないか。五年も経れば色男になるね。大きくなったらあたしのもとに来るんだよ」
「まぐあうのか?」
「弥太郎!」
母に睨まれる。
「あっはっは、弥太郎か。良い名じゃないか」
「あんたのそういうとこが右平次に疎まれるんだよ」
「ふん、あたしには弥太郎がいるからね。堅き男なんていらないよ」
母も体を洗い流し、拭いて新しき衣を着る。
「衣と風呂の銭を必ずや持って参ります」
「いいんだよ、右平次に払わせれば」
「しかし」
「早くお帰り。節が待ってるよ」
母は幾度も頭を下げる。鈴に手を振る。




