1話 (弥太郎)
初投稿です
足利義満の時代で、物語の始まりは静岡県掛川のあたりです。
農民の家は土がむき出しの床で、藁やイグサなどを編んだ筵を敷いて生活しています。
もののけ姫が室町時代を舞台にしているため、家の外観などはそちらをイメージしてください。
ーー弥太郎ーー
遠くから男らの怒鳴り声が聞こえる。
(はや日が落ち、寝る支度をなすべき刻に?)
「くそっ、またやつらか。何しに参りおった」
苛立つ父が外へ何かを取りに行く。母が草履を履いて立つと、父が鍬を片手に戻った。
「二人を連れて裏山に隠れておれ」
「無理しなされな」
父を不安そうに見送った母が急ぎ上衣を羽織るのを見て、慌てて草履を履く。母は寝ている乳飲み子の妹を布でくるんでいる。いつも山で使っている小刀を腰に掛け、先に外に出て家の陰から騒ぎの方を覗いた。里の入り口にある家の前に十人ほどの人影が見える。
「早う行くよ」
首の後ろを掴まれて少し引き摺られる。向かいの家のおばちゃんも物陰から様子を覗いていた。裏山に向かって少し歩くと、刀をぶら下げたおっちゃんとすれ違う。’まかせとけ’とでも言う様な顔でにやりと笑い、刀を軽く二回叩く。
(前に自慢してた刀だ。抜いて見せてくれたが、持たせてはくれなかった)
裏山の入り口に着くと、既に何人か逃げて来ていた。
大きな怒鳴り声と悲鳴が響く。
「ちと見てこん」
「弥太郎!」
かすれた母の声を背に坂を下り、道の端からそっと覗く。さっきよりも大きな怒鳴り声と共に人の影が大きく動いている。一つ、二つ、三つと影が小さくなり、動かなくなった。一瞬の静けさの後、笑い声がした。
(おっとぉが死んだ)
そんな気がして、急ぎ坂を上る。逃げてきた里の皆は、母と裏山の入り口で不安そうに待っていた。
「おっとぉも、おっちゃんもやられた」
声が震え、体の奥も震えていた。母と皆の表情がたちまちに変わり、何人かは座り込む。
「山ん中さ隠れよう」
白髪のばばがそう言うと、座り込んだ人を起こし歩き始めた。
「おっかぁ、早う逃げよう」
村の方を見る母の目には涙が溜まり、唇が震えている。母の上衣の腰あたりを掴み、引っ張るようにして歩き始めた。左にいつも一人で山に入るときに使う獣道が見える。前を歩く皆についていくか迷う。
「こっちじゃ」
母を獣道に引っ張る。
「されど、皆が、、、」
「共に隠れればたやすく見つけられん。こっちに隠れ所がある」
迷う母を無理やり獣道に押し込み、茂みの中より、そっと来た道を覗く。
夕焼けが空の端に消えようとしていた。
狭く急な獣道を母を押すようにして歩く。妹が目を覚まして泣き出さないか不安になる。
(もっと山の奥に逃げないと)
「おっかぁ?」
「なんだい?」
かすれた鼻声で母が答える。
「あの”木”覚えてる?」
「先つ頃、おっとぉと三人して参った所かい?」
二年前、一人で山に入るのを案じた父と母がついてきた事があった。弟が一歳で死んだ後、一人で遊びに出ると母が探し回るようになり、落ち込む母のために山の向こうにある喋る木を見せようとした。途中で泣きつつ怒られたが、木の声は父にも母にも聞こえなかった。そして一人で山に入ることを禁じられた。
「爺なら助けてくれるかもしれぬ」
「あんた、山の奥さ入りたること隠してたね」
風が止み、枝や草を搔き分ける音が山に響く。月明かりの木漏れ日がちらちらと獣道を照らす。
「うっ」
前を歩く母が何かに躓いた。
「ふ、ふぎゃぁぁー」
妹が目を覚まし、慌ててあやすが泣き止まない。手で口を塞ぐといよいよ大きな声で泣き始めた。
「あぁ、ごめんよう、よしよし」
「おっかぁ、先に行ってくれんか?」
「あ、あんた一人でどうすんのさ、刀持った大人とやりあうんかい?」
「山ん中じゃ負けん。この山はよう知っとる。それに夜じゃ」
「で、でも、あたしは道が分からぬ」
「分からんくなったら、あっちに月を見て真っ直ぐ進めばええ」
「ま、迷ったら見つけられぬ」
「我が見つけちゃる、早よ行ってくれ。木のとこで待っとれよ」
「ま、待って!」
母を無視して来た道を引き返す。
駆ける。背を丸め、草の隙間を縫うように獣道を進む。昔を思い出す。狐だった頃、兎だった頃、鹿だった頃、狩る方も狩られる方も耳を澄まし、匂いを嗅ぐ。立ち止まり息を止めると、まだ妹の泣き声が聞こえる。
(もう少し戻ろう。どこまで追いかけて来るか確かめねば)
木々の間より松明の明かりが見えた。此方に向かってくる。息を乱しつつ静かに獣道の横に潜り込み、地に伏して深く息を吸う。
「くそっ、どこまで逃げる気だ」
「迷うたりせぬよな? 松明など持つまじきものであったわ」
「ふん、どのみち持たされ申したろうよ。常のことじゃないか」
瞬く間に近くまで来た。
(このままじゃおっかぁに追いつかれる。やらねばならぬか)
腰に掛けた小刀を左手で抜き、草の中で息を潜め耳を澄ます。草を搔き分ける音、風に揺れる木の葉のさざめき、心の臓が音を掻き消す。
(二人?三人?いや二人だ)
松明に照らされた地を見つめる。
(右足、左足、右足、ここだ!)




