62.交渉
「ちょっと? 話が違うじゃない……」
リリステナにて、マーキュリーはフランクウッドと向き合いながら、眉をしかめる。
フランクウッドが、シェリーとシュバリエ、そして研究所から助け出したユニ・フローラを国外へと逃がすというのだ。
「ああ。だから先ほど話した通り、君に情報を差し出そうと思う」
「……なんの情報なわけ?」
「街を囲む術式を作った人物の見当が付いた。併せて、術式の効果についても共有しよう」
マーキュリーはフランクウッドを睨みつけた。
「術式の効果については、元から共有するって話だったはずよ?」
「ああ。だから、こちらから差し出す情報は、あの術式を作った人物に関してだ」
フランクウッドが提示した情報は、アンリーからの条件でもあった。
あの研究所で得た情報を全て教える代わりに、マーキュリーにも何かしらを伝えて欲しい。それがアンリーから提示された情報の条件だった。
今提示できる情報は主に三つ。
・術式の作成者について。
・魔女の製造や扱いについて。
・魔女の気配に関する詳しい情報について。
正直な所、どの情報を与えてもマーキュリーは危険に身を投じるだろう。
その中で一番危険から身を守れる可能性があるのが、術式の作成者についてだった。
フランクウッド個人としては、情報を開示する事自体本意ではない。
それでも、アンリーの気持ちを無視するわけにはいかず、信用問題にも繋がるためだ。
「何か隠してるでしょ?」
「マーキュリー……私は、君もこんなことに巻き込むべき人間じゃないと思っているんだ」
「またそんなことを……それに、これは私が選んだ道よ……?」
フランクウッドはいつにもなく、深く考える。
最近はずっと、気持ちがナイーブだということに。
「確かにそうだね……でも、君は……」
「君は、何?」
「…………! 一人で行動して、何の情報を得られたんだ?」
フランクウッドは、喉から出かかった言葉を押しのけて、本心でもない事実を口にした。
否、口にしてしまった。
「…………何が言いたいわけ?」
「……それほど、この件はもう……どうしようもできないんだ」
マーキュリーは髪の毛を乱雑にかき上げた後、苛立ちを隠せないと言わんばかりに、力強く席を立つ。
「もういい……好きにすれば?」
マーキュリーは静かに怒りを吐露した後、足早に出口の方へと向かおうとする。
「マーキュリー……ディガードには気を付けるんだ」
「……」
マーキュリーは後ろから聞こえた、フランクウッドの声に一瞬立ち止まり、振り返ることなく睨みを効かせた。
「……あぁ! もうっ! 落ち着いたらまた来るから」
込み上げる怒りを理性で抑え込み、乱雑に吐き出した言葉。
「ああ……」
マーキュリーは戸を開け、外へと出る。
「あっ、マーキュリーさん?」
「……」
戸を開けた先で、ちょうどシェリーと出くわしたが、マーキュリーには、それに構う余裕すらなかった。
「あの……」
リリステナの中へと入ったシェリーは、玄関の近くにまでやってきていたアンリーに声をかけた。
「……ごめんね、シェリーちゃん」
そして、アンリーは振り返り声を張り上げた。
「先生! 流石にあれはないよ……」
その声は酷く潤んでおり、その瞳は何かを訴えるようだった。
そして、奥からフランクウッドが顔を出す。
その顔からは生気を感じない。
「……少し、頭を冷やしてくるよ……シェリー君。来てもらった所で悪いんだが、また明日来てくれないだろうか?」
シェリーはフランクウッドの声から、酷く思い悩んだような雰囲気を感じ取る。
「……分かりました」
「……シェリーちゃん、私が送るよ」
「ありがとう、アンリー。でも大丈夫だよ、アンリーにもやりたいことがあるんでしょ?」
アンリーは、目の前の少女が十四歳らしからぬ少女であることを思い出し、少し微笑んだ。
「あはは……シェリーちゃんは流石だね。ありがとう」
「ううん」
「ってことで、私はマーキュリーのことを追うから……先生、止めないでね」
アンリーは振り返り、フランクウッドに対して言い放つ。
「ああ、止めないさ」
アンリーは玄関から走り出すように飛び出していった。
その様子を見て、シェリーは少し戸惑いながらも、フランクウッドに対して少しお辞儀し、彼女もまた、その場を後にした。
「それでは、また明日来ます。フランクウッドさん」
「迷惑をかけてしまってすまない。私も私で、気持ちの整理を付けておこう」
「……はい」
フランクウッドは、彼女たちの後ろ姿を見送った後、リリステナの中へと戻っていき、ソファーに腰かけた。
額に手を当て、考える。
そしてため息を吐くと、崩れるようにソファーへと横たわる。
「リリステナ……私はどうすればいいと思う?」
それは、一人の男の弱々しく吐かれた本心だった。




