63.大切と消えゆくモノ
シェリーは早々に帰路に就くことになった。
辺りを見渡せば、街は日常が崩壊したことをこれでもかと見せつけていた。
細々と屋台が開かれ、やつれたような住民たちがそれに群がるように列を成す。
家が無事、家族がいるその有難さをまじまじと痛感する彼らをシェリーは見つめる。
あの日、魔女がもたらした惨劇は、人が魔女を憎しむ理由として十分すぎた。
いや、ずっとそうだったのだろう。
十年間の月日が、長いのか短いのかは分からない。
それでも、ずっと、ずうっと……魔女は人々の生活を脅かす象徴であり続けていた。
少なくとも、シェリーの記憶の中には、魔女が存在しない人々の日常というものはない。
シェリーは歩く。
――そこに悲しみはない。
シェリーはただ歩いた。
――そこには愁いもない。
シェリーは、ただ歩き立ち止まる。
「パパとママって……何なんだろう……?」
「さあね」
それは風のように聞こえた声だった。
子供たちのいない広場からではない。後ろからでもない。
シェリーはふと真横の植え込みに目をやった。
「……ロベリア、なんで…………」
シェリーは、胸の前で片手を握りしめ、目を閉じる。
「大丈夫……私は一人じゃないから――」
嫌な思考を振り払い、目を開く。そしてそのまま、シェリーはシュバリエたちが待つあの部屋へと駆けていく。
足取りは軽く、瞳は決意に満ちたまま、このどうしようもないくらい快晴で、曇天模様の街中を力強く――駆けていた。
◇
魔女は悪。その考えに疑問を抱いたのは、祖母の死を目撃してからだった――。
「マーキュリー、いいかい。人には優しくするんだよ?」
「うん、わかってるよ。おばあちゃん」
暖炉の光に照らされながら、冬の寒さから身を守るように、祖母の腕の中で抱きしめられる。
うとうと。そんな眠気が、まだ幼いマーキュリーを夢の中へと誘えば、祖母は優しく子守歌を聞かせてくれた。
マーキュリーには両親が居ない。
何故いないのか。それについて、誰も知らせてはくれなかったが、祖母が両親代わりにマーキュリーを育ててくれた。
「――おばあちゃん……なんで魔女は人を食べるの?」
「魔女は人を食べるのかい?」
「うん、皆そう言ってたよ?」
「そうだね……魔女は恐ろしい存在だよ~! マーキュリーも食われないように気を付けるんだよ~!」
手をあげ、怖い顔をする祖母は冗談めかしで、悪い魔女を演じる。マーキュリーが普通の人間としての価値観に染まるようにしようとしていた。
当時は、魔女の大厄災が収束してすぐのこと。
「魔女は人に成り代わる」「魔女の子供は魔女だ」「魔女には心臓が無い」そんな噂が、混沌と広がる中。
人々は疑心暗鬼になりながら、血眼で魔女を探し出そうとしていた。
笑える話だ。生身の人間でも魔女を殺せると、本気で思っていたのだろうから。
普通は、生身の人間が魔女に勝つことなど不可能だ。
そう、普通は――
「――おばあちゃん!! 一緒に遊んでた子が川に……!!」
その日は、近所の子たちと一緒に、大人たちから立ち入りを禁止されていた川へと遊びに行っていた。
と言っても、そこは普段から皆で遊んでいた川で、大人たちの目を掻い潜っては集まるものだから、自分の家の庭にでも思えていたのだろう。
一人が言った。「皆でもっと奥まで探索してみよう」と。
今になって思えば、実に子供らしくて馬鹿なことだ。
結果は目に見えていた――そう、地獄だ。
一人が足を滑らせ川に流される。
それを助けようとした子も、また流される。
その様子を見て、恐怖で動けなくなる子、逃げ出す子、助けを呼びに行く子と様々だった。
「助けて――!!」
「――!!」
その声を聞いて、マーキュリーは走り出していた。
自分じゃどうしようもできない。そう思えて仕方なかったからだ。
だから、自分をいつも守ってくれた祖母を呼びに行ってしまった。
「今回もおばあちゃんなら助けてくれる」そんな、淡い期待を抱きながら。
「――場所は?」
祖母の声は酷く冷静で、穏やかだった。
その様子を見て、泣きそうになりながらも、マーキュリーは川の方へと案内を始める。
子供が溺れて、流されて、助けを呼びに行ってから、また同じ場所に戻る……。
助かるはずがない。
それでも、祖母は年齢を感じさせない速さで、森の中を駆けていくのだ。
必ず、救えると信じているかのように。
そして、そこで初めて知った――祖母が魔女だったということを。
川の水が不自然にせり上がり、子供たちを避けるように流れゆく。
辺りには蛍のようなキラキラとした光が漂い、それらを祖母が操っているのだ。
「…………おばあちゃん?」
祖母の額から、冷や汗が流れているのが見て取れた。
そして……そして……「私」の方を見て、微笑むのだ。
「いいかい?」
それは陽だまりの様に優しい声だった。
「お家に帰りなさい。マーキュリー……――」




