56.過去を引きずる
とある一室で、ロイシアンは収集したデータを元に、目を閉じながら笑みを浮かべた。
「なるほどなるほど……どうやら、情報を読み取る前に、彼女らは逃げてしまったようですね」
その言葉は全くの嘘であった。
恋に恋をし、とろけたような表情を浮かべながら、ロイシアンは指を合わせて甘く囁いた。
「さあ、我が王よ……貴方の崇高なる目的をどうか、叶えて下さいませ……」
◇
「ディガード様、避難所の方で魔女が多数出現しました」
「行進を行っている魔女が、何やら暴走を始めたそうです」
淡々と報告される現在の状況。
「分かりました。避難所の方は、一度指揮権を現場のサポーターへと委ねましょう」
ディガードは、魔女の情報収集に努めているふりをしながら、自身の望む結末へと導くため指示を出す。
「暴走を始めたとのことですが、上級狩人が四人もいて対処できない事態と言うことでしょうか?」
「バックアップが持ち帰った情報によりますと、現状は耐えながら状況の把握に努めている様子とのことです」
「しかしながら、情報を掴めず疲弊してしまえば怪しい……そんな所でしょうか?」
「ええ」
ディガードは糸目のまま、こめかみを抑えて指示を出す。
「クオーツを下がらせることはできますか?」
「分かりかねます」
「ロイシアンを呼んでください。彼をバックアップとして向かわせましょう」
◇
音色を奏でようとする楽器の頭に鉛玉が飛んでくる。
甲高い金属音と、鈍い音色。倒れる体。
「……はぁ、退屈だな」
アズレアは焦りを覚えながら、戦いを楽しむことに興じる。
集団戦、されど敵が弱すぎる。
先のシュバリエとの戦いで、エレナを逃がし、しまいには他国との親睦の証として作ってもらった銃を失ったのだ。
だから、アズレアが得意であり、最も嫌いな敵勢力の殲滅を命じられた。
危険だと感じる場所を避け、楽器頭を盾にし、必要とあれば体術でねじ伏せる。
敵の攻撃を避けながら、銃に鉛と火薬を詰め、奥の方へと押し込み、次の弾を準備する。
別に誰かから教わったわけではない。それでも、全てが手慣れた作業のように行われていく。
視線を感じ、アズレアはそちらへと向かって銃を向ける――
「――バンッ!」
引きつったような声で、アズレアはそう口にする。
楽しくて、楽しくて仕方がない……。
また一つ鈍い音と共に、楽器頭が倒れていく。
また一つ、その手に生温かい感覚が蘇る。
冷や汗が、血のような感覚に変わっていく。
「あはは……あはははは……!!」
アズレアは、気づかぬうちに、片手で顔を半分程抑えて笑っていた。
「ノノハ様……?」
「あ、いや……何でもない」
その様子にオディステラは困惑の色を示す。
オディステラの言葉にふいに我に返ったアズレアは、彼女に目を合わせるわけでもなく、視線を横へとずらす。
月光の元、僅かな間に支配されながら、その狂騒は静かに続く。
「……オディ、戦いに集中しよう」
「……はい」
アズレアは再び、楽器頭たちへと視線を移す。
ゆらりと立ち上がる人影。
弾丸を銃へと詰め込むための、僅かな間。
また、先ほどと同じように、弾を込めようと、火薬へアズレアが手を伸ばした時だった。
ゆらりと立ち上がる人影、それがゆらりと火に変わる。
ボッと音を立てながら、楽器が溶けていく。
街の中に伸びる、淡い波のような炎の光。それが揺らめき、パチパチと音を立て始めたかと思えば、藻掻き苦しみ始めた。
ただ一点、アズレアへと助けを求めるかのように手を差し出しながら――
「――や、やめろ……それ以上、近づくな……僕は、僕は……!」
炎の煙に当てられたのだろうか。
アズレアの息は次第に上がり、心臓の鼓動は早くなる。
ドクンドクンと脈を打つたびに、膨れる焦燥にアズレアの視界は歪んでいく。
過呼吸で脳が苦しい。
楽器頭だったものと目があったような気がした。
それが、あの戦争の時に置き去りにしてきた者たちと重なってしまう。
「助けて……」
「――ッ!」
炎の奥から聞こえたかすかな声に、アズレアは過剰なほどに反応する。
「ノノハ様……! しっかりしてください……」
いつの間にか、手からは銃が落ちていた。
それに気づいたのは、両手で自分の口を塞いでいることに気づいたからだった。
過去が、やって来た。
過去が、戻ってきてしまった。
その事実に、アズレアは崩れそうになっている。
そう、彼はあの戦争の中で、全てを置き去りにしたまま、ここまで生きてきてしまったのだから。




