54.バチバチ
「医療班は下がれ、サポーターは誘導を。アタッカーは魔女がこれ以上こちらへと進行しないように警戒しろ」
混乱状態にある避難所の中で、狩人の一人が指揮を出していく。
それを数人の狩人が周囲に伝達を行う。そして複数のグループをすぐに成していく。
「誘導終わりました」
「よし、A班とC班は警戒を続けろ。それ以外は魔女どもの討伐に参加しろ」
「はい」
指揮を取っていた狩人は、指を鳴らす。そして、そこから出た煙に息を吹きかける。
煙が瞬く間に宙を埋め尽くし、空高くへと散っていく。
「撃て」
そのまま傍に待機していた狩人へと指示を出す。
霧散する煙に向けられ放たれた火花。それは雷鳴の如く、煙の中を駆けては小さく爆ぜる。
バチバチと大きな音を立てるから、こんな夜でも一際目立つ。
「さあ、反撃と行くぞ」
それを狼煙とし、狩人たちは動き出す。
◇
「そっちに行ったぞ!」
深い裂傷を負い、四つ足で逃げ惑う異形の魔女。それをサポーターの数名が追いかける。
魔女の目の前に現れる刺々しい壁に、視界を奪うための煙。
前が見えずにそのまま、壁へと突っ込み、血が噴き出る魔女に対してアタッカーが止めの一撃を放つ。
たった数分ほどの出来事。それを遠くから、エレナは焦りと共に見つめていた。
「あの人たちも助けたいのに……狩人が……」
エレナの救助対象には、暴走する魔女たちも含まれていた。
しかし、そんな彼女たちを狩人たちがどんどんと処理していってしまうのだ。
エレナは実感する。立場が違えば物事の見方と言うのは、こんなにも変わってしまうものなのだと。
きっと、自身が魔女じゃなければ、魔女を助けようとしていなければ、あの狩人たちは救世主の様に見えていただろう。
でも今は、どうしようもないくらいに恐ろしい。
まるで地獄からやって来た使者の様で、体が震えて動けなくなりそうだ。
少し前までは、魔女と言うのが恐ろしくて、憎くて、絶対的な悪だと思っていた。
でも、自身が魔女になって、他の魔女と関わって、何が正しいのかも分からなくなった。
魔女は、人に成り代わる。
その言葉を思い返すたびに、何度吐きそうになったことか。
自分が自分じゃないのかもしれない。今考えている、思考すら全部偽りで、自分以外の誰かのものなのかもしれない。
そんなことを何度も考えた。
でも、きっと答えは出ないんだと思う。
――エレナは頭を振って走り出す。
誰に、なんと言われようが、どう説明されようが、つかの間の安心は得られても、たぶん何も変わらない。
ふとした瞬間の不安とでも言うのだろうか。
私以外にもいるのだろうか。こんな気持ちに襲われている人が。
――ただ、無我夢中に狩人を遠くへと飛ばし、襲い掛かってくる魔女を一時的に無力化する。
何が正解なのか、何も分からない。
――エレナに向かって飛びかかる魔女。それを宙でくるりと一回転させるエレナ。
あらかた一般人の避難は狩人が完了させたはずだ。
後は、魔女たちを正気に戻し、安全な場所へと飛ばして、自分も逃げるだけ。
「できるかな? ううん、頑張らないとね……」
やることが多い。普段ならきっと、最初の弱音だけを吐いて、塞ぎ込んでいただろう。
不思議だ。不思議な全能感がある。後は、焦燥と恐怖もちょびっとだけ感じてる。
「おいおい、魔女さんよ、何処へ行こうっていうんだい?」
頭を空っぽにさせようと、再び駆けだそうとするエレナ。
そんな彼女の後ろから聞こえてくる声。
怒気が混じったような声。
狩人だ。
「――ッ!!」
逃げようと、歪みを出現させたエレナの肩に、投げ斧が突き刺さる。
その衝撃によろめくエレナ。
「一体何人殺した?」
もし、もしもだ。この場に全てを見てきた人物がいたとして、その人物はどちらに味方をするのだろうか。
ふと、エレナは思う。
「……あぁ、なんでだろう。今日はいつもより、色んなことについて考えちゃうな……」
青空が、清々しいそよ風が、木の葉をすくい上げては空へと舞っていく。
そんな、幻覚を見た気がする。
遠くから聞こえた声は、彼が私にくれた告白。
エレナは一人、その幻覚を見つめ、ふっと軽やかにほほ笑んだ。
「思えば、幸せな人生だったのかもね……」
軽やかに、軽やかに、軽やかに――
「何が……」
エレナと対峙しようとしていた狩人は、思わず言葉をこぼした。
エレナが対処していた魔女たちが、彼女を襲いに起き上がってきたのだ――
赤が飛び散った。人の最後と言うのは、存外呆気ないらしい。




