45.魅了されゆく戦場へ
恍惚とした光。今、一夜限りの演武が始まる。狩人たちと魔女アレノスの戦いは、それすらも素晴らしいショーとなる。
「――クソッ! 何なんだこいつら!?」
斬ったら簡単に霧散するような敵。しかし、狩人たちはこれらに苦戦を強いられていた。
というのも、数が多すぎるのだ。それに――
――楽器は左腕を高らかと掲げ、空をすくい上げる瞬間、狩人たちの体がほんの少し、夜空へ向かって宙へと浮かぶ。
「おわッ!」
――楽器の指先に捕まれた空気は、光の粒子へと変わり、辺りをふわりと漂うのだ。
狩人の体は徐々に徐々にと、空高くへ浮かんでく。
――それは紙吹雪のように舞い散りながら、狩人の元へとやっていく。そして――楽器頭の一体が、頭でポップな演奏を始めた刹那。
ボンッ!
紙吹雪の一つ一つが小さな爆発を起こしながら、狩人目掛けて攻撃を始める。
ボンッ!
ボンッ!
ボンッ!
――――ドンッ!!
一際大きな爆発が終わった直後、限界まで持ち上げられた狩人たちの体が落下する。
焦げた臭い。痛む体と、軋む肺。この喉の奥を刺すような衝撃と、熱さ。
――ガクリと体を抑える力が抜ける。
咄嗟に頭をかばおうとする狩人たちを地面の衝撃が――襲うよりも前。楽器頭は彼ら狩人を軽々と受け止めた。
「何が……したい……!!?」
楽器頭たちはそこで軽いステップを踏んでは、一回転を披露し、狩人の方を見つめ――
「――プッププー!!!!!」
「グッァ!!」
顔の前で鳴らされる爆音の旋律。それらに狩人は顔をしかめる。
曲調が変わる。今度は優雅なメロディーだ。それに合わせて楽器たちの服装も変わる。
巻き起こる拍手喝采。それに合わせて手を叩く楽器たち。
いつの間にか、自分の脚で地面に立っている狩人たちの手を楽器頭は掴み、彼らをエスコートするように踊り始めるのだ。
また、何か来る。そんな不安と恐怖。焦り。その一つ一つが、汗となって焼けこげた皮膚へと伝う。
痛む。滲みる。息を呑む。
しかし、それでも狩人たちは、やられっぱなしというわけではない。
一人が放射の魔術を操り、生み出した槍。それらが楽器たちの頭を貫いた。ひび割れた、瓦解し煌めく黄金をまき散らす楽器。
奴らがよろめいた一瞬の隙を見て、サポーターはアタッカーの面々に治療を行う。
次の戦闘に備えるために。
そう、次の戦闘に備えるために、だ。
霧散する光。しかし、その奥からは、また新たな楽器頭たちが光によって形作られる。それはまるで、ゾンビのような体勢で起き上がったかと思えば、また愉快にパレードを始めるのだ。
腕の所作一つ一つが軽快で、楽し気で、何処までも悍ましい。
そう、まるで何事もなかったかのように、彼らはまだ……行進を続けるのだ。
「はは……くそがよぉ……」
狩人の一人は、そう悪態を吐きながら、その唇を嚙み締めた。
◇
「がっはっはっはっは! なんだぁ? こいつら、中々ぁに骨がある連中じゃあねえか!!」
ハルバードを手にしたガタイの良い狩人は、大きな笑い声をあげた。
夜に照らされた暖色の光。終わらぬパレード。魔女へと続く道――それを求める上級狩人が一人。
クオーツ・ヘレキュラム。
「おい、クオーツ。笑ってる暇があるって言うんなら、とっとと戦いな!」
クオーツに対して叫ぶ女性。
たぷんと震わせる脂肪。ふくよかな体。どことなく食堂のおばちゃんと言った言葉が似合う彼女もまた、上級狩人の一人だ。
上級狩人、レディラ・クンツァイト。またの名を――
「さあ、いくよぉ!! あんたたち!! このあたしに続きなああ!!」
「「「yes!! ――グランドマザー!!」」」
凄まじい歓声。彼女の呼びかけを受けて飛び出してくる野郎ども。
死地へと赴くというのに、その瞳はらんらんと狂気を漂わせていた。
「あっはは、相変わらず君たちは面白いね! この戦いも面白くなりそうだ」
その様子を見てアズレアはうきうきと心を弾ませ、その様子にオディステラは顔を赤らめる。
「たく……どいつもこいつも、人がしんみりしとるって言うとんのに、気にも留めんで騒ぎやがって……」
そしてメイスを片手に、少しピリピリとした様子を見せるホーンロッツは、この道の先を見据える。
そこを闊歩する魔女、アレノスをじっと――睨むのだ。
◇
場面はアグスの視点へと切り替わる。
旗を掲げ、行進を行う楽器たちの前へと立ち、アグスはゆっくりと抜剣を行う。
煌めく刃。鋭い視線。指先に伝う緊張。ほんの一瞬。走る緩急。その一瞬で――アグスは駆けていた。
剣を抜き取り、まるで流れ星と並走するかのように、楽器たちを目掛けて駆けていく。彼こそが、この月夜に流れる星屑の如く。
その胸に残り続ける過去に縋って、駆けていく。罪を背負って駆けていく。
これは自身が選んだ道なのだ。自身が選んだ痛みなのだ。そこに後悔などはあるはずもなく。あるのはただ一点。眼前の敵を切り刻む――それだけだ。
楽器頭がアグスの接近に気づき、頭の楽器を鳴らそうと頭に指をかけた瞬間に、走る衝撃。
真っ二つに落ちていく頭。その後ろでは星に穿たれる楽器の群れたちが、地面に向かって倒れ伏す。
醜い音の旋律を背に、アグスは一人息を吐く。
「メリシア、ごめんよ。もう少し……もう少しだけ、この力を使わせてくれ……」




