43.古き魔女の行進
それが現れたのは王都中央の方だった。
おおよそ百リットルほどの魔女の血を用いて作られた、無数の術式の羅列が渦を巻き、腕となる。
そして、その腕は術式の管から根源の大河を伝わせ、手のひらの上に眠る、古き魔女の魂を呼び起こしたのだ。
真っ赤な絡まり合った腕が、花を咲かせるように、月を目掛けて天へと伸びていく。
そして道中で動きを止め、蕾のように手を閉じるのだ。
刹那にまばゆい光が辺りを染め上げる。
ゆっくりと。
ゆっくりとだ。
ゆっくりと、指を一本ずつ開いていく。人差し指から、中指、薬指、そして小指と親指を……。
すべてが開いた時、その手のひらの上には、夜空を思わせるベールを付けた、白い樹木のようなドレスを身に纏った魔女が横たわっていた。
「……ここは…………」
彼女が口を開けば、その脳内へと情報が流れ込んでくる。
「……ああ、そうだった。また、皆さまと曲を奏でなくては……」
彼女は立ち上がり、白い樹木の指揮棒を生み出した。
「さあ、皆さま。また、共に共演いたしましょう」
軽く。リズミカルに指揮棒を振るう。
――刹那、腕の周囲を漂う魔女の魂が共鳴を始め、光を放っていく。
それらに実体はなかった。しかし、その力は本物だった。
彼女たちの演奏が始まると同時、その旋律は形を成して、頭が楽器の形をした人影へと姿を変えた。
その数およそ七十体。それらに意志はない。ただあるのは、このパレードをより多くの人々へと届けるということだけ。
「さ、行きましょうか。皆さま」
人影は愉快に、各々が芸を披露する。そしてその後ろを一際大きな、頭のない半身だけの巨像が続く。
その手のひらに載せられた舞台で、古き魔女たちを運びながら、液体かのように見間違うような地面を歩きながら。
彼らは――行進を始めた。
◇
協会のとある一室で、ディガードは椅子に腰かけ、手を顔の前で組んでいた。
「やっとここまで来たのだ……さあ、シェリー・フルールよ……君の中に眠るロベリアを呼び起こしなさい」
部屋には誰もいない。しかし、彼はそう語る。
そこに響くノック音。
「失礼いたします。ディガード様、アレノスの復活に成功いたしました。やはり、意識は朦朧としているようで、王都を徘徊するようにパレードを開始したもようです」
とろけ切った表情で、その男は室内へと入ってくる。
「ご苦労、ロイシアン。他の上級狩人にも伝達しなさい。魔女狩りの時間だと……」
「仰せのままに、我が王よ……」
上級狩人ロイシアンはご機嫌な様子で去っていく。
その後ろ姿を見送り、ディガードは引き出しを開いた。
「さて、アレノス。あなたはロベリアを呼び覚ますことができるのか……じっくりと見させてもらおうか」
引き出しに入っていた一枚の紙切れ。そこにはただ一言。
――目標を見失うな――
そう、書かれていた。
◇
カトール・ランバートは自室で、今日出会った老父の話を思い出す。
「君は、魔女についてどう思う?」
「いや、どうって言われましても……いなくなるべき存在でしょう」
魔女は人々に恐怖を与え続けている。燃ゆる業火、揺れる大地、終わることのない猛雨。
それら、魔女が引き起こした大災害がもたらした悲劇の数々。それを忘れたくても、魔女がいる限り忘れることのできない現状。
魔女についてどう思うのか。そんなの決まっている――害悪、そのものだ。
「そうか……私はね、もうよく分からないんだ」
「……はい?」
「私は、一度魔女にこの身を救われた。彼女は、私が大災害で失った孫の同然の存在でね……それでも魔女だった。でも、私はそんな彼女に、救われたんだ……」
歳のせいだろう、歳をとると記憶が曖昧になると言う。そうじゃなきゃ、この人が言っていることは単なる妄言だ。
「きっと、記憶がごちゃごちゃになっているんだと思いますよ……今日は、早く休んだ方がいいでしょう」
「そうだね……あれは長い夢だったのかもしれないね……」
「……ありがとう、青年。私はフランバート。こんな、熊に救われたかのような、ただの老いぼれだが、また君に会えることを楽しみにしているよ……」
「……カトールです。まあ、そうですね」
カトールは、その時の老父の言葉「熊に救われたかのような」この言葉が喉をつっかえて取れないでいた。
ただの老人の世迷言に過ぎないのだろう。しかし「熊」そう表現されると、なんだかよく分からなくなってくる。
自然の摂理とでも言うのだろうか……あんな化け物にも感情などがあるのだろうか。
いらぬことを考えては、脳が煮えて口から這いずり出てきそうな感覚が襲ってくる。そんな気持ちの悪い気分の中で、部屋の外からノック音が強く鳴り響いた。
「あぁ! もう! 何なんだよ!!」
カトールは乱雑に扉を開けた。
「狩人協会の者です。現在、魔女の大災害に匹敵する事象が発生しています。すぐに避難して下さい」
「は?」
カトールは顔を引きつらせながら笑みを浮かべた。




