42.過去からの刺客
時は遡り、神話の時代に移る。
とある王国の王城、その内の塔の一つにとある魔女が監禁されていた。
それは、始まりの魔女イフェイオン。彼女はこの国の第二王女でありながら、奇妙な力を持っていた。
何の変哲もない物に命を吹き込むのだ。
ただの石を手に取れば、それは手足を生やし、元気に動き回る。
ひとたび本を手に取れば、背表紙は翼のように変わり、ページが鳥のような形を成す。
そして、彼女が鎧に触れれば、それは彼女を守る忠実な騎士となった。
中には誰もいない。しかし、その力は並みの兵士が束になっても敵わない程。さらに恐ろしいのは、生み出せる生命には限界がなかったことだ。
それらは明確な意志を持ち、好き嫌いがあり、性格や感情まで持ち合わせるのだ。
彼女は言った。「淡く光る大河をすくい上げると命が芽吹く。皆、等しくその命の芽吹きを持っている」人々はそんな彼女に恐怖した。
だから、何もない部屋へと監禁したのだ。食事を与える時も、彼女の腕を一人が押さえつけて、毎回交代で見張りが自ら、手渡しで食べさせていた。
しかしそれも、魔術師が登場するまでのこと。とある男が、彼女の言葉を元に奇跡を起こしたのだ。
体をめぐるという根源に、術式を用いて役割を与える。魔法よりもずっと劣るが、奇跡であることには変わりない。それを人は魔術と呼び、根源を術式を用いて操る者を魔術師と定めた。
それが、魔女と魔術師の始まりだった。
それから暫くして、イフェイオンの他にも魔女なる存在は次々と現れ、いつしかそれらは人々の当たり前になっていた。
魔女は魔法を使い、人々の発展に努めたのだ。魔女はそれこそ、人の想像を遥かに超えるような、そんな馬鹿げた奇跡を平然と為せる。
全くもって、魔術師とは違うように見える。しかし、根本的には魔女も魔術師も変わりないのだ。根源の流れを操り、それを用いて奇跡を起こす。魔法は根源を思うがままに誘導し、魔術は術式で命令を与える。その違いだけだ。
ただ一人、根源そのものに干渉できるイフェイオンを除いては。
そしてまた、暫くの月日が流れ、王国の第四王女ロベリアが根源に干渉することのできる、二人目の魔女であることが判明した。
大人しく、地味で、それでいてどことなく人目を引くような彼女が扱う炎に対して、魔女は皆言うのだ。
「彼女の炎は、根源とその器をゼロへと……あの大河へと還す力がある――」
◇
場面は再び、フランクウッドとシェリーたちに戻る。
「これは推測でしかない。が、全ての人を魔女へと変えるというのであれば、根源なる物に干渉できる彼女たちの力は必要不可欠だろう」
「…………それは……」
【破滅の魔女】こと、ロベリアはシェリーの中に居る。もし、その話が本当なのだとしたら、シェリーが生きている理由も暗いものである可能性がある。
「シェリー君……それ以上は考えなくてもいい。ただ、もしこの推測が正しいのであれば、君も狙われていると考えるべきだろう」
「……」
――シェリーは俯く。
「シェリー君、先は長いよ……」
――そして、その言葉に頭を上げて、息を呑む。
「分かっています……それでも……私は行きます。例え、一人でも」
苦しい表情。しかし、その目は決意で燃えていた。
その様子を見て、シュバリエは少し安堵し――窓の奥からする不穏な気配に気が付いた。
「……何故……ここに」
「シュバリエ?」
ただならぬ不安。それに駆り立てられ、フランクウッドはシュバリエの見つめる先、窓の奥に広がる街並みを確認するために、部屋から体を乗り出した。
「空が……」
ふかふかの絨毯のように、夜空いっぱいに広がる雲は、キリキリとした音で啜り鳴きながら、夜空へと沈んで消えていく。
月は遥か遠く、穴の中へと流れゆく夜空の奥で佇んでいる。
それはまるで、この世の終わりのような光景だった。
「空が……天へと沈んでいる……」
それは人間の想像を遥かに超えていた。空はまるで池のように波紋を広げ、おおよそ月があったであろう場所にぽっかりと空いた、底の見えない大穴へと流れ落ちている。いや、天へと昇っていく。
空に広がる幾億もの星々。その一つ一つが、波で揺らめき、幻想的なまでに光を放っていた。
それは、天国なのか、はたまた地獄なのか……シェリー・フルールとフランクウッドは、詰まるような苦しさをぐっと飲み込んだ。




