31.最初に願ったもの
ホームバイツはなんとなくだが、感じ取っていた。自身が死ぬんだということを。
これが長年、戦場に身を置いた経験から来るものなのか、一度生死の狭間を彷徨ったことがあるから故なのかは、分からない。
「死なんようにラインを見極めろ。いつも隊長が言ってることですからね」
ホームバイツはポツリと言葉を吐いた。誰に聞かせるわけでもない。
それこそ、偽りの言葉ともいえようか。とにかく、その言葉に意味はない。
「あんたは約束。覚えとんのかな~? まあ、別に忘れ取ったって、どないもせんのやけどね……」
乾いた笑い。
思い返せば、ホームバイツに戦う理由などはなかった。ただ、最初に願ったのは……真っ当に生きること。それだけだった。
◇
豊かな街並みから漂う、食欲を誘う匂いに釣られ、やせ細った少年は盗みに走った。
「おい! ガキ! 何ひと様の商い邪魔しとんじゃ!!」
飛び交う怒号の中、幼いホームバイツは人込みをかき分け、荷を倒し、盗んだ加工肉を手に走っていた。
「はぁ……はぁ……んぐっ!」
「捕まえたぞ」
「がぁ! やめ!」
盗人が捕まった後に待ち受けるものにしては、随分と生ぬるいものだっただろう。
顔がへこむまで殴られ、蹴られ、解放される。
あざだらけの顔と、余計に消耗してしまった体力でホームバイツは自身を待つものなど誰もいない、薄汚い郊外へと向かって言った。
鳴りやまぬ腹の音。痛む手足。血の止まらない鼻。
ホームバイツは自分のことがみじめでしょうがなかった。
戦争で両親を亡くし、命からがら逃げ延びたのは良いものの、孤児院にもそこまで余裕がなかった。
ある程度成長し、一人でも生きていけると判断された子供たちは、郊外で日銭を稼ぎながら細々と暮らしていた。
しかし、もうその仕事までも回ってこなくなったのだ。
皆余裕がない。人を雇って払う金がない。こんなにも街並みは綺麗で、美味しそうな匂いが漂い、笑顔で溢れているにも関わらずだ。
仕事がなければ、今日を繋ぐ飯にもありつけない……。
「くそッ!!」
ホームバイツは、道端で飢えに苦しみ倒れている子供たちを横目に、壁を思いっきり叩いた。
自分はまだ動ける。何とかして、生きたい……。
もう一度、昔のように真っ当な生活を……。
「おいおい、無様が過ぎんな」
そんなホームバイツを見て、声をかけてきた少年がいた。
身なりは悪い。口も悪い。目つきも悪い。それでも、溢れんばかりの自身が彼にはあるようだった。
「……誰や」
「さあな、俺の名前なんか知らん。それより、お前。まだ這い上がったるちゅう顔しとんな?」
「……それがなんやねん?」
「これ、食えよ」
そういいながら、その少年はふっくらとしたパンを差し出してきた。
「……これは?」
「盗んだ。旨いぞ」
「なんで、他の奴には与えへんねん……?」
ホームバイツはそのパンを奪い取ると、貪るように食べ始める。
胃袋が悲鳴を上げているのが分かるが、この食欲には抗えない。
「与えたところで、すぐ死ぬやろ? それよか、お前みたいなやる気があるやつに、恩を売った方がいい? ちゃうか?」
「何がほしいんや?」
少年は笑った。
「俺についてこい。こっから出て、上の方、目指そうや?」
◇
それからの日々はホームバイツにとって、どうにもこうにも、刺激的で眩しかった。
時に奪い、盗み、争い合って、たまに人助けして。全く真っ当とはかけ離れた生活。
「なあ、もうそろそろ名前、教えてくれたってええんとちゃう?」
「お前、しつこいな」
「ずっと、名前を知らんのも不便やねん。少しは察しろや」
ホームバイツは強い口調で言い放った。かれこれ二三日ともに行動しているが、ずっと、おいだのお前だのと呼んでいる。
少ししか関わらないのならそれでもいい。しかし、ホームバイツにはある確信があった。
こいつとの関係はきっと長くなる。
「……俺、名前ないんや」
「は? 何言うとん?」
「労働力を増やすために俺は生まれた……だから名前何てない。クソ親共は殴り飛ばしてきたけどな? 仮にあったとしても、そんな奴からの贈り物何て名乗りたくないわ」
さも当然と言わんばかりに、拳を握りながら語る彼を見て、ホームバイツは何も言えないでいた。
「……そうか」
「名前が必要って言うんやったら、その内考えといたるわ」
「分かった。でも、上が何処を指すのかは知らんけど、そん時には名前は必要になると思うけど?」
「そんときゃそん時よ。とりあえずはこっから出てく。んで働き口探して働いて、金持ちになる。簡単やろ?」
「はは……せやな」
とんだ無謀な計画だ。それでも君が笑って見せるから、この心細かった人生に希望が生まれたんだと思う。
こんにちは。
そろそろ更新日時を決めた方がよいのではないかと思いまして、そのご連絡です。
これからは、月曜日、火曜日、金曜日の週三日。毎朝四時の予約投稿に切り替えようと考えております。
投稿頻度は落ちてしまいますが、何卒、ご理解いただけますと幸いです。




