9.分からなくても
「え……」
アンリーの要求は、何とも無責任に思えて仕方ない。
ああやってヒュースと別れた後だというのに、あんなにも冷たく振舞っていたのに、今はこんなにもケロッとしていて……明るくて、遊ぼうだなんて。
困惑するシェリーの様子を見て、マーキュリーはシェリーの顔を覗き込む。
「え、な、何か?」
「あんた、真面目過ぎない?」
「え?」
「まあいいわ、ほら行くわよ」
「え……え?」
シェリーの腕を無理やり引き、マーキュリーはスタスタと歩き始めた。
「ん、ん? んん~? ね、ねえ! 待ってよ、マーちゃん」
二回、三回とシェリーがいたはずの場所と、連れていかれたシェリーを見つめ、アンリーは自身が置いて行かれたのだと気づき、二人を追いかけた。
その様子は、さながらシェリーの横を通り過ぎていった、無邪気な子供たちのよう。
「あ、あの! マーキュリーさん……私は」
「何考えてるのかは知らないけれど、面倒なことなんて全部アンリーのせいにすればいいのよ」
「えー、ねえ、ちょっと酷くな~い?」
マーキュリーはすました顔で、アンリーの額を指で弾き、笑って見せる。
「あんたがしっかりしていないのが悪いんでしょ?」
「うえぇ~? 酷い言いようだな~」
「それとあんたはもっと気を休めなさい。私たちだって、情報が入らなければ動かないんだから」
マーキュリーはシェリーに対して穏やかに話す。
それを見て、彼女のことをよく知らないながらも、シェリーは思う。こんな話し方もできるんだと。
そんな呆けた様子のシェリーに対して、マーキュリーは続ける。
「私の同僚にも、あんたみたいな真面目ちゃんが居るんだけれど、真面目が過ぎると危なっかしくて仕方ないのよね~」
人に心配をかけないためにも休め。マーキュリーはそう言いたいのだろう。
それでも、少し迷うところがある。少し……でも、魅力的だとも思う。
それは自分が歩めなかったものでもあった。
誰かと、ただ遊ぶ目的で街に出て、遊んではしゃいで、話して、また明日なんて口にして。
そういったもしもをずっと夢見てた。
だからこそ、シェリーは思う。
「この今を手放したくない」
「……じゃ、決まりね?」
一つ息を付いた後、マーキュリーは不敵にほほ笑む。
「はい」
「お! いいねぇ~」
「あんたは真面目、あんたは不真面目、足して割ったらどうかしら~?」
「えぇ~、やっぱりマーちゃんがさっきから酷いよー、ブーブー」
「はいはい、黙った黙った」
そんなやり取りを見て、シェリーは笑い、三人で街へと繰り出した。
◇
リリステナ、フランクウッドの仕事場でシェリーとフランクウッドは話をしていた。
「すまなかったね、シェリー君。ヒュースからすべて聞いたよ……彼は、少々いや、かなりと言うべきか」
フランクウッドは口に手を当て、ばつが悪そうに言い淀む。
ヒュースを信頼し、シェリーに付けた結果がこれだ。当然、フランクウッドの責任に当たる。
「自分の信じたものに正直でね……腕も能力も優秀なのだが……まさかここまでとは…………」
「いえ、大丈夫です。自分なりにも整理を付けたので」
「すまない、ここも人手不足でね……君には引き続き、彼と行動してもらうことになるだろう」
シェリー・フルールは静かに頷く。
「構いません。私は、私の為したいことをするまでです」
彼女の決意に満ちた瞳を見て、フランクウッドは安堵する。
「悪いね、この埋め合わせは後日、必ずしよう」
「ああ、いえ……私の方こそ、フランクウッドさんには気にかけていただいているので……」
「そういうわけにはいかないさ。それはそうとだね、君にこれを渡したい」
フランクウッドが引き出しから取り出したそれは、多種多様な木製の仮面だった。
フクロウモチーフの物や、兎に蛙に牡牛に豚に、はたまた民族的に価値のありそうな物まで、それこそ様々な物が並んでいる。
「……あの……これは?」
「この仕事は狩人と相対することも少なくないからね、顔を隠せる物はあった方がいいだろう」
名前を呼ばれ、振り返った際にこれらの仮面をつけている自分の姿を想像するシェリーは、少し考えた後、首を横に、勢いよく振った。
「嫌です」
「……私も、正直これらの価値は良く分からなくてね。君には君専用のローブを作ってもらおうと考えているのだが……」
シェリーはなんとなく察してしまう。
「その人が変わり者だと?」
「ああ、必ずシェリー君に会ってからじゃなければ作らない、と……到着するまでの間は、これらを付けているように……だそうだ」
「え、嫌です」
「だろうね」と頷いた後、フランクウッドはここリリステナには変な物が多く置かれていることをシェリーに話す。
シュバリエが付けていた巨大カボチャも確か、ここに置かれていた物だったか……そんなことをシェリーは思い返しながら、フランクウッドに聞き返す。
「それとこれに何か関係が?」
「…………」
フランクウッドは両手を肩まで上げ、諦めたように言う。
「さあ? 私もよく分からないさ。ただ、君も私のように、諦めてはくれないだろうか?」
「絶対に嫌です」
「さて、これなんてどうだろうか? 兎さんはとても可愛らしいと思うのだが……? それが嫌ならリスなんかもあるが」
シェリーの意見を気にすることなく、仮面を勧めてくるフランクウッド。
そんな彼に、シェリーは「ぐぬぬ」と唸り、やがて諦める。
「……では、これで……」
シェリーが選んだのはフクロウの仮面だった。
「ありがとう、シェリー君」
満面の笑みのフランクウッドに対し、シェリーは言い放った。
「また今度でいいので、とっても美味しいケーキを所望します!」
「なるほど、埋め合わせもかね――」
「埋め合わせとは別です」
フランクウッドは目を閉じ頷いた。
「分かった……用意しておこう」
シェリーは仮面を手にして、その場を後にした。




