8.そんなもの
ヒュースと相対するシェリーは助けを求めていた。
早くこの空間から逃げ出したい。
「この仕事は人の想いを届けるものだ、当然危険も伴う。その際に何を為し得たいのか、それがなければ乗り越えられない」
熱く、強く、真剣に、それでいて回りくどく。言っていることは正しいし、ちゃんと聞いた方がいい。
そう頭では理解する。けれども、どこか威圧感が抜けないその物言いに、シェリーは疲れを覚え始めていた。
それにどこか疑問があった。
この人は何を為したいのか、それらを熱く語る割には自分がどうしたいのかが見えてこない。
どことなく主体性を感じられない……そんな気がする。
「だからこそ――」
コンコン。
ヒュースの熱が更に強くなろうとし始めた時、下の方からノック音がした。
ゆっくりと開く戸から出てきたのは、先ほどの店主、ドルクだった。
「おい、ヒュース。それくらいにしとけ……お前のことだ、また一人だけ熱くなってんじゃねえか?」
ヒュースはドルクからそういわれ、ハッとしたように急いでシェリーに謝罪した。
「すまない、つい……少し熱くなりすぎてしまったようだ」
「あ、いえ……お気になさらず」
ホッとするシェリーはドルクに軽くお辞儀した。
「今日の所は、もう帰んな。また明日、部屋は貸してやる」
「……そうですね。そうします」
シェリーを先に帰らせ、ヒュースは一人、ドルクと話をする。
「てめえは、いかれ野郎だってことをもう少しは自覚しろ」
「いかれているですか」
「てめえみたいに、人の理想に脳を焼かれるような人間はなあ、いかれている以外のなんでもねえさ。その火を他の奴にも振りかざすなってんだ」
独特な言い回しがやけに体を焼き尽くす。言葉の重み、深み、観察眼。それらを盲目的に信じ、共に叶えたい。
そう感じてしまうのはやはり罪なのだろうか。
「……そういうところだって言ってんだ」
パンを丁寧に袋に詰め、ヒュースに手渡すドルク。
「フランクウッドさんだって、てめえには期待してるんだ。なまじ能力が高いだけの馬鹿になるんじゃねえぞ」
「ええ、気を付けます」
ドルクはため息を付き、ヒュースに対してアンリーと何ら変わりないと吐き捨てた。
軸を持て。ドルクはヒュースに何度でも言い続けるだろう。ヒュース自身が人に何を為したいのかを説き続ける限りは。
「軸……ですか」
「チッ……まあいいさ」
舌打ちをすると、ドルクはヒュースに対して読み終わったばかりの新聞を投げつけた。
「これは」
それをキャッチするヒュース。
「そんなもん、あの嬢ちゃんに見せるんじゃねえぞ」
ヒュースは新聞の見出しを見て納得し、それをドルクに手渡しで返す。
「ええ、わかってますよ。それじゃあ、俺はこれで帰ります」
「ああ、体調には気を付けろよ、それと、アンリーにもまた来るように言っておけ。あと、フランクウッドさんにもだ」
「ええ、伝えておきます」
ヒュースは店を後にした。
「たく、どいつもこいつも世話が焼ける……」
カウンターに置かれた新聞を見てドルクは舌打ちした。
――罪火の魔女の討伐に失敗、またも相次ぐ焼死殺人と広がる疑念――
「たく、殺人を犯すやつたあ、どいつもこいつも屑ばっかだな……チッ」
不機嫌になりながらも、ドルクはまた誰もいない店のカウンターで次の客を待つのであった。
◇
シェリーは一人、街の中を歩いていた。
シェリーを罪火の魔女と恐れる人々も、堂々と歩いていれば気づくことがない。
そもそもとして、シェリーの写真が撮られていないというのも大きいのかもしれない。
何にせよ、昔に比べれば、この生き方にも慣れたものだ。そう、シェリーは思う。
ただ歩く。
食欲をそそる。炭火に焼かれたタレと香りだけでわかる、お肉の重厚感。
ただ歩く。
子供たちが笑いながら広場を駆けていく。きっと目的もなくはしゃいでいるのだろう。
ただ……歩く。
活気あふれる市場に賑わう人々。きっとお姉ちゃんが居れば、ここの人たちに混ざって談笑しているのだろう。
歩く。振り返らないように歩く。
涙を悟られないように歩く。ただ、歩く。
「お姉ちゃん……」
ヒュースの「何を為したいか」その言葉が、先ほどから脳裏に過り続けて離れない。
そんなもの、姉の捜索に決まっている。後は……何だろうか。
シェリーは思い出したかのように、首を振る。エレナさんに手紙を届けたい。
彼女は一人じゃないんだって……一人。
本当に一人じゃないのだろうか。それに、そんなことを考えている自分はどうなのだろうか。手紙を届けたとして、彼女はそれに涙するのだろうか。
分からない。
「わッ――」
シェリーの表情が曇り始めた頃、唐突に走った衝撃に、彼女はよろめき声をあげた。
「シェリーちゃん!! やっほ~」
その衝撃を与えた主。シェリーがそれを確認しようと振り返る。
「ア、アンリー……先に帰ったんじゃ……あ」
「は~い、シェリーちゃん?」
「マーキュリーさん……」
そこには、アンリーのことを呆れた様子で見つめる、マーキュリーの姿があった。
「ね、シェリーちゃん、良かったら私たちと一緒に遊ばない?」
休みになりましたので、朝から一通り書いてみました。
もしかすると、また暫く間隔が空いてしまうかもしれませんが、ご了承ください。




